「彼女」の思い出  りんさん・作

端整な顔立ち。黒でまとめられた長身。彼女の記憶に「彼」の姿はいまだ鮮明だ。

「ね、あたしでも勉強すればあんたみたいなヒューマンフォームロボットつくれるようになるかなあ?」

「勉強すれば、多分。」

「ならあたし、ロボット工学者になってもいいかもしれない!」

 それまでの、なんだかとまどったような表情ではなかった。彼女がはじめて会ったヒューマンフォームロボットは、そのセリフを聞 いて・・本当に優しく笑ったのだ。

「クリス、なんだか最近はご機嫌ね。」

 アトランダム本部から帰って、人がかわったようにロボット工学の勉強を熱心にしだしたクリスを見て、誰もが驚いた。一番驚き、 そして喜んだのは彼女の才能を見出した姉のコンスタンス。

「アトランダムがそんなにおもしろかった?」

「まあね。あたし、決めたのよ。」

「何を?」

「将来、ヒューマンフォームロボットつくるの!」

 声高かに言い切ったクリスに、コンスタンスは絶句した。たっぷり沈黙してから、自信まんまんの顔をしている妹の目の高さにあわ せてしゃがみこむ。

「・・・クリス、あんた、本気なの?」

「ええ、本気よ。」

「すっごく難しいのよ。世界でも作れる人、数人しかいないのよ。」

「知ってるわ。姉さんだって作れないんでしょ。」

「それなのに・・・。」

「勉強すればつくれるようになるって言ったわ。」

 コンスタンスはだまりこんだ。この妹は、完全に本気のようだ。最初の驚きが去ると、口元に優しい笑みが浮かぶ。夢をもつのはよいことだ。それに、この子には才能がある。

「・・・そうね。あんたなら出来るかもしれないわね。」

そして、ふと気がついて尋ねる。

「ところで、誰に言われたの?そのセリフ。」

 そのとたん。クリスはくるりときびすを返した。

「いーのっ!ひーみーつっ!」

 ぱたぱた、と軽い足音で走っていってしまったクリスの背後で、コンスタンスは首をかしげていた。 自分の部屋に駆け込むと、クリスはそのまま部屋付きの端末の前にすわりこんだ。電源を入れると、フロッピーをさしこむ。数秒た つと画面が明るく画像を映した。

「あたし、絶対世界一のロボット工学者になるんだから!!」

 両手で肘をつくと、クリスは満足げに画面に向かって微笑んだ。

 音井研究室の昼さがり。パルスとシグナルの調整中にみのるが研究室に入ってきた。

「お義父さま、正信さん、コンからお手紙が届いてますよ☆」

「ええーっ!う、うちの姉からーっ!?」

 クリスの悲鳴に、ええ、とうなずいておいて、教授に手紙を渡す。その周りで正信をはじめ、みのるにくっついてきた信彦ものぞき こんだ。教授が音読した内容はリュケイオンの件やマリエルのお礼だったが・・・最後の追伸に。

「P.S.クリスへ。 実家で面白いフロッピーをみつけました。同封しておきます。」

「・・なにかしら?」

「見てみればわかるじゃん☆」

 考え込むクリスの前で信彦がフロッピーを空いている端末に挿し込んだ。その瞬間、クリスがそれの正体を思い出して声を上げる。

「あああああーっ!それみちゃだめえええーっ!」

 その声はもう遅かった。興味しんしんで、画面をのぞきこんだ皆が見たのは、一人の人物。こっちを見つめている、赤い瞳。

「・・・これは、昔のパルスじゃないか。」

 正信の言葉で、クリスが硬直する。当の本人、パルスはあっけにとられて昔の自分を見つめていた。

「そういえば、クリス姉ちゃんの初恋の相手ってパルスだったんだよな。」

「これ、自分で画像くんだのか・・・。」

「クリスちゃんてば、かわいい☆」

 信彦、シグナル、みのるの言葉もクリスには届いていない。パルスが画面を指差して、ゆっくりとふりむいた。

「クリス・・・これ、お前が描いた・・・のか?」

そのなんともいえない感情の声ではじめてクリスが反応した。ぐぐぐ・・・っと手を握り締める。

「ああーっ、もうっ、やっぱりあんたが初恋の相手なんてうそよ!うそだわーっ!私の初恋かえしてーっ!」 「なんなんだっ、それはっ!」

「きーっ、なんかくやしーっ!」

 いつものように、言い合い始めた二人をながめて、シグナルと信彦が顔を見合わせた。

「まさに。」

「ケンカするほど、仲がいい。」

「だよなっ!」

 そして、同時に肩をすくめる。音井家は今日も平和です☆

END

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