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 怪我日記(外頚骨症)
日付を新しいものを上に変更しました。
2007年6月11日(月)
今日は退院して始めての奈良医大の検診の日。
12時の予約。レントゲンを撮り、熊井先生の診察を受ける。レントゲン所見の後、娘の足を触診、力の入れ方や痛みなどを診察していただき、後2週間後には新体操の復帰もOKとのこと。
まだ、術後3週間弱。まだ、傷も治りきってはいないが、経過も良いため明日よりは普通の生活もOKとの事。
2週間かけて全力で走ったり出来るように慣らして行くことになりました。
が、すでに娘は元通りになっているような・・・・

気もします。痛みが無いのがそんな気分になる原因なんでしょうね。
ありがたいことです。
少し傷の残り方が熊井先生も気になったようで、「ムムム・・・」といった感じでした・・・・。

傷の縫い方と抜糸の仕方が・・ちょっと気になる感じで傷が残っているような。消毒をしてテープをはっておくようにとの指示でした。
今日も熊井先生から「勝井先生も次の診察の時まではいると思うけどな・・・」とのお話もあり、勝井先生の移動も近いのかな・・とちょっと寂しく思いました。
次の診察は8月20日月曜日。

ちなみに熊井先生は「ねずみ年」生まれとの事。娘と同じ干支でした。

2007年5月31日(木)
今日から学校へ行きました。
昨日までは課外学習をしていたため、娘は自宅学習となりました。
退院してから5日間。うっかりすると普通に歩いてしまう娘をもう少し、けが人らしくと・・・・・
願いながらきましたが、やっぱり今日も学校で元気にけが人のようではなかったようです。

2007年5月26日(土)
朝から退院の準備をし、料金も支払って帰れるとの事でお支払いを済ませ、お父さんが10時過ぎに迎えに来てくれて無事退院しました。
娘がちょっと忘れ物をし、桜井からまた戻り・・・・
正門の守衛さんもよいかたで本当に皆さん。お世話になりました。
次回の受診は6月11日月曜日午後2時からです。予約時間は変更が聞くとの事ですので、もう少し早い時間に変更していただこうかと思います。

2007年5月25日(金)
娘からメールが入り、ギプスを半分はずしたとの事??
医大に着き、話を聞くと、そくてい板の型をとるために一旦はずし、まだ少し、固定が必要なため、半分(かかと側)を残し、包帯を巻いてあるとの事で、後ほど、吉良先生からも説明をしていただき、退院後のこともうかがいました。
熊井先生は、学会から一旦戻られ午前中手術をしてまた神戸の学会に戻られたそうです。先生も忙しい。
先生のご配慮で、退院後またすぐ通院も大変だろうとの事であえてこの処置をしてくださったようでした。ありがとうございます。
退院は土曜日午前11時なりました。
しかし、娘によく話を聞くと右足のみの型をとったようで前回との違いを感じ看護師さんにその旨を伝え、また吉良先生より説明を受けました。
今回はこれで良いそうです。
色々は事が以前と違い、前は「術後は両足装具」とのことであり、今回は「片方でよいとの事」これはやはり、昨年使ったものがまだ使えるための配慮だったのでしょうか。。。。

2007年5月24日(木)
仕事を4時に終え、一旦自宅に戻り、シャワーを浴びて、医大に向う。
夕食には間に合わなかったのですが、今日は病室にいました。
小さな声で「昨日はごめんね。」と謝り、私も娘がかわいそうになりまた笑顔に戻りました。
同室のみなさんと子供談義に花が咲きました。

2007年5月23日(水)
仕事を4時に終え、一旦自宅に戻り、シャワーを浴びて、医大に向う。
またまた渋滞にあい、食事にも間に合わず病院に着くと、病室に娘は居らず、探しに行くと車椅子に乗り下の喫煙場所で同じ病棟のお兄ちゃんと遊んでもらっていました。
勉強もせず、外まで出てしまったとの事で、娘に注意をしこの日は自宅に戻りました。
勝井先生からも心温まるメッセージを頂き、ありがたく思いました。

2007年5月22日(火)
この日は娘が始めてお風呂にな入れる日だった為、お昼で仕事を終え、家にも寄らずに急いで医大に向った。
着くとすぐ、入浴の時間でギリギリの到着だったようだ。
看護師さんに足を保護する準備をしてもらい、二人で入浴。
久しぶりのお風呂で娘も気持ちよかったようでした。が・・ビニールが少し破れており、ギプスが濡れてしまいました。
病室に帰ると、松本先生、吉良先生でガーゼ交換をされており、奈央の「ギプスが濡れて気持ち悪い!!!」の訴えに「巻きかえるか・・・」と松本先生が優しい言葉をかけて下さっている最中に熊井先生から松本先生に連絡が入ったようで、現在の様子を話され、娘の巻き替えの話もされました。
熊井先生も病棟に上がってこられ娘のギプスの巻き替えをしました。
熊井先生が傷を見られ、少し動かしてごらん。気持ちわるいけどね・・・」とおっしゃり娘は始めは動きにくいようでしたが少し足を動かしました。
「術後何日目だったかな?1週間だったかな?」と熊井先生がおっしゃるのを松本先生が「5日です。」とお答えになり、「そうか・・」と苦笑い。やっぱりギプスを巻こう。とおっしゃいました。

術後の回復も良いので今週末には退院できるとのこと。主人とも相談し、土曜日退院と決めました。
新しいギプスは術場で巻いてきたものと少し違いスマートになりました。
もう足を置いて歩いても痛くないようで「少し歩いてしまいます。」と熊井先生に伝えると、いつものように笑顔で答えてくださいました。
「しょうがないな・・いいでしょう」っと・・・。

先生方も明日からは学会に行かれるようで、手術の前から気になっていた術後の装具について吉良先生とお話をしました。
また、熊井先生と相談します。との事でした。
昨年は初めてでもあり、術前に新体操用の装具。術後用の装具と準備をしていたのでそこが心配でした。
術前の水曜日に吉良先生に電話で伝えようかとも思ったのですが、2週間の入院と伺っていたので退院のときでも良いかと判断し、連絡をしなかったのですが・・・吉良先生ごめんなさい。
熊井先生も以前のものもまだ使えるので特に指示されなかったものと思います。

2007年5月21日(月)
仕事を4時に終え、一旦自宅に戻り、シャワーを浴びて、医大に向う。
ちょうど渋滞する時間にあい、夕食ぎりぎりの到着となりました。

2007年5月20日(日)
朝からすることも無く私は洗髪し、二人で本を読んでいると、岡森先生ご夫妻がお見舞いに来てくださいました。椅子を出すことも無く立ったままでのお話で大変失礼してしまいました。
午後から娘の洗髪。初めて洗髪用の椅子のあるのに気づき使わせていただきました。これはよかった。
夕方には主人と息子が来て昨日同様夕ご飯をデールームで4人で済ませ。娘の着替えをし、寝るばかりの頃9時少し前に術後初めて私も帰宅しました。
娘も術後初めて一人での就寝となり少し寂しそうでした。ごめんね。

2007年5月19日(土)
朝から熱も下がり、これで後は時間薬。
娘もこの日の午前中、洗髪。久しぶりにさっぱりしました。

今日は小杉医師、松本医師、吉良医師が一昨日手術された方の消毒ガーゼ交換に回られ、娘をドレインを抜きました。

午後からお父さん、お兄ちゃんも来て、3時過ぎには昨年の同室だった、酒井さん、田中さんもお見舞いに来てくださり、病院談義に花が咲きました。この日は勝井先生とはお顔を見るだけでお話することは出来ず・・・でした。。
同じ病院。同じ執刀医でもその下の担当医、その時の看護師の対応によりこれほど印象が違うのかと最初は戸惑いましたが、大学病院の本筋は変わらない物のちょっとしたことで患者の持つ印象が違うことは仕方が無いことであり、温かい入院生活を送ることは担当医の先生の並々ならぬ犠牲の上に成り立っているのだということを感じました。

2007年5月18日(金)
以前に無かった熱が昨夜から出ています。
37.2度から37.8度ぐらいまで。氷枕をもらい前夜より冷やし始める。
この日も37度から37.6度くらいを上下し、なかなか平熱に戻りません。やっと夜になった頃37度ぐらいで落ち着き始めました。
この日の朝から痛み止めの薬が出ているため、解熱作用もあると思うのですが、熱が下がりきることはありませんでした。
本人は以外に元気で昼には普通の服に着替え、少しデールームに出ることも出来ました。その時、熊井先生も病室を訪れようと廊下を行くところで、デールームで術後の経過をお話する。少し熱はあるものの痛みが無いのをお話しすると「この子は本当にへっちゃらやな」とおっしゃり、昨夜同様娘の回復力というかなんと言うか術後の良さに感嘆してくださいました。
明日はドレインを抜くとの事でした。また吉良医師と相談して早めに退院してもよいとの事でした。

勝井先生も声をかけてくださり。心温まる思いでした。

この日は午後から麻酔科外来があり、アンケート最終欄に「やや不満」と記述しました。
@血管確保に手間取り差し替えがあったこと。
Aマスクがくさかったこと
が娘が不満を持った原因であると伝えました。また私の感覚として、前回より娘の覚醒が遅かったように思うとお話しすると、
「昨年の麻酔はそうかんもせず自発呼吸での麻酔で、麻酔医としては大変な麻酔のかけ方(カジュアルと表現されていました)今回のは弛緩剤も投与し、自発呼吸を止めてそうかんもし本格的な麻酔(麻酔の王道)との事。これもその時の患者の状況。と担当医の判断だそうです。
血管確保にミスしたことは完全にこちらのミスです。とのことでした。
短い期間にまったく違う麻酔を同様の手術で経験することは少ないのでクオリティをあげるためにもよいご意見です。といってはくださいましたが、やはり、前の麻酔のほうが娘の体の負担は少なかったのではないかと素人ながら思っています。
次回手術の時はお好みをおっしゃってください。と麻酔科の先生に言われましたが・・・次は無いほうが良いな。。。。

この日は朝から私も洗髪をし、夕方にはシャワーも浴びました。

2007年5月17日(木)
午前8時20分娘を促して手術の準備をする。
勝井先生が術前に娘に顔を見せにきてくださり、娘は安心したようだった。
術着に着替え手術の知らせを待った。
8時30分看護婦さんと、松本医師が奈央を迎えに来られ、今回はベットではなく、車椅子で術場に向った。今回は新しい術場との事でとてもきれいなオペ室のようだった。
3階のオペ室の前まで同伴し、娘を送り出した。

やはり、心落ち着かず、DSをしたり少し食事を取ったりしながら過ごした。そんな中師長さんと看護婦さんが病室にいらっしゃり術後の娘を迎えに行く準備をしてくださいました。テキパキと準備をされ、もういつ迎えの連絡が来ても大丈夫になりました。

10時40分ナースルームに「○○さん迎えに来てください。」との連絡が入ったのがちょうど聞こえ、迎えの為の娘のベットが運ばれていった。その時看護婦さんが「心配でしたらご一緒にどうぞ」といってくださり、私も同伴してオペ室の前まで行った。
始めに松本医師が出て来られ、「無事手術は済みましたよ」と声をかけてくださった。待つこと10分程度。娘が出てきました。
前回よりも麻酔からの覚醒が遅いように思ったが、松本先生より「覚醒してますよ」とのお話があった。
病室に戻って、酸素マスクなどの処置が終わったのが11時20分ごろ。
そこから夕方まで娘はほとんど眠り続けた。
なんと今回は術後初めての食事が「普通食」
やはり色々違うな・・・と改めて思いました。
この日は手術がたくさんあり、娘の4人部屋のなんと3人がこの日の手術。整形の病棟はバタバタとしていました。

熊井医師に始めてあったのはもう夜のこと。
吉良医師もこの日は娘の手術には立ち会わず、違う手術をしていたとの事で、今回の担当医はやはり前と違う。と感じた。これは大学病院であることが原因なのだろう。
入院当日沢山の承諾書を受け取り、その後に「担当医以外の医師」という書類があり、そこに松本医師の名前があった理由がこれでわかった。
この日は手術した方だけ教授回診があるとの事で、またミニ白い巨塔がありました。
ありがたいことに娘はあまり痛みは無いようでそのことは救いになりました。高倉教授も術後すぐにも病室を訪れてくださっており、その時同様「いたく無いかな」と聞かれ「痛くない」と娘が答えると「強いぞ」と同じご意見をおっしゃりました。
やはり術後は痛いのが普通なのだろう。
勝井先生も呼ばれ娘と対面させてくださいましたが、もうすでに何回かお会いしていることを告げると「そうか・・」とおっしゃっていました。やっぱり熊井先生はやさしい。
それを見ていた熊井医師も「明日からは何しても動いて良いよ。」とおっしゃり
娘が「何してもいいの!!!」と言うと少し慌てて「普通に歩いては駄目だよ」と笑いながらいつもの娘らしいな・・・という感じで話されているのを横で見ながら「やっぱり熊井先生でよかった。」という感情が出てきました。

夕食は少し食べ、やはりこの日は眠っていることが多かったのですが、今回は麻酔の違いもあるのか、ベットでのトイレになり、娘はそれを嫌がり、1回は従ったものの2回目は前は違った。と訴え、何とか車椅子でのトイレの許可を得ることが出来、娘は嬉しかったようでした。
前回の手術は午後2時から。今回は午前9時から。
その時間の経過を見てもそのあたりの判断もやはり担当の医師始め看護師の裁量なのだろうかと思う。。。色々2回の手術を比べ考えることの出来た、ある意味貴重な体験となりました。これも9ヶ月という短い期間での2度の同種類の手術をした、娘ならではの感覚だろうと改めて思いました。

2007年5月16日(水)
仕事を終え、家の用事をして、主人を迎え、医大に向かったのは夜の8時。南門の閉まる9時までにつけるかぎりぎりの時間だった。
少し雨も降り始め、あまりスピードを出さないように心がけながら9時ぴったりに南門を入ることができた。
娘は待ちくたびれすぐに寝てしまった。
CTは午前中に撮ったとの事でした。
夕食まででたものの夜は飲食はできず。これから約1日娘は断食状態になります。

2007年5月15日(火)
午前10時奈良医大入院。
初めて吉良医師と対面。背の高い若いお医者様でした。勝井先生とも会うことができてまたまた嬉しい親子でした。

この日入院してすぐ、熊井医師より手術についてのお話があるとの事、初めて入院に付き添った主人も一緒にお話を聞いた。今回は5年生の医大生が立ち合うとの事。教育病院ならではのことでした。
整形外科病棟4階のカンファレンスルームにて、熊井先生、吉良先生、医大生、私たち両親。でお話を伺った。
娘のレントゲン写真(電子カルテになりすべてPCにての説明)と文献とで説明を受け、兼ねてから疑問に思っていた「日本人の15%にある外頚骨の正体」について質問した。
基本的には原因はわからないとの事でしたが、3種類ある外頚骨のなかでも1つは健のなかで骨化したもので他の二つ(娘も含め)は骨が何かの原因でセパレートされた一部だと説明を受けた。
しかし、その原因はまだわからない。との事でした。退化下残留骨ではないとの事でした。
その後麻酔科外来。何を聞いても以前の様。とか当日の担当医の判断。などあまり。。。。この術前麻酔科外来は意味があったのだろうかと???

結局CTも5月16日撮ることになり、内心「やっぱり・・」と思う母でした。

手術についての説明の確認書、同意書などなんとも沢山の書類に署名捺印。麻酔科の同意書も含める何枚になったのだろう。
前回無かった「担当医以外の医師・・」の書面も後から渡され「なんでだろう??」とちょっと不思議に思った。

勝井先生とも会うことができ、またまた親子ともども嬉しい思いでした。看護婦さんより手術で必要なものを伺い、T字帯を2階の売店で買う。その他前回と同じように「エコノミー症候群」を防ぐため専用の靴下も用意されていた。(これは片方去年のものが家にあるのだが、手術をオーダーすると、もれなくついてくるとの事で新しいのを使うそうです。それと術着。昨年と違い、バスタオルはいらなくなり、手術の時は病院用意のシーツとシートを使うことになったそうだ。病院も進化している。
この日はレンタルのベットを迎えのフルーツ屋さんに頼み特に他になく、私も娘を置き夜8時20分一旦帰宅した。

2007年5月9日(水)
奈良医大整形外科に10時過ぎに着く。
医師のオーダーがないと術前検査が受けられないとの受付けの話で、医師より自宅に電話があった時に予約を入れなくて大丈夫か確認したが直接外来へきてください。との指示のため当日受付となり、予約無しの場合にはかなりの時間が要する為、どうなるのか伺ったところ、医師と相談します。との事で割合早くに受診できたが、昨年の入院の時と手はずが違い、戸惑いを感じた。
当日担当の小杉医師の診察を受けるとき、前回主治医だった勝井医師が外来にいたためびっくりしたが、娘も私も嬉しかった。
「大きくなったな。。」とおっしゃり懐かしかった。今回も勝井先生が主治医だと何となく安心なんだが、チームが違うとの事でそこはあきらめるしかないようだった。
初めて奈良医大で熊井医師以外の先生の診察を受けた。
血液検査、呼吸器検査、レントゲン、心電図。そして術前麻酔外来。すべてのスケジュールが終わると夕方だった。。

2007年5月6日(日)
奈良医大の吉良医師より自宅に電話あり。
5月14日入院、17日手術の予定を話される。(どうも以前の電話は次のカンファレンスのための予備連絡のようであったみたいだ。今日の医師は先日連絡が来ていたことを知らなかった。)今回の手術のスケジュールはゴールデンウィークもあり、第3週には整形外科学会もあり、日程がタイトであったため念をいれての連絡であったのであろう。
前回あった。MRIの予約と、麻酔科の外来のことが気になったのでそのことを伝えた。
熊井先生に確認の上、MRIについては連絡があるとの事。また、麻酔科外来は入院した日に受診とのことでした。
前回の担当医の勝井先生とは同期とのことでまたまたやさしい先生のようで。うれしい。

2007年5月1日(火)
奈良医大の医師より携帯電話に電話あり。
5月14日入院、17日手術の予定を話される。
学校もあるため少しでも休みを少なくするため、翌15日入院17日手術と予定することになる。
術前検査のため9日受診。

2007年4月23日(月)
数日前、娘が「右足が少し痛い」と・・・・・。
「あぁ・・・。。。。」
主人と相談し早速受診。
この日は翌週休診日ということもあり、本当に混んでいました。
午前9時、自宅出発
午前10時15分、奈良医大到着。駐車場が混んでいたため娘が受付のため先に車をおりて受付を済ます。
午前10時21分 再診受付
受付の方と話、先にレントゲンをとるため、予備診を受ける。

右足のレントゲン、と以前に撮ったレントゲンを見、足の触診の時、娘は触られたところはすべて痛くない。といい。
熊井先生からは
「このまま痛みがなければ経過観察しましょう。」
とのお話の直後
「痛いよ!違うところは」
と発言。先生が違った角度から触診。

以前の様な下から押すときは痛みはないが、上から押すときに痛みがあるという。
「このまま、文化系の少女のように、スポーツはしながらでも、痛むときは安静を保ち、足てい板を使用しながら16〜17才の成長が止まるところまで持ちこたえれば手術は無しでいける。」
とのお話でした。

娘が今と同じような生活が送れるか、否か。。。
それが今回の手術の判断基準となりました。
前回の様に、ちょっとした衝撃で強い痛みが出る可能性は十分にあります。
そのとき、あのときのように、大変なことになるのであれば、今のうちに(計画的に手術ができる)手術したほうが良いであろうというのが、結論になりました。
5月中の手術を予定し、午後5時過ぎ、奈良医大を後にしました。

先生との一問一答

Q:骨折してもあまり腫れなかったのですが?????

A:その時の処置が良いとほとんど腫れません。腫れるので判断するのは危険ですよ。

Q:では怪我の判断は?

A:「痛み」ですね。子どもの場合特にそうです。

12月25日
クリスマスの日久しぶりに奈良医大に定期健診に行きました。
レントゲンを撮り、診察。
熊井先生から順調な回復、足の力も有るし、これで終わりにしましょう。
とのお話。完治しました。
三重県選手権で団体2位になったとこを伝え先生にお礼をし奈良医大を後にしました。
この日はお兄ちゃんも一緒だったので帰りはダイヤモンドシティに行ってきました。
ちょうど半年。いろいろな事があった日々でした。
奈央の足が治り本当に何よりの1年でした。
皆さまに感謝いたします。

9月20日
昨日は半分だけやった運動会の振り替えで小学校はお休み。
今日は本当に秋晴れの良いお天気でした。
本当は出ないはずの「徒競走」に急遽出ることになりました。
まだ足がおぼつかないのが見て取れました。本当に最後まで走れたことに胸が熱くなりました。

9月16日
運動会。
まだ足が本調子でないのですが、みなさんと同じように演技をしました。ただ天候が悪く、運動会 は翌20日水曜日に半分。21日に半分行うことになりました。
9月11日
術後2回目の受診。本人の性格もあり、ほぼ1ヶ月近くの前倒しだが、
本格的に動いてもOKとの許可を得て本人も喜んでいました。
が、本人が一番取りたかった装具はまだ1ヶ月はつけるようにとのお話でちょっと残念がっていました。
この日は本当にいつもより病院が混んでいて、駐車に30分以上、診察に2時間、お会計に1時間かかりました。

つらか った。

次は冬休み12月25日に受診予定です。
担当医の先生がダンディで素敵だったのと、担当の勝井先生がとても優しく親身になってくださったことが本当にありがたく感謝感謝の奈良医大です。難を言えば混んでいる事ですね。
入院中も奈良医大の整形外科の評判の良さを実感し、はじめにすぐに最良の治療を判断し、奈良医大を紹介してくださった木野クリニックの先生に感謝の気持ちで一杯です。ありがとうございました。

9月1日
学校2学期開始。この日は雨が強かったため朝は私が送ることにしました。
帰りはゆっくと。歩いて帰ってきてもらいました。仕事を休むことがもう出来ないため・・・ごめんね。

8月21日
退院後初めての受診。レントゲン検査の結果、少し、骨がやせてきているとの診断。
もう少し動いてもOKと  のことでした。子どもの体の変化の早さにも驚きました。
術前も「なるべく動くように」と指示され、退院後も足に加重をあまりかけないようにして
「積極的に動かすように。」との先生のお話でしたが、動かさなければ固まる。このことが本当に良くわかりました。お年寄りの方が病気をすると寝付いてしますからがんばって動くようにと、
先生方が指導されるのも本当に良くわかりました。術後に作った装具も出来上がり、それをつけての生活が始まりました。
この日は入院していたはじめご一緒だった方々と外来で待ち合わせをしてランチをご一緒しました。

松葉杖を使っての歩行ですが、ギプスが取れていたためさすがの娘も少し怖がり、入院時と違いゆっくりとした動きになりました。やはり病院の施設の中での生活と、一般の住居での生活ではかなり違うものだと痛感しました。

8月11日
退院。入院している間にお友達になった方々とお別れをして、夕方退院しました。皆さんとのメアド交換もしっかりしていました。

始めご一緒だった方々もちょうど入院して1週間目ぐらいで次々と退院され、娘の病室も

◎8月3日娘の斜め向かいの中学2年のお子さんが退院。週末に高校生の女の子が入院してきました。「外反母趾」の手術だそうです。手術後はかなり痛みがあったようで、とてもかわいそうでした。お母様は他のお子さんが他の病院で入院されているそうで大変そうでした。

◎横の小学3年のお子さんも土曜に退院。さびしくなります。その代わりに6日日曜日に大学2年の丹波笹山の女の子。とても気立ての良いお嬢さんで、とっても良くしていただきました。やはり「外反母趾」の手術だそうです。

◎向いのベットのご婦人も日曜に退院。そのすぐ後に20歳の女の子が入院してきました。事故の後の手術だそうです。

みんな手術は10日以降との事で入院してすぐに外泊してゆきました。少し寂しい入院生活です。その間に他の病室の方々と娘はとっても親しくなり、楽しい入院生活の再開です。

術後はみなさんつらそうでした。病室最後の手術は娘が退院する日に向かいのベットの女の子がされました。

新体操をしていた為か、ほかの入院しているお子さんよりもかなり早い回復だったようです。
 術後9日目に私の見ている時に一部抜糸。
 10日目にすべて抜糸。合わせてギプスも取れました。これは私が8月7日(月)から半日位づつ仕事に行き始めていたので、見ることは出来ませんでした。

8月1日
術後1日目に点滴が取れ、娘が「もう痛くない」と言い、2日目には痛み止めがとまり、「血液検査の結果がと ても良いので」と3日目には「抗生物質」もとまり、意外な程の回復を見せました。

8月1日 次の朝には娘は元気を取り戻し、食事も進み始めました。まだ痛みの残る足ですが、ギプスを巻き絶対安静状態になっています。
火曜日は教授回診の日でもあり、
「足の指だけ少しづつ動かすように」とのご支持で娘も足を少しづつ動かしました。まだ痛みはあったようです。
ちょっとした「白い巨塔」みたいでした。

7月31日
手術当日、お兄ちゃんも朝から付き添い、朝8時半より担当の熊井先生より手術の説明を受ける。ちょっと物々しい・・・・感じで心配です。
朝10時に点滴の確保が始まり、輸液を入れ始める。前の晩から絶食となり、午後からの手術の娘は少しかわいそうでした。
午後3時からの手術が少し早まり2時からの手術となりました。担当の研修医の勝井先生、看護師さんにベットを押され、私も息子と一緒に術場の前まで付き添うことが出来ましたが、手術室のドアが閉まると何か胸にこみ上げるものがありました。
手術時間は約2時間。夕方、まだ少し麻酔の残る娘が病室に戻って来ました。酸素マスクをし痛々しい娘の様 子でした。先生から除去した「骨」も見せていただき、念の為病理検査に出すとのことでした。やっぱり大学病院の手術となると物々しい感じでした。
担当の勝井先生がとても良くして下さり、娘は大ファンになりました。
全身麻酔の為、あまり頭を上げることは良くないとのお話で、術後はありがたいことに眠ることが出来たようです。
夜、10時過ぎ術後初めての食事が出されましたが、「気分が悪くなりそう」とあまり口にしませんでした。
その夜の看護 師さんの献身的な介護には本当に感謝しています。

7月30日
入院。この日は日曜日でもあり、特に娘に処置はなく、手術の説明も31日8時半からと言う事になりました。同室の3人の方は
◎隣のベットは小学校3年生の女の子。足の靭帯が生まれつき伸びているとの事でもう1年ぐらい、調子が悪かったとの事でした。
◎前のベットのご婦人。足首の所の骨がやはり生まれつき癒着している(難しくて病名はわかりませんでした。)との事まだとてもつらそうでした。
◎斜め向かいのベットは中学2年生の女の子。娘とまったく同じ症状の子でした。
みなさんすでに手術はおわり、ギプスをされていました。みんな痛々しい!!!!!!

7月28日 朝から奈良医大で術前検査。やはり全身麻酔でもあり、検査の数は多いものでした。麻酔科の説明。心電図、肺活量、血液検査(何本とったかな???)レントゲン、CT、等など。娘と私も病院が混んでいることもありくたくたでした。
この日初めて、いつも電話で話していた研修医の先生とお会いしました。とっても感じの良い先生で娘も大満足のようでした。

7月26日
担当の研修医の先生から電話が有り、現在の入院患者さんの容態があまりよくなく退院できそうにないので、術前検査は7月28日(金)通院で済ませることになりました。

7月25日
奈良医大より連絡あり、「今日のカンファレンスで8月の手術は難しいので7月31日か8月11日のどちらかはいかがですか?」と説明を受ける。あまり長引くより早いほうが良いし、又私の仕事も7月31日(月)の方が後々の事を考えるとベストと判断し、7月31日の手術でお願いしました。
7月28日(金)入院、術前検査。31日(月)手術と決まりました。

7月24日 奈良医大より連絡があり、7月31日・8月3日・4日のどれかの日で手術をしましょう。との事。できれば8月に入ってからがベストとお願いをしました。

7月11日(月) 奈良医大受診。7月3日オーダーした、「足ていばん」をいただく。入院の日はまだきまらず。
先日撮ったMRIがオーダーしたものと方向が違うとの事で、もう一度「平井病院」でMRIを撮る事になりました。これは予想外。疲れた。

7月4日
奈良医大では「MRI」の検査をするのに時間がかかりすぎるので、とのお話で近隣の「平井病院」でMRI検 査をすることになりこの日は朝からMRIを撮りにいきました。

7月3日
奈良県立医科大学整形外科を受診。整形外科でも特に「足」「ひざ」「神経」など専門に分かれその分野では全国ランクの先生のいらっしゃることを木野クリニックの先生からもご説明を受けていたため安心して受診できました。
やはり、診断は骨折。しかも娘は「外頚骨」という、日本人の15%しかもっていない骨があり、その骨が外的ショックで外れたとの診断でした。根治治療は「手術」。はじめの私たち両親の感覚に比べると大きな怪我となりました。ベットがなかなか空かず、術日はかなり先になりそうだとのお話でしたが、何とか夏休みには手術をしましょうとのお話でした。
とりあえず、それまでは装具をつけて通常の生活を送ることになりました。

6月30日
以前より足の痛みをうったえていた娘をそれほどの大きなこととは考えずにちょっとした打ち身!!程度に考えていたのですが、痛みを又うったえた為、木野クリニックを受診する。
レントゲンを撮り、先生のお話を聞くとびっくり「骨折ですよ」との診断。「うちで治療しても又痛みが出る可能性があるから、良かったら今大きな病院へ行ったほうがベストと思います。紹介状を書きますよ」との判断。木野クリニックの先生の賢明なご判断のおかげですぐに治療にとりかかることができました。
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