オラクルの想い出[メモリー] 颯紫胤 飛翔さん・作

 私はあの人が好きだった。

「好き」という言葉は、只のプログラムである私には、似合わないのかもしれない。

 それでも、私は彼女が好きだった。

 彼女は3日とあけずに私に会いに[アクセスしに]来た。

 彼女は頭脳集団[シンクタンク]“アトランダム”の研究員だった。

 彼女は、なかなか優秀な研究員だった様に思う。  あの事故で死ぬまでは・・・

 すぐには分からなかった。

 気付いたのは、彼女が会いに[アクセスして]来なくなったから。

 Dr.クエーサーが起こした爆発事故。

 それは30人もの死亡者を出した、大規模なものだった。

 しかし、私はその資料が“アトランダム”から届いた時、上の空だったように思う。   なぜなら、彼女がその少し前に会いに[アクセスして]来てくれていたから。

 一応、私は事故を知り、驚きはした。理不尽な怒りに茫然ともなった。

 しかし、一緒に送られてきた死亡者のリストには僅かに目を通しただけで、すぐにファイルにしまい込んだ。

 全て見るのが少し辛かったから。私はその時、辛いという感情は知っていた。

 でもその時には未だ、人間の言う“悲しみ”と言う感情が、私にはよく分からなかった。

 一週間が過ぎた

 あの時を最後にして、彼女は会いに[アクセスして]来なくなった。 私はなぜか不安になり、あの時ざっと目を通しただけの事故の資料に、再び目を通して みた。

 それは俗に言う“虫の知らせ”と言うものだったのかも知れない。

 そこに ―“アトランダム”から送られてきた死亡者の短いリストの中に― 見慣れた 彼女の名があった。

 殆ど最後の方、ほんの申し訳程度に書かれた、見落としてしまいそうな程、小さな名前。

 有る筈なんか無いと思っていた名前。 まさか彼女が事故の犠牲者になってたなんて・・・

 無機質な、漆黒の空間に印された、彼女の名前。

 何度も見返した。もしかしたら間違いではないか、その文字が、名が、消えはしないか と。でも、それは残酷なまでにくっきりと印されたままだった。

 不意に、胸が苦しくなった。締め付けられる様だった。

 只のプログラムに過ぎない筈の私の胸が激しく痛んだ。

 バラバラになってしまいそうだった。

 この電脳空間の暗闇の中、私の存在が霧散して行ってしまいそうだった。

 その日、私は“悲しみ”を知った。

 あれから長い月日が過ぎた。

 あの時、私一人だけだった此処“ORACLE”は随分と賑やかになった。

 体ができ、図書館が建ち、自由に動ける様にもなり、更に相棒ができ、客が大勢来るよ うになった。

 そして、彼女の事を思い出して胸が激しく痛むことも無くなった。

 あれは遠い日の想い出[メモリー]。もう二度と戻らない時だから。

 けれど今でも私は一人の時、彼女を想っている。

 ささやかな願いと共に。

 創られた存在、本来、在る筈の無い命である私が、こんな事を願うのは可笑しいのかも 知れない。おこがましいのかもしれない。

 けれど神よ、聴いて欲しい。この願いを。

「どうか、彼女の御魂が安らかならんことを。」

 どこかに居ると言う神よ、私のささやかな願いを叶え賜え。

 神託[オラクル]が此処、電脳空間より心を込めて祈るから・・・

―END―

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