聞こえる
歌が聞こえる
優しい、懐かしい歌
初めて聞くのに懐かしい歌
記憶のはるか向こう側
私のものではない記憶
そう、あの方の遠い日の歌
遠い日の歌 (青石さん・作)
「……ト」
暗闇の向こうで、誰かが呼んでいる。
「……エリオット」
いや、違う。
私は『エリオット』ではない。
私の名は……クオータだ。
何故?
訳の解らぬまま、歌声が降りかかる。
優しい、懐かしい声。
初めて聞くのに、何故そのように感じたのだろう。
存在する筈のない記憶。
思い切って目を開いてみた。すると、二人の女性が私の顔を覗き込んでいた。
一人は成人。私はどうも、彼女の腕に抱かれているらしい−−赤子として。
もう一人は幼児。どこかで見た気がする。
「あら、起きちゃった」
幼女が小さく、驚きの声を上げた。心配そうな表情で、私を抱いている女性−−おそらく母親であろう−−を見つめる。
「今は機嫌がいいみたいね。それよりメグ、自分のベッドでお休みなさい」
柔らかい声。さっきまであの歌を歌っていた声だ。
その声に対して、メグと呼ばれた幼女は不満の声を上げた。
「私も一緒に、お母様のお歌を聞いていたい」
「……仕方のない子ね」 言葉ほどには困っていないような声だった。
メグはベッドに潜り込んできた。
「お父様は、今日もお仕事?」
「ええ」
「お母様も、エリオットがもう少し大きくなったらお仕事に戻るの?」
「……ええ」
母親は少し、ためらうような返事をした。
メグは不意に、体を乗り出した。
「私、早く大きくなるね」
母親は、目を見開いた。私も思わず、彼女の方に向き直った。
「早く大きくなって、お父様とお母様のお仕事手伝うね」
それから、また私の顔を覗き込んだ。
「その時は、もちろんエリオットも一緒よ」
……ああ、そうか。
私は再び、目を閉じた。
遠くで、あの歌が聞こえる。
●
「オールグリーン。整備終了」
ダミュエル・ホーンの無表情そのままの声が、ラボを横切っていく。
その向こうでは、Dr.クエーサーが満足げな笑みをたたえて座っている。
「ありがとうございます」
私は一礼して再び顔を上げると、Dr.の視線と合わさった。
ふと、先刻の情景を思い起こしてみる。
何故私が、Dr.の−−エリオット・S・クエーサーの過去を知っているのか。
何らかの意図があって、あのイメージが私の電脳に組み込まれたのか?
それとも、私の記憶回路が何らかの異常を来したのか?
どちらもありえない話だ。 ならば、何らかの拍子に、Dr.と同調し、あるいは過去を共有したのだろうか?
……馬鹿馬鹿しい。ますますありえない。
「ん?どうしたクオータ」
Dr.が怪訝な顔をする。しばしの間、Dr.の顔を凝視してしまっていた様だ。
「いいえ、別に……」
私は再び一礼した。
目を閉じると、あの歌が微かに聞こえる気がした。
Fin
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