2004年5月
●5月1日(土)

 どうもいけません。なんやかんやと段取りがだだぐるいになっているあいだに(「だだぐるい」の「だだ」は強意の接頭語。牧村史陽の『大阪ことば事典』には次のような用例が挙げられています。

ダダがらい(やたらに辛い)。ダダくだり(ひどい下痢)。ダダもれ(はげしい水漏れ)。ダダひろい(むやみに広い)。

 「だだっぴろい」という言葉なら東京あたりでも使用されますが、あの「だだ」です。敢えて漢字を用いるならば、たぶん「徒」あたりがふさわしいでしょう)、早くも5月を迎えてしまいました。

 ちょうど一週間前の4月24日、あのだだっ広い東京で『新青年』研究会の例会が開かれました。『江戸川乱歩小酒井不木往復書簡集』(仮題)の翻字、脚注、解題などを担当していただくスタッフがおもに『新青年』研究会のメンバーでいらっしゃることから、関係各位の特段のご高配のもと、この日の例会では書簡集に関する打ち合わせも進めていただきました。

 むろん私も出席いたしましたので、その報告をとりまとめて「生誕三六〇年芭蕉さんがゆく秘蔵のくに伊賀の蔵びらき事業紹介【001】」に発表しなければならないのですが、段取りだだぐるいのゆえをもっていまだに着手できておりません。きょうあすのうちにはなんとかしたいと思います。よろしくご了承ください。

 さて、5月といえば「生誕三六〇年芭蕉さんがゆく秘蔵のくに伊賀の蔵びらき」事業、いよいよ16日に開幕です。いったいどうなることじゃやら。

県内地域雑誌筆頭格伊賀百筆

 といったところで、本日付朝日新聞三重版に掲載された藤田明さんの月例レビュー「展望 三重の文芸」から、冒頭二段落を引用しておきましょう。

 県内の地域誌で筆頭格は何だろうか。

 「伊賀百筆」13号に接してそんなことが浮かんだ。上野印刷のメセナから離れ、執筆者自前による3号目、329ページに及ぶ。特集は井上裕雄追悼。名張出身の図書館学者であり、国立国会図書館関西館、名張市立図書館、京都府の文化行政、ミホ・ミュージアムにおける功績など県外8氏が記す。事実上の第2特集は新市名・伊賀市と芭蕉360年行事批判。前者では埼玉の楠原祐介が旧国名の転用は不可などの理由を説得的に説明。後者は中相作(名張)の長大な77ページ分。新発見横光利一書簡の紹介もあり、総合文化誌として幅をひろげた。

 追悼特集が組まれた井上裕雄さんは本邦図書館学の権威で、国立国会図書館関西館の誘致運動では立て役として活躍された方ですが、2002年12月7日、七十一歳で逝去されました。名張市立図書館は1969年の開館準備の段階から、井上さんの何くれとないご指導をいただいておりました。京都府を退職して京都文化博物館の館長をお務めだったおりには、同館を取材に訪れた私にいろいろと便宜を図ってくださったものでした。と個人的なことも記しつつ、あらためて合掌。

 ところで、朝日新聞の伊賀版には「伊賀百筆」第十三号の記事は掲載されなかったと記憶します。藤田明先生が三重版のレビューでトップにとりあげていらっしゃる地域雑誌を、同じ朝日の伊賀版がネグレクトしてしまうとはどういうことか。これはいったいなにごとであるか。「伊賀百筆」は次号の誌面で上野市役所の記者クラブを特集してはいかがなものか。呵々。


●5月4日(火)

 二日連続で伝言をお休みしてしまいました。

 きのうは「生誕三六〇年芭蕉さんがゆく秘蔵のくに伊賀の蔵びらき事業紹介【001】」を更新しただけで家を飛び出し、近鉄特急で大阪まで赴いて憲法記念日恒例お誕生日&結婚記念日大宴会(もともとは別の趣旨の大宴会だったのですが、いつのまにかこんなアニバーサリーになってしまいました。人間、馬齢を重ねれば重ねるほどおめでたくなってゆくようです)に顔を出しました。これで連休中の用事はすべておしまい。本日はゆっくり休養に充てたいと思います。

 ではまたあした。


●5月5日(水)

 ゴールデンウイークもきょうでおしまいですが、私が初めて平井隆太郎先生と中島河太郎先生にお目にかかったのは、八年前つまり1996年のちょうどいまごろのことでした。『乱歩文献データブック』の予算がこの年3月の名張市議会で正式に認められましたので、監修を担当していただく両先生から拝眉の機を頂戴し、ご挨拶を申しあげた次第です。

中島河太郎先生の思い出

 平井先生と中島先生に監修をお願いすることは最初から決めてあったのですが、と申しますか、両先生を差し置いて監修を依頼すべき人などどこにも存在しなかったのですが、と申しますか、講談社版江戸川乱歩推理文庫の責任編集者お二人にそのままスライド登板していただいただけの話でもあるのですが、とにかく名張市立図書館が乱歩の書誌をつくるのであれば、最初にご挨拶を申しあげご協力をお願いしなければならないのはこの両先生でした。『乱歩文献データブック』の表紙に「監修 平井隆太郎 中島河太郎」という文字を入れられればそれだけでおおきに箔がつくというものではないか、との計算も私にはあったわけですが。

 むろん実際にお目にかかるまでに、おそらくは『乱歩文献データブック』の予算が獲れたらしいと聞き及んだ1996年の1月か2月のことだったと思うのですが、私は両先生に書面でご挨拶し、名張市立図書館が『乱歩文献データブック』を刊行することになりましたのでぜひご監修を、とお願いしてご快諾をいただいてありました。

 というところで、ふと思い出したことを書いておきます。いやこんなことまで書かなくてもいいか、いやいや敢えて書いておくべきか、としばらく逡巡したのちやはり記しておくことに決めたのですが、私は平井先生と中島先生に手紙で直接監修の件をお願いするつもりでした。ところが名張市立図書館側から、「中島先生には日本推理作家協会を通じてお願いすることにしよう」という話が出てきました。どうしてそんな回りくどいことをするのだろう、とは思いながらもお役所初心者であった私は唯々諾々とそれに従いました。

 本サイト「RAMPO Up-To-Date」で確認すると、1996年2月4日のことです。この日、名張市が日本推理作家協会の協賛で主催するミステリー講演会が開催されました。講師は栗本薫さん。協会の事務局員の方も名張にいらっしゃるとのことでしたから、そのとき中島先生の件を依頼しようということになり、いよいよ講演会当日、講演を終えて栗本さんご一行が図書館においでになったとき、私は事務局員の方にじつはかくかくしかじかでとお願いして、「それなら協会の理事会に諮ってみます」とのご返事をいただいた次第です。

 面白くないからこんな話やめておこうかとも思うのですが、お役所批判に生きる身として避けては通れぬ話題ではないか、とみずからを鼓舞しつつあすにつづきます。


●5月6日(木)

 きのうのつづき。日本推理作家協会を通じて中島河太郎先生に『乱歩文献データブック』の監修をお願いしよう、という話のつづきなのですが、やがて協会事務局から名張市立図書館に電話が入り、中島先生の件を理事会に諮ったところ、そういうことはそちらでやっていただきたいという結論に至りました、とのご報告を承りました。

 これはごく当たり前のことで、推理作家協会が図書館の使いっ走りに甘んじなければならぬ義理などどこにもありません。名張市立図書館はじつにお門違いな申し出を行ったわけですが、しかし俺も俺だ、どうしてこんな妙なことを考えつくのかと訝りながら図書館の意向をそのまま推理作家協会に伝えたことは反省しなければならんな。

 そして遅ればせながら、そうか、これがお役所の体質か、と私は思い当たりました。中島先生への依頼に際して中島先生が所属している職能団体を介在させようとする判断の背後には、とにかくリスクは背負わない、できるだけ他人を恃み人に任せる、当事者の位置からあたうかぎり遠ざかる、要するに責任回避を第一義とするお役所体質が抜きがたく骨がらみで存在しているわけだな。よーし、俺はお役所体質垂れ流しの言い分になんか二度と耳を藉さないぞ。私はそのように決意し、そのまま今日に至っております。

 閑話休題。手許のファイルを調べてみると、中島先生からいただいた最初のおたよりの日付は1996年3月1日ですから、推理作家協会の事務局から電話をもらい、そういうことならと中島先生に直接手紙でお願いを申しあげたのは2月下旬のことであったと思われます。

 中島先生からの書面は便箋四枚、いまこうして眺めているだけで何やら粛然としてくるのですが、『乱歩文献データブック』監修の件は承知した、現在、大学と短大の学長を務めているのだが、どちらも3月で退くことになっているから、4月以降ならいつでも会える、といったことが細いペン字で記されています。八年前に拝読したときにはさすがに嬉しく、封筒と便箋を手にしたまま雀躍りしたことを私はよく記憶しております。


●5月7日(金)

 話題が転々として恐縮ですが、「生誕三六〇年芭蕉さんがゆく秘蔵のくに伊賀の蔵びらき」事業の公式ガイドブックが発行されました。きのう二〇〇四伊賀びと委員会からご恵投いただきましたので、本日はそっち関係の更新を済ませるだけでおしまいということになってしまいました。同事業の乱歩関連イベントを紹介するページが誕生しましたので、乱歩ファンの人は一瞥してやってくださいね。最新情報あたりからどうぞ。


●5月8日(土)

 昨日、「生誕三六〇年芭蕉さんがゆく秘蔵のくに伊賀の蔵びらき」事業の公式ガイドブックに掲載された乱歩関連イベントをお知らせしましたところ、そのガイドブックでは乱歩不木往復書簡集刊行事業が紹介されていないのかとメールでお尋ねをいただきました。お答えいたします。紹介されております。

伊賀びとたちのガイドブック

 ただまあ公式ガイドブックはイベントの紹介が中心で、何月何日にはどこで何がありますとご町内の親睦行事をちまちま列挙した内容となっておりますので、イベント以外の事業はあっさりあしらわれる結果になっております。

 乱歩不木往復書簡集刊行事業は「伊賀びと達の取り組み」というどうにも薄ら寒いタイトルが掲げられた見開きページにちょこっと記されており、こんなページ見ているだけで恥ずかしくなるから見ないふりをしていてやろうと私は思っていたのですが、お尋ねをいただいたとあれば致し方ありません。以下、「伊賀びと達の取り組み」を原文のままご紹介申し上げます。

伊賀びと達の取り組み
2004伊賀びと委員会はイベントや事業を推進するとともに、未来へ向けて、環境や人々の生活、コミュニケーションをより良くするためのさまざまな取り組みを展開しています。
伊賀びとカード
皆様に描いていただいた絵・イラスト・俳句などがカードの絵柄となって各イベント会場で配布されます。
皆様の手によって伊賀中を駆け巡るこのカードは、メッセージカードとして使えるほか、カードの中のメッセージ、スタンプ欄がいっぱいになれば、フィナーレイベントでプレゼント抽選券として使えます。
このカードで伊賀中を「ありがとう」の気持ちでいっぱいにしましょう。
伊賀びとさがし
これからの地域づくりを支援するため、地域の中でささやかな地域づくり活動を行っている方々を探し、その方々の活動情報のデータベースである「いがバンク」の設立を検討していきます。また、この事業をより多くの皆様に知っていただき、ネットワークを広げていくための情報紙「伊賀び〜と」を発行していきます。
事業の評価
2004伊賀びと委員会では、委員自らがこの事業を評価します。また、事業に参画していただく事業者の皆様にも、実施事業を自ら評価していただきます。
事業を検証することにより、事業改善につないで、今後のまちづくり、地域づくりに活かしていきます。
紅花咲く伊賀のさと 〜伊賀のさとを紅花でいっぱいに〜
その昔、この伊賀の地にも紅花がたくさん咲いていました。江戸時代には伊賀の上納品として紅花が書物に記載されています。芭蕉さんは「奥の細道」の旅で、山形の尾花沢から山寺への参拝の折に、「まゆはきを悌〔おもかげ〕にして紅粉〔べに〕の花〔はな〕」と紅花の句を詠んでいます。紅花の形からお化粧道具の眉はきを連想した芭蕉さんは、お化粧をしている艶やかな女性の姿を重ね合せました。
2004伊賀びと委員会では、伊賀のさとが芭蕉さんと関わりの深い“紅花でいっぱい”になるよう、紅花の種の配布を行い、HPで見ごろ咲きごろ情報をご紹介していきます。また、「紅花いっぱいいっぱいつうしん」を発行し、紅花の栽培方法や紅花クッキングなどの情報もご紹介します。伊賀びとのご協力により、6月から7月にかけて伊賀のさとには紅花がいっぱい咲くことでしょう。
マイ食器マイ伊賀 〜未来習慣はじめましょう〜
食のイベントの中の、ゴミの減量対策のひとつとして、一人ひとりができるマイ食器持参のお願いをして行きます。そこから使い捨て社会への歯止めや環境へのお思いやり、そして〈ものを大切にする〉日本文化の良さを子ども達へ伝え、会場内で食器の販売を通じて、これからは〈外でもマイ食器〉が当たり前となるようなイベントスタイルに、伊賀から全国に向けてつなげて行きたいと思います。皆様の前向きなご協力をお願い申し上げます。
ゴミゼロ運動
本事業へ参加していただく方々をお迎えし、おもてなしするため、5月16日のオープニングの前後、伊賀地域内各所で清掃活動を行います。
その他の取り組み
伊賀びとのおもいの実現に向け、地域のガイドブックやマップ、広報誌づくり、俳句に関連した地域づくり事業、もてなしの里づくりや施設の整備などさまざまな取り組みを行っていきます。

 いまさらなんにも申しませんが、しかしそれにしてもなんだかな。書き写しているだけで結構つらい私なのですが、最後の「その他の取り組み」に「主な取り組み」が次のとおり紹介されていて、往復書簡集のことが気持ちだけ出てきます。

主な取り組み
おもてなしイングリッシュ講座
(社)伊賀上野観光協会
生誕360年組合統一ラベル商品づくり
伊賀酒造組合
芭蕉ゆかりの地との交流
上野市芭蕉翁生誕360年記念事業推進委員会
「あないびと」養成講座
青山町愛町友の会
たまり場の創設
2004伊賀びと委員会
こども芭蕉探索隊
2004伊賀びと委員会
伊賀四季遊フォトコンテスト─再発見 !! いがいな伊賀の里─
2004伊賀びと委員会
伊賀学講座
2004伊賀びと委員会
伊賀びと通信
2004伊賀びと委員会
伊賀まるごとガイドブック
2004伊賀びと委員会
伊賀全域温泉情報冊子
2004伊賀びと委員会
江戸川乱歩小酒井不木往復書簡集
乱歩蔵びらき実行委員会
名張まちなみ・自然歩きマップ作成(仮称)
伊賀の蔵びらき事業名張市連絡会
「芭蕉さんがゆく 秘蔵のくに 伊賀の蔵びらき」生誕360年メモリアル
山出区(伊賀町)

 といった塩梅で、いまさらなんにも申しませんが、乱歩不木往復書簡集は温泉情報冊子とまちなみ・自然歩きマップに挟まれて紹介されております。どうぞご休心ください。

 それから、乱歩不木往復書簡集に関する出版社と委員会との契約その他の打ち合わせ会場として、二〇〇四伊賀びと委員会事務局に名張市役所三〇四会議室を押さえていただきました。日時は5月17日午後(時刻未定)。関係各位は万難を排してお集まりください。

 そんなこんなでこの話題はとりあえずおしまいにいたします。あしたは都合によりこの伝言もお休みです。


●5月10日(月)

 まず乱歩ファンのみなさんにお知らせです。

 立教大学のオフィシャルサイトに「旧江戸川乱歩邸」が掲載されました。立教学院創立百三十周年記念事業「江戸川乱歩と大衆の20世紀展」のプログラムや乱歩が蒐集した近世資料の一部などが紹介され、リンク集のトップには名張市オフィシャルサイトの乱歩関連ページを掲げていただいております。ぜひご一覧ください。お暇な方は「立教学院創立130周年記念行事」もどうぞ。

立教祝賀会血税出張お願い篇

 さて、東京六大学野球では早稲田相手にノーヒットノーランを演じておおいに意気あがる立教大学ですが、明治相手に逆転勝ちを収めた5月8日土曜日には池袋のホテルメトロポリタンで学校法人立教学院創立百三十周年記念祝賀会が行われました。乱歩の縁でお招きに与りましたので、名張市からは市立図書館の館長と不肖カリスマが僭越ながら八万五千名張市民を代表して末席を汚してまいりました。これは公費による出張でしたから、名張市民のみなさんへの報告を以下に記します。

 しかし世の中ずいぶん世知辛くなったもので、少し前までは名張から東京への出張といえば最低でも一泊二日と相場が決まっていたのですが、交通の便がよくなったこともあっていまや日帰りが当たり前。今回の出張で私は二万九千円あまりの公費を頂戴したのですが、これも当然日帰りの旅費で、しかも聞くところによれば往路は新幹線、復路は品川名張間の夜行バスを利用するものとして旅費が計算されているそうです。

 名張市もまあ何を考えておるのか。節約は大切なことだが、東京出張の往復くらい新幹線に乗せてやらんか。夜行バスで帰る貧しさいじましさがそのまま身についてしまったらどうする。名張市職員諸君は東京において八万五千名張市民を代表してお仕事をしなければならぬというのに、俺なんてどうせ帰りは夜行バスだし、と俯いてしまってはろくなことができんのではないか。しかしまあ東京出張といったってどうせ国家管理機構の中枢を一気に駈けあがってやろうなどとろくでもない志を抱いた中央省庁の悪徳官僚にへこへこへこへこ頭を下げてくるのが任務の実態なのであろうから、そんな連中は夜行バスで帰ってくるのがお似合いか。まあ好きになさい。

 それでまあ名張市立図書館長は祝賀会のあとそそくさと名張に帰ったのですが、私の場合はそうはまいりません。飲んでやりました飲んでやりました。八万五千名張市民を代表して夜中まで大酒飲んで大騒ぎしてきてやりました。名張市民のみなさんどうも相済みません。東京方面の関係各位のみなさんどうもありがとうございました。つづく。


●5月11日(火)

 いよいよ16日に開幕を迎える「生誕三六〇年芭蕉さんがゆく秘蔵のくに伊賀の蔵びらき」ですが、その前夜祭ライブ「山下洋輔ジャズ俳句」のチケットが多少残っているみたいです。詳細は左の告知板でどうぞ。

 さて学校法人立教学院創立百三十周年記念祝賀会の話ですが、名張市民のみなさんのなかには、祝賀会は結構だがどうして名張市から二人も出席しなければならぬのか、市立図書館長一人がお邪魔して祝意を表してくれば済む話ではないか、とお思いの方がおありかもしれません。

 それはそうです。まことにそのとおりだと申しあげるしかありません。ただ今回の場合、図書館長は春の異動で就任したばかり、旧乱歩邸の場所も知らなければ乱歩関連イベントをメインとした立教学院創立百三十周年記念事業のこともまったくといっていいほど存知しておりません。

 いくらなんでもこれではまずかろう、ということで僭越ながら私が付き添うことになり、館長が立教学院にお願いして名張市枠を急遽二人にしていただいた次第です。ですから名張市民のみなさんにはそのあたりの事情をお酌み取りのうえ、できれば知らん顔して見逃していただますようお願いを申しあげたいと思います。

 そんなこんなで5月8日土曜日、立教の祝賀会は午後5時からだったのですが、館長と私はまず平井家にご挨拶にあがりました。到着は午後3時半。つづく。


●5月12日(水)

 そんなこんなで5月8日午後、東京都豊島区にある平井家にお邪魔しました。新任の名張市立図書館長が平井憲太郎さんにご挨拶を申しあげ、つづいて次のようなお願いとご報告を。

▼写真の使用について
 名張市立図書館の乱歩コーナーに乱歩の写真が掲示されています。取材に来てくれたメディアがその写真を新聞や雑誌に掲載する場合、肖像権の問題がありますから当然ご遺族のご承諾をいただいているのですが、これがじつにどうも面倒ですので(なんたるいいぐさ)何か簡略化の方途を、とお願いしましたところ、名張市立図書館が適当な写真を何点か選んで複写し、それをご遺族にお送りしてご承認をいただけば、あとは図書館が独自に判断してメディアに提供してもよろしいとのご了解をいただきました。写真掲載に際しては「提供:平井隆太郎、名張市立図書館」といったクレジットが添えられることになります。

▼中国語訳の著書について
 この伝言でもお知らせしましたとおり、名張市は先日、上海の叶栄鼎さんから叶さんが中国語訳を手がけられた乱歩の著作四十六点をご寄贈いただきました。その新聞記事のコピー(これです)を憲太郎さんにお渡ししてご報告申しあげたのですが、そのとき伺ったところでは、ライセンスの問題をクリアして乱歩作品を出している中国の出版社はただ一社だけとのことで、叶さんの中国語訳はどうやら著作権無視の海賊版らしいことが判明しました。

 正当な手続きを経ているのは品冠文化出版社(台北)の「少年偵探」シリーズ。ポプラ社の現行のシリーズに基づいたもので、2002年4月刊の『怪人四十面相』(これです。平山雄一さんから頂戴しました。謝謝)を見てみますと、帯の下のほうに「唯一授權」の文字があり、奥付には「版權所有」とも書かれていて、訳者名は施聖茹。つまり叶栄鼎さんによる訳本は、「唯一授權」でも「版權所有」でもないというわけです。

 なんかまずいかな、と私は思いました。いや、まずいっていうか、なんか俺たちって莫迦みたいだな。海賊版を貰って堂々展示しておりますなんてこと、よりにもよって著作権を侵害された当事者でいらっしゃるご遺族の前で嬉しげ自慢げ誇らしげに語ってどうする。莫迦か俺らは。いや、莫迦っていうか、やっぱりちょっとまずいのであろうな、とは思いつつ、ここはもう大目に見ていただくことにしてそそくさと次の話題へ。


▼伊賀の蔵びらき事業について
 5月16日に開幕する「生誕三六〇年芭蕉さんがゆく秘蔵のくに伊賀の蔵びらき」では、名張市内の会場で乱歩関連事業(これです)も実施されます。ご遺族に対しては二〇〇四伊賀びと委員会や各事業の担当者からそれぞれに協力や承認のお願いがあるはずですから、名張市立図書館がいちいち容喙する必要は少しもないのですが、現時点でアナウンスされている事業の概要をかいつまんでお知らせしておきました。

▼乱歩狂言について
 伊賀の蔵びらき事業のひとつに「乱歩狂言」があるのですが、ちょうど新聞に記事が掲載されたところだったので、そのコピー(これです)をお渡しして報告に代えました。そのとき伺ったところでは、明智小五郎や怪人二十面相などのキャラクターを使用する場合、ご遺族にその旨を通知しなければならぬのはもちろんですが、著作権の問題は発生しないそうです。ですから名張市の「乱歩狂言」も、事前に公演のことをお知らせしたうえで、台本が完成したらご覧いただき、公演の模様を録画して記録するのであればそのコピーをお送りする、みたいな感じでOKとのことで、「乱歩狂言」を担当する名張市教育委員会文化振興室が一連の手続きを行うことになります。

 ほかにも用件はありましたが、主要なところは上記に尽きております。いつもながら憲太郎さんにはよくしていただきましたことを、名張市民のみなさんにご報告申しあげる次第です。

 さて、平井家をおいとましたあとはホテルメトロポリタン三階で学校法人立教学院創立百三十周年記念祝賀会。受付は午後4時半から、開会は5時。


●5月13日(木)

乱歩原作オムニバス映画

 本日は乱歩作品またまた映画化というニュースからまいります。

浅野、成宮、龍平 究極のトリプル主演実現
オムニバス映画「乱歩地獄」
 人気俳優・浅野忠信(30)、成宮寛貴(21)、松田龍平(21)が江戸川乱歩の短編小説4本を原作にしたオムニバス映画「乱歩地獄」(来年公開)でトリプル主演することが11日、分かった。4本とも乱歩作品の中では最もおどろおどろしく、官能的といわれながら、これまで映像化されなかった作品。浅野は2編に主演するほか、成宮、松田主演作でも名探偵・明智小五郎役で登場する。

 ◆「火星の運河」(竹内スグル監督、主演・浅野忠信) 男(浅野)は暗黒の森を歩きつづけている。やがて現れた沼で、ふと自分の体を見ると、恋人とそっくりな雪のように白い女の肉体となっていた。

 ◆「鏡地獄」(実相寺昭雄監督、主演・成宮寛貴) 昭和24年ごろの鎌倉が舞台。女たちが次々と変死をする事件が発生。捜査を進める明智(浅野)は、事件の陰に美青年・透(成宮)の存在があることに気づく。透がかかわった女は必ず、彼の虜(とりこ)になっていた。

 ◆「芋虫」(佐藤寿保監督、主演・松田龍平) 屋根裏に潜む平井太郎(松田)は戦争で両手両足を失い胴体だけになった須永中尉(大森南朋)とその妻(岡元夕紀子)の生活をのぞいている。愛と残虐性が混在した、その生活の行方は?

 ◆「蟲」(カネコアツシ監督、主演・浅野忠信) 征木(浅野)は異様なほど内気な男。親の遺産で、土蔵の薄暗い部屋でひっそりと過ごしていた。あるとき、少年時代にあこがれた女と再会し、ストーカー行為を続ける。やがて、女を完全に自分のものにしようと思い立つが…。

 つづきまして、いまやすっかりおなじみになりました学校法人立教学院創立百三十周年記念祝賀会の話題です。ホテルメトロポリタンのロビーでしばらく時間をつぶしたあと、館長と私は祝賀会場が設営された三階に赴きました。

立教祝賀会血税出張ご挨拶篇

 開会前に受付や控え室でお目にかかり、館長ともどもご挨拶を申しあげたのは、文学部のF教授、大学図書館のU館長、文学部のW教授、豊島区のT区長、豊島区コミュニティ振興公社のM事務局長、といったみなさんでした。

 豊島区の区長さんからいろいろお話をお聞きしているとき、「そういえば、あれ届いただろ」とのお言葉をいただいたのですが、私には「あれ」の意味がまったくわからず、恥を忍んでお訊きいたしましたところ、豊島区が昨年主催した江戸川乱歩展のカタログ『乱歩の世界』を名張市にお送りくださったとのことでした。あ、あれか、と私は思いました。

 話題がいささか逸れてしまいますが、ここで名張市民のみなさんにお知らせしておきたいと思います。江戸川乱歩展実行委員会から私のもとに一通の文書が届いております。平成16年3月25日付で、実行委員会の逢坂剛会長と豊島区の高野之夫区長の連名による文書です。一部引用いたしますと──

 幸い、本年は創立130周年を迎える立教大学において、記念事業の一環として「江戸川乱歩展」を開催していただく運びとなりました。

 まさに、私達の願いが受け継がれたわけでございまして、大変喜ばしく受け止めております。そしてまた同時に、江戸川乱歩展実行委員会の役目も一応達成されたと考えております。

 つきましては、当実行委員会に残されました財産を下記のとおり整理し、一定の区切りをさせていただきたいと考えております。

 本来なら実行委員会を開催し、ご説明申しあげるべきところでございますが、誠に恐縮ですが本文をもってかえさせていただきます。何卒ご承諾いただきますようお願い申し上げます。敬具

1.現金の処分

  現金569,562円を豊島区文化振興基金に寄付

2.江戸川乱歩展カタログの処分

  残冊676冊を豊島区に寄贈

 つまり、実行委員会から豊島区に乱歩展のカタログ六百七十六冊が寄贈され、豊島区のご厚意によりそのうちの幾許かを名張市が頂戴したというわけです。区長さんのおっしゃる「あれ」とはこのカタログのことだったのですが、館長も私もそんなことはちっとも知らない情けなさでした。

 名張市民のみなさん、名張市役所の人たちはこれだから困ってしまいます。カタログをいただいたのならいただいたで市立図書館にその旨連絡してくれるのが普通だろうと私は思うのですが、お役所の人たちはそんなことにも気がつきません。おかげで区長さんにお会いしたら真っ先にお礼を申しあげるべきところ、八万五千名張市民の代表として著しく礼を失する結果となってしまいました。

 どうしようもありませんからとりあえずその場では、館長が「名張に帰りましたらさっそく確認いたします」と区長さんにお約束してお茶を濁したような次第です。したがいましてこの件では、カタログを受け取った名張市役所の担当部署に対して市立図書館長が厳しい抗議を寄せ、「カタログをどのように活用したいと考えているのか、図書館への連絡を怠ったことの反省文も含め、千字程度のレポートにまとめて図書館長宛に提出せよ」といった指示を行うはずなのですが、しかし名張市民のみなさん、よく考えてみましたら図書館長とてお役所の人であり、お役所の人というのはたいていが波風立てず大過なくを合言葉として職務に精励する人たちであるようですから、館長にもあまり期待はできないのかな。名張市民のみなさん、どうも相済みません。


●5月14日(金)

 さて、きのう記しました江戸川乱歩展カタログ『乱歩の世界』の件、名張市立図書館長がさっそく確認いたしましたところ、どうも話がおかしい、という結論に至ったそうです。このカタログに関しては、以前豊島区から名張市に対して購入要請があり、当時の市立図書館長の判断でわずか二部だけ買い求めたものの、その後はとくに動きもなく、豊島区の区長さんが何か勘違いをなさっているのか、それとも豊島区の内部で連絡に齟齬が生じているのか、いずれにせよいささか要領を得ない話であるとのことです。

 ここで名張市民のみなさんにお知らせしておきましょう。去年の1月から2月にかけて池袋西武で乱歩展が開かれたその直後、私は名張市役所の地域振興課(当時の名称です)を訪れて問題のカタログを指し示しながら、このカタログを名張市の予算でまとめて購入し、おおいに活用するようにとの提言を口頭で伝えました。そのときには、

 「そこらの不勉強な名張市議会議員のあほのみなさんに一部ずつ配ってちょっとは勉強さしたったらええねん」

 とのプランを示しただけでしたが、カタログの活用方法ならいくらだってあるでしょう。

 そもそもこの乱歩展におきましては、わざわざ名張市まで足をお運びいただいた豊島区長から名張市長に対してじきじきに協力要請があったわけであり、しかもカタログの奥付を見てみなさい。組織委員会十四人の一覧では会長高野之夫、委員平井隆太郎、委員亀井利克と名張市長の名前を三番目に挙げていただいて下にも置かぬお計らい。しかし名張市は具体的には何の協力もできなかったわけなのですから、せめて売れ残ったカタログのすべてとはいわない、名張市の身の丈に応じて幾許かを一括購入したところで罰は当たるまい市民も怒るまい。だいたいが乱歩展の会場には名張市の紹介コーナーも開設してもらったのだが、天下の池袋西武に名張市の宣伝コーナーを設けようと思ったらいくら費用がかかるかわかっておるのか。俺にもわからんが結構な額になることは間違いない。ていうか、乱歩のことがよくわかるうえに眺めるだけでも面白いこんなカタログを名張市が自前でつくって市民に提供しようとしたらいったいいくらかかると思っておるのか。名張市が乱歩の名前を自己宣伝に利用しようなどと虫のいいことを考えているのであれば、君たち市役所の人たちもこのカタログを読んで少しは勉強というものをしなければなりません。なにしろ名張市においては議員もあれだが職員もこれだからな。がはははははははは。

 みたいなことを地域振興課(当時の名称です)で縷々申し述べ、

 「お役所も生き金つかうこと考えなあかんがな。公務員かていつまでも気ィつかわん金つかわん頭つかわんではあかんで実際」

 と捨てぜりふを残してその場をあとにした次第です。つづく。


●5月15日(土)

 きょうは新刊のお知らせから。

 天城一さんの『天城一の密室犯罪学教程』が出ました。

 きのう天城さんからご恵投いただいたのですが、日本評論社という見知らぬ出版社から宅配便が届き、何だこれはと開封してみてまあびっくり。失礼な話ながら、天城さんの作品集がまさかハードカバーの単行本で世に出ようとは。慶賀慶祝慶福至極。ご上梓おめでとうございます、と名張から芦屋へ心からなる祝福を。

 左の告知板にいささかを記しておりますが、乱歩の思い出に捧げられたというこの一巻、乱歩ファンなら迷わずお買い求めください。

 さてきのうのつづきですが、その後のことはよくわかりません。

 いやそれよりも、きのうのこともよくわからん、とおっしゃる名張市民の方がおありかもしれません。つまり一昨年の夏から秋にかけて私は、というか名張市は探偵講談東京公演を実現するべく豊島区に持続的な協力要請を行っていたのですが、その担当課が地域振興課(当時の名称)だったわけで、豊島区の協力よろしきを得て一昨年11月に探偵講談が終わったあとも、昨年1月から2月にかけて豊島区が主催した乱歩展を僭越ながら名張市が後援しました都合上、私には地域振興課に赴く機会が多くありました。そして乱歩展が終わって間もないある日、何かの用事で地域振興課を訪れた私は、ふと思いついて乱歩展のカタログを名張市がまとめて購入してはどうかとの申し入れを行ったという寸法です。

 で、その後のことはよくわかりません、ときょうの話につづくのですが、私の申し入れが名張市役所の内部で検討されたのかされなかったのか、検討されて容れられたのか容れられなかったのか、そのあたりのことを私はまったく聞かされておりません。とはいえ、かりにカタログの購入を検討したところで、そのための予算はどこからも捻出できないだろうなとは思っておりました。なにしろ名張市は深刻な財政硬直化に直面しており、一昨年9月には財政非常事態宣言が発表されたほどですから、ない袖は振れぬといわれてしまえば返す言葉がありません。乱歩展が終わったあと私には名張市役所に足を運ぶ用事もなくなってしまい、カタログ購入のことはなんとなくうやむやになってしまった次第です。いやどうも面目ない。

 そしてそのあと、豊島区から名張市に対してカタログの購入要請があり、当時の市立図書館長の判断でわずか二部だけ買い求めた、ときのう記したとおりの経緯があったらしいのですが、この件を私はまったく知りませんでした。いやどうも面目ない。しかしそんな話があったのならどうして俺に伝えないのか。俺を誰だと思っている。名張市職員と名のつく有象無象が何百人いるのか知らないが、乱歩に関するお仕事で市民からお手当をいただいているのは俺だけだぞ。その俺を無視してどうする。そんなことされたら俺は名張市民に顔向けができなくなるではないか。だいたい何が判断だ。名張市職員と名のつく有象無象にものごとを正当に判断する能力があるかどうかと問われればないと答えるしかないこの私だ。

 何いってんだか自分でもよくわからなくなってきましたので、きょうはここまでといたします。まだかなりお酒が残ってるみたいです。ではまたあした。


●5月16日(日)

 「生誕三六〇年芭蕉さんがゆく秘蔵のくに伊賀の蔵びらき」事業が開幕する大事な大事な日だというのに、当地は朝から雨がぱらついております。やっぱいろいろな意味で罰が当たってんじゃねーの。

 さてまことに勝手ながら、本日は都合により掲示板「人外境だより」に投稿しただけでおしまいといたします。ではまたあした。


●5月17日(月)

 いやどうもすいません。けさも日中友好に時間を割いておしまいです。ではまたあした。ほんとにどうもすいません。


●5月18日(火)

 掲示板「人外境だより」における日中友好も炎の三連投となってしまいました。そのうち日中友好協会あたりから感謝状の一枚もいただけるかもしれません。


●5月19日(水)

 日中友好に身を挺しているあいだに何が何やら訳がわからない状態になってしまいました。私が少し以前まで何を記していたのかと申しますと、5月8日に池袋のホテルメトロポリタンで開催された学校法人立教学院創立百三十周年記念祝賀会に出席するため公務で出張したおりの報告です。しかしきょうはもう19日か。光陰矢のごとく、報告牛のごとし。東京出張は遥か昔のことになってしまったような印象です。

乱歩不木往復書簡集中間報告

 ここで別の報告をひとつだけ。5月17日月曜、前日に開幕した「生誕三六〇年芭蕉さんがゆく秘蔵のくに伊賀の蔵びらき」事業のひとつとして刊行される『江戸川乱歩小酒井不木往復書簡集』(仮題)に関して、事業主体の二〇〇四伊賀びと委員会と書簡集の出版を担当する皓星社との話し合いが名張市役所で行われました。やや詳しいことは近く「生誕三六〇年芭蕉さんがゆく秘蔵のくに伊賀の蔵びらき事業紹介【001−2】」に書きつける予定ですが、事業予算五百五十万円で書簡のスキャンから流通ならびにパブリシティまで、本づくりのすべてを一括して皓星社にお願いすることが正式に決定しました。

 その他もろもろ、またあらためてお知らせ申しあげます。では本日はこのへんで。


●5月21日(金)

 おはようございます。本日は曇天なり。ただし昼には晴れ間が広がる見込みです。名張地方の天気予報はこちらでご覧ください。それでは失礼いたします。面目次第もございません。


●5月23日(日)

 このところ19日、21日、23日と伝言を記すのが飛び石状態になっておりました。日中友好に身も心も捧げているうえにやたら用事が立て込み、時間の余裕がないために失礼をつづけた次第です。おかげさまできょうの日曜は久方ぶりにひとつも用事がなく(むろんお部屋のお片づけなどいつか着手しなければならぬ用事は山積しております)、午後にはひとつ犬を風呂にでも入れてやるかと考えているのですが、取り急ぎご挨拶のみ申しあげましてまたあした。


●5月24日(月)

 いかんいかん。このところ言い訳ばかり並べ立てているような気がいたしますが、一週間前の5月17日に名張市役所で行われた『江戸川乱歩小酒井不木往復書簡集』(仮題)に関する打ち合わせ、いくらなんでもそろそろ「生誕三六〇年芭蕉さんがゆく秘蔵のくに伊賀の蔵びらき事業紹介【001−2】」で報告しなければまずかろうとは思いつつ、勝手ながらまた先送りとしてしまいます。いかんいかん。ほんとにいかん。


●5月25日(火)

 おかげさまで「生誕三六〇年芭蕉さんがゆく秘蔵のくに伊賀の蔵びらき事業紹介【001−2】」に新たな報告を書き継ぐことができました。本日はこれだけです。


●5月26日(水)

ようえいていさんこんにちは

 掲示板「人外境だより」をご覧いただいている方は先刻ご承知のことですが、この伝言板だけをご閲覧の方にもお知らせしておきましょう。5月23日、私は中国にお住まいの叶栄鼎さんにメールをお送りしました。叶さんは乱歩作品の翻訳を手がけていらっしゃる方です。

叶栄鼎様

 はじめてメールをさしあげます。叶さんが翻訳を手がけていらっしゃる江戸川乱歩の生誕地、三重県名張市の市立図書館で乱歩資料担当嘱託を務めている者です。過日は中国語訳の乱歩作品四十六冊を名張市にご寄贈たまわり、ありがとうございました。ご高配に対し心からお礼を申しあげます。乱歩作品を中国にご紹介いただいたご労苦にも、深甚なる敬意と謝意を表します。

 さて、私は乱歩作品のデータベースを主体とした「名張人外境」というホームページを開設しているのですが、私の短慮と不明のせいで、叶さん訳の乱歩作品が海賊版であると決めつけるような文章をこのホームページに発表してしまいました。詳細は、下記のページの5月12日付の記事をご覧ください。

http://www.e-net.or.jp/user/stako/DE/dengon-200405.html

 その後、5月15日のことでしたが、「名張人外境」の電子掲示板「人外境だより」に、中国にお住まいらしい丁凱章さんとおっしゃる方からご投稿をいただき、叶さん訳の乱歩作品は海賊版ではないとのご指摘を頂戴しました。私はポプラ社に確認してみると丁さんにお約束したのですが、まことに心苦しくまた恥ずかしいことに、多忙などの理由でいまだにこの約束を果たすことができておりません。

 もしも私が叶さんの翻訳作品に関して事実誤認を犯し、海賊版ではない書籍を海賊版だと決めつけたのであれば、私は叶さんに対してたいへんな非礼を働いたことになります。とりあえずきょうのところは、私が自分のホームページにそうした記事を掲載したことをお知らせし、これから事実関係を確認したうえで、私が事実誤認を犯していたことが判明すれば「名張人外境」に訂正とお詫びを記すつもりでいることをお伝えする次第です。もちろん叶さんにもあらためて、幾重にもお詫びを申しあげる所存です。

 ところで、叶さんは丁凱章さんのことをご存じでしょうか。丁さんからは「人外境だより」に二度ご投稿いただいたのですが、その後まったく音沙汰がありませんので気がかりを覚えております。もっともこの件に関しては、丁さんのあとを受ける形で中国の方や日本の中国残留孤児の方からご投稿をいただいており、その投稿者名ならびに投稿の年月日(曜日)と時間を列挙すると次のようになります。

水上 亮  2004年 5月22日(土) 17時34分
酒井博古  2004年 5月22日(土) 17時 4分
酒井博古  2004年 5月22日(土) 11時44分
酒井博古  2004年 5月21日(金) 17時10分
水上 亮  2004年 5月20日(木) 17時43分
水上 亮  2004年 5月20日(木) 7時54分
水上亮   2004年 5月19日(水) 20時52分
王海    2004年 5月18日(火) 8時40分
王海    2004年 5月18日(火) 0時32分
酒井博古  2004年 5月17日(月) 21時 9分
山上亮   2004年 5月17日(月) 9時26分
丁凱章   2004年 5月16日(日) 20時 3分
丁凱章   2004年 5月15日(土) 15時32分

 いずれも叶さんの擁護者とでもお呼びするべき方々で、当方の無知と軽率とを厳しく批判してくださっているのですが、私への批判に力が入るあまり、他の投稿者の方を侮辱する内容の投稿がなされたこともありました。そのせいもあって、上記の名義による投稿は閲覧者に不快感を覚えさせるものであり、今後は同様の投稿があってもそれを削除するべきではないかとの提案さえ、「人外境だより」常連投稿者の方から頂戴している次第です。しかしながら、掲示板開設者である私には、いまのところその意志がないことを申し添えます。

 また、いくつかの根拠に基づいて、私はこれらの投稿者がすべて同一人物なのではないかと疑っております。複数の名前をつかいわけながら閲覧者が不快感を覚えるような内容の投稿を行うのは、単なる事実誤認よりも悪質な、人間として恥じるべき愚劣な行為ではないかとも認識しているのですが、この投稿者に対して何らかの法的措置を講じることは、少なくとも現時点では考えておりません。その旨あわせて附記しておきたいと思います。

 叶さんには直接関係のないことを記してしまいましたが、叶さんの名誉を守るために投稿してくださっている方があることをお知らせしておくべきかと判断し、敢えてご紹介申しあげた次第です。

 以上、勝手なことばかり連ねて申し訳なく思っております。私へのお叱りなどはいつでもメールで、または掲示板「人外境だより」へのご投稿でお寄せくださいますようお願いいたします。「人外境だより」のアドレスは下記のとおりです。

http://www.e-net.or.jp/user/stako/tayori.html

 それでは、取り急ぎご挨拶とお知らせのみ記して失礼いたします。これをご縁に、今後ともよろしくご高誼をたまわれれは幸甚に存じます。

2004/05/23

 掲示板「人外境だより」をご覧いただいていない方にはさっぱりおわかりにならないでしょうが、私が5月12日付伝言に記した「叶さんの中国語訳はどうやら著作権無視の海賊版らしいことが判明しました」という一文が関係各位の逆鱗に触れ、ろくに調べもしないでそういうことを軽々に書くものではないと、きわめて穏やかに記せばそういった意味のお叱りを「人外境だより」に頂戴しました。私とてちょっと待てこらと思わぬでもないことがなくもなかったのですが、とりあえずご当人の叶さんに上記のメールをお出ししたうえで、12日付伝言にあった「叶さんの中国語訳はどうやら著作権無視の海賊版らしいこと」はどうやら事実ではないらしいという現時点での見解を、いささか歯切れ悪くここに記して関係各位のまた読者諸兄姉のご寛恕をお願い申しあげる次第です。ま、現時点ではそういったことで。


●5月27日(木)

 東シナ海を股にかけて日中友好活動に挺身しているあいだにいろいろなことがありました。

伊賀の蔵びらき涙の開幕

 5月17日のできごとは「生誕三六〇年芭蕉さんがゆく秘蔵のくに伊賀の蔵びらき事業紹介【001−2】」に記しましたが、その前日の16日には「生誕三六〇年芭蕉さんがゆく秘蔵のくに伊賀の蔵びらき」事業が開幕、当日の伝言に記したとおり罰が当たったとしか思えない雨の一日となりましたが、翌17日に『江戸川乱歩小酒井不木往復書簡集』(仮題)の件でお会いした二〇〇四伊賀びと委員会メンバーからお聞きしたところでは、雨の上野公園で催されたイベントには地域住民がどっとばかりに殺到、「伊賀ふーどぴぁ春」でふるまわれた「千人大鍋」もすっからかんになる盛況だったとの由でしたので、私は次のように申しあげておいた次第です。

 「よかったよかった。なんちゅうたかて伊賀地域住民が深いこと何も考えんと、そらよろしですな、結構なイベントですな、お鍋よばれますわ、おいしございますわ、ほんまに結構なことですな、ゆうてるような連中ばっかりやから伊賀びと委員会もなんとかもってるわけですがな。みなさん地域住民のおつむの出来にもっと感謝せなあきませんで実際」

 開幕イベントに興味がおありの方は伊賀快適生活応援サイト「YOU」の5月16日付記事「芭蕉生誕360年事業開幕 11月21日まで300以上の催し」(動画=Quick Time Movie、6368kB)をどうぞ。

 いっぽう、名張市立図書館は民間委託という名の時代の波に呑み込まれることになりました。同じく「YOU」の5月19日付記事「市立図書館の民間委託を検討 市議会重要施策特別委で報告 名張市」と、ついでですから20日付記事「2年後の委託業務開始に向け検討開始 名張市立図書館」(動画=Quick Time Movie、4713KB)もどうぞ。民間委託は結局のところ経費削減の便法で、私などいかにカリスマといえどもしょせんは臨時雇いの嘱託でしかありませんから、このどさくさに素っ首あっさり叩っ切られる可能性も少なからずあるわけですが、こうなったら名張市立図書館はいつまでも見栄はってないで乱歩からすっぱり手を引くことを検討するべきだろうと私は考えております。しかし検討ったってどうせお役所の人がやることなのですから、結局のところ何の期待もできないのかもしれません。ただまあ、奇貨おくべし、みたいなことは近く漫才にまとめて発表したいと思っております。

涙の日本推理作家協会賞

 5月19日には日本推理作家協会が主催するふたつの賞の最終選考会が開かれました。詳細は「MSN毎日インタラクティブ」の「江戸川乱歩賞:「カタコンベ」の神山裕右さんが最年少受賞」と「推理作家協会賞:歌野晶午さん、垣根涼介さんらが受賞」でどうぞ。受賞者は、乱歩賞が神山裕右、協会賞は長編および連作短編集部門が歌野晶午、垣根涼介、短編部門が伊坂幸太郎、評論その他の部門が千街晶之、多田茂治のみなさんでした。

 5月21日、所用で奈良に赴いた際、車がいきなりパンクいたしましたので(パンクはたいていの場合いきなりなわけですが)、十何年ぶりかでタイヤ交換を体験する羽目になりました。家に帰ると渡辺晋さんからご恵投いただいた『「医家芸術」目録(抄)』が届いておりました。書影その他は「『新青年』研究会オフィシャルサイト」のこのページでどうぞ。

 5月22日、小泉純一郎首相が北朝鮮を訪問し、平壌市内の大同江迎賓館で金正日総書記との首脳会談に臨みました。俺は日中友好活動に手一杯だから残念ながら日朝問題にまではとても手が回らんな、と思いつつ叶栄鼎さんにメールをお出ししたのは翌23日午後のことでした。


●5月28日(金)

 といった次第で、日中友好活動以前の話題がなんとも遠いことのように思われます。私はいついつまでもこの身を東シナ海に架ける橋としていたいのですが、なかなかそうもまいらぬでしょう。日中友好活動は今後も継続することにしてここはとりあえず、中国に稲垣足穂が紹介されているかどうかは知らないのですが(中国のみなさん、足穂はアシホではありません。どうかタルホと読んでください)、高名な足穂作品の結びを再度引いておくことにいたしましょう。すなわち、何時々々迄モ忘レハシナイ、と僕は思っているわけさ。僕ノ心ノ奥ニハ次ノ様ニ呼ビ掛ケタイ気持ガアル。ようえいていサン、気ガ向イタラ又オ出デ!


●5月30日(日)

 27日付伝言に「近く漫才にまとめて発表したいと思っております」などと暢気なことを書いておったのですが、その漫才の締切が今月21日であったことがおととい判明しました。うっかり勘違いしていた次第です。えらいこっちゃがなと思いつつ一心不乱に努めておりますものの、ネタが全然まとまりません。やれ難儀な。以上、うちつけに私事を記して失礼いたします。どうも相済みません。


●5月31日(月)

 まだ5月だというのにきのうの暑さは何だったのでしょうか。おかげで仕事がさっぱり捗らず、きょうもひいひいいわねばなりません。まいったなもう。