風呂に入るお地蔵さん   
 昔、四十八滝で有名な赤目の丈六の道ばたに、きれいなお地蔵さんがひとつあったそうな。ある夜、村人がお地蔵さんの前を通りかかったら、どういうわけか、お地蔵さんがおらんようになっとった。
『ありゃあ、おかしいぞ。確かにここにあったんじゃがなあ。不思議なことじゃのう。』
あわわててあたりを見回したが、どこにも見当たらんかった。村人は、これはえらいことやとあわてて隣の家へ駆け込んでの
『おい、えらいこっちゃ、地蔵さんがおらんようになってしもうた。』
『そんなばかなことがあるもんか。石で出来ている地蔵さまがひとりで歩いてどこかへ行ったとでも、いうんか。ワッハッハッ。笑わすでないよ。』
隣の人は最初相手にしなかったんやが、疑いながらも念のため一緒に道に出てみると、いなかったはずのお地蔵さんがちゃーんとおるではないか。
『なんじゃあ、いるやないか。お前さんどうかしとるよ。』
『いやあ、さっきは絶対いなかったんじゃよ。ほんまに不思議なことやのう。』
『お前さん、キツネに化かされたんじゃないのかい。』
『いや、絶対そんなことはねェよ…。わしが見た時はなかったんじゃ…。』
二人はキツネにつままれたような思いで帰って行ったのじゃった。
そんなことがあったとき、近くのお茶屋さんの家では、夜になると決まって、
『こんばんは。すんまへんけどちょっと風呂に入らせてもらえまへんやろか。』
知らない人が訪ねてくるという不思議な事がおこっておっての。
このころは、どこの家にもお風呂があったわけではなかったんじゃがこのお茶屋の家には木の風呂があったのじゃ。お茶屋さんは年寄り夫婦と夫婦を気づかって婚礼の年をおおきくこした息子の三人ずまいじゃった。三人だけなので風呂をわかすと近所の人たちにも声をかけておった。そりゃあもうたいそう気のいい人たちでお風呂をもらいにくる知らない人にも、
『どちらさんか存じませんが、どうぞゆっくり風呂に入ってだあこ。』
気持ちよくすすめとったのじゃ。それからというもの、お地蔵さんがいなくなった話と知らない人がお茶屋さんに風呂をもらいにくるという二つの不思議な話が、だんだん村中に広まっていったそうな。
村人たちは、この不思議な話に、なにか関係があるか確かめようと相談し合って、お地蔵さんの前で番をしとった。
あたりはだんだん薄暗くなって、日もとっぷりとくれたころじゃった。
『あー。動いた。』
息をこらしていた村人たちは大声を出しかけた。月の光に照らされたお地蔵さんが動き出したんじゃ。
『あー、歩きはじめたぞ。手も振っておる。エライこつちゃ。』
石で出来たお地蔵さんの足が、手が、見る見るうちに動き、だんだんその動きも大きくなっていったそうな。そしてとうとうゆっくりゆっくり歩き始めたんじゃ。歩いているうちに、少しずつ、人間の姿にかわっていくではないか。これを見ていた村人はただ、ただビックリ。驚きながらもお地蔵さんの後をつけて行った。しばらくつけてゆくと、お地蔵さんはいつものお茶屋さんの前で立ち止まり戸をトントン。
『こんばんは。すんまへんけど、お風呂に入らせてもらえまへんやろか。』
声をかけると、すぐにお茶屋さんへ入って行ってしもうた。翌朝、うわさはたちまち広がり、お地蔵さんが人間に化けてお茶屋さんの家へお風呂をもらいに行くということが、村中に知れわたった。ひとつこの目で見たいものだとあくる晩、お地蔵さんの前はいっぱいの人だかり。しかし、どうしたことか動く気配すら見せん。その夜から、お風呂をもらいにくる知らない人も、お茶屋さんに来なくなってしもうたそうな。
お茶屋さんのひとり息子は心配になって、毎日、毎日しまい湯になるとお地蔵さんのお身ぬぐいをしてやったそうな。ある寒い夜、いつものようにお湯を酌んでお地蔵さんのところに行くと、ひとりの薄汚れた長い髪の女の人が立っておった。お茶屋さんの息子は
『どちらさんか存じませんが、湯に入ってあったまってゆきなはれ。』
と女の人に風呂をすすめたんじゃ。風呂場にはお母さんの若いころの着物をおいて着替えるようにいった。しばらくたって女の人が
『ありがとうございました。よーくあたたまりました。』
と風呂からあがってきた、見ると、さっき地蔵さんの前にいた時とはうってかわって美しい娘じゃった。どこから来たのかたずねても、なんとも言わん。夜もふけていたので、年老いた夫婦も、ふかくは尋ねず、その日は泊まってゆくようにすすめた。
次の朝、娘は親切のお礼といって朝はやくから薪をわったりあさげのしたくをしたそうな。どこか行くあてはあるのかと聞いてもなにも言わん。老夫婦はなにも言わん娘をほんとうの娘のようにいたわったんじゃ。そして、ひとり息子も、もういい年なので心配だ、家の嫁になってくれないかと娘に話した。
それからしばらくたって、娘はお茶屋さんの嫁になった。
お地蔵さんが入ったという、お茶屋さんの風呂の話はよその村にも広まり見物にくる人もふえたんじゃ。村には珍しいくらいの美しいお嫁さんの入れてくれるお茶はおいしく、見物人はお茶屋さんでお茶を飲んだり、お土産にお茶を買ったりして、お茶屋さんはみるみる大金持ちになりましたんじゃと。そしてお茶屋さんの家族はみんな長生きし幸せに暮らしたそうな。村人たちはこのお地蔵さんを大事に大事におまつりし、「福寿延命縁結地蔵」いうて、今でもお参りしていますとさ。このお地蔵さんは赤目、丈六寺という寺の入口にまつられており、毎年12月24日には、お身ぬぐいといって村人たちは、きれいにからだを洗ってあげているそうじゃ。いつみても、お風呂からでてきたばかりのようなきれいなお地蔵さんじゃよ。

おわり