top 十如是(じゅうにょぜ)
一念三千


B十如是

すでに説明してきた十界という十種類の境界が、どのように身心の上に現れ、活動し、また変化していくのか――それを示したのが十如是である。十如是のそれぞれについて簡単に述べる。

如是相(にょぜそう)

形として捉えられる万物の姿のこと。物質や、我々の身体、人相、声などをさす。

如是性(にょぜしょう)

形として捉えられない内面の性質のこと。我々の心、智慧などをさす。

如是体(にょぜたい)

相と性とを兼ね備えた当体のこと。たとえば我々の生命は肉体と精神とから成っていて、これを切り離すことなどできないのであり、その肉体と精神を具えている生命それ自体をさして、体という。

如是力(にょぜりき)

相・性・体に内在している力のこと。

如是作(にょぜさ)

力が実際に発動し、作用していくこと。

如是因(にょぜいん)

内在している原因のこと。

如是縁(にょぜえん)

外界からの助縁(じょえん)のことであるが、外界の事象を自己の助縁とするか、しないかは、自己の主体に委ねられている故に、縁も十如是の一つに含まれる。

如是果(にょぜか)

因と縁とが和合して、何らかの力が発動した場合に、いかなる結果が生ずるか、が瞬時のうちに定まることになる。その内なる果のこと。

如是報(にょぜほう)

定まっていた果が、後々具体的に外に現れること。

如是本末究竟等(ほんまつくきょうとう)

始めの相を本、終わりの報を末とし、本から末までが一貫して一個の生命の姿であること。

以上のような十如是は、あらゆる実在に等しく具わっており、前の十界が衆生の差別相を表すのに対し、こちらは、常に等しく具わる平等の側面を表している。

つまり、現在の姿において、地獄界や人界などの差違があるのは、その人その人の過去からの生き様が、平等に具わる十如是の働きによって、差違となって今に表れてきたといえる。

また、さらにいえば、たとえ現在の境界に差違があろうとも、等しく十如是を具えているのだから、今の生き方によって先々の境界を変えていくこともできる。

この十如是が加わることによって、百界×十如是で千如是(せんにょぜ)という数量になる。