「電子の生命」 魅鎖・作


「おや、シグナル。懐かしい物を引っ張り出したね」
「あ、教授。すみません。でもあの、ぼくが引っ張り出したんじゃなくて物置に入ったら落ちてたってゆうか」
「いやいや、構わんよ。なかなか面白いだろう。」
「はい。オラクルも似たようなのにハマってました」
ギラギラの日光が照り付ける真夏のトッカリタウン。この静かな田舎町の一角には、音井ロボット研究所と書かれた表札の下がっている大きな家がある。ここは「ロボット工学界未曾有の天才」の名を冠されたロボット工学者、音井信之介教授とその家族の住む家だ。
お昼時に研究室から出てきた教授はリビングのソファーに座り込んで小さな機器をいじっている少年を見掛けた。たっぷりした長いプリズムパープルの髪を揺らす少年、音井教授の最高傑作「A-S SIGNAL」である。
「あれえ、シグナル。それ、なーに?」
教授の後ろから小学校高学年くらいの男の子が現れた。音井教授の孫、信彦だ。お昼ご飯の時間なのでダイニングに降りてきたの
だ。
シグナルは機械の入っていたボール紙の箱を取り上げてその機会の商品名を読み上げる。
「『たまごっち』だって」
「『たまごっち』ィ〜?」
「ははは。詩織の子供の頃のおもちゃだよ。電子ペット育成ゲームというやつだ」
「ふ〜ん」
信彦は兄と慕うシグナルの横からその小さな卵型のおもちゃを覗き込んだ。
はっきりいって信彦の感覚からいくとずいぶんチャチな代物だった。祖母が子供の頃に流行ったおもちゃなど。ロボットが限りなく人に近く進化した現在ではもっとずっとリアルな電子ペットがあるのに。
シグナルは弟の表情からその思いを読み取った。
「でも、なんかかわいいだろ?」
「うん、まあね」
信彦はにっこり笑ってうなずく。
ご飯の用意ができましたよ、とリビングから続くダイニングで声がした。エプロンを身に着けていたのは少し長いフェアブロンドの美貌を持つロボット、「A-K KALMA」だった。その声に答えて信彦はランチの並んだテーブルに走っていく。
音井家にはシグナルとカルマ以外にもたくさんのロボットがいる。音井ブランドの長姉「A−L LAVENDER」、その弟達に「A-OORATORIO」、「A-P PULSE」、音井教授の作品第一号「A-H HARMONY」、メタルバードの「A-C CODE」、パルスの相棒フラッグ、音井教授の助手を務めるクリスの作品エプシロン。
彼らロボットは人間の食事時になると、一緒になってリビングに集合する。いつものようにシグナルの兄弟達も、カルマの声でリビングに集まってきた。シグナルはギクっと反射的に入ってきた兄弟達に背を向ける。が、無駄だった。そしてシグナルの苦手な相手達が絡んでくる。
「お、なあんだね、シグナル君。ずいぶんかわいらしいことしているではありませんか」
「電子ペット育成ゲームか。しかもかなり古いな。なぜそんな物に夢中になっているのだ」
「ふん、くだらん」
順に、オラトリオ、パルス、コードだった。彼等全員にケンカで勝てないシグナルは彼等に頭が上がらないのである。
「う〜るせえ!いいだろ、別に!」
必死に噛み付いて反撃するがたいして効果はない。いつものように適当にからかわれ、転がされている。そしてそののち、激しい
兄弟喧嘩が始まった。戦闘型のシグナルとパルス、それに戦闘型並みの動きが可能なオラトリオ達三人のケンカはもはや戦争といって過言ではない。いつものように音井家の食事は騒がしい中で、となった。


「へえ、前世紀のおもちゃか。かわいいね」
そういう言葉をかけてくれるのは電脳空間の住人でオラトリオの相棒、情報管理空間<ORACLE>の主、オラクルだけである。
オラクルは訪れた客達、オラトリオ、コード、シグナルに紅茶を出しながらシグナルの持って来た『たまごっち』を物珍しそうに
眺め回す。
と、
PPPーーー。
『たまごっち』がか細く電子音を立てた。
「あ、うんちしちゃったよ、シグナル」
「え!貸して貸して!」
オラクルの言葉にシグナルは慌てて『たまごっち』を取り返し、世話をしてやる。するとオラクルの育てている電子ペット『オラトリオ』も主人を呼んだ。こちらは「退屈だから遊んで」とのことだった。
「か〜、情けないねえ。これがロボット工学界最高傑作達のすることかよ」
「まったくだ」
オラトリオとコードが紅茶を飲みながら電子ペットなんぞ二熱を入れる二人を眺めている。世間知らずのオラクルと、経験値足らずのシグナルに対してこの二人はたいそう厳しい。だが、おそらくこの二人でなくても、このシグナルとオラクルの姿を見れば同じ
セリフをはいて嘆くだろう。
「いいじゃねえかよ。面白いんだから」
「私達が電子ペットをかわいがると、おかしいのかい?」
シグナルはガーっと、オラクルはノホホンと外野に応える。それもまたそれぞれ、情けない言葉ではあるが。

「思うんだけどさあ。このゲームって僕等ロボットの第一歩なんだよな」
しばらく『たまごっち』の相手をしていたシグナルが、思いついたようにポツリと言った。これには他の三人も振り返る。
「だってそうだろ?機械が生き物みたいに動くってのがこのゲームのおもしろいところで。それが発達して僕達ができたんだろ?」
「まあ、そうだな」
オラトリオが寝そべって読んでいた本に目を戻しながら返事をした。
「それならさ。僕等もこのゲームと同じなんだよな」
「一緒にするな、馬鹿者が」
するとすぐに鋭い叱責が飛んできた。自分の愛刀、最強のアタックプログラム「細雪」の手入れをしていたコードだ。
「俺様がそのチャチな玩具と同類だと?侮辱にもほどがあるぞ、シグナル」
「まあ、シグナルなら同類かもしんねーけどな」
「あんだと!?」
怒鳴り返すが、すぐに怒りは消え去っていく。
なんだか変だ、ぼく。
「ごめん。侮辱とかそういうつもりで言ったんじゃないんだ」
「どうかしたのかい?シグナル」
やさしくオラクルが聞いてきた。シグナルは小さく首を振る。
「別にどうもしないけど、でも、僕達(ロボット)ってなんなのかなって」
「バッカじゃねーの?俺等は俺等じゃん。そんなおもちゃとは大違いだぜ」
「そりゃそうだけどさ。でも僕等だって機械仕掛けのからくりなわけで」
「だが、考えや心を持っている。プログラムされた規則通りにしか行動せん電子ペットとはワケが違う」
「でも、それだって教授がプログラミングしたものだろ?電脳がプログラムされたことにそって行動を決めてる。『たまごっち』と
どう違うんだ?」
シグナルはコードを見つめた。何十年もロボットをやってきた大先輩の答えを待つ。
コードはこちらを見ない。自分の愛刀に目をむけたままだ。
「造られた意味からして違うぞ。俺達は人間の助けになるために造られたんだ」
答えたのはオラトリオだった。だがシグナルの表情は変わらずムーっとしていて納得できていないようだった。
「くだらん」
コードは「細雪」の手入れを終え、一振りするとこの図書館を出ていってしまった。
「コード、怒ったのかな?」
「そりゃ怒るんじゃねえの?」
そういうオラトリオもちょっとジト目である。シグナルは困ったようにもじもじと両手をもみ合わせた。 オラクルもオタオタしながらどうしていいか判らず、二人を見守っている。
怒って当然。そりゃそうか。ロボットなら、おもちゃと一緒なんて言われたらそりゃ怒るよね。ど
うしてぼく、こんな事考えたんだろう。
前もこんな事、なかったっけ?ああ、そうだ。リュケイオンの時だ。アトランダムが投げかけた問いかけ。
「ロボットは所詮機械、人間の道具じゃないか」と。
これは間違ってるよ。僕達は道具なんかじゃない。それは信彦が証明してくれた。
それじゃあ、人間にとって『僕達』(ロボット)って何なんだろう?
シグナルはふと、弟の顔が浮かんだ。信彦なら、この答えが判るだろうか。


「ってことなんだ。信彦はどう思う?」
「え〜?」
真夏の日没は遅い。夕食を終えたというのに西の空はまだかすかに赤みを帯びていた。
夏休みに出された宿題の一日ノルマを終わらせて、信彦はシグナルと格闘ゲームにいそしんでいた。シグナルの操るキックボクサーが信彦の空手マスターの連続攻撃に苦しめられている。
「僕達ロボットって『たまごっち』とかとどう違うんだろう?」
剛脚炎舞撃!
信彦が素早いコマンド入力で必殺技を繰り出した。一気にキックボクサーのライフゲージが半分以下に減って、緑から赤に色が変わる。
「バカだな、シグナル」
「え?」
「そんな事で今日一日中、悩んでたのかよ」
信彦はニカっと笑ってシグナルのキックボクサーにとどめを刺した。「1ST.PLAYER WON!」と大きく表示され、勝利した空手マスターのコメントが表示されている。
「シグナルはオレの兄さんだよ。パルスとオラトリオも。コードやアトランダムや皆はオレの友達じゃん」
自信たっぷりにそう宣言した。
「『たまごっち』とかもかわいいペットだけどさ。でもこいつらは俺の悩みとか相談に乗ってくれないし、危ない目に会ってる時も助けてくれたりしないんだ。でも、シグナル達は助けてくれるじゃん。いつだって一緒にいて、一緒に笑ったりしてくれるじゃん。
『たまごっち』はいくらでも代わりがあるけどシグナル達は誰も代わりがいないんだ。だからシグナル達はただの電子ペットなんかと全然違うよ」
そのリビングルームではオラトリオが書類を整理していた。パルスがソファーに寝転がっていた。コードがソファーの背もたれにとまって、じっと目を閉じていた。すぐ隣のダイニングではカルマが夕食の後片づけをしていた。
ロボット達全員が、信彦の言葉をしっかりと聞いていた。シグナルと一緒に。
シグナルの心で、何かが溶け去っていく。冷たくてずっしりと重たかった、何かが。
「そっか〜」
「そーだよ」
信彦がヘヘっとまぶしく笑う。シグナルもなんだか大笑いしたい気分だった。オラトリオもコードも、カルマもパルスも笑っている。
「あ、そーだ。それにシグナルはオレの弟でもあるんだ」
「へ?」
ワケが判らずシグナルは素っ頓狂な声を上げる。
と、突然信彦の頭にナゾの物体が落下してきた。
「あ、カント」
「げ!」
飛行帽をかぶった釣りが趣味の猫にはとても見えない猫、カントだった。
「あ!わっ、判った!判ったからやめろ!」
「へへっふえ」
「やめろ〜!耐えるんだ信彦!」
「ハックション!」
BOM!
ハデに煙を上げてシグナルの体が閃光に包まれる。そして現れたのは幼児だった。
「ほえ〜」
「ちびシグナルはオレの弟だもん。な〜、ちび」
「はーい」
ちびになると身長よりも髪が長くなる。プリズムパープルは変わらないけれど。
信彦はゲーム機を片づけるとちびになったシグナルを抱き上げた。
PPPーーー。
と、ソファーの前に置かれたテーブルの上で『たまごっち』が主人を呼んでいた。パルスがそれを取り上げて画面を覗き込む。
「おいシグナル。空腹みたいだぞ」
「はーい。お食事のお時間なんですう」
パルスが軽く放った卵をちびシグナルは鮮やかにキャッチする。信彦の腕の中で、ちびシグナルは一所懸命にペットの世話をし
た。
「ちびも『たまごっち』に熱中してるの?」
「ぼくが最初に見つけたんですう。それなのに大きい君も勝手にお世話しちゃったんですう」
「あーっはっはっ。ちびのお遊びにシグナルが乱入したのか」
オラトリオが豪快に笑った。パルスが嘆息し、コードがお決まりの一言「くだらん」を吐く。
お可哀相に。
それはカルマのつぶやきだった。が、そうは言いながらもカルマの瞳(め)も笑っている。
当分シグナルをからかえるネタができて、オラトリオは明日からが楽しみだった。



真夏の一幕が終わってゆく。

<終わり>

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