当店について

大為陶器みにみに博物館



〜明治中期、九谷の某窯にて焼かれた看板〜

「各国」とはもちろん今で言う「県」のこと、「問屋」は、産地からそれぞれの地域の消費者への橋渡しをすると同時に、さらに郊外の町や近郊の村への卸業務も行っていたことによる言い方のようです。
当時、当店を含む六軒の陶器店が、同じ図案のそれぞれの屋号の看板を一緒に製作したと聞かされております。現在では、その資料がないため、どの窯で焼かれたのか、他の五軒がどこの商店であったのか定かではございませんが、全国のどこかでこれらの看板達が引き継がれていることを願ってやみません。



ご来店心より御待ち申し上げます
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