阿山町ふるさとの森
(阿山町は、平成16年11月1日の合併で伊賀市となり阿山町という地名は無くなりました。)

ロッジ棟全景  この施設は、阿山町の中央部に位置し国有林に囲まれた良質のロケーションにあります。 赤松の林で自然をたのしめるようキャンプ場、ロッジ、屋外ステージ、水辺公園、ふるさと資料館・・・・等アウトドアが楽しめます。又宿泊施設も公共施設ですので安く利用できます。又、森の中の池ではカヌ−や、近くにのB&G海洋センター内のプールも夏には利用できます。

阿山町ふるさとの森会館

〒518-1315
三重県伊賀市川合3376−12
TEL 0595−43−0035
場所  伊賀市河合字焼尾 (ロッジ棟)
ふるさとの森会館   会館内部   キャンプ場   水辺
ふるさとの森会館   会館内部   キャンプ場   水 辺

 ■ 近くの見所

その1 もくもく手づくりファーム

 町内きっての観光施設・伊賀の里モクモク手づくりファ−ムは豚をテ−マにした新しい感覚の農村型パ−クだ。豚による愉快なショウ−を開催する豚のテ−マ館などの他、パスタやパン、ウインナ−などの手作り体験もできる。地ビ−ルやハムなどの工房など楽しい施設が豊富に揃っている。

その2 伊賀焼の里丸柱

 ふるさとの森から南へ(名阪国道)向かって行くと阿山中学校がありますもう少し下ると右側に新しく道路が整備され10分程で伊賀焼きの里丸柱に着きます。ここの陶芸体験教室で、伊賀焼の魅力を実感してみてください。

阿山町の地名・伝説・民話 

■真田幸村の軍資金
  信州上田城主真田幸村の、家来三好西海入道は昔軍資金を集めるため、伊賀に来て近江へぬける遊免で木の上に陣取り人が通りかかるとツルベを降ろしその中へ金を入れさせるという強盗を働いていた。そのトチの木が、今も残っている。  

■槇山の由来(地名)
  奈良の東大寺を建立するとき、くぐり柱の用材を諸国に求めたが、それだけの大木がなかなか見つからなっかた。たまたま当地から伐り出したなかに1本の大木があったのでこれを使うことになった。東大寺側では「これぞ真の木」とほめたたえたので真木の山という地名が出来たという。

■焼尾(地名)
 聖徳太子が堅田から帰られる途中玉滝にさしかかると、突然オロチ(大蛇)が現れて行手をさえぎった、このオロチは太子にむかって鎌首をもちあげると口から火を吹いて一面は火の海とし化した。そこに白髪の翁が現れ太子に一筋の矢を奉った。矢はオロチの胴を射抜いてオロチは倒れた。オロチを射抜いた矢は矢川大明神としてまつられた。またオロチの死体を焼ききれず尾だけが残ったので、焼尾の地名がついたという。

■湯舟(地名)
 湯舟の地名は東大寺文書にもでてくる古地名である。昔この地から冷泉が湧き出ていたと伝えられている。湯舟.湯谷.湯谷坂.泉ヶ原などの地名を残している。湯舟の湯が湧き出なくなった故事として、むかし榊原の住民が馬二頭をしたて湯桶四つを持って湯舟に来て、ひそかに湯を汲みとって帰った。地元の者はそれに気づかず翌朝湯つぼに行くと湯は枯れていたので大騒ぎとなった。それ以来湯は湧かなくなったが、榊原では持ち帰った湯を地中に流し込み、いで湯祈願を行ったところどんどん湯が湧き出て今に至ったという。

■石川五右衛門出生の地 石川(地名)
 伏見の城中に忍び込み豊臣秀吉の暗殺を企てた、五右衛門は淀君の寝乱れ姿にうつつを抜かせて神通力を失い踏み外したとたん警護の者に捕まえられ遂に釜煮えの刑を受けた、大盗賊の頭である。もともと武士であった先祖が石川(地名)に隠れ住んだ。その34代孫として五右衛門が生まれた。百地三太夫の許で忍術を習ってかくれなき達人となった。

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