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オープンによせて皆様へのお手紙 今から50年前、結核を克服、命在る喜びに輝いていた上田誠克33歳。かたや芸術に憧れる夢子、林郁子19歳。二人は大阪市立美術研究所で出逢いました。そこは大阪美術館の地階にあり、美術を志す人が学ぶ所です。若いハートがぶつかり恋が芽えます。親の反対ものともせず結婚。夫は制作に没頭し、個展もどんどん開催。大阪府主催の美術展では作品買上げも。妻は版画家・夫を支える生活の担い手でした。 今から33年前、美しい凸の表現エンボス版画から作品が変化します。66本の金属光頭柱と木を組み合わせた独創の道具を完成。自力圧力で紙を破る版画、パーホグラフィックアートのメカと技術発表を目的に二人は渡米。幸運にもポートランド美術館管理者、ゴードン・ギルキー氏(美術界では有名)が作品と道具と行動に共鳴、デモンストレーションの紹介文をサイン入りで書いてくれました。 |
おかげで点と点が旅の行程となり、2年間、アメリカをラウンド17ヵ所の大学、美術館、研究所でデモが実現、個展も数回開きました。日系の友人も驚いたものです。帰国後、今度は日本、現代美術の届かない田舎めがけて、単身、軽のBANで巡回します。 |
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