2-1 つつじが丘の生い立ち

昭和51年2月 大倉建設株式会社によって造成工事が着工されました。
開発当初の基本計画とその後の街づくりについて、文化的見地から足跡をたどって見ます。


・開発の基本計画:豊かな街。自然と生活環境に恵まれた絶好の住宅地「つつじが丘」
あふれる陽光。目にしみる緑。木々をつたわる爽やかな風。庭には草花がいまを盛りと咲きほこり、手入れのゆき届いた芝生で母と子がたわむれ・・・。
降るような蝉しぐれと、虫あみを手にその姿を求めて足音をしのばせる子供たち。中央センタ−にはモダンな店々にショッピングを楽しむ人びとの笑い声がさざめいて・・・。
ストレスと都市公害に、ややもすると失われようとする人間性が、いま回復できる街、それがつつじが丘住宅地です。

総区画数/約4,400区画   計画人口/約17,600人
総面積190万uの44.2%の広さが、教育・公園・文化等公共・公益施設。

公共・公益施設/中学校用地1ヶ所、小学校用地2ヶ所、幼稚園用地3ヶ所、保育所用地3ヶ所、公民館用地4ヶ所、集会所用地8ヶ所、中央公園用地1ヶ所、児童公園用地12ヶ所、医療用地その他各種公共・公益用地が確保されました。
[大倉建設の広告資料より]

・豊かな街を実現した「つつじが丘」

つつじが丘オレンジ通り つつじが丘住宅街

今年(平成25年)開発から37年、つつじが丘は世帯数4,000世帯・人口10,300人(平成12年は3,350世帯・人口11,300人)年々高齢化が進んでいるとは言え、大きな街に発展して来ています。
まさしく、基本計画に掲げられた豊かな街・自然と生活環境に恵まれた街が実現しました。今後、さらに発展して行くことでしょう。

つつじが丘の人口と世帯数および街づくり推移

年度統計
(10月末)
人 口 内男子 内女子 世帯数         主 要 行 事 等 あ ゆ み
昭和52年 昭和52年2月 第1号入居 昭和55.05.27 広報つつじ第1号創刊
   53年   263  146  117   72    56.04.05 つつじが丘小学校開校式
   54年 1,163  587  576  300    56.07.07   〃  プ−ル完成
   55年 2,550 1,267 1,283  623    58.04.01   〃  校舎増築
   56年 3,861 1,931 1,930  991    58.05.01 名張警察署つつじが丘派出所設置
   57年 4,776 2,394 2,382 1,226    59.11.08 名張消防署つつじが丘出張所業務開始
   58年 5,676 2,854 2,822 1,448    60.03.25 つつじが丘公民館 竣工
   59年 6,139 3,059 3,080 1,573    63.08.14 広報つつじ100号発行
   60年 6,455 3,213 3,242 1,604 平成 1.04.01 つつじが丘公園オ−プン(テニスコ−ト、
ゲ−トボ−ル場)
   61年 6,749 3,364 3,385 1,756
   62年 7,029 3,499 3,530 1,844     1.09.23 動物愛護フェスティバルを公民館で開催
   63年 7,362 3,648 3,714 1,944
平成 1年 7,838 3,909 3,929 2,061    02.06.16 つつじが丘小学校創立10周年記念式典
    2年 8,393 4,157 4,236 2,231    03.05.15 南中学校の格技場が完成
    3年 8,778 4,353 4,425 2,361     3.09.23 動物愛護フェスティバルを公民館で開催
    4年 9,069 4,476 4,593 2,481
    5年 9,446 4,654 4,792 2,633     4.04.01 南中学校創立10周年
    6年 10,031 4,935 5,096 2,840     4.09.01 市総合防災訓練つつじが丘小学校で開催
    7年 10,427 5,125 5,302 3,007     6.04.01 つつじが丘公園改修完成(多目的グランド、
グランドゴルフ場、駐車場ほか)
    8年 10,644 5,233 5,411 3,121
    9年 10,961 5,387 5,574 3,250     8.12.01 広報つつじ200号発行
   10年 11,107 5,447 5,660 3,371    10.08.06 自治会創立20周年記念「つつじが丘夏祭り」開催
当日インターネット体験教室も開催
   11年 11,264 5,529 5,735 3,466    11.08.07 インターネット祭 '99を公民館で開催
   12年 11,297 5,554 5,743 3,549    12.07.02 つつじが丘小学校創立20周年記念式典
   13年 11,263 5,520 5,743 3,624    13.02.17 つつじが丘まちづくり準備委員会発足
   14年 11,211 5,504 5,707 3,670    14.11.09 南中学校創立20周年記念式典
   15年 11,089 5,452 5,637 3,701    15.06.28
   15.10.23
 
つつじが丘・春日丘地区地域づくり委員会発足
つつじが丘公民館が文部科学大臣より優良公民館
として表彰される
   16年 11,105 5,453 5,649 3,760    16.02.20
   16.10.01
公園美化活動「ぐりーんぼらんてぃあの会」結成
つつじが丘公民館多目的ホールの建設着工
   17年 11,011 5,391 5,620 3,798    17.03.20
   17.08.20
つつじが丘公民館多目的ホール完成
つつじが丘地域づくり委員会設立
   18年 10,898 5,321 5,577 3,828    18.12.01 つつじが丘自治会・同地域づくり委員会が
『みえの防災奨励賞』を受賞
   19年 10,698 5,228 5,470 3,819    19.02.05 「つつじが丘地区まちの保健室」(地区保健福祉
センター)を公民館内に開所
   20年 10,590 5,164 5,426 3,852    20.11.11 新北集会所竣工式 11/23〜使用開始
   21年 10,580 5,143 5,437 3,876    21.04.26 つつじが丘地域自治協議会が発足
   22年 10,467 5,089 5,378 3,898    22.06.20
   22.08.14
   
地域バス(アピタ名張店お買物無料バス)運行開始
つつじが丘小学校創立30周年記念式典
          20周年記念タイムカプセルを開封
   23年 10,394 5,034 5,360 3,938    23.09.30
   23.11.21
東日本大震災に伴う義援金贈呈
公民館一階ロビーに「交流サロン・モア」開設
   24年 10,351 5,019 5,332 3,977    24.03.16
   24.10.01
   
   
つつじが丘・春日丘地域ビジョン発表
旧南集会所跡に「生活支援センター」設置
移動支援事業「はーとバス」運行開始(式典:10/15)
南中学校創立30周年記念式典
   25年 10,273 4,955 5,318 4,012    25.06.03
   
つつじが丘・春日丘自治協議会,つつじが丘公民館が
facebookに参加し掲載開始


・つつじが丘の昔を聞く  (つつじが丘まちづくり委員会・教育文化部会編より)
 平成15年7月21日、“つつじが丘まちづくり委員会・教育文化部会”により『つつじが丘の昔を聞く会』が開催されました。
於:名張市国津地区奈垣集会所
説明された方々 (奈垣地区から)
竹内 浅次さん(88歳) つつじが丘造成当時4名の方と共に、大倉建設と地元の方々との調停役をされた方。
山口 長四郎さん   (前名張市議会議員) 南中学校建設等にかかわってこられた方。
森下 奈垣区長さん
上嶋 神屋区長さん
中山 ツヤ子さん

● 造成以前のつつじが丘は、主に自然の雑木林で深い山ではなく、炭を焼いたり畑を耕したり、山の谷間にある棚田で米作りをしていたが集落や民家はなかった。田は谷沿いの棚田だったので、水は充分にあるが「水田(みずた)」と言って水気が抜けなくて困った。
● きのこはたくさん採れた。(松茸・しめじ・こう茸・くろかわ・すどし等)
● 戦後松くい虫が大発生して、松がやられてしまい松茸は採れなくなった。松を切って杉を植えたところもある。みんな自給自足の生活だった。
● 鹿、イノシシが生息していた。谷川にはウナギがいた。池や湿地もところどころにあったが30%〜40%は禿山であった。
● つつじが丘交番あたりから上が奈垣地区に入り、下が下比奈知地区に入った。
● 造成以前の字(あざ)名としては、「内浦」「上下(じょうげ)」「目細(めおそ)」「板屋」「松尾」などに当る。
● 開発前のつつじが丘には、国津の人々が山を下りるための古い道が3本あった。(名張市街・比奈知方面・青蓮寺川へ)種々の作物を牛や馬の背に乗せて生活のための道として使っていた。その道は美杉村太郎生や奈良県曽爾村にも通じており、古くから人や物の行き来があった。
● 炭、まき、まゆ(養蚕)、野菜、きのこ等を積んで、名張の町へ出かけて行き、魚や菜種油等を買った。
● 今の奈垣から南番町のあたりまでは田や畑があったが、それより下がると、ほとんどが雑木の山だった。
● 田植えの初日、「サビラキ」といって豆ご飯でフキダワラを作り籠に入れ、田の水戸口などに供えて豊作祈願 した。
● 田植えの後、「サナブリ」といって、フキダワラを食べたり、振舞ったりする。
● お正月6日の夜は、山の神さんの「鍵引き」ということを今もやっている。山の神さんの前に注連縄を掛け渡し、ウツギの枝を引っ掛けて、鍵引き歌を唱えながらその年の豊作を祈念して引き寄せる。山の神さんは女の神さんなので、「鍵引き」は男の人がやることになっている。
● 1月7日には七草がゆ。ナズナ、水菜等をきざみこんで、鍵引きの時の餅を入れて食べる。
● 大峰山には男が一人前になるために必ず参った。大人になってからも10回も20回も参り、厄年には男も女も参った。


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