写真館

2003年度 (米軍)横田基地友好祭

F−14 F−14(2) F−16 F−16(夜間) F−16
(夜間2)
F/A−18 A−10 A−10(夜間) KC−135R KC−135R
(給油作業部)
KC−135R
(コックピット)
KC−135R
(レーダ)
KC−135R
(後ろより)
KC−135R
(給油口)
F−15J
(航空自衛隊)
F−4EJ改
(航空自衛隊)
T−4
(航空自衛隊)
T−3
(航空自衛隊)
移動中? 移動中?(2)
可愛いペット? サイズ比較 夜のとばり タッチダウン! 空中爆発?

・はじめに

 私の趣味のひとつに軍事関係をあげているが(自己紹介参照)、そのメインは第2次世界大戦当時のものであって、最新鋭の兵器の興味や知識については、人並みに少し毛が生えた程度である。
 それでも、「現代の軍用機の中で一番好きな機体は何?」と聞かれたら『F−14』と答えるであろう。
 理由としては、『戦闘機であること』、『可変翼であること』、『艦載機であること』があげられる。
 もちろん、それぞれの条件を満たす軍用機はいくつもあるが、やはり子供のころに流行った映画の影響が大きかったに違いない。映画と言っても、米国の映画「T○P GUN」であって、バ○キリーに変形するマ×ロスではない。(どちらも見たことが無いのは、聞かなかったことにして頂けるとありがたかったりする。)

 そんな『F−14』を日本国内で間近に見る機会は、今年の米軍横田基地の友好祭が最後であるとの情報を、某軍事フェチから入手した。(こたえ:KUN)
 ここ数年、航空自衛隊の基地航空祭に何度か足を運んで色々な軍用機を見てきたが、そこに『F−14』は無かった。
 当然である。航空母艦を持たない日本に艦載機は必要性が無いからである。
 そしてどうやら、今年の秋から『F−14A』に替わり『F/A−18E・F』が配備されることになると言う。
それならば、と言うことでKUNに声をかけたら、「行く!」とのことだったので、ここに「KUNとBUSTERの珍道中 砂けむり温泉ツアー 美人指揮官(♂?)は見た! 謎の空挺部隊の降下作戦」が始まるのであった


・おことわり

 私、BUSTERは軍事マニアでわありません。ましてや、軍事フェチでもありません。
戦闘機などが好きで、ほんの少しだけかじったことのある軍事ファンです。
したがって、本文中に間違えた形式名などがあったとしても、見なかったことにしてください。
また、一部私の勝手な想像があり、実際の内容とは若干異なることがございます。

8月23日(土)

・出発

今日も朝から暑い!
ホテルでエアコンを効かせたままだったため、この温度差が体にこたえる。

朝飯を摂った後、今日持っていく荷物をまとめる。
カメラ一式に一脚、タオルに貴重品、そして免許証。
実は事前に入手したパンフレットによると、基地内に入る際には持ち物のチェック等が行われるが、身分証明書を持っていると時間短縮になるとのこと。
ということで、免許証を持っていけば問題無いのだが・・・
免許証・・・
免許しょう・・・
免許しょ・・・
めんきょ・・・

あれ?

あれれ?
免許証が無い!

!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?

パニックになる私。

どうしよう??
普段はズボンのポケットに入れてあるのに・・・
それに昨夜、そのポケットから出したはずなのに・・・
基地に入るためのチェックが・・・
い、いやそれよりも、東京から三重まで帰るのに、途中でトラブルでもあったら・・・
それに、仕事で車を運転することも多々あるのに・・・

そんなことを考えている最中にKUNが部屋に入ってくる。
K「準備、出来た〜?」
B「まだ。って言うか、免許証が・・・」

という訳で2人による私の免許証捜索作戦が始まったのであった。
着替えを入れたカバンの中、カメラバッグ、三脚ケース、車の中、ベッドの下。
フロントにまで問い合わせたが、落し物としての届出は無いとのこと。
家にも電話で確認するが、置き忘れているわけでもない。

困った。もうすぐチェックアウトの時間なのに・・・


ふと頭の中によぎるものがあった。
このホテルのトイレは共同使用で、各部屋には無い。
そのため、トイレに行くにはズボンを穿いて、部屋の錠を閉めて行く。
その時に、鍵を免許証と同じポケットに入れて・・・
そう思った瞬間、トイレに向かっていった。
もう既に、チェックアウトが済んだ部屋の清掃が始まっている。
先ほど入った個室に再び入ると、そこには見慣れたカードケースが!
そう、私の免許証である。

実は、ウ○コをするため、個室に入った私はポケットに入れた鍵を取り出し、トイレの水タンクの上に置いた。
その時、鍵と一緒に床へ落としたのだった。
個室が洋式だったのが幸いして、ウ○コと一緒に流れることなく、私の免許証は無事であった。

・出陣

いきなりのトラブルに見舞われた為出発が遅れた私達。
既に30℃を超えている外気温。
そんな暑い中、歩いて最寄のJR八高線箱根ヶ崎駅へ。
列車を待っている時、1人の高校生ぐらいの少年が近寄ってきて、我々に話し掛けてきた。
少年「鉄道ファンの人ですか?僕は大阪からきたんですけど。」
なんじゃ?いきなり。しかもこんな所で・・・。
まぁ、ホームで列車を待っている人間のなかで、私達ぐらいだし。肩からカメラを掛けているのは。
K「・・・(いきなり、無視)」
B「いや、今日はあっち(横田基地の方向を指差しながら)」
少年「あぁ、そうですか(残念そうに立ち去りながら)・・・」


後から考えてみると、私が言った「今日はあっち」の「今日は」って、やっぱり鉄道ファンと認める発言だったよなぁ。
とっさに出た発言って、真実をついていて怖いなぁと思った出来事であった。
一旦拝島駅まで出て、JR五日市線に乗り換え牛浜駅にて下車。
ホームにはあふれそうな人の山。
駅前には臨時の切符売り場が設けられ、あらかじめ帰りの切符を買い求めている客。
そんな人の構成割合は親子連れ・家族連れが5割、一目見てカメラバッグとわかる大きな撮影機材を持った軍事ファンが3割、人目を気にしないバカップル仲睦まじそうなカップルが2割。
また、各集団中で誰かが何らかの迷彩柄を見に付けている者は7割程。
やっぱり、この客の殆どが横田基地へ向かっているのであろう。

駅から基地までの道には所々に露店が出ている。ドリンク、氷にお弁当、そして軍服など。
それらの店の大半に書かれている値段に付いている通貨単位は¥と$。やはりここは米軍の街なのであろう。

・検査

国道16号線を渡り、第5ゲートから基地へ侵入入場。
基地の外では警視庁が交通整理をしていたが、ここからは米軍兵士による整理が行われている。
ゲートを入ってすぐのところで、持ち物検査が待っていた。
机の上に荷物(リュックと三脚ケース)を置き、米兵の指示に従う。
言葉は分からないが、どうやら自分でリュックを開けて中身を見せろとのこと。
指示通り、リュックと三脚ケースを開けて中身を見せる。
当然、やましい物は入っていないので入場許可を得る。
しかし、ここの手荷物検査で引っかかるものとは何なんだろうか。

銃火器類・・・当然没収のうえ、強制連行され事情聴取。
刀剣類・・・当然没収。入場は許可されるが、陰からこっそり見つめられています。
パイナップル(手榴弾)型のライター・・・不審がられるが、煙草に火をつけてあげると問題なし。
モデルガン・・・試し撃ちの後、返してくれます。
裏ビ○オ・・・現金(米ドル)にて買取の上、場合によっては裏取引のアポをとってくれます。
反ブッ○ュ大統領のチラシ・・・没収のうえ、教育施設にて精神改造(またの名を”洗脳”)。
大量破壊兵器を製造・所持していると言われていた(ウソ)、ひげを生やした男性の御写真・・・居場所を聴かれます。
偉大なる将軍様の御写真・・・入場を拒否されたうえ、それ以後人間としての扱いをされません。

これは、私の想像であり、当事者に聞いたわけではありません。
これらの物を持ち込んで、違った対応をとられたとしても、責任は負いません。


まぁ、我々日本人が普段の生活を営むうえでの所持品であれば、何ら問題は無いと思われる。
ただ、冗談抜きでナイフ類やモデルガンなどは規制の対象になる可能性は極めて高いと思われる。
しかし、この持ち物検査も「持ち物」だけをチェックしていたが、ボディチェックまではされなかった。
当然、空港で行われるような金属探知機なども無かった。
本当に悪意がある者ならば、簡単にクリアできると思われる程度の検査であった。

交戦

検査を潜り抜け、滑走路へ。
既に、気温は35度近くまでに上がっている。
空からの日光と、滑走路からの照り返しでとんでもない状態である。
メインの展示物までの間には、色々な露店が立ち並んでいる。
それらを横目に見ながら、目的の展示物に向かう。
そこには、F−14をはじめ米軍の最新鋭(?)の航空機がズラリと並んでいる。
F−14 F−14 F−16
F/A−18 A−10 KC−135R
そんな中で、こんなものもあった。
おそらく、近くの航空自衛隊から遠征に来たのであろう。
F−15J F4−EJ改 T−4 T−3
また、公開展示をしている横で、横田基地の通常業務はあるようで、時折航空機が離着陸してゆく。
その離着陸の前後にして、搭乗員の移動があるが、少し違和感を感じる風景にでくわした。
前の輸送車(?)がCHEVROLET製なのは理解できるが、後ろの輸送車(?)は何故?
どこからどう見ても日本の軽トラなんだが・・・(笑)。
けれども、ナンバープレートは米国製のものが付いていた。
タッチダウン! 移動中? 移動中?(2)
ふと、北側を見ると、大きな機体に群がる亡者共行列を成す見物客が・・・
どうやら、展示機の中に入ることができる様だ。
その先には、空中給油機のKC−135Rが横たわっている。
また、その向こうにも、空中給油機が。
行列は少し長いが、せっかくなので、並んでみることとした。
それにしても、相変わらず、いや、さっきよりも暑くなっているのではないだろうか。
機体の下にできている影の部分には、見物客が少しでも暑さを和らげようとして涼んでいる。
やはり、時間が経つにつれて、人の座っている座っている部分の形も変わるのであろうか?
すでに、私の体から汗は流れない。汗が出てもすぐに蒸発しているか。
そんな中、1時間ほど待ったであろうか、ようやく機内へ入ることができた。
KC−135R KC−135R
(給油口)
KC−135R
(給油作業部)
KC−135R
(コックピット)
KC−135R
(レーダ)
サイズ比較
機内は思ったよりも狭く、高さは2メートル前後、両幅も大人2人が両腕を伸ばしたら触れ合うぐらいである。
もちろん、給油される燃料は別のところに収められているのであり、機内は空中では与圧されて人員の輸送機としても利用できるとのこと。
給油作業部は実に狭く、機体後部に設けられた小窓から、後方に付く味方機を腹ばいに見ながら給油作業を行うとのこと。
たとえ、任務と割り切ったとしても、苦しい体制だと思う。
さらに、航空機の中枢であるコックピット部へ。
レーダ部を含め、さすがに、あらゆる計器が配置されている。
当然ながら、車の運転席などとは比べ物にならない複雑さである。
一度、機会があれば、旅客機のコックピット部を見学させてもらいたものである。

退却

機内の見学を終え、外に出ると再び強い日差しが私を襲う。
さっき飲んだお茶が汗となって流れるがそれも束の間、すぐに蒸発してか流れなくなる。
他にも展示されている機体を見て回るが、暑さの為か頭がボーっとしてくる。
水分を摂っても、汗は少し流れるだけで、すぐに流れなくなる。
・・・流れなくなる?
もしかして、汗が蒸発しているのではなく、根本的に汗が出ていない?
それって、熱中症?
や、やばい!
このままでは、新聞の片隅に、
「横田基地友好祭 ファン 熱中症で倒れる!」
なんて見出しで書かれてしまう。
どうしよう・・・?

とりあえず、ここは一旦退却し、態勢を立て直さなくてはならない。
ここで朽ち果てるわけにはいかないのだ!
これまで散っていった数多くの友の為に・・・?
そんなことを考える余裕があったわけも無く、ただだるくボーっとしてくる。
KUNに状況を話し、一旦ホテルに帰ることとする。
重い足を引きずりながら牛浜駅まで戻る。
ここから列車を乗り継いで帰るのは、とてもじゃないが苦しい。
駅前でタクシーを拾い、ホテルまで直帰。
チェックインを済ませて部屋に入ると、既に部屋を冷やしてくれているエアコンの設定温度を最低まで下げて、更に冷房を効かす。
上半身は裸になって、途中で買った「熱冷まシート」を2枚、おでこと左脇下にそれぞれ貼り畳の上に寝転がる。
水分を摂る為に起き上がってポカリスエットを飲んで再び横になるとき、ウッとなりもう少しでリバースするところであった。
しかし、部屋の冷房と熱冷まシートのおかげで、静かに眠りに付く。

補給

   ・
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   ・
   ・
   ・
   ・
1時間半ほど寝たであろうか。時計の針は5時過ぎを指していた。
隣室のKUNに声を掛け、とりあえず復活したことを知らせる。
これからのことを相談すると、彼は再び基地で夜間偵察撮影を行うという。
私はどうするか思案したが、滅多に無い機会を逃すわけにはいかない。
ここは、少しばかり無理をしてでも、KUNと同様、夜間偵察撮影を行うこととした。

出撃

再び準備を整え、朝と同じルートで箱根ヶ崎駅から牛浜駅へ。
そして、夜のとばりを横田基地へと向かう。
門をくぐると再び入国審査。
しかし、この時間になると、敵も油断しているのか、チェックもいいかげんである。
荷物の中身を開けさせることもなく、我々の姿を見て何も疑わずにOKを出す。
本当に、こんなものでいいのだろうか?

夜襲

基地中への侵入に成功した我々は、再び展示されている機体へと向かった。
しかし、敵もさる物ながら、警備は厳しいようで、立ち入り区域を縮小していた。
相変わらず賑わっている露店の集まる区域と機体展示の区域とをロープで仕切っており、その先では、兵士が2人で見張っている。
これでは迂闊なまねはできない。
ここは、可能な限り近寄り、なおかつ安全な区域での偵察撮影をすることとした。
F−16(夜間) F−16(夜間2)
A−10(夜間) 夜のとばり
時折、遠くで聞こえる爆発音が気にはなったが、撮影には概ね成功したと思われる。
空中爆発?

追撃

我々は当初の目的を達成することができたため、帰投する準備を始める。
そんな中、敵もようやく態勢が整った様で、侵入者の追撃を開始した。
とはいっても、どうやら攻撃する気は無い様で、あえて侵入者を追い返すことだけが目的の様である。
我々もこれまで、まともな食事を摂っていなかった為、途中の露店で戦闘時の非常食を摂っていたのだが、その時にも間近まで迫り、我々に強いプレッシャーをかけてくる。
さすがに、こいつらに追われては、私も仕方なく、非常食を摂る事を途中であきらめ、国境近くの非武装地帯まで退くこととした。
可愛いペット?

凱旋

非武装地帯を抜け、我国の領土内へと戻る。
ここまでくれば、敵も追っては来れないだろう。

という訳で、横田基地を後にした我々は、再び牛浜駅からタクシーに乗ってホテルまで帰ることとした。

以上、2003年米軍横田基地友好祭のリポートでした。
この友好祭は8月の23日と24日の2日間行われましたが、我々は都合上23日しか行きませんでした。
聞いた話によると、24日の帰投の際には、何だか一芸を見せてくれた機体があったとか。
次回も機会があれば行ってみたいものです。

<注意>
私は今回初めて、熱中症になりました。
症状は極めて初期のものでしたが、それでも体がだるく、思考能力も大変低下します。
本文も後半になると、熱中症になった影響か、若干思考と表現が偏っております(?)。
もちろん、放っておくと命を落とすこともある症状です。

事前の対策としては、できるだけ日陰に入って直射日光を避けることです。
直射日光が避けられない時は、帽子をかぶり少しでも日陰を作って、その中に入ることです。
また、こまめに水分を摂り汗をかくことです。
今回の私みたいに、
「汗が流れない」=「汗が蒸発している」
などと、勝手な(マヌケな)解釈をしないで、
「汗が流れない」=「体内の水分が不足している」=「危険な状態の一歩手前」
であると解釈してください。

そして、万が一この様な状態になった時は、
1.日陰に入り、
2.体を冷やし、
3.水分を摂る。

ことです。
私の場合、ホテルに帰って部屋のカーテンを閉めることで1番を、熱冷まシートを体に貼ることで2番を、ポカリスエットを飲むことで3番を実行したことになります。
もちろん、個人差があるので、必ずしもこれが正しいとは限りませんが、現にこうして元気に生きているということは、あながち間違った対処ではなかった様です。
あと、聞いた話によると、3番の水分については、水だけよりも、スポーツドリンクと水とを1:1の割合で混ぜたものを飲むと、効率よく体内に水分を吸収できるそうです。
なお、ここに書いた対処法は素人のうろおぼえですので、これにより被害があったとしても、私に文句を言ってこないでください。

くどいようですが、夏場の炎天下に行われるイベントには注意してください。
命を落とすこともあります。
せっかくの楽しいイベントを悲しい思い出にしないためにも。

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