政策レポート−名張市長 亀井利克
3市長鼎談 私のコミュニティ論(2)
  …市町村合併とコミュニティ…

  『コミュニティ政策 2』2004年7月

新潟県豊栄市長 小川竹二
三重県名張市長 亀井利克
石川県七尾市長 武元文平
司会 日本経済新聞社:中西晴史

  第2回コミュニティ政策学会・研究フォーラム大会
  (於犬山市)(平成15年7月5日)


司会(中西)  豊栄市長の小川さんが、用事で18時くらいに退席されるということをあらかじめお断りしておきます。
 現在、全国の3,200の市町村の7〜8割ぐらいが研究会をつくって合併の相談をしています。全国的に「平成の大合併」と言われています。合併のすべてが実現するわけではないのですが、何か振り回されているところがあって、本当に内発的にやりたくてやっているところというのは少なくて、2005年の合併の特例法(「市町村の合併の特例に関する法律」)の期限が切れる前に駆け込んでおかないと合併特例債で事業ができないと、ともかく今やっておかないと財政がパンクしてしまうというような、何となく追い込まれ型の合併が多いのが、「平成の大合併」と呼ばれるものの実態だろうと思います。
 今日、ご出席のお三方の三市は、それぞれ非常に異なったパターンで合併が考えられています。新潟県豊栄市は、新潟市の東側に位置していますが、新潟市が大合併で政令指定都市になろうという意向があり、どちらかというと吸収合併されていくようなパターンの都市です。
 三重県の名張市は、伊賀地方で合併構想があったのですが、今年の2月に住民投票でノーの答えが出て、名張市は単独でいくという選択をされています。
 石川県の七尾市は、七尾市が兄貴分で周辺の3町を吸収します。
 ですから、吸収される側、単独でいく側、それから吸収する側という三者三様の立場があるわけですね。
 いずれにせよ、先ほど言いましたように、喜んで合併しようというところは少なくて、合併してとりあえずは事業をする、財政危機の先送りをするというようなところも多いわけです。そこで常に議論になるのが、地域が寂れてしまうというような非常に根強い不安感です。それが、今日のテーマのコミュニティ論とつながっていくのであろうと思います。
 今、言いましたように、どのようなことで合併を巡る選択をされたのかということ、それから現在、それぞれ三市でどのようなコミュニティ政策に取り組まれているのか、そしてまた、合併あるいは単独も含めて、今後の展開をどのように考えておられるのかということを中心に鼎談をしていただこうと考えております。
 それでは、まず豊栄市長の小川さんから、政令指定都市になる新潟市に巻き込まれるのではないかと思いますが、なぜそのような新潟市に編入というか吸収されるような形での選択をしたのかという点から口火を切っていただきたいと思います。


小 川  豊栄市長の小川です。先ほど白石先生のお話の中にヨーロッパの地域自治のあり方が変わってきている、2つのベクトルがあるというお話がありました。1つは合併を含めて広域化をしようという流れ、またもう1つは狭域化、分権のほうの流れというものがあるというお話がありました。スウェーデン型、あるいはフランス型と言ってもいいのかもしれませんが、そういう流れがあるようです。
 私は、日本の場合は、広域的なかたちで展開をしなければならない状況もありますし、また一方では狭域的分権をしっかりと考えなければならないという、大変欲張りな第3の道があるような気がしています。こんなところで、私どもの考え方をお話申しあげたいと思います。
 それから、いろいろな論があると思うのですが、平成17年3月までに合併をします。これは地方にとっては非常に大きなプレッシャーです。1つの時間が設定されています。そのようななかで、私どもはコミュニティのことを大きく取りあげようということですから、極めて実践的な課題としてコミュニティを取りあげていかないとうまくいかないと思っております。今日はそんなことで参加をさせていただきました。
 まず時間がありませんので、レジュメに沿いながらお話をしたいと思います。
 合併についての考え方は、T、U、Vのところでお話ししてありますが、国が進めているのは、集権的な合併だということです。我々が自主的にやろうと思っているは、住民自治等をつくりながら、自分たちで納得のいく環境をつくろうという、分権的な合併の流れがあると思っております。とてつもない大きな政令指定都市の中に、いかに分権組織をつくるかということを試みているところです。
 しかし、この集権的な国家ができたのは、明治政府ができたときからなのですね。ですからまさに私どもの生活は、100年以上の間、この集権的な国家体制のなかで、あるいは我々の意識もそれに習って暮らしてきたということですから、具体的には理屈だけでは通らない非常に大きな問題があります。
 国に対して分権をせよということは言えますが、逆に我々のなかで、本当に分権的な考え方が育っているかどうか、これが非常に大きなところだと思います。実は、むしろそちらのほうが重要だと思います。
 政令指定都市を立ち上げるには、そこの地域性というのがあると思います。特に新潟市というのは、53万の人口ですが、そこに周辺の12市町村が加わりまして、78万人の政令指定都市をつくろうということです。
 なぜ、政令指定都市を急ぐのかということは、合併特例法と大いに関係がありまして、この平成17年3月までに合併をするのであれば、70万人でもよいという見解が総務省のなかにあるのですね。私どもに先行しています静岡県清水市(現静岡市)が70万人ちょっとです。それが政令都市の次の14番目あたりになるのかと思うのですが、この特例法以内にあるものについては、70万という人口要件に切り下げようと、これも飴と鞭の1つかもしれませんが、そのようなことを言っています。
 そうなりますと新潟圏域におきましては、もともと100万人都市をつくろうという県もあったのですが非現実的でした。しかし、ここにきて70万を超える人口要件が出てくると1つのチャンスだという動きがあります。住民のなかにも、政令指定都市になって大きな権限を得たいという意見もあります。経済界、あるいは大きな意味で将来を考える方々、行政の立場というようなところから、むしろ政令指定都市を目指すという考え方もあります。
 この政令指定都市をつくる理由が4つあります。1つは、現在ある13の政令指定都市というのは、全部太平洋岸側に面しています。いわゆる経済が発展し、高度成長して、そして人口が集中してくるというところに政令指定都市ができてきたわけです。
 しかし、新潟市で政令指定都市をつくるということになりますと、日本海側でたった1つ可能性があるということです。先ほど申し上げましたが、78万の人口を集積することができます。このような意味で可能性があるということです。表日本の方々はあまり感じないかもしれませんが、我々、裏日本と言われる日本海側からしますと、どうしてもバランスのあるかたちで地域拠点都市をつくりたいという願いがあります。
 それから、新潟市の特徴は、北東アジアの都市と非常に深い交流の歴史をもっております。環日本海の拠点ということで、それにふさわしい都市をつくろうと、これは長い間、計画をしてきたところです。北東アジアフォーラムとか、(財)環日本海経済研究所とかを立ち上げておりますし、ロシア領事館あるいは韓国の領事館などもあります。そのような関係で、北東アジアを担って、国際性のある都市をつくろうというのがあります。
 それから、これはどこでも共通だと思いますが、すでに破壊された地域経済を自力で起こしていこうと、それには大きな都市という基盤がいるのではないだろうかということです。
 それから、もう1つの特徴は、おそらく政令指定都市の中で、農業が格段に重要な意味を持つところです。農業の問題をここで述べるわけにはいきませんが、やはり循環型の農業、これを立ち上げる、それには、それなりの政策的自立をした形でないとできないだろうということで、農業者からは、やはり自立した農業政策、循環型農業にかわるような農業政策をたててほしいということで、田園型政令指定都市という呼び方もあげています。
 それからあと1つは、この際、分権自治による区政をつくろうということを主張してきました。この4点が、政令指定都市をつくる理由になっているわけです。1番問題なのは、この最後の4番目の分権自治による区政をつくるということです。分権型の合併をするということについて、相当の論を呼びました。
 最後まで、これはもめるだろうということで、私としては、任意協議会をじっくりやり、法定協議会はその討論を踏まえて短時間てやろうという考え方でおります。
 この任意協議会のところで、これは異例ですが、「政令指定都市の実現を目指す決議」という決議をしました。この中で住民自治を一層すすめるのだと、地域コミュニティをつくるのだと、このようなことをはっきり最初の基本的な文書の中に盛り込むことをしました。
 それから、今は建設計画に移っているわけですが、建設計画の総論の中では、さらに具体的に、「分権型政令指定都市」という言葉を使って、区をどのように扱うのかということをさらに詳しく書いております。
 もう1つの要因としては、この中心になる新潟市長の選挙がありました。新聞記者であった篠田さんという方が当選をしました。市民派あるは分権派と言われる方で、我々の考え方に同調する方です。その方の公約も含めて考え方をまとめて出してあります。これも分権時代を切り開き市民自治を充実させるという考えで当選をされました。それらと一緒になって、私どもはこの大政令指定都市というべきものに、区政の分権をされて住民自治が残るかたちの政令指定都市をつくろうということです。
 また、後半のところでお話ができるかと思いますが、そんなところでして、大変苦労もしておりますが、その方向で新しい試みをしようということです。
 いろいろと立ち上げる理由はありますが、私としては、政令指定都市の大きな目標は、やはり国をかえる、そして新潟県あるいは日本海側の経済をかえていくという大きな目標のためには、やはり政令指定都市は必要であろうと、しかし、その政令指定都市というのは、決して住民を見捨てるということではなくて、しっかりとコミュニティを起こしていく必要があると思います。
 そのためにつくっておりますコミュニティについては、合併をにらみながらやっておりますので、かなり戦略的にコミュニティをつくっていきます。ですから、よく議員の方にコミュニティは100年かけてつくるものだと言われるのですが、私は平成13年から直接、コミュニティを立ち上げる地域活性化特別予算というものを1億円つけまして、地域を起こしながら、コミュニティを励ますという施策をつくって3年目です。
 ちなみに、私のところの予算は170億円ですが、その中から1億円を割きました。これは補助金ではありません。自主的に使っていただくという方向でコミュニティ起こしをやっております。今日は、私と5つのコミュニティセンター長も一緒に来てお話を聞いております。そんな状況です。


司会(中西)  ありがとうございました。田園型政令指定都市、あるいは分権型政令指定市というお話でした。そしてまた日本海側で初めての政令指定都市をつくるというのはよく分かるのですが、そうは言っても、豊栄市が消えるということに対する住民からの意見とか反発というようなものはどうでしたでしょうか。


小 川  私どもは、おりあるごとにアンケート調査を実施しております。都合2回実施しまして、最終的にはもう1回、合併についてのイエス、ノーを含めたアンケートをやりたいと思っております。そのアンケートを見ますと、合併せざるを得ないのかなという不安な気持ちも含めて、合併のほうをという意見が6割です。それから、どちらかといえば合併はしたくないという消極的な意味での合併反対も含めて4割くらいの状況です。
 特に、私どもが力を入れてお話をしていますのは、区というのは何なのか、単なる法律における行政区でいいのかどうか、この際、自治の行なえる区をつくろうということを考えております。その区の提案を出しながら、話をしているところでして、それを現実に見ていないわけですから、それもまた不安だというのもあります。
 しかし、新潟市を除く12の市町村というのは、3つが市で、あとが町村です。町村のなかでは、4つほど昭和の合併にも参加をせず100年の歴史を誇る村があります。
 私は、これらの村の自治というか、まさにコミュニティの自治なのですが、非常に大事だと思っていまして、この村の自治を一単位として考えていきたいと思っております。
 私は、中学校区ごとのコミュニティの設立を話しています。5つの中学校がありますから、中学校区に分けていろいろと討論をしておりますが、合併の話もこの5つのコミュニティごとに集会を開いて、コミュニティとしての要望も含めて合併の説明および論議をしていただくということです。
 そのような意味では、一番新しい分権された区をどのようにつくるかということについて、自分たちが現在行なっているコミュニティ活動とどのように繋がるのかということについては、かなり認識が深いと思っております。不安がたくさんあることは事実ですが、私は前向きに進んでいるなと思っております。


司会(中西)  単独姿勢というオプションは、市長の中にはなかったですか。


小 川  そういうお話をいただきますと、大変うれしくなるのですが、私も16年市長をやっておりますので、自分の成果をここまでつくり上げてきたというのがありますから、住民の皆さんに、何とか合併せずにできないのかというお話をいただきますと、涙がでるほどうれしいのですが、そうは言ってもいられないと思います。
 これは財政の問題だけではありません。私のところには港がありますが、豊栄市で港を管理し運営していくことは重すぎます。そしてまた、この財産については、やはり政令指定都市の大きな広域圏の中で使われるべぎではないだろうかという気もしております。
 それから農業問題についても、市町村の政策では、農業問題は解決できません。やはりもう1ランク上げまして、政策的に決定権のある自由を得ませんと、今日明日、行き先の分からない農業問題の先が見えてこないということがあります。
 先を見ながら考えるということでしょうか。これは私の気持ちの中でも、自分のまちを自分がつくってきて、ここで編入という形は、いささか引っ掛かるものもありますが、大局的に先を見れば、やむを得ないのではないかと思います。


司会(中西)  ありがとうございました。それでは、つづきまして三重県名張市の亀井市長にお願いしたいと思います。先ほど言いましたように、名張市の場合は、伊賀上野を含めて、「伊賀市」という構想があったのですが、住民投票で反対派が多かったということで、単独の選択をされたということですが、市長ご就任以後のお考えも含めて、合併に対するお考えをお聞かせいただきたいと思います。


亀 井  三重県名張市長の亀井利克でございます。恐縮ながらレジュメらしいレジュメを作ってございません。中西さんのほうからいろいろとご質問いただいた点についてお答えするという形で進めていただけたらと思いますし、また会場の皆さん方ともいろいろと意見交換をさせていただければと思っておりますので、どうぞよろしくお願いいたします。
 平成12年に地方分権一括法がスタートしました。国が地方自治体に対して、ギブアップ宣言をしたその瞬間でもあったわけです。この法のスタートによって、国と地方の関係はまったく一変してしまったということが言えます。上下主従から対等協力の関係へと、まさにパラダイムの大転換となったわけです。
 そのなかで我々は、もう国をも頼ることのできない時代が来たのだということを認識するなかで、自立にむけての努力を余儀なくされたわけです。
 ある自治体は合併をして、そして合理化を図りつつ自立をしていこうという道を選んでいるわけです。またある自治体は、この大改革を行なって自立をしてこうと、単独自立に向けた努力をしているところもあります。名張市は合併せずして大改革を行なって、そして単独自立にむけて頑張っていこうという結論に達したわけです。
 私どもの市は、昭和29年に町村合併があって名張市という3万人都市ができたわけです。昭和40年代になり住宅団地の開発が始まりました。大阪のベッドタウンとしてあれよあれよという間に、8万5,000人の人口を数えております。ただ平成12年がピークで、だんだんと人口が減少の傾向にあります。新旧市民の対立という話もありましたが、だいたい30年くらい経過すると、市民意識もできてきて落ち着いているという状況の中で、いろいろな合併にむけての話が出てきたということです。
 伊賀地区は7つの市町村があります。その中で一番大きな都市が、私どもの名張市です。7つの市町村を合わせて18万5,000人の人口です。名張市は8万5,000人ですから、45パーセントを占めるわけです。ですから、名張市が合併するかしないかというのは、伊賀のまちづくりに大きな影響を与えるということでもあったわけです。
 私は、実は市長になって1年2カ月なのです。その前は3期11年間県会議員をやらせていただいておりました。前任の市長さんは、もう初めから合併はしないと、単独自立でいくのだという方向性を打ち出されていました。
 ただ、私はこの伊賀地域は、昭和45年から広域市町村圏事務組合を設立して、その後もふるさと市町村圏の指定をうけて、協調、協力していろいろな事業がなされてきておりました。またあるいはテレトピア構想の指定もうけて、全7市町村ヘケーブルテレビのネットワークが張り巡らされているという状況でもあります。
 また、地方拠点都市の指定をうけて、7つの市町村がこれまで協調、協力していろいろな事業が成されてきたわけです。ですから、初めから単独ということではなく、やはり任意の協議会の中で、いろいろと議論をして住民の皆さんに真意を問うと、これはやはり名張市の将来に大きくかかわる問題ですから、衆議をもって決断しなければならないと思って住民投票にしたわけです。
 平成13年の2月には、6つの市町村において任意の協議会がつくられていました。そして、平成14年の4月から法定協議会をつくるということでした。その平成14年の4月に私が、当選をさせていただきました。そのため、1年待ってくださいと、一緒に任意の協議会に入れてくださいと、そこで議論させてもらって、新市将来構想をそこでつくって、それをもって市民の皆さんに説明をして、そして住民投票で決めさせてもらうので、1年待ってくださいということでお願いをして、任意の協議会に入れていただいて、そして新市協書をつくって、11月、12月、1月の3カ月で100回以上の住民説明会を行ないました。
 2月9日に住民投票を実施しました。約60パーセントの方が参加してくださいまして、7対3で単独で頑張っていこうということになりました。市民の方がそう判断されたわけです。今、単独自立にむけていろいろな改革に取り組んでいるところです。


司会(中西)  市長は単独派の現職をやぶって、どちらかというと合併派という感じで当選されて、100回ほど住民説明をされたということですが、その時の感触というのはどんな感じだったのでしょうか。


亀 井  100回以上、説明会を実施したのですが、その参加者が5,000人程度しかなかったということです。その5,000人も重複している方がいらっしゃると思うのです。全区へ配布のパンフレットやチラシとかいろいろなものを作ったり、あるいはケーブルテレビで広報もしましたし、毎回、市報には合併協議会の決まった内容をリアルタイムで報告しておりましたが、結果的には、このような結果になったということです。


司会(中西)  市長個人としては、単独ではこれから苦しいなというような感触だったわけですか。


亀 井  そうですね。どちらかと言えば、やはり伊賀はひとつということで、昭和45年からそれなりのまちづくりをしてきておりましたので、1本になるのが理想であろうという思いは持っていました。


司会(中西)  それでは最後ですが、石川県七尾市の場合は1市3町ということですが、これは七尾市の場合は、編入する側ですので、それほど問題はないのかもしれませんが、そのいきさつや背景等についてお聞かせください。


武 元  石川県の七尾市長の武元でございます。今日は、ほとんどレジュメらしいもの提示しておらず大変失礼をいたしました。
 まず合併の問題ですが、私ども1市3町で平成16年10月に合併をしようということで、合併協議もかなり進んでおります。最終的には、建設計画の合意をみれば、9月の議会くらいには、協定書の調印に持ち込めるかなどいう段階です。
 実は、この1市3町の合併という形で進んでいるのですが、ちょうど能登半島の中能登地域になるわけですが、従来から、七尾市と鹿島地区の1市6町で広域事務組合ができており、病院、消防、ゴミ、屎尿、こういったものを共同でやってきておりました。したがって地域的には、常に行政の問題については一体感があったわけです。
 そのなかで、私も1市6町で、ぜひ合併をすればどうかということを働きかけたのですが、鹿島郡のほうが3町と3村に分かれたわけですね。県が提示した合併パターンが2つありました。そのパターンで言うなれば、引っ張られたというわけです。なぜ引っ張られてしまったかということになると、合併をしたくないという3町のほうは、いくらか財政的に豊かであると、むしろ合併をしなくてはならないという、今、我々が合併しようとしている町のほうですが、財政的にも厳しいし過疎化が非常に進んでいるところでもあります。
 七尾市については、この合併については住民といろいろな話し合いを進めるなかで、1市6町で合併すべきだと、できることならば、中能登地域と2市10町ありますが、これは中能登の地方拠点都市地域という共同の事業もやっておりますので、2市10町で合併すべきだという意見もありました。現実の問題としては、なかなかそこまでいきませんで、結果的に1市3町で合併をしようということなりました。
 私も、名張市長さんと同じように、市長になって1年半くらいです。市長に就任したと同時に合併の結論を出さなければいけない状況になりまして、元々以前より地域で合併協議が進んでおりまして、その方向にしたがったわけです。
 私も以前に議員をしておりましたので、3町の町長さん、他の方々ともかなり面識がありましたので、スムーズに話が進んだわけです。進んでは来ましたが、合併をして、どのようなまちづくりをするのかと、国から交付金がこなくなる、あるいは補助金が厳しくなってくる、蛇口が絞まってくると、我々はやっていけないから何とか合併特例債をあてにしてやっていかないと保たないという、ざっくばらんな話もありました。
 そのことについて、実は七尾市内では、いわゆる財政力指数からいくと、片方は20パーセントくらいで、我々は70パーセントだと、そんな貧乏なところと一緒になってどうなるのかという意見もありました。逆に、町のほうは、我々のところはすでに社会資本整備はほとんど済んだんだと、いわゆる過疎債(過疎対策事業債)だとか離島振興(離島振興法)だとか、そんなものはたくさん使ってもう済んだのだと。ところが七尾市のほうは、まだまだ社会資本整備が遅れていると、そんなところと一緒になって、我々は損をすると、こんな議論がありました。
 いくらか思惑が違ったのですが、しかし、長い目でみれば、これからの自治体を今のままではやっていけないと、人口も減っていく中で、これからのまちづくりをどうするか。特に合併をする3町は、人口が3,000人、5,000人、8,000人という小さな町で、小さい自治体としては、どうしてもやっていけないことは目に見えておりますので、この際、やはり一緒にならなければならないということで合併がスムーズに進んでおります。
 しかし、現実に合併をしてどうするかということになると、建設計画を議論中ですが、やはり町のほうが、今のうちにいろいろな事業を先取りして、とにかく唾をつけておきたいとか、あとは七尾市にお任せというような空気がありまして、予定をされている合併特例債というものが非常にふくらみまして、とてもそれぞれから出てくる要望に対して、どのように配分すればよいのかという苦労をしているところです。
 起債、特例債があるとはいえ、現実には借金ですから、そのことを考えれば、非常に厳しい状況になるわけです。そしてまた、吸収という見方をされる方もいらっしゃいますが、現実には、その吸収されるという小さい町も役
場がなくなる、議員がいなくなる、それで今までのサービスがどうなるのかという不安があります。
 それに対して、地域でこれからも自分のまちをどのようにつくりあげていくのかということで、大きな不安がありまして、その不安をどのような形で取り組んでいくのかということです。まさにこの建設計画をどうするかということ以前に、まちづくりのためのシステム、住民の意識と行政とコミュニティとの関わりをどのようにつくるかということが大きな課題だと思っております。


司会(中西)  最近になって、ようやく新しい市名が「七尾市」ということに決まったそうですが、反発もあったようですね。


武 元  はい。結局、新設合併ですから、新しい市をどのような名前にするのかということで、「七尾市」ともう1つの候補として「能登市」というのがありました。どちらにすべきかということで、随分議論しました。七尾市は、ほとんど「七尾市」なのですが、3町のほうは、これからのまちづくり、将来を考えれば、むしろ能登が1つになるような中核的な市をつくるべきだから、将来を見すえて「能登市」にすべきだという意見が強かったです。
 しかし、合併協議会は対等合併ですから、それぞれの町で10名ずつ協議員が出ておりまして、七尾市も10名、3町も10名ずつですから、数から言いますと30対10ですから、七尾市の意見だけでは通らないのですが、最終的には、七尾というのは歴史、文化、あるいは経済も含めて、やはりこの地域の中心だから、それを残していこうという形で、最終的には40人で投票をしました。27対13という形で「七尾市」に決まりました。
 いろいろありましたが、そのようなことがこれから問題にならないように、いわゆる町の皆さん方の意向を、どのように汲んでいくかということが大きな課題だと考えております。


司会(中西)  お三方、三市三様の合併への取り組みということでした。これからコミュニティ政策、合併後の姿ということをお話いただくわけですが、先ほど言いましたように、小川市長さんは、明日が市会議員選挙の告示日ということで、とんぼ帰りをされますので、集中的に小川市長に話していただいて、そして退席願うということにしたいと思いますのでよろしくお願いいたします。


小 川  私事で大変申しわけありません。実は明日は市会議員の選挙の告示日で、私も顔を出さなければならないところがありまして、列車の都合もありますので、失礼をお許しください。
 先ほど申し上げましたが、私は、これから日本の社会というのは、集権的な行政が行なわれてきた時代から分権的な社会に変わっていかないと日本の国も保たないだろうと、これは私の信念でもあり、そのように落ち着くだろ
うと思っております。
 ところで、そのなかで合併をどう捉えるかということですが、やはりいずれにしてもこの合併のなかでは、分権社会にむけて住民自治がしっかり行なわれるような合併をつくりあげていく必要があると思います。これが、我々が考える自主的な合併ということではないだろうかと思っております。
 この政令指定都市というのをつくるところで、最初の決議のところでも分権型の社会をつくるのだと、このようなことを目指して考えるのだと、きつく表現をさせていただいて、建設計画の中でも具体的にその方法を述べていく方向をとらせていただいております。
 ただ、私が残念に思っていますのが、合併の合意をする基本5項目というのがありますが、名前とか合併の仕方などいろいろとありますが、そこに独自に6項目を起こして、分権型の合併を実施すると、はっきりもう一文約束事にとどめておくべきではなかったかという気がしております。そのへんは反省であります。
 我々は行政として、やはり分権が行なわれるようなシステムをつくりあげていくのが仕事です。一方、住民にとっては、住民自治をつくり上げていくと、これが両方揃わないと分権型社会ができあがらないと思っております。
 一方において、住民自治をつくることについては、合併の速さがありますから、平成17年3月というスピードがありますから、私のところでつくっておりますコミュニティについても、期限付きでつくると大それたことを申し上げて政策をたてました。
 これが私どものところでの地域活性化特別予算ということで、1億を割いたところです。主な中身についてはレジュメに書いておきました。 地域コミュニティを学区ごとにしたのは、政令指定都市全体のなかで、ずっと合併をしないできた村があるということの1つは、中学校区ごとにつくったことがあります。昭和の合併のときに合併をして我々のところにおいても、それぞれの合併をした町、村は、現在でも地区として学校を中心に機能しています。
 ですから、その地域のなかでのアイデンティティというのでしょうか、このようなものを大事にしていこうということになりますと、私は中学校区ごとが一番正しいのではないかと思います。これは昭和の合併のとき、寄せられて地域性がなくなろうとしたところ、細々と残っていると、このようなものを大事にしていく、もう一度、昭和の合併のところまで戻ってみると、そういう意味では大事ではないだろうかと思っています。
 私のところでは、よく職員に、決して姿を見せて、あれやこれやと指示をするなと話しています。指示をせず目を離さずに見るようにと言っております。この各コミュニティに200万円の予算がつけてあります。これは一切干渉しない、自由に使ってもらうということで、コミュニティ育成のための予算をつけてあります。
 当初は非常にとまどったようですが、今では地域のコミュニティ新聞を発行したり、あるいは農村部もありますので、有機肥料をつくる運動を実施したり、いろいろな形で使われております。非常にうまく使っていると思っています。
 特に、コミュニティの育成のなかで私どもが気を遣っているのは、コミュニティセンターの管理方法について任せること、そして特徴的なのは、24人乗りくらいの小型のマイクロバスをこのコミュニティに1台ずつ、ガソリン代と運転手と車について、市は一切干渉せずに自主運営として受け取ってもらうということをしました。
 コミュニティというのは、どのようにやるのかということを口で言っても、なかなか分からないわけですが、この1つの財産を自主管理する、そして1台のバスと限られたものを子どもの学校の部活に使ったり、お年寄りのゲートボールの遠征に使ったりと、あるいは早朝登校する高校生を駅まで送ったりと、いろいろと自分たちの発案によって調整をするということで、コミュニテイバスを使っているわけですが、これはコミュニティを育成するには非常にうまく機能していると思っております。
 そのほか、地域のなかでコミュニティ組織をつくればいいということではなく、位置しているそれぞれの仕事、経済、これらについて自分のアイデアを生かして、あるいは地域の協力を得て何ができるかということを考えていただくということで、地域産業活性化事業費ということで挙げました。これは農業関係では、農業支援センターという一貫した形で政策をたてる場所をつくる。あるいは、まちづくりとしてのTMOなどが動いています。また、先ほども話がありました市民団体NPOとの協力ですが、このへんについては、パートナーシップ事業ということで予算をつけてあります。
 自治会などの地縁的な組織と市民団体、NPOとが一緒のコミュニティのなかで混じり合うのは理想ですが、なかなかうまくいきません。私のところはNPO団体が5つありますが、その中に「グランドワーク」という団体があります。これは地域の方々と企業と行政とが一体になって公園をつくったり、環境整備をしたりするわけですが、これは非常にコミュニティとマッチをして動いております。これが1つ良い例になるのかなと思っております。
 それから少子高齢化事業というは、地域がお年寄りの問題をどのようにみていくのかということがあります。県では3カ年の奨励事業として、お年寄りが集まって介護保険のお世話になる手前の方々が交流をする、茶の間と呼んでいる事業をやっております。
 それらを県の補助事業がきれたあと地域がどのようにみていくのか、このような形で活性化事業のなかで結びつけました。いろいろなことを試みながら、行政としては、コミュニティ推進室というのをつくって3人の職員を配置しております。なるべく、指示もしない、お世話はするけれども前には出ないということを原則としてやってきております。このような形で3カ年経過しましたが、非常に生き生きと活発なコミュニティ活動ができるようになってきております。
 自治コミュニティまでいくには、もう少し力を入れる必要があるのかと思いますが、これは行政が力を入れてみても、そこでコミュニティに参加する人たちが、いかに考えるか、いかに成長するかということにかかっておりますので、我々は心配もしておりますが、いま少し時間が必要なのかなと思っております。
 このコミュニティが集まって区になった場合、これは法律的には行政区であり、区長も職員が下りてくるし、それから区の議会がありません。大体、区は10万人近い区を想定しているのですが、そうしますと10万人というのは1つの市でも大きいほうですね。それくらいのところで議会もない、区長は職員がやるということでは、果たして分権的な区ができるのかという大きな疑問があります。これについては、総務省やいろいろなところの考え方にも疑問がでており、地域自治組織、あるいは区長の在り方、経営の在り方など、このようなことについていろいろと意見が出てきております。
 我々としては、この目指すべき区について、区長ということについては、政令指定都市の助役を、これは特別職で、議会の議決を得て承認を得てなる役職ですが、助役の数を増やして、その区長にすると、それから区議会はありませんが、提言型の審議会型の組織をつくりたい。その前には地域審議会というのをつくっていきますが、その地域審議会の発展した姿として、「まちづくり委員会」をつくって提言をしていきたい。このまちづくり委員会には、コミュニティの代表、市民団体、NPO等の団体の代表で構成をするという提言をしてあります。
 レジュメにおかしなイラストが描いてありますが、見ていただければご理解いただけると思います。このような形で、1つはこの区のところに分権型の区というのはどうなのかということをつくりたいと思っています。
 特に、先ほどの討論の中にもありましたが、この議会と参加型のコミュニティがどのような関係にあるのかということになりますが、私は、将来的には、この区のところでは議会がなくてもよいのではないかと思います。
 そのまちづくり委員会、コミュニティの代表たちが、いずれ成長した時には、決定権は必要ですが、議員としてのものではないでしょう。やはりコミュニティの代表、市民団体、このようなまちづくり委員会で決定権をつくっていくような形がいいのではないかと。これは最後の話です。今のところは、その決定権までは考えておりません。今の段階では、区のなかでは審議会という形で市民団体、コミュニティの方々が、この区長にむかって提言をする、行政と協働すると、このような新しいかたちをつくっていきたいと話しているところです。
 いろいろと検討している最中ですので、充分な姿とは思いませんし、いろいろな意見が出てくるのだろうと思いますが、私は、合併のなかでこのような形での住民自治の受け皿になるところをどうするのかという論を、もう少し全国的なかたちでしっかりと話し合っていくこと、これがないとやはり集権的な合併になってしまうのではないかと思っています。
 汗をかきながらそんなことを考えたり、なかなか相手が大きいですから、思うようにはいきませんが、戦略と言いますか、いろいろなことを考えながらそちらの方向で進めております。以上です。


司会(中西)  ありがとうございます。例えば、コミュニテイバスの自主運営は、なかなかユニークな策だと思うのですが、こういうのが合併して区になった場合に、豊栄市の独自のコミュニティの動きは、どのように持続していくことが担保されているのでしょうか。


小 川  いわゆる区に、自主的に運営をできる予算を組み込むということが一番大事だと思います。さしあたって、区になる前に周囲市町村のまま合併をしても、広域合併でいる時間があります。平成17年3月に合併したときには、まだ政令指定都市にはならないのですね。平成17年3月に一旦、広域合併をして、それから総務省のいろいろな意見を聞きながら、約2年、平成19年3月までに政令指定都市になるということです。
 その平成17年3月の合併のときにできます広域的な周囲市町村のままいるところについては、私どもでつくった地域活性化特別予算を地域振興費として、使い方を指示しないで、それぞれの周囲市町村に支所になりますが、支所単位にくくった予算をつけるということを発案しております。まだ認められたわけではありませんが、事務調整もそちらのほうへもっていこうと思っています。
 いずれは区になりましたら、もう少しはっきりした形で、区長のところで、区のまちづくり委員会で決定をし、使える予算をつくろうと思っています。それがなければ、私は、権限財源は揃わないと思っておりますので、ぜひ実行したいと思っています。


司会(中西)  このまちづくり委員会のようなことができて、新しい市と言いますか、新しい新潟市と直接結びつくということになってくると、今の市議会議員さんも含めて、新しい市議会議員になるわけでしょうけれども、しかも人数的にも減るでしょうし、そういう方々は、かなりナーバスになっておられるのではないですか。


小 川  そうですね。明日から始まる選挙は、ちょうど定数を減らして22名です。それが平成17年3月に合併しますと、編入合併の定数特例でいきますので5名になります。2年後には、もう一度人員を選ぶという大変ハードな状態になります。ですから、議員さんにとっても大変なのですが、よく明治維新の政府をつくった侍たちが自ら刀をおいて、ちょんまげを切って、腹を切ったわけではありませんが、ちょうど司馬遼大郎さんが「明治という国家」で書いてきましたが、自分の位をそんな状態で辞めるわけです。
 議員さんもそのような意味では苦労ですが、住民の皆さんから合併の意義といいますのでは、議員さんがそこまでやり、あるいは首長が失職をしてまで、考える価値のあるものなのかどうか、これをしっかり考えてもらうためには、私は必要ではないのかなと思っています。
 同時に、早く区の姿を描くには、条例で区政審議会をつくらなければなりませんので、一旦合併してからになりますが、私の条件というのは合併する前に区政を確立しておきたいということです。
 平成19年の合併の時には、単なる78万人1区の選挙をやらねばなりません。そうしますと、区から選出される地域性のある議員というのがなくなってくる恐れがあるのです。ですから何としても平成19年の統一地方選挙前に区政を確立しておきたいと。そこで区を選挙区とする議員を出していきたいとこんな話をしております。


司会(中西)  分かりました。ありがとうございました。それではもうそろそろ小川市長が退席されますが、小川市長にご質問のある方、いらっしゃいますか。


小 川  市長さんから質問が……、ありがたいですねえ。


司会(中西)  それでは石田犬山市長から。


石 田  近所の市長にはなかなか本音で質問できないものですから質問したいです。特に、小川市長は4期もやられて、北信越の市長会の会長もおやりになった大物ですから、私も市長として日ごろ考えておりますことを少しおうかがいします。別に批判するわけでも何でもありません。大先輩に意見を聞きたいということです。
 私は、まちづくりというのは、そこに住んでいる人の想いをどれだけ高めるかと思っております。いくらお金を使って補助金もらっていろいろ事業をやっても、そこに住んでいる人の想いが低かったら町が生きないと。生きるまちづくりというのは、どれだけ想いを引っ張り出すかということだと、私はいつもそう思ってやっているのです。
 それは、やはり誇りだとか、愛情だとか、特に文化力だと私は思っています。その文化力から言いますと、合併の論理というのは、経済指標やいわゆる経済力の論理でして、それは確かに経済指標からいうと前進かもしれませんが、文化力という数字に表れないものからいうと、明らかにボルテージは落ちると考えております。
 合併案があったのですが、私も熟慮に熟慮を重ねて、それには乗らないという判断をしたのです。その文化力という点を、まちづくりという点で、どのように小川市長さんはご判断なされたのでしょうか。


小 川  私のところもいろいろ変わったことをやっておりまして、市民活動も非常に盛んです。これは他所の市町村、あるいは全体と比べますと、私のところだけ残さなければならないのがいっぱいあります。ですから、そういうものをそれぞれの地域の文化をきちんと残せるような形で合併討議をしていかないと私はうまくないと思うのです。
 特に矛盾するようですが、合併して大きくなるのが行政の力の問題だけであって、それこそ長い間かかってつくってきた文化とか、生活にかかわるのは、エリアが決まっていますので、そのなかでの行なえることについては、きちんと分けてやらなければいけないと思っております。
 政令指定都市の場合は、大きくなるわけですから行政の力はまた格段と大きくなりますが、そういう生活にかかわる地域コミュニティを中心にしたもの、あるいは地域の文化、こういうものについて区をつくるときに、しっかりその辺の単なる数字でなくて、地理上の問題、歴史性の問題、こういう問題をきちんと掴んでいくと、私はかえって良くなるのではないか思います。と言いますのは、50何万人のものができましたのは、昭和の合併のとき、北蒲原郡、中蒲原郡と周りに郡がありまして、この郡を切り取ってこう50何万人のものができました。また周辺で区を立てていきますと昭和の合併のとき、一旦取られた町村がまた帰ってくるような感じになるのですね。そういう意味では歴史性、それから同根というでしょうか、そういうルーツが同じものが寄ってくるというような感じがあります。
 大新潟市の場合、ちょっと問題がありまして、我々、周辺の12市町村の考えている区というのは、昭和の合併の際、切り取られた部分が寄せ返しながら、またかつての文化を呼び戻すようなことなのです。ですから、一般的にはなかなか言えないかも知れませんが、我々としてはそんなふうに考えています。


司会(中西)  ありがとうございました。それではご退席ください。どうもお忙しいところありがとうございました。


小 川  すみません。失礼いたします。(退席)


司会(中西)  それではお二方、お待たせしました。亀井市長のところは単独でいかれるので、変わりはないわけですが、現在取り組んでおられるコミュニティ施策および今後の単独姿勢のもとでの展開の仕方といったようなことをお話しください。


亀 井  自治体が自立していくという環境というのは、どんなものがあるかと思うときに、3つくらいあると思うのです。
 その1つはやはり財政的に自立していくということですが、これから骨太の改革がどれだけ進んでいくかということにもなりますが、三位一体の改革では、ちょっと厳しいなという思いがあります。今後これがどのように展開していくかというその辺も期待もしていきたいと思います。
 もう1つは、この市民が主体の市政、市民が主役の市政というのが、きっちりなっていくかどうかと思うのです。それで、市民が主役の市政とはいかなる状況かと考えると、やはりそこに参画・協働というシステムがきちっとできておらねばならないと思います。
 まずその参画・協働の前提として、行政情報の徹底開示、情報公開、説明責任を果たすと、このようなことが必要になってくると思うのです。私どもも私が就任してから以来、そのガラス張りの市政ということに徹底して取り組んでいるわけです。広報の充実であったり、あるいはまたこのタウンミーティング、いろいろな政策をつくるときには、地域の皆さんのところに入らせていただいて、いろいろ話をさせていただいて、ご意見をいただくとか、それから市長への手紙であったり、そういうことをさせていただいているところです。これから、もっとこれを充実していかなければならないと思っております。
 先刻のこのシンポジウムの折に、議会の存在のことをいろいろおっしやった方がおられました。米国の地方議会を3カ所ほど視察しましたが、シリコンバレーの中心にサニーベールという市がありますが、これは13万人都市ですが、議員さんが7人しかいないわけですねえ。そしてまた、サンフランシスコなど80万人超えていると思うのですが、議員さんが11名です。ロサンゼルスなどは350万人を超えていてもこれ15人なのですね。しかし民意が反映されないとおっしやる方は一人もいないわけです。
 それは制度的にも違うと思うのですが、80年代に入ってレーガン大統領、あるいはまた英国ではサッチャー首相が、地方でできることは地方で、小さな政府をつくるということで、地方ができることは地方で、そして、できないことのみを中央政府がやっていくという、補完性の原理を貫かれています。またもう1つは、やはり民間でできることは民間でやっていくという、できないことのみをこの行政府がやっていくという、官と民の役割分担というのがきちっとなされてきていますから、あまり市の職員もたくさん要らないし、議員さんも要らないとこういうことがあるのです。ただ議員でなくても市議会へ行って発言することができるのですね。発言要旨というものを、予め市議会へ送っておけば、次にどういうことを審議するということが広報されます。それについて自分の意見を議会へ行って述べることができるのです。
 しかしながら、日本のその制度ではそれができませんから、私はこの執行部のなかでやってしまおうと思って、今やっていることがあります。それは重要な政策、あるいは条例、予算、それらを仕組んでいくときに、まず素案の段階で、まず市民の皆さんに公表してしまうのです。それに対して意見をくださいと。これについていろいろな方が集まっていただける場があったら出向いていきましょうと。パブリックコメントとか、出前トークとか言っていますが、このようなことを実施しているわけです。そのなかで素案を成案にしてから議会へ提出していく。こういう作業もしておりまして、そのなかで市民参加というか、市民参画、参画がなければ協働というのには絶対なっていきませんからね。ですから、その段階で、そのような手続きをさせていただいています。
 それからもう1つ、その市民が主体というなかで協働というのは、どのように仕組んでいったらよいかと思っているのですが、今年、市民活動支援センター準備室というのを立ち上げまして、今年1年間で市民活動支援センターというのを立ち上げるべくいま準備しています。このなかでNPOであったり、ボランティア団体であったり、あるいは地域であったりと、いろいろ協働していける仕組みを、ここを通じてやっていこうとしているところです。これらが2つ目の条件です。
 3つ目は、やはり住民自治というものの熟度が高まらないといけません。住民自治が確立されてこなけれぱならないと思います。自分たちの町は自分たちでつくっていくという意識をいかに高めていくかと、そのために今年度から「夢づくり地域予算制度」というのをスタートさせました。
 今まで地域にいろいろな補助金を出していました。敬老会の補助金であったり、それから資源ゴミの回収のための補助金であったりとか、いろいろな補助金集めますと、地域へ出していた補助金が4,500万円くらいありました。それをみな補助金をなしにして、それで全体で5,000万円の夢づくり地域予算制度を14地域で、これは公民館単位にしていますが、この14地域へ地域割り、人数割りで、この配分をしました。だいたい小さい地域は、200万円くらいで、大きい地域は500万円くらいです。その5,000万円を14地域へ補助金をなくしてしまい、地域づくり予算制度のなかで分けて、そこで今までやっていた事業にメリハリ付けてやってもいいし、新たな事業展開してもよし、今までやっていた事業をなくして、もっと新たな事業をやってもよし、ということで、それを受ける組織として、「地域づくり委員会」というものをつくって、そこを受け皿として、そのなかで事業を考えていただくということをしているのです。
 この地域づくり委員会というのは、今までの自治会であったり、区長であったり、あるいはまた民生委員であったり、地区社協(社会福祉協議会)であったり、そのようなものをみんな網羅したような団体です。そして、そのなかで予算案の配分を決めて、そして、そこが自己決定して、自己責任を持って事業展開を図っていくということにしています。
 それで、この政策誘導型の補助金ではもう限界がきたなと思ったわけです。「こんな予算があるから、補助金あるのでこんなことしませんか」とか、「こんなことするで市長、こんな予算をくれませんか」とか。これでは住民の満足度というのが上がっていきません。これはほんの一部の補助金をもらっている団体だけが満足するだけではいけませんから、もうみんなで考えて行なってくださいと。それで、この政策誘導型の補助金は、その補助金を渡す段階で、いろいろ教育がなされるというか、意識がなされてこないと、この予算がきられた場合はやらないようになります。
 資源循環型社会をつくっていこうということで、資源ゴミ回収のために、各地域へキロ当たり5円という補助金がありました。これを切ると言ったら、それでは廃品回収とかやらないという声が出てきたわけです。
 これはなぜかというと、本来は、資源循環型社会をつくっていくという、そのなかでの1つの取り組みであるということが学習されてなかったということがありますね。ですから、補助金でいろいろなことを、というのは限界がきているなと思っております。
 このような制度をすることについて、私は自治体の中では最も先進地といわれておりますが、今日もそれをなさった宝塚市の前市長さんがいらっしゃっていますが、まさに10数年間で、各地域の地域づくりを参考にさせていただいて、組織、そしてまた予算の在りようというものをつくってきたわけです。
 しかし、将来的にはというか、もう今もそうなのですが、公民館を自主運営するというところもでてきたのです。そうなってきたら、だいたい職員2人くらい置いていますが、だいたい1人の職員について600万円〜700万円が1年に要っているわけです。1人職員を引き揚げたら300万円渡しますと、こういうことを言っているわけです。半額、それならリタイアした人とか、あるいはまたパートの方とかでしたら2人雇えるというか、地域の事務局として雇っていただけると、こういうこともありまして、そういうこともしております。
 今まで、市が行なっていた公園管理もやりますというところもあるのです。そこはいままで市がやっていた管理費の半額を出しますと。こういうことで押してますし、あるいは放置自転車の取り締まりのこととか、そういうのもその予算にオンしていきたい。このように思っております。
 まさにそれで、自分たちの町は自分たちでつくっていくという住民自治の意識を高揚させていくということです。


司会(中西)  名張市は財政非常事態宣言をされているわけですが、それとセットというと何ですけれども、そういう人件費削減をめざしておられるのですか。


亀 井  まあ人件費も削減をしているのです。人件費管理に加えてプラス2パーセントの削減をしているのですけど。


司会(中西)  それとコミュニティのそういう雇用をそっちで増やすと。


亀 井   それもありますけど、他の補助金もいろいろカットしております。あの基礎的自治体は、やはり何かこういうことを起こそうと思ったら、体制がきっちりできていないと、市民の皆さんにもいろいろなことをお願いしていけませんから。これが県とは一番違うところですよ。


司会(中西)  なるほど。それでは武元市長のほうから七尾市の例を、それから合併後のコミュニティの在り方についてお願いします。


武 元  私も市長になるときに、選挙公約でもあった住民参加で開かれたガラス張りの市政ということを前面に掲げて戦ったわけですが、現実に住民参加をするときには、先ほど名張市長さんの話にもありましたが、住民が行政の実態を知っていないと住民参加できないということで、まず情報公開を徹底してやらなければならないということで情報公開に積極的に取り組んでおります。
 昨年から、小学生でも読めるような予算書を作りまして、それを学校はもちろん公民館、町会、関係する団体等へ全部配って、このような予算を使っていますよと、そのことについて意見なり質問があれば言っていただくと。まずは知っていただくとことを積極的にやっております。
 あと問題の1つは、職員自身が本当に住民参加の市政をしていくということの意識を、市民とともにやっていくという姿勢をとってもらわなければなりません。まず職員の意識改革をしなければならないということで、職員に対しても徹底的に、とにかく民間企業に負けないようにサービス会社と同じ形で市民に接しなさいというような職員教育を徹底しているところです。
 役人というのは、なかなか変わらないものですから、非常にじれったい部分があるわけですが、いくらか少しずつ変わってきているかなあと思っています。そのなかで我々は、今、コミュニティの一番核になるものとして、公民館を1つの地域の核にしていきたいと思っています。
 現左12の公民館がありますが、これは社会教育委員会の(社会教育法の)公民館ではあるのですが、実態としては町会なり、社会福祉協議会なり、婦人会、青年団、等々各種団体が、すべてその地域の公民館とかかわりがあるわけです。
 公民館の職員も館長も全部地元の雇用で、お金だけ行政が出しましょうと、それで誰を主事にするか、誰を館長にするかというのは自分のところで決めてくださいよと。もちろんどんな仕事をするか、どんな活動をするか、というものも全部お任せです。まさにこのコミュニティの核として活動いただいているのですが、いかんせんその教育委員会という枠がありますので、それを取り払って、市町部局と一体になったようなこの形のものにしていかなければならないと思っています。それも今、進めているわけですが、今年あたり具体的にそれを一つひとつやっていきたいと思っています。
 今年でも、例えば町のなかに公園をつくる場合でも、どこに公園をつくるかという場所選定も地元で決めてください。どういう公園をつくるか、設計も地元でやってください。管理も当然あなた方にお願いするのですよ、ということですべて町会とか公民館に任せてしまって、こんなものをつくって欲しいというものだけについて行政が工事をすると、そんなことをしております。
 それからまた、お年寄りが最近、いわゆる介護保険料が大変高くなってきたこともありますが、お年寄りが集まる場所がなくなってきたということで、町のなかにお年寄りの溜まり場をつくりましょうということで、それもそれぞれの町会の皆さん方に場所はあなた方で探してください。管理もあなた方でやってください。そして電気料、水道料等管理費は私のほうが持ちましょう、ということでお年寄りの世話も全部自分たちでやってください。そのようなことも今、進めております。
 ですから、まず住民自体も自分たちの要望については、知恵も出し、足も出してくださいよと、できない部分については行政もお手伝いしましょう。そんなスタンスを進めております。
 それから、道路とか下水の修理などでも、区予算が非常に限られておりますので、地元でやれるものは地元でやってくださいと、その分について材料費は支給します。ですから例えば砂利材であるとか、側溝のU字溝であるとか、そういうものは現物支給しましょうと。とにかくやる気があってやれる体制の整ったところには現物を支給しましょうと。それ以外のところはありませんよと、できませんよという形になるわけですから、そういう意味では住民の皆さん方にも、やる気のあるところにはそれなりの予算は付けますということで進んでおります。
 まさに、これからは住民一人ひとりが、自分の町をどのようにしていくかということを自ら要求をすると同時に、自分も知恵を出していくということをもっともっと徹底していかねばならないと思っています。
 ちょうど今、合併があるものですから、市と町と、どのような仕事をしていくかと協議をしているのですが、その辺は町と市とでは実はかなり落差があります。これから合併をした場合に、どうしていけばよいのかということが大変大きな課題になるのですが、先ほど白石先生のお話にもありましたように、いわゆる持続可能な地域社会を、どのようにこれから守っていけばよいのかという、持続可能な状況づくりをどうしていけばよいのかが、我々にとって、今一番大きな課題だと思っています。
 特に人口が滅っていく、高齢化が進む、学校も子供が減って統合していかねばならない。そのような状況の中で、合併をする3町が統合中学校を建てようという話があるわけですが、とにかく自分たちはこれまでの町を維持していきたいけども、これだけ人口が減ってきて若い者がいなくなる。年寄りだけが残った町では、このままではやっていけないと。そういったなかで、これまでの地域の文化なり歴史というものを大事にしていきたいけれども、やっていけない。そうかと言って役場もなくなる、議員もいなくなる、どうなるんだろうかと。そうするとますます過疎化に拍車がかかるし、若い者はこんな不便で住みにくいところには居たくないということになる。その辺を合併によって、今までできなかったことができるようになるとか、言うなれば、より住みやすいこのコミュニティをどのようにつくっていくかということが大きな課題になります。合併をすれば今までは身近な町がやってくれたサービスが受けられなくなる部分があるのですが、それをどのような形で住民の皆さん方に納得していただくか。そして同時に住民も納得しながら、このほうが良かったということを実感していただけるようなコミュニティと言いますか、行政と地域とのつながりをどのようにつくっていけばよいのか、それが私は課題だと思っています。
 そういう意味では、合併をしてなくなる町の住民の皆さま方が、今まで身近にあった役所の代わりに、どんなシステム、どんな組織があれば、これまでよりもっと安心できる地域づくりができるのかと、それがなければ、ただ単に財政の理由で、あるいはその人口が減ったという理由だけで、どんどんこのいろいろな機能なり、サービスが減っていくとなると、ますます過疎化がひどくなるわけですね。
 これは中央集権と同じように地域のなかにおける集権につながるわけですから、地方分権と片方で言いながら、地域にとっては、まさに地域分権ということをしていかないと、これはまた大変な問題になると思うのです。地域が元気であるためには、やはり地域のなかで地域分権が進んで、しかも経費はあまりかからないコミュニティ、あるいは行政というものが求められていると思います。それをこれからどういう形でつくり込んでいくのかというのが大きな課題ですが、こういった地域づくりをこれからの大きな課題として取り組んでいかねばならないと思っています。


司会(中西)  ありがとうございました。時間が押してきていましたので是非ここで聞いておきたいという方があれば。


質 問  私は、平成14年3月に「岐阜長良川平成いきいき龍幸会」というNPO団体を立ち上げたのですが、やはりNPOの中でも経営管理というか、お金の面がつきまといます。そのなかで会の運営としては、会員の会費、あと助成金ですね、県とか日本財団、豊田財団、あと自主運営ということでやっていますが、亀井市長が言われたのは、国や県のいろいろな助成金をあまり当てにするなという事だと思います。それと石川県の武元市長も、これから地域のことはコミュニティ、公民館でやられるということ聞きました。
 それで各市長さんにそれぞれどんな町であるか、それとどういう町にしたいか、一言お尋ねしたいのですが。


亀 井  名張市は、この今の町並みができてきたのは伊勢、それから京都からの往還の宿場町として、発展してきたまちです。
 それと今後のまちづくりですが、今、総合計画の見直しをしています。それで福祉の理想郷という大きな目標を定めているのです。それに向けて施策を充実をしていきたいと思っています。あれもこれもというわけにはいきませんから、あれかこれかの選択の中で、名張市は住みたいまち、住みよいまちというか、暮らしやすさをというのを強調した特化したまちづくりをこれからしていきたいというふうに思っています。


武 元  はい、大変難しいお尋ねでございますが、私どもの地域は能登半島にあります。豊かな自然がまだ残っておりますので、美しい町、自然の豊かな町を守っていきたい、そこに住む人間は、本当にここに住んで良かったと、そこで骨を埋めたいと、そういうまちをつくっていきたいと思っております。


司会(中西)  どうもありがとうございました。もう時間もありませんので、特段まとめもしませんけれども、それぞれ違う3市において、合併するにせよ、しないにせよ、地域の集落崩壊を起こさせないための自治組織をどう育てていくか、あるいは住民自身が、それに向けてどれだけ盛り上がっていくか、というところがポイントかなという感じがいたしました。
 どうもお二人の市長さんありがとうございました。

<掲載>『コミュニティ政策 2』2004年7月3日発行
コミュニティ政策学会・研究フォーラム編集委員会/編集
(株)東信堂/発行
平成17年9月

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