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鍋島泰氏『和具の方言』


 三重県志摩市志摩町和具の医師・鍋島泰氏が平成2年(1990)から調査をはじめ、平成20年(2008)に刊行。全3巻、2268ページ、31275項目にわたる収集量は和具方言としては前人未踏のもの。しかも、ほぼすべての項目について根拠となった話者の会話文が付されており、高い資料性を有している。
 
 (例)
よした【感動詞】1)有難う……[会話] 1)ヨシタ言うのは おおきん(有難う)有難う言うのを ヨシタ言うのなあ(です)。男の人ら(が)よお使うわな(よく使います)、漁師の人らな(が)ヨシタ言うてな、有難う御座居ます、今し(今)では言うのを、それを ヨシタエエ言うの(のです)。(以下略)

よしたええ 有難う 女性言葉 よした参照[会話] ヨシタエエ言うて、有難う言う事を ヨシタエエ言うて。おおきんえ(有難う)言う人も有るし(有ります)。よけもろて(沢山貰って)ヨシタエエ言うて。なんやかや(何彼)もろたり(貰ったり)してもろたり すると、礼言うのを 有難お言うのを ヨシタエエ言うて。仕事してもろて(もらって)こげん(こんなに)よけしてもろて(沢山してもらって)ヨシタエエ言うて。ヨシタ(よくした) うぐろ(土龍)よお(よく)持ってくれた言うて、畑の うぐろなでんぐりかえして(ひっくり返して)有ると 打つのん(畑耕すのに)やいこおて ええんてや(柔らかくてよいのです)うぐろな(もぐらが)持ったあた(後は)、そやもんで(それで)ヨシタ うぐろ よお持ってくれた言うて。そして(そうして)なんやかや人な(が)持ってしとると(して居ると)その時もうぐろ(に)例えて ヨシタ うぐろ、持ってくれて 言う時もあんね(有るのです)。

 この記述にはこれまで学界で知られていなかったいくつもの情報が含まれている。(1)ヨシタが男性語でヨシタエエが女性語であるという位相差。ここまではっきりと位相があることを示した資料はこれまでにはない。ヨシタは鳥羽市国崎町で「海女詞」として使われているという報告があるが、それを男性が使い、さらには女性との間に語形の差異があるというのは極めて注目される。(2)「ヨシタ うぐろ、持ってくれて」というモグラに託した慣用句。モグラ(伊勢志摩ではほかにオンゴロ、オゴロといった語形も各地で見られる)は畑を荒らすので疎まれることが多いのだが、和具では却って畑を耕してくれる動物であるという認識のあったことがわかる。
 また、民俗事象にかかわる記述が多い。前の例「ヨシタ うぐろ、持ってくれて」のようにくらしとことばが密接につながりをもっていることはその地域の文化度が非常に高いということ。ことばは文化の基盤といえるが、くらしの中でことばが独自の有り様をもつことはその土地の人々にとっての大きな財産である。
 さらに、序文で鏡味明克氏が述べるように、ここに収録されたことばは「すべては貴重な土地の用法の内省でありますから、地元ではこのような意識・用法で使われているのだという著者の原稿を尊重」されたものである。鍋島氏自身も「はえぬきの人」でありながら、さらに良いお二人の話者から聞き取りによって意味・用法の記述がされている。方言研究の成功の鍵はどれだけ良い話者と巡り会えるかにかかっているが、最高の条件を有する適切な話者による和具のことばが記述されたといえよう。
 そして、いわゆる差別用語について「追録」を作成して、人権の尊重に配慮するとともに、方言研究における当該用語の取り扱い方に対するひとつのあり方を示している。
 平成21年度三重県文化功労賞受賞。

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