同時テロ追悼法要の妨害企んだ創価学会
反社会的カルト(狂信)教団の本性を露呈!!
安国論上呈の日(7月16日)の意義深き追悼法要
妨害を退け日顕上人猊下大導師で厳修

慧妙紙:2003.8.1号
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同時テロ追悼法要の妨害企んだ学会
反社会的カルト(狂信)教団の本性を露呈!!
安国論上呈の日(7月16日)の意義深き追悼法要
妨害を退け日顕上人猊下大導師で厳修


7月中旬、御法主日顕上人猊下は、アメリカ・ニューヨークに御親修され、日本時間の7月16日午前2時40分(現地時間で7月15日午後1時40分)より、世界貿易センタービル跡地(グラウンド・ゼロ)で、同時多発テロ犠牲者の追悼法要を奉修された。

これに対し、御法主日顕上人猊下の一挙手一投足に神経をとがらせ、日顕上人の御振る舞いをことごとく妨害しようとする輩が、またも悪辣な妨害・謀略を仕掛けてきた。

今般のニューヨーク御親修、なかんずくテロ犠牲者追悼法要を、失敗させようと仕組まれていた、薄汚い謀略の数々を暴く


去る7月16日午前2時40分(現地時間7月15日午後1時40分)より、御法主日顕上人猊下は、雲一つなく晴れ渡ったアメリカ・ニューヨーク市の世界貿易センタービル跡地(グランド・ゼロ)において、平成13年9月11日に発生した、同時多発テロの犠牲者に対する追悼法要の大導師を務められた。

『立正安国論』奉呈の日である7月16日の、まさに丑寅の時刻(日本時間の午前3時を中心とする時間帯)」に、世界の人々のテロ撲滅への願いが込められた「グラウンド・ゼロ」で奉修された本法要は、まことに深い意義があるといえる。

しかしながら、この裏側で、本法要を大失敗に終わらせようとする、薄汚い画策と妨害が、次々と仕掛けられていたのである。

事前の謀略と姑息な嫌がらせ
イスラム教徒まで利用し正宗攻撃


まず、今回の御親修を直前に控えた7月上旬、アメリカ・ニューヨーク市にある日蓮正宗寺院・妙説寺に対し、“妙説寺のホームページにはイスラム教を冒涜した部分がある”として、現地のイスラム教徒のグループが突然、抗議を開始した。すると、これを受ける形で、即座に創価学会が『聖教新聞』で大々的にこの件を取り上げ、日蓮正宗を反社会的団体であると誹謗・喧伝したのである。

もとより、日蓮大聖人の破邪顕正の仏法を持(たも)っている以上、本宗があらゆる邪宗教を破折し、これに対し怨嫉(おんしつ)が起きることは、やむをえないが、この創価学会の誹謗報道は、イスラム教徒による抗議を利用し、法要に悪影響を与えるべく行った“事前工作”であったといえよう。現に、法要が終わってしまうと、これらの抗議運動は嘘のように鎮まったのである。

さらに、追悼法要の5日前にあたる現地時間7月10日、学会の走狗たる工藤玄英ら脱落僧共とアメリカSGIメンバー(テロの学会員犠牲者の遺族も含む)により、突如として、「グランド・ゼロ」で同時多発テロ追善(ついぜん)法要が行われた。

そもそも創価学会では、テロの犠牲者となった学会職員の葬儀を「友人葬」で行い、一周忌に当たる昨年9月11日にも、会館等で追善の勤行会を行っている。

しかるに本年、9月には三回忌を迎えるというのに何故、9月を待たず、この時期にわざわざ法要を行ったのか。

それは恐らく、半年前から宗門で計画されていた法要のことを知った彼奴(きゃつ)等が、これを出し抜いて、宗門としての法要を二番煎じに堕とすべく、この時期に追善法要をぶつけてきたものであろう。誰が見ても、姑息な嫌がらせではないか。

ともあれ、こうした創価学会の事前の画策を物ともせず、御法主日顕上人猊下におかれては、7月13日、総本山での丑寅勤行・宗祖大聖人御報恩御講の一切の法務を務められた後、渡米のため、東京の大石寺出張所に向かわれた。

が、この時から、日顕上人御一行に対して、さらなる圧力と妨害が仕掛けられていくことになる。

学会工作員による妨害と圧迫
組織的な張り込み・尾行・盗撮


まず、日顕上人御一行が出張所に入られた時、出張所の周辺には、すでに数台の不審な車両(セレナ・エスティマ・ベンツ2台)が張り込んでいた。彼らはしきりに、出張所の様子を窺っている。

同日午後8時30分、準備を整えられた日顕上人御一行は、成田空港近くのホテルに向けて出発。すると、件の不審車両も、これを追跡して動きだしたのである。

彼らは、御一行に警備車両(総本山警備の清昌メンバー)が同行していることを非常に気にしつつ、互いに連絡を取り合って走行している。それが彼らの動きに見え見えなのだ。

また、御一行が宿泊されたホテル近くにも、不審なシルバーのセダンが待機している。

翌14日・朝7時30分、前夜、大石寺出張所から追跡してきた不審車両のうちの1台(セレナ)が、ホテル正面の駐車場に現れ、男が車から降りてホテルに入る。

9時前、20代の女が、日顕上人が宿泊されている客室に近づく。警備員が声をかけると、おどおどしながら、無言のまま慌ててエレベーターに。しかも、同じエレベーターに乗られた御僧侶の話では、乗っておきながら行き先階のボタンを押そうとしない。よほど狼狽して、頭の中が真っ白になっていたのだろう。

結局、その女は、何の目的も果たすことができず、ホテル前に現れた不審車に乗り込み、走り去ってしまった。

その頃、ホテルのフロントを見渡す所に、ビジネスマン風の不審な二人組が現れ、ソファーに腰をおろした。テーブルの上に置かれたソフト・アタッシュケースの側面には、ちょっと見ただけでは見落としてしまうような、小さな穴が二つ。そこには隠しカメラのレンズが。

それを発見した警備員が男たちに近づくと、男たちは、アタッシュケースをテーブルから降ろして隠そうとする。警備員が離れれば、またテーブルの上に、近づくと再び降ろす、という行為を何回も繰り返す。

その繰り返しの間も、二つの穴の空いた面は常に、日顕上人がお姿を現すはずのエレベーターホールの方向に向けられたまま。

やがて日顕上人御一行がホテルを出発されると、これを追って、ホテル正面の駐車場にいたセレナも空港へ。

空港には、確認できただけで10名以上の不審人物が。その中には、ビデオカメラを持った人間に近づいては、何かと指示を与える“司令塔”の役割の男もいる。

そして、御一行のお姿が出発ロビーに現れた瞬間、様々な方向から一斉にカメラのフラッシュが五・六回――。

いうまでもないことだが、不審者によって張り込み・尾行・盗撮をされる側にしてみれば、仮に不審者が危害を加えてこなかったとしても、常に緊張を強いられ、精神的圧迫を受け続ける。神経の細い人なら、それだけでまいってしまう。

ゆえに創価学会は、これまでも、こうした張り込み・尾行・盗撮等の謀略行為を、反対者に対して常に繰り返してきたのである。

しかして、今回の御親修に対する張り込み・尾行・盗撮も、やはり学会員の仕業であったことが判明した。

すなわち、確認できた不審車両のうち、エスティマを所持する男の家は、公明党渋谷区議・伊藤美代子の連絡所であり、家のドアには、ご丁寧にも“三色旗”が貼られていたのである。

また、セレナを所持する男の家も、やはり公明党渋谷区議である植野修の連絡所であった。

加えてこの二軒には、学会の会館で行われる展示会のポスターが、堂々と貼られていたのである。

そして、御一行の出発時に空港ロビーに現れ、カメラを持った男たちに指示を与えていた人物は、平成13年夏の参院選で、法華講員候補の車が東京・信濃町で街頭演説を行った際、その様子をしきりに撮影していた男であることが判明したのである。

さらに、別の一人は、昨年4月29日の30万総登山の時、登山者でもないのに本山内を徘徊し、警備員に誰何されると「添書登山で来た」などと嘯いた前歴を持つ不審人物だったのだ。

これで、あの謀略部隊は創価学会員によって構成されていることが歴然となった。

また、同時に、あの謀略部隊の面々が、公明党の連絡所を引き受けるほど熱心な公明党運動員ということになれば、この“事件”への公明党の関与も疑われるところだ。

そもそも、「世界平和」を謳い文句にしている創価学会の構成員達が、世界平和を願って「グラウンド・ゼロ」へ赴かれんとしている日顕上人御一行に、こうした非道な手段で妨害を加えるとは、学会の反社会的な暴力性を露呈した行為といえよう。断じて許し難いことではないか。

こうして、出発の時点から、創価学会による妨害を受けられた日顕上人御一行は、その後も行く先々で、様々な妨害にさらされることとなる――。

米でも何者かが悪辣な妨害
諸天の加護で危機を悉く突破!


長い空の旅を終えて、日顕上人御一行はニューヨークの空港に到着。が、しかし、そこでもまた、予想外のアクシデントが御一行を待ちかまえていた。

予定していた到着ターミナルに不審な荷物が置かれている、ということで、御一行の飛行機は別のターミナルへと回され、時間を大幅にロスさせられてしまったのだ。

到着早々のアクシデントは、その後の波乱を予想させるに十分であったが、その不安は的中し、追悼法要の当日にも、何者かの手により重大な妨害がなされたのである。

今回の法要に際し、日蓮正宗ではあらかじめ、法要が行われる「グラウンド・ゼロ」までの交通手段として、アメリカの政府機関を通じ車をチャーターしておいた。

ところが、この車が妙説寺の講頭の名を騙った何者かによって、昼12時の配車予定を午後3時に変更されてしまっていたのだ!!

法要当日、いくら待てどもチャーターした車が来ないので、不審に思って問い合わせたところ、初めて、この事実が判明。

しかも最悪なことに、バス会社が手配していた運転手はすでに解散してしまっており、すぐに配車することは不可能というのである。
これでは、予定していた「グラウンド・ゼロ」での法要に間に合わなくなってしまうばかりか、法要を行うこと自体が不可能になってしまう。

というのも、「グラウンド・ゼロ」は、規定が非常に厳しく、事前に申し合わせて決められた時間帯を過ぎてしまえば、入場することさえできないのだ。

しかるに、今回、日蓮正宗の法要に予定された時間帯は、午後1時から3時まで――。このままでは間に合わない!

こうして、何者かの謀略により、追悼法要は中止の一歩手前まで追い込まれたのだが、現地法華講員の迅速な対処によって、何とか輸送手段は確保された。

さらに、地元警察による交通誘導を受けて現地に急いだ結果、当初予定していた法要開始の時刻は遅れたものの、前述のように、午後1時40分に開始することができたのである。

これが結果的に“禍を転じて福となす”ことになり、法要は、日本時間で7月16日の「丑寅の刻」という、まことに意義深い時刻に行われるところとなった。

やはり、「悪は多けれども一善に勝つことはなし」で、謗法者の策謀も仏天の加護を破ることはできなかった、といえよう。まことに不思議な現証ではないか。

さて、このような、アクシデントや明らかな妨害行為の連続に、もしやと思い、その夜、予約を入れてあったレストランに確認の電話を入れてみると、案の定、やはり妙説寺の講頭を名乗る人物が「予約をキャンセルしたい」と連絡を入れていたのである。

もっとも、これにはレストラン側が、“すでに準備を整えてしまったので、キャンセルできない”と対応していたため、事なきを得たのだが。

こうして、ニューヨークでの一切の行事を終えられた日顕上人御一行は、7月17日の午後、成田に無事到着されたが、そこに待ち受けていたのは、またも、隠しカメラを仕込んでアタッシュケースを持つ、謀略部隊であった。

まさに頭隠して尻隠さず。卑劣な妨害工作の端々に、創価学会の影が見えてしまっているではないか。

ここまで日蓮正宗に背き、御法主上人を怨嫉する創価学会の本性を、我々はハッキリと認識して、正法厳護のため徹底的に折伏していくことが肝要である。