2004年8月前半

●8月1日(日)

 8月を迎えました。台風10号はさしたる被害ももたらさず、あっさり日本海に抜けてしまったようです。私はと申しますと8月になってもまだこの話題、7月29日に開かれた第四回「生誕三六〇年芭蕉さんがゆく秘蔵のくに伊賀の蔵びらき」事業推進委員会の報告をつづけます。

 事務局は県民に対する説明責任を果たしていない、という第四回委員会における知事の指摘は、事務局には民の視点が存在していない、と換言することが可能でしょう。官民合同で進められているはずの事業から、なじかは知らねど民の視点が欠落しているわけです。これをさらに換言するならば、じつに奇妙なことではあるのですが、事業を手がけている官民合同組織に民間委員が存在していない、ということになるはずです。委員会には民の視点をもった人間が一人もいないということです。

 きのうご紹介した朝日新聞の見出しにもあったとおり、第四回委員会ではまさに「知事、事務局に苦言」という光景がくりひろげられたわけなのですが、問題はけっして事務局レベルにとどまるものではありません。もとより事務局の不手際は覆うべくもありませんし、それに対する知事の叱責は正当なものであるとも判断される次第なのですが、しかしその不手際は二〇〇四伊賀びと改め伊賀むし委員会の意識と体質がそのまま反映されたものなのですから、事務局だけを責めて話がおしまいになるわけでは全然ありません。

 これこれ委員会の民間委員のみなさんや。みなさんいったいどうお考えなんでしょう。何をってあなた、第四回委員会で炸裂した説明責任論議のことですがな。

 え? 事務局から報告がないからそんなことは知らない、とおっしゃいますか。報告もくそもおまえら委員なんだからたまには事業推進委員会にも顔を出したらどうなんだ、と私は思わないでもないのですが、それはまあいいとしましょう。とにかく新聞報道なり私の報告なりで第四回委員会の模様はみなさんに伝えられたと、そういうことにしてみましょう。

 え? 第四回委員会で知事から批判されたのは事務局が作成した議案書の杜撰さであって、そんなことは委員には関係ない、自分たちの与り知らぬことであるとおっしゃいますか。ありゃりゃ。莫迦というのはどこまで行っても莫迦なんですねといっそ感心してしまいますけど、これこれ莫迦のみなさんや。みなさんには相変わらずものの道理がわかっていらっしゃらない。いやまあ、ものの道理がわかってないからみなさん世間から莫迦と呼ばれているわけなんですが、そろそろしっかりしませんか。

 私は7月28日の伝言にも記しましたとおり、あほはあほなりに世間にまともに顔向けのできる人間になってもらいたいと思って努めてきたわけなのですが、えー、この場合のあほというのはむろん民間委員のみなさんのことで、世間というのは知事の用語を拝借して県民と置き換えてもいいわけなのですが、いいですか莫迦のみなさん。おまえらどうせ莫迦なんだからろくな事業もできないだろうがそれならせめて公開性を第一義としてやってくれ、そうすりゃ事業がご町内の親睦行事の寄せ集めに終始したって何かしら得るところはあるんだからと、あれだけ懇切丁寧に助言してやったというのに結局はこのざまではないか莫迦ども。

 いいかこら莫迦。民間委員の莫迦ども。俺が何をいってもいっさい応えようとせず説明責任なんてはなから放棄して知らん顔決め込んでいた莫迦ども。おまえら自分のやってきたことをよく振り返ってみろ。

 といったところで古い話を蒸し返しますが、「生誕三六〇年芭蕉さんがゆく秘蔵のくに伊賀の蔵びらき」の事業計画が発表されたのを受けて昨年10月30日、二〇〇四伊賀びと改め伊賀むし委員会が意見交換とやらを目的に開設していたオフィシャルサイト掲示板に私はこんなことを投稿しました。

 いきなりつかぬことをお訊きいたしますが、みなさんもしかしてあほですか。前々からそうじゃないかとは思ってたんですけど、やっぱりみなさんあほなんでしょ。そうに決まってます。だって事業実施計画案とやらをざーっと拝見したんですけど、あんなもののどこが事業実施計画案ですか。たかがあれだけのものまとめるのに、予定を半年以上もオーバーしていままでかかってたっていうんですか。ばっかじゃねーの。あんなもんただの予定表じゃねーか。幼稚園児ならお遠足とかお遊戯会とかいっぱい書かれた年間行事予定表もらって大喜びするかもしれませんけど、はばかりながらこちとらそうはまいりません。

 予定表の内容にいちいち言及するのはいまは控えることにして、みなさんの事業実施計画案とやらの度しがたい点をひとつだけお伝えしておきます。それはいったいどんなことでしょうか。答え、予算がまったく示されていないことです。山といえば川、伊勢といえば津、梅に鶯なら松には鶴、計画といえば予算がつきものだってことくらいみなさんもご存じないわけありますまい。どうして予算が伏せられているのでしょうか。事業実施計画案は発表することにしてましたけど、予算案を発表するとは一度もいってませーん、なんて言い訳はどうぞなさいませんように。

 よろしいですかみなさん。あーたがたは血税三億を気前よくどぶに捨ててくれようって人たちなんです。それならそれで、計画のなかのこの事業にはいくらこの事業にはいくらと予算額をはっきり明示して、血税がどぶに捨てられるさまを地域住民にしっかり見せてくれないと困るんです。結局のところみなさんは、最後の最後まで公開性や透明性にはいっさい無縁な人たちだったってわけですか。そんな連中が官民合同のなんのと偉っそうなことを口になさるものではありません。とくに民間委員のみなさんがた、あーたがたはよくもここまで地域住民を愚弄できたものだ。いや感心感心。ご希望があれば何枚だって表彰状を書いてさしあげますから、どうぞお申しつけくださいな。

 ここで私が「計画のなかのこの事業にはいくらこの事業にはいくらと予算額をはっきり明示して、血税がどぶに捨てられるさまを地域住民にしっかり見せてくれないと困るんです」と申しあげたのは、第四回委員会で知事が「どんなことに出費しているのか仔細まで報告しないと説明責任は果たせない」とおっしゃったことと同義であるとお思いください。

 しかも私は、みなさんが具体的にどんなことをすればいいのか、翌日の投稿でこんなふうにアドバイスまでしてさしあげていたのよね。

 あしたのために、その一。

 より詳細な事業実施計画案をオフィシャルサイトで公開するようアドバイスいたします。

 一事業に一ページをあててください。三百事業あるのなら三百ページが必要です。それぞれのページには、事業名、提案者名、要求予算額、獲得予算額、事業の内容(趣旨、目的、日程、会場、関係者名、その他いろいろ)と予算の内訳なんてところを記載して、予告、経過報告、終わったあとの評価も書き込みましょう。

 私は27日付投稿に「ホームページで公開しながら事業案を協議するほどの徹底した公開性が必要であった」と記しましたけど、それはそもそものとっかかりから、一事業一ページで協議内容を公開してゆくくらいのことをするべきだったという意味です。お役所そのままの隠蔽体質に凝り固まったみなさんには、ちょっと思いつきもしませんでしたか。きわめて先進的な事例を示すいい機会だったといいますのに、残念至極きゃっきゃっきゃ。

 ああそれなのにそれなのに、みなさんったら私の意見をいっさい容れようとはなさいませんでした。見ざる聞かざる言わざるを決め込むばかりでいらっしゃいました。

 それでも私はめげません。12月25日に開催された第二回事業推進委員会の報告として12月31日、私はオフィシャルサイト掲示板にこんな投稿を寄せました。

 それから要求額の予算書、これがじつにひどいものでした。たった一枚の紙に総額三億三千百七十二万八千円の予算がごく大雑把に記されているだけで(内訳は私のサイトでご覧ください)、いったいこれは何なんだこら二〇〇四伊賀びと委員会の莫迦ども。山猿ども。とくに民間委員の莫迦ども。間抜け面してへらへらしとるんやないぞこら。おまえらいったいどこまで莫迦だったら気が済むんだ。透明性や公開性をここまでないがしろにしておいて、こんな事業のどこが官民合同だというんだ。お役所の予算書だってもう少し詳しいはずだ。こら二〇〇四伊賀びと委員会の莫迦ども。おまえら血税三億をどぶに捨てるなら捨てるでその予算の詳細を公開しろ、それが血税三億を無駄づかいされる地域住民への最低限の礼儀ではないかと俺のいったことが理解できんのか莫迦。なんていってみたところで、たぶん理解できてはおらんのでしょうな。なにしろ莫迦なんですから。

 ね。こんな杜撰な予算書があるかと私は怒ってます。第四回委員会で知事が広報費増額補正分八百万九千円の内訳が不明瞭であるとお怒りになった、あれと同じことを私は指摘していたわけですけど、むろんみなさんは知らん顔。例によって例のごとく見ざる聞かざる言わざるでことが済むとお思いだったのかもしれませんが、事業がスタートして二か月以上もたったいまごろになって、みなさんが隠蔽していた予算の詳細というごくごく基本的な問題で、事務局がとうとう知事から叱責されてしまうことにあいなったというわけです。

 ただまあ、こんなこと申しあげるのもあれではあるのですが、知事も莫迦だっちゃ莫迦なわけでがんすね。いまごろ補正予算にいちゃもんつけたところでたいして意味はないんですから。説明責任をうんぬんするのであれば昨年の12月25日、第二回事業推進委員会で配られた予算書をご覧になった時点で「これでは説明責任を果たすことにならない」とおっしゃるべきでした。「県民によくわかるよう具体的に説明して、説明責任をきちっと果たすことが必要である」とおっしゃるべきでした。

 それをまあ何なんでしょうかあの方は。総額三億三千百七十二万八千円のきわめて杜撰な予算書をしゃんしゃん承認しておきながら、この期に及んでわずか八百万九千円の予算書とりあげて重箱の隅をつっつくなんざ本末転倒もいいところじゃねえか。だいたい去年の暮れにあれだけ杜撰な予算書がすんなり通っちまったんだから、事務局にしてみりゃどんないい加減な予算書でもOKだわなと思うわな。どこで吹き込まれてきたんだか知らねえが、いまごろ説明責任なんて言葉を振り翳したってそりゃ出し遅れの証文ってやつですぜ。古色蒼然たるくすぐりではあるのですが、知事よあなたは遅かったと、敢えて申しあげておきたいと思います。

 しかしまったくひどい話ではありませんか。よくぞここまで出来の悪い面子が集まったものです。知事も事務局もじつにいい加減なものですが、やっぱ一番の役立たずとなれば民間委員の連中にとどめを刺すべきだろうな、と私には思われます。


●8月2日(月)

 中国および四国地方のみなさん、台風10号のもたらした局地的大雨の被害はいかがでしょうか。降り始めからの雨量が驚くなかれ1000ミリを超えたところもあると報じられておりますが、みなさんのご無事をお祈り申しあげながら、心からなるエールの意味もこめまして、eri_19802000@yahoo.co.jp の山田絵里さんから頂戴したメールをご紹介申しあげましょう。

アドレス間違っているかなぁ〜?間違っていたらごめんなさい。よかったらメールからはじめませんかぁ?遊びでもいいんで気があったらお話したいなぁ〜プロフは交換しょうね!私は153の低い方かなぁ〜あっ!そうそう年齢は24だよ!社会人ですo(^-^)o

 153と申しますと、低いどころか相当高いのではないでしょうか。一般的には年齢プラス90が平均値だといわれていますから、24歳だとおっしゃる山田さんの場合はプラス90でイコール114。これが最高血圧の目安になると考えていいでしょう。食事や生活習慣の改善が必要かもしれません。はい、次の方。

 次の方は、あ、二〇〇四伊賀びと改め伊賀むし委員会の民間委員のみなさんですか。どうしましたか。はあはあ。民の視点ですか。はあはあ。自分たちに民の視点がないのはどうしたことであろうかと。はあはあ。しかしみなさん、どうしたもこうしたもないではありませんか。民間委員のくせに民の視点を持ち合わせていないのは、畢竟するにみなさんが莫迦だからです。莫迦につける薬はありませんし、莫迦は死んでも治りません。われわれドクターもスプーンをスローするしかないわけです。諦めるしかないでしょう。はい、次の方。

 え? そんなにあっさり片づけないでくれ、とおっしゃいますか。しかし私はこれでもう一年以上の長きにわたり、みなさんに対して渾身のアドバイスを送りつづけてきたわけです。いまから新たに申しあげるべきことは何もありませんし、だいたいがみなさんだって民の視点を持ち合わせていないはずはないんです。

 たとえばみなさん、お役所のやることに関して、それって税金の無駄づかいなんじゃねえのと、そんなふうにお思いになったことはたぶんおありだと思います。それが民の視点です。それからまたお役所に対して、誰がどんな基準に基づいてどういうふうにものごとを決めてるのか皆目わからねえなと、そんなふうにお感じになったこともたぶんおありだと思います。それが民の視点です。

 ですからみなさんは民間委員として、税金の無駄づかいはしない、ものごとを決めてゆく過程をオープンにする、このふたつのことに意を用いてさえいたならば、いまごろは誰からも後ろ指をさされることのない立派な民間委員になれていたはずなんです。事業に民の視点を持ち込めていたはずなんです。

 「生誕三六〇年芭蕉さんがゆく秘蔵のくに伊賀の蔵びらき」という事業に民の立場から携わることになったとき、みなさんの頭のなかに、もしかしたらこの事業は税金の無駄づかいではないのかという疑問は浮かばなかったでしょうか。こんな一過性のイベントに三億円というばらまき予算を投じるのは無駄なのではないかと、たとえほんのわずかでもお考えになったとおっしゃるのであれば、その時点ではみなさんにもまだ民の視点が存在していたのだといえるでしょう。

 事業が税金の無駄づかいかもしれないとは思ったが、自分たちが委員になった時点で事業は動き出していたのだから中止することなどとてもできなかった、とおっしゃいますか。それならそれで、私がしつこいくらいに提案しつづけておりましたように、事業の計画から実施に至るプロセスをオープンにすることで民の視点を持ち込むことはいくらでも可能でした。そうすれば先進的な事例になるものをと、私はくり返してお伝えしてきたはずです。

 とはいえみなさんには、私のような名もない人間の言は無視してしまう悪い癖があるのかもしれません。名があろうがなかろうが、聴くべきところのある意見には素直に耳を傾けるのがまっとうな人間というものだろうと私は思うのですが、みなさんのようにものごとを正当に判断する見識を持ち合わせていない人たちは盲目的に名のある人を恃むしかなく、その結果いわば著名人中毒あるいは有名人依存症になってしまうのは無理からぬところなのかもしれません。

 それなら私も名のある人の言を引いてお話を進めましょう。「生誕三六〇年芭蕉さんがゆく秘蔵のくに伊賀の蔵びらき」事業は「二一世紀のあるべき民主主義」への道を開く可能性さえ秘めておりましたものを、民間委員のみなさんが普通にものを考えられる人でなかったばっかりにあたらその芽を摘んでしまった、ああもったいない、ああ残念な、というお話です。

 と書いてから一冊の本を探し出すのにえらく時間がかかってしまいました。以前にも引用した山口二郎さんの『戦後政治の崩壊 デモクラシーはどこへゆくか』(岩波新書)という本なのですが、6月に出たばかりの本がどこかへ紛れ込んで所在不明になってしまうのでは、こんなお説教を垂れるより先にお部屋のお片づけに精を出さなければならないのかもしれません。

 それはさておき、引用です。

 第七章 次なるデモクラシーに向けて
 1 日本の再民主化

 そのなかの「民主政治のモデルチェンジ──当事者による少数決から市民による多数決へ」と題された節から引きましょう。

 自民党型の民主主義は、政策決定に参画する人間の限定性、そして政策課題に関する情報開示の限定性という、二つの限定の上に成り立っていた。別の面から見れば、政策から直接的な受益をあまり得ていないその他大勢の一般市民の無関心の上に成り立っていたということができる。

 「自民党型の民主主義」は、いまや改められなければならない過去のシステムとして語られています。「参画する人間の限定性」と「情報開示の限定性」は、どちらも「生誕三六〇年芭蕉さんがゆく秘蔵のくに伊賀の蔵びらき」事業にそのまま当て嵌まるものでしょう。「一般市民の無関心」もまたしかり。

 民主政治を活性化させるためには、こうした閉ざされた政策コミュニティを解体していくことが必要である。そして限定された利害関係者だけではなく、いろいろな立場の人がものを言い、意見を寄せることができるような仕組みを開発していかなければいけない。そこで重要なことは、政策コミュニティが依拠している基本的な知識や情報を一般市民の目にさらし、それが本当に妥当なものかどうかをチェックするという作業である。政策コミュニティによる情報の独占状態を開放すれば、別の政策もありえるという政策の可塑性が広がっていくに違いない。

 「政策コミュニティ」は政策を実質的に決定してゆく組織のことで、具体的には自民党の幹部五人ほどと有力者、官僚、幹部族議員というごく少数の人間の集合体であるとされています。特権的にものごとを決めてゆく少人数の集まりを解体し、彼らが独占している知識や情報を広く公開して、さまざまな人間が自由に意見を寄せられるようなシステムをつくりあげなければならないと、まあそういったことでしょう。二〇〇四伊賀びと改め伊賀むし委員会のみなさん、ちゃんと耳を傾けてくださってますかあ。

 このような政策に関する従来の常識を打破し、情報を全面的に公開、共有した上で、いろいろな立場の人が対等に議論していく。そこからよりよい政策を開発し、決定する。これが二一世紀のあるべき民主主義である。国や地方の議会で政治家がより幅の広い議論を展開することが重要であることはいうまでもない。同時に、国や地方の役所における政策論議の過程をより開放することが求められる。官僚のお手盛りであった審議会に代わって、官僚と彼らとは異なった立場の政策専門家や市民との実質的な討論の機会を確保し、パブリック・コメント制度に実質的な意味を持たせることが、まず実行可能な改革となる。当事者による少数決から、市民の手に政策決定を取り戻すことが求められている。限られた議員や官僚や業界団体という当事者が政策を取り仕切っていた従来の民主主義から、たくさんの市民が正しい情報をもとに参加し、議論に加わっていくような民主主義が二一世紀には必要である。 

 もはや贅言は要しますまい。官と民との合同によって「従来の常識を打破し、情報を全面的に公開、共有した上で、いろいろな立場の人が対等に議論していく。そこからよりよい政策を開発し、決定する」ことは、「生誕三六〇年芭蕉さんがゆく秘蔵のくに伊賀の蔵びらき」事業に可能性として潜在していた手法のはずです。それはそのまま「二一世紀のあるべき民主主義」への道を探る作業にもなっていたはずです。それがどうしてこんな悲惨なことになってしまったのかと申しますと、はい民間委員のみなさん、ここでご唱和をお願いしましょうか。

 「私たち民間委員が莫迦だったからでーす」

 よくできました。はい、次の方。


●8月3日(火)

 しかしまあ、よく考えてみますと、かりに21世紀のあるべき民主主義などというものがこの国に実現されることになったとしても、それはけっして伊賀という保守的でほとんど前近代的でさえある土地においてのことではないであろうと思われます。二〇〇四伊賀びと改め伊賀むし委員会が説明責任をいっこうに果たそうとせず、そのせいでとうとう知事さえ怒らせる結果を招いてしまったことには、じつは伊賀の土地柄も大きく与っていたのだと申しあげるべきなのかもしれません。

 そもそも説明責任がどうのこうのという以前に、あの委員会は説明能力というものを完全に欠いているように見受けられます。つまり彼らは条理を尽くした説明なんてものを必要としない世界に生きているわけであり、それはお役所とはまた別の、それでもやはり外部から遮断されたバーチャルリアリティの世界なのだと見るべきでしょう。だとすれば、「生誕三六〇年芭蕉さんがゆく秘蔵のくに伊賀の蔵びらき」事業における官民合同とは、お役所の体質と伊賀の土地柄が渾然一体になってアマルガム状態を現出することを意味しているのではないかという気さえしてきます。

 こーりゃ逆立ちしたって太刀打ちできんわな、と思いつつ、7月29日に開かれた第四回「生誕三六〇年芭蕉さんがゆく秘蔵のくに伊賀の蔵びらき」事業推進委員会の報告をつづけます。

 知事から説明責任を追及する発言があったことはお知らせしたとおりで、それを受けて事務局から予算の詳細が報告されたわけなのですが、本当のことをいえばあんな程度で説明責任が果たされたとはとても認められません。第四回委員会でなされたのは隠蔽されていた予算の詳細が(それもごくごく一部のことですが)公開されたということに過ぎず、つまりはわずかながら情報公開が進められたということであって、敢えて説明責任という言葉を持ち出すのであれば、たとえばそうした予算の妥当性を事務局がきちんと説明できるのかどうか、知事がそれを問うことから始められるべきだったと思われるのですが、いまごろごちゃごちゃいっても致し方ありません。とにかく前へ進みましょう。

 第一号議案につづいては第二号議案「平成15年度事業報告(案)について」。事項書四ページにわたって2003年度の事業が報告されましたが、くだくだしければ省略。事項書の項目だけ引き写しておきます。

1 委員会等の開催
2 平成15年度の主なプレ事業の実施結果
3 平成15年度広報の取組みと成果

 というだけではあまりにも愛想がないかもしれません。委員から質問が出された事業だけ抜粋しておきましょう。

2 平成15年度の主なプレ事業の実施結果
(8)連句アニメーション映画「冬の日」上映
実施時期:平成15年10月13日
実施場所:上野市 上野市文化会館
事業概要:芭蕉翁と名古屋の門人達の連句作品である「冬の日」を世界屈指のアニメーション作家35名がコラボレーションした「連句アニメーション『冬の日』」を芭蕉さん生誕の地「伊賀」で世界初公開し、世界に情報発信
参加者数:489人

 委員から出された質問は「アニメをつくって一回上映しただけではもったいない。世界への発信はどうなっているのか」とのものでした。事務局からは「アニメは民間会社が企画制作したもので、委員会は制作にはタッチしていない」との回答がありました。

 「それじゃ、上映権を買った、ということですか」
 「はい、そうです」

 私が委員なら「伊賀びとのみなさんは要するに人のふんどしで相撲を取っただけの話なのね。それがみなさんの情報発信なわけなのね。ずいぶん楽みたいねあなたたち」と申しあげていたところでしょうが、むろんそんなやりとりはありませんでした。

 第三号議案は「平成15年度収支決算(案)について」。収支を表にするのは面倒なのでごく簡単に。

1 収入
当初予算額:88,272,000円
補正後の予算額:89,470,000円
決算額:89,469,922円
差引額:△78円
2 支出
当初予算額:88,272,000円
補正後の予算額:89,470,000円
決算額:89,465,067円
差引額:△4,933円

 詳細は委員会のオフィシャルサイトでご覧ください、と申しあげたいところですが、決算の詳細は公開されていないようです。公開するべきだと私は思うのですが。

 さて以上三議案、原案どおり可決されました。

 つづいて報告事項ですが、「(2)夏・体験イベントについて」と「(3)今後の「生誕360年 芭蕉さんがゆく 秘蔵のくに 伊賀の蔵びらき」事業の展開について」は省略し、配付資料から「(1)オープニング結果について」のみ書き写しておきましょう。

1 前夜祭「山下洋輔ジャズ俳句」
開催日時:平成16年5月15日(土)
開催場所:上野市上野公園俳聖殿前
参加者数:350人
2 オープニング
開催日時:平成16年5月16日(日)
開催場所:上野市上野公園周辺等
参加者数:20,000人(目標10,000人)
主な事業:○オープニング式典 ○旅の日フォーラム ○伊賀ふーどぴぁ春 ○芭蕉っ子広場 ○伊賀ファッションコレクション ○819体の芭蕉展 ○甚七郎の散歩道 ○俳聖殿をめざす!7市町村発(ウォーク)等
3 オープニングで得られたもの
(1)事業のPR・印象付け
雨天にもかかわらず約2万人の参加が得られ、今後半年間開催される「生誕360年 芭蕉さんがゆく 秘蔵のくに 伊賀の蔵びらき」事業の幕開けを、県民・県外の方々に強く印象づけることができたこと
(2)新しい地域づくりの第一歩
多くの市民の事業参画が得られ、また、今後の事業参画を促進したことにより、「新しい時代の公」を実現するための地域づくりの第一歩となったこと
(3)伊賀・三重の情報発信
PR効果が上がり、広告・記事等を見て県内外から公式ガイドブックの請求や問い合わせが多く寄せられるなど、県内外に伊賀や三重県を情報発信できたこと
4 来場者(289人)アンケート結果
(1)好意的意見
○伊賀や三重の情報発信効果があった。
○環境への配慮が良かった。マイ食器運動は歓迎すべきこと。
○様々なイベントが組み合って良かった。若い人達のファッションショーは良かった。
(2)批判的意見
○雨天対策が出来ていなかった。
○バリアフリー対策が場所的に困難、不充分であった。
○案内(施設、街中、シャトルバス等)表示が少なく、不親切であった。
○道路に問題(路上駐車、狭さ等)があった。

 よくいうよ。


●8月4日(水)

 7月29日午後6時30分、第四回「生誕三六〇年芭蕉さんがゆく秘蔵のくに伊賀の蔵びらき」事業推進委員会が終了しました。議案も報告もたいして重要なものではなかったのですが、知事による説明責任の追及という予期せぬ一幕があったため時間が押せ押せとなり、閉会は予定より半時間ほど遅くなったようです。次回の開催期日を確認することもなく、委員会はなんだかばたばたと終わってしまいました。

 委員会のあとには伊賀の食材をつかった料理を試食する用意も整えられていたのですが、知事はさっさと退席され、午後7時にスタートする「知事と語ろう本音でトーク」阿山町会場へとお向かいになりました。私は事務局職員と、

 「知事行ってしもたな」
 「これから阿山町でトークありますねん」
 「俺の顔見て機嫌悪なって行ってしもたんやろな」
 「ほな中さん知事のかわりに料理食べていってくれませんか」
 「いや俺はこれから組かしら会へ嫌がらせに行かなあかんから」

 家を出るときにはこの日のダブルブッキング、と申しますのはつまり「知事と語ろう本音でトーク」阿山町会場と二〇〇四伊賀びと改め伊賀むし委員会組かしら会が同時に開催されることなのですが、そのどちらに顔を出すべきか私は決めかねておりました。「知事と語ろう本音でトーク」参加に必要な事前意見送信書は、以前のような漫才形式にするか一人芝居のモノローグ形式にするか、この点にも結論が出せずに当日を迎えてしまった次第なのですが、7月13日の名張市会場に参加してみて事前意見送信書なしの飛び込み参加も可能だということが判明しましたから、そのまま知事のあとを追って阿山町会場に飛び入りし、発言者として意見を述べることもむろんできたはずです。

 しかし私は、事業推進委員会が終了した時点で、もとより背景に何があったのかは知る由もありませんが、知事が遅きに失した説明責任論議をそれでもようやく炸裂させた心意気は多としてやらねばならんな、よし、阿山町まで追撃するのは勘弁してやろう、武士の情けだ、ありがたく思え、という気になっていました。そうなると、目指すは組かしら会しかありません。私は会場の委員会事務局に向かいました。

 「知事と語ろう本音でトーク」阿山町会場の概略は、中日新聞オフィシャルサイトから森本智之記者の記事を引用してお知らせしておきましょう。

本音トークにドキリ
阿山で知事が住民と対話集会
 野呂昭彦知事と住民の対話集会「知事と語ろう本音でトーク」が二十九日夜、阿山町保健福祉センターであった。

 トークは、県民の意見や要望など生の声を拾い上げ、県政へ反映させるのが狙いで、昨年度から県が始めた。本年度は六月から八月までに県内十七カ所で実施する。

 この日は、伊賀地域などから約百六十五人が参加。このうち十六人が一人ずつ発言し、官民共同組織で取り組んでいる松尾芭蕉生誕三百六十年記念事業について、伊賀圏域外へのPRが不十分ではないかといった意見が出た。

 7月13日の名張市会場とはかなり趣が違っているようです。名張市会場の模様を7月15日付朝日新聞伊賀版の記事から引いてみます。

知事と「トーク」
名張で73人参加
 野呂昭彦知事が県民と直接対話する「知事と語ろう 本音でトーク」が13日夜、名張市役所1階の大会議室で開かれ、市民ら73人が参加した。知事は県の総合計画「県民しあわせプラン」などについて説明し、10年後の県の将来像について語った。

 事情をご存じない方のために説明を加えておますと、伊賀地域には七つの市町村があり、北側の五市町村と南側の二市町とに大別されます。これが伊賀地域におけるごく大雑把な対立の構図であって、同じ伊賀といっても北伊賀と南伊賀では地域性にかなりの差があることは石母田正の『中世的世界の形成』にも述べられているところなのですが、この対立は北伊賀の上野 vs 南伊賀の名張というふたつの地方都市の確執と見ることも可能です。

 そのあたりの事情は「乱歩文献打明け話」の第二十四回「伊賀市逝ってよし」にも記してありますから、詳しくは述べずに先に進みますが、早い話が「知事と語ろう本音でトーク」ひとつとってみても、北伊賀の会場には百六十五人が詰めかけて十六人が発言したのに対し、南伊賀の会場ではその半数にも満たない七十三人が参加しただけで(ちなみに北伊賀よりも南伊賀のほうが人口はやや多いわけですが。もうひとつちなみに附言しておきますと、ある参加者によれば七十三人のうちの六割は県や市の職員だったかなとのことでした)、発言者は私を含めわずかに四人というありさまでしたから、ここにも北伊賀と南伊賀の違いは歴然としていると申しあげていいでしょう。

 さて中日新聞の記事によれば、知事は松尾芭蕉生誕三百六十年記念事業に関する質問に対して、「広報をもっと外へという意見は受けており、全国に向けた情報発信ができるよう力を入れている」と回答、さらに「事業が伊賀の情報発信のきっかけになるよう、地元住民のさらなる協力を期待する」と呼びかけたとのことです。何やったって甲斐はあるまい、と私は思います。

 もうひとつ、毎日新聞伊賀版に掲載された小槌大介記者の記事からも引用しておきましょう。

「川上ダム」など、知事と住民がトーク──阿山町 /伊賀
 「川上ダムの着工に積極的に取り組んでほしい」という男性からの要望について、野呂知事は「(同ダムの)早期完成が必要。今後も地域と連携し進めたい」と述べた。

 「トーク」は知事が県民と直接話し合い、県政に反映させる目的で昨年から開催。今年は計17カ所で開催予定で、同町は13番目。「トーク」で出た意見や要望については、県政運営に役立てるという。

 県政運営に役立てていただくのはとてもありがたいことなのですが、県が設定した知事のパフォーマンスの場にのこのこ顔を出してご意見ご要望をぺらぺらお喋りになる地域住民のみなさんに、果たして信というものが置けるのかどうか、彼らの言が聴くに値するものかどうか、私にはおおいに疑問だと思われます。

 つまりその手のみなさんてえものは、きのうご紹介した「(1)オープニング結果について」にありましたような、雨にもかかわらず嬉々としてオープニングイベントに足を運び、何の根拠もなくつまりはまったく無責任に「伊賀や三重の情報発信効果があった」などとアンケートに答えている地域住民のみなさんとまったくの同断、まあ要するにあれですね、この手の人たちがたくさんいらっしゃるから「生誕三六〇年芭蕉さんがゆく秘蔵のくに伊賀の蔵びらき」や「知事と語ろう本音でトーク」なんてものが命脈を保っていられるのだと、まそういったことだあな。


●8月5日(木)

 また台風がやってきました。11号です。夜明けまでには日本海へ抜けてしまったみたいですが、当地は昨夜からいままで雨が降りつづいております。ときに雷鳴も轟いてますし。

 そういえば先週の木曜には台風10号の接近が報じられていて、それにしては夕刻になっても雨の降る気配は見えず、7月も末つ方の長い夕暮れのなかを私は二〇〇四伊賀びと改め伊賀むし委員会の事務局に向かいました。

 午後7時までには、まだ少し時間がありました。事務局職員から聞いたところでは、毎月最終木曜には全体会とやらが開かれることになっていて、

 「きょうは8月7日に大阪でやるイベントの打ち合わせがあるんです」
 「あ、そうなん」
 「ホームページのことでしょ。あれは来週の組かしら会で検討するってゆうてましたけど」
 「組かしら会でちょっと嫌がらせしたろ思てた来たんやけど」
 「そんな中さん嫌がらせなんかやめてくださいよ」

 差し迫った用件もあるみたいだからきょうのところは勘弁しておいてやろうか、と私は考え、そのまままっすぐ帰宅しました。

 それから瞬く間に一週間が過ぎて、きょうの夜には8月最初の組かしら会が開かれます。二週間前の7月22日に事務局宛メールで提案した件を、どうやらその席で検討していただけるみたいです。

 くだんのメールを再掲しておきましょう。

委員会事務局御中

 お世話さまです。過日は貴委員会事務局でいろいろご教示をたまわり、ありがとうございました。

 あのあと、手許に記録してあった自分の投稿や検索エンジンのキャッシュから集めた他の投稿者の投稿を読み返して検証してみた結果、貴委員会オフィシャルサイトに掲載された「当ホームページ掲示板の閉鎖について」にはとても承服できるものではないとの結論に達しました。

 閉鎖の理由として掲げられた「(1)市民の方からの自由な意見交換の場として機能していない。(2)委員からの情報提供や意見交換の場として機能していない。(3)好ましく無い表現や第三者の実名が書き込まれるなど」は、貴委員会がみずからの保身や正当化のために事実を歪曲して記したものと申しあげるしかありません。

 とくに(3)に関しましては、すべてを私のせいにして委員会側の無能力や無責任を隠蔽しようとする悪質な作為に基づいた記述と判断される次第であり、こうした説明を掲げて閲覧者を瞞着することは差し控えていただきたいと思います。

 とはいえ、貴委員会にとっては、先日事務局でお聞かせいただいたとおり、私に掲示板を潰されたというのが正直な見解であろうとも推測される次第です。したがいまして、虚偽を記すことなく掲示板閉鎖の理由を説明し、貴委員会の見解をも正しく表明するためには、「当ホームページ掲示板の閉鎖について」にある説明文の一部を次のとおり差し替えることが必要なのではないかと判断いたします。

 しかし、(1)市民の方からの自由な意見交換の場として機能していない。(2)委員からの情報提供や意見交換の場として機能していない。(3)好ましく無い表現や第三者の実名が書き込まれるなど、運営管理が難しい、という状況であり、本年2月に2004伊賀びと委員会として協議した結果、掲示板を当分の間停止することとし、その旨を掲示板に掲出しました。

 しかし、名張市の中相作氏による投稿のせいで運営管理に重大な支障をきたしたため、本年2月に2004伊賀びと委員会として協議した結果、掲示板を当分の間停止することとし、その旨を掲示板に掲出しました。

 上記の差し替えを行い、同時に過去ログをすべて公開していただくようお願いいたします。そうすれば、私が掲示板で働いた(と貴委員会が認識していらっしゃる)悪逆無道な乱暴狼藉を閲覧者に直接確認してもらえることになり、貴委員会が事細かな説明を掲げる必要はなくなるものと考えます。

 以上二点、すなわち、「当ホームページ掲示板の閉鎖について」の文章の差し替えと、非公開とされている過去ログの再公開とを要請いたしますので、お答えをたまわりますようお願いいたします。

 組かしら会は毎週木曜夜に開催されるとお聞きしておりますので、恐れ入りますがきょう22日の組かしら会でご協議いただき、メールで回答をお寄せいただければ幸甚です。

 なお、頂戴したメールは当方のホームページで公開させていただきたく、あらかじめご了解をお願いする次第ですが、もしも公開に差し支えがある場合は、その旨お知らせいただければ非公開といたします。

 よろしくお願いいたします。

2004/07/22

 ここで問題を整理しておきます。いったい何が問題になっているのか。いささか大仰に申しあげれば、三重県に言論の自由はあるのか、ということです。

 今年2月、委員会オフィシャルサイトの掲示板が閉鎖されました。問題はここに端を発しています。投稿者による意見交換が進められている最中に掲示板を閉鎖するのは、言論の封殺以外の何者でもありません。ただし、まったく見さげ果てた連中だな、相手にする気も失せてしもうたわ、と思った私はこの件に関して事務局に何の問いかけも働きかけもいたしませんでした。とにかくもうあほらしくて。

 7月、委員会オフィシャルサイトに「当ホームページ掲示板の閉鎖について」と題する文章が掲載されました。私が「知事と語ろう本音でトーク」に参加して掲示板の閉鎖問題をとりあげると表明したために、委員会側は閉鎖の理由を説明する必要にかられたものと思われます。むろんこの場合、委員会が閉鎖について説明する第一の対象は知事にほかなりません。

 しかし、この「当ホームページ掲示板の閉鎖について」は上記のメールにも記したとおり何の説明にもなっておらず、しかもすべてを私のせいにして自分たちの保身や正当化を図ろうという委員会側の卑劣な作為が露骨に示されたものでした。それなら白黒はっきりさせてやろうか、と考えた私は上記のメールを事務局に送り、きょう5日夜の組かしら会でその結論を出していただくことになったと、まあそういったゆくたてです。

 言論に関する問題はほかにもありますが、それはきょうの組かしら会で出された結論をお知らせいただいてから、あらためて知事にメールでお訊きしてみようかなと考えております。「知事と語ろう本音でトーク」の会場で知事はメールでの質問も受け付けると参加者に約束していらっしゃいましたし、第四回事業推進委員会の席では知事が説明責任という言葉をご存じだということも明らかになったのですから、今度という今度はお答えを頂戴できるだろうと私は思っております。思ってはいるのですが。


●8月6日(金)

 さて、きのうの夜に開催されたはずの二〇〇四伊賀びと改め伊賀むし委員会の組かしら会ではどんな協議が進められたのでしょうか。とても気になるところですが、メールその他による連絡はまだ入っておりません。いったいどうなることであろうかときりきり胸を痛めつつ、本日は用事が立て込んでおりますためこれにて失礼いたします。愛想もこそもありゃしません。なお、左の告知板にミステリ劇のお知らせを掲載しました。お芝居のお好きな方はぜひどうぞ。


●8月8日(日)

 きのうの朝、もう立秋かと気がつき、そうすると夏の疲れが一気に押し寄せてくるような気分に襲われて(単に二日酔いがひどかっただけかもしれませんが)、この伝言板に──

 立秋を迎えました。

 残暑お見舞い申しあげます。

 ──と二段落だけ書いてアップロードしようとしたところ、なぜかサーバーに接続できなくて更新できませんでした。これはたまに見られる現象で、一日も待てば(ほんとはそんなに長く待つ必要もないのでしょうが)また難なく接続できるようになります。

 ですからきょうはまた難なく接続できるのですが、もしかしたら夏バテってやつなのか、きょうもきょうとて調子が出ません。ぼんやり休養することにして、亡父の墓参にでも行ってこようと思います。


●8月9日(月)

 あちらの世界では処々方々へ送ったメールがまったく功を奏さないことに鑑みてちょっと手口を変えてみることが検討されたのか、celeste_kaya@yahoo.co.jp の山本さんからこんなメールを頂戴しました。

私のパソコンに件名も本文も書いていないメールが来たので
とりあえず返信してみました。どちら様でしょうか?
私は山本と申します。間違いだったらごめんなさい

 なんと律儀な方でしょう。件名なし本文なしのメールにいちいち返信するなんて、普通の人間にはとてもできないことだと思います。世間には件名あり本文ありのメールにもろくに返事をよこさない不心得者がごろごろしていると申しますのに、あんたは偉い山本さん。

 その点まったく偉くないのが二〇〇四伊賀びと改め伊賀むし委員会の事務局で、私の7月22日付メールへの返信はいまだに届きません。こうなったら仕方ありません。今週木曜の12日夜に開かれる組かしら会にお邪魔して、直接お答えを頂戴してくることにいたします。

 7月15日付伝言にも記しましたとおり、同委員会オフィシャルサイトの「伊賀びと委員会の紹介」に基づいて判断いたしますと、組かしら会はたぶん次のみなさんではないかと判断されます。

池澤基善(蔵びらき組広報班かしら)
田中愛一郎(蔵びらき組こだわり班かしら)
辻村勝則(会長)
中村伊英(はかり組かしら)
中盛汀(おもい組かしら)
北村嘉孝(副会長、秘蔵のくに組ブランド班かしら)
的場敏訓(秘蔵のくに組文人班かしら)
岩佐絹枝(副会長、秘蔵のくに組光と影班かしら)
南出ゆかり(副会長)
高橋徹(芭蕉さんがゆく組かしら)
中井孝佳(秘蔵のくに組体験班かしら)
増永秀美(副会長)

 私にはこの人たちの了見がなんとも承服しがたいものに映っておりますので、事業に関してそもそもの最初のことからびしばし問いつめ難詰し叱りつけ面罵してやりたい気持ちには満々たるものがあるのですが、とりあえず委員会オフィシャルサイト掲示板の問題に限定して質問しているのですからいい加減に答えたらどうなんだ。

 といった気合いをこめて事務局宛メールを一通。

委員会事務局御中

 お世話さまです。

 先月22日付メールでお願いいたしました件、組かしら会でいまだにご協議いただけていないらしいことを遺憾に思っております。いろいろご多用のこととは拝察いたしますが、ご高配をお願い申しあげる次第です。

 つきましては、勝手なことを申しあげて恐縮ではあるのですが、今週木曜の12日に開かれる組かしら会にお邪魔して、組かしらのみなさんから直接ご意見を伺いたいと考えております。メンバー各位ならびに事務局のご都合はいかがなものか、お手数ですがお知らせいただければ幸甚です。もしも当方の出席に許可をいただけるのであれば、組かしら会の開会時刻もあわせてご教示ください。

 なお当方は、先日のメールにも記しましたとおり、委員会オフィシャルサイト掲示板の問題のみをとりあげております。したがいまして、12日の組かしら会では、掲示板の問題以外には事業に関して何も申しあげるつもりはありません。

 また、12日の組かしら会で当方のお願いに関して協議を進めていただき、その結果をメールなど何らかの手段でお知らせいただけるのであれば、当方は組かしら会への出席に拘泥するものではありません。その旨ご確約を頂戴できるようでしたら、組かしら会への出席は見合わせることにいたします。

 よろしくお願いいたします。

2004/08/09

 残暑厳しいおりからこんなしつこいことやってるとほんとに疲れます。組かしら会のみなさんお願いですからすっきり爽快な気分にしてくださいな。


●8月10日(火

 三重県知事が説明責任を追及されております。本日付中日新聞三重版に掲載された山本真嗣記者の記事をどうぞ。

知事、正当性を主張
県議懇談会費 公開質問状に回答
 野呂昭彦知事が昨年七月、県議らと公費で開いた懇談会をめぐり、共産党県委員会が費用の返還や懇談内容を明らかにするよう求めた公開質問状について、野呂知事は文書で回答し、正当性を主張した。同委員会は九日「十分に答えていない」として、再度公開質問状を提出した

 この記事によれば、昨年6月の県三役と県議会新旧正副議長との懇談会に十五万円弱、同7月の県議会各会派代表との懇談会に二十万円余が、いずれも知事交際費から支払われたとのことです。

 首長と議員との懇談会の経費が首長交際費でまかなわれるのは、おそらく多くの都道府県や市町村で日常的に見られる慣習であろうと思われます。そしてまたその多くの場合、住民感情を逆撫でするような金額が支払われていることも否めない事実のようです。ちなみに昨年6月の懇談会の場合、県三役と県議会新旧正副議長といえば都合七人、それで十五万円弱となれば一人二万円余の計算になりますから、これもまた住民感情を逆撫でにするに足る金額ではないでしょうか。

 ただまあ知事としてはみずからの正当性を主張するしかないわけで(なにしろ行政は無謬ですから)、この記事によれば「知事交際費による懇談会を今後も続ける考えを示した」とのことですから、それならそれで県民が納得できるだけの説明をしていただかなければ困ります。

 それにしても、以前にもとりあげた樺嶋秀吉さんの『「 税金ムダ喰い」のカラクリ 』(光文社)によれば2001年度の三重県の知事交際費は八十四万八千円で(全国市民オンブズマン連絡会議の資料に基づく数字です)、全国四十七都道府県中第四十六位という少なさだったわけなのですが(全国一位は福岡県の千九十七万円)、2003年度には6月と7月のふたつの懇談会だけで三十五万円ほどが飛んでしまっていることになります。知事が替わって知事交際費が増額されたということでしょうか。

 さて、共産党県委員会から説明責任が果たせていないと批判されている知事から説明責任が果たせていないと批判されている例の委員会事務局からメールを頂戴いたしました。

 7月22日付けメールに対する回答が遅れており、申し訳ありません。
 中さんのメールについては、先日8月5日開催の組かしら会において、協議させていただきました。しかし、当日は議題が多く時間が不足したため、回答文の決定までには至らず、次回の組かしら会で再度協議の上回答させていただくこととなりました。
 なお、今週の組かしら会は開催せず、来週19日に開催予定となりました。さらに1週間遅くなり恐縮ですが、20日までお待ち願えないでしょうか。

 よろしくお願いいたします。

 当方の返信は次のとおり。

 メール拝受いたしました。ご丁寧にお答えいただき、ありがとうございました。仰せに従い、19日の組かしら会でご協議いただくのをお待ちいたします。協議の結果をメールか何かでお知らせいただければ幸甚です。よろしくお願いいたします。

2004/08/10

 いったいどんな結論が出るのかな。


●8月11日(水)

 きのうもお知らせしましたとおり、二〇〇四伊賀びと改め伊賀むし委員会の組かしら会は今月19日の開催となったそうです。したがいましてそれまでは、「生誕三六〇年芭蕉さんがゆく秘蔵のくに伊賀の蔵びらき」事業に関する話題もしばしお休みとなります。

 となると、やはり乱歩の話題でしょう。きのうの新聞に掲載されていた光文社文庫の広告には、

 乱歩の夏。

 というコピーが添えられていて、夏は金鳥だけのものではないと実感させられた次第ですが、その広告によれば乱歩全集は第二巻『パノラマ島綺譚』が配本され(早く買いに行かなければ)、小林信彦さんの『回想の江戸川乱歩』が文春文庫につづいて二度目の文庫入りを果たしました(ついでに買わなければ)。広告の隅のほうには「完全復刻 B.D. バッジプレゼント」の文字も見え(頂戴できるものなら頂戴しなければ)、立教学院創立百三十周年記念行事「江戸川乱歩と大衆の20世紀展」の案内も配されて、これはまさしく乱歩の夏かもしれません。

 といったところで乱歩の夏の乱歩情報、まとめてご紹介申しあげたいと思います。

 まずは雑誌関係。

国文学解釈と鑑賞別冊
江戸川乱歩と大衆の二十世紀
至文堂発行、2600円(本体2476円)。編集は立教大学の藤井淑禎先生。掲示板「人外境だより」で古畑拓三郎さんと戸倉真暗さんに教えていただき、本屋さんに取り寄せを依頼してあるのですが、まだ届きません。ああいらいら。詳細は至文堂オフィシャルサイトのこのページでご覧ください。
谷中・根津・千駄木77号
谷根千乱歩ワールド 本邦初公開の話ばかり!
谷根千工房発行、525円。ある方からきのう教えていただきましたので、さっそく版元にメールで直接注文と洒落込みました。谷根千の森まゆみさんには季刊「本とコンピュータ」で名張人外境をご紹介いただいた恩義がありますゆえ、感謝の意味をこめて二冊も注文してしまいました。せこいといえばせこい話ですけど。詳細は谷根千工房オフィシャルサイトのこのページでご覧ください。

 つづいてはイベント関係。

江戸川乱歩と大衆小説の時代
8月1日から22日まで三省堂神田本店で。立教学院創立百三十周年とは関係のない催しですが、展示会とブックフェアを開催中。19日には新保博久さんと山前譲さんのトークセッション「乱歩の蔵の中」も。詳細は三省堂オフィシャルサイトのこのページでどうぞ。
怪人二十面相をつかまえろ !!
8月3日から9月30日までミステリー文学資料館で。詳細は立教オフィシャルサイトのこのページでどうぞ。
江戸川乱歩ブックフェア
8月10日から24日まで池袋を中心とした豊島区の書店で。名張市立図書館の江戸川乱歩リファレンスブックもお買い求めいただけるはずです。 詳細は立教オフィシャルサイトのこのページでどうぞ。
江戸川乱歩と大衆の20世紀展
8月19日から24日まで東武百貨店池袋店で。立教学院創立百三十周年記念行事のメインイベントです。 旧乱歩邸の土蔵の公開も同時に行われます。詳細は立教オフィシャルサイトのこのページこのページでどうぞ。東武百貨店オフィシャルサイトのこのページにも案内があります。
読売 江戸川乱歩フォーラム
8月21日、立教大学タッカーホールで。佐野洋さんの基調講演、逢坂剛さんらのトークセッションがあります。詳細は立教オフィシャルサイトのこのページでどうぞ。
江戸川乱歩記念 立教・池袋ふくろう文芸賞(小説部門・漫画部門)審査発表
8月21日、立教大学タッカーホールで。選考会は8月9日に催され、小説部門では受賞作一篇と佳作二篇が選ばれたそうです。関係者の方からお知らせいただいたのですが、受賞作は現代版「二銭銅貨」とも呼ぶべき作品とのこと。詳細は立教オフィシャルサイトのこのページでどうぞ。
学校法人立教学院創立百三十周年記念池袋大宴会
8月21日(土)午後6時、八勝堂書店(豊島区西池袋5-2-10/西口二又交番先)集合。会場は立山(豊島区西池袋3-29-3 橋本ビル1階/西口丸井裏)の予定。ふるってご参加ください。
旭堂南湖先生を囲む大昼食会
8月22日(日)午前11時、東武百貨店池袋店の「江戸川乱歩と大衆の20世紀展」に集合。会場はどこか適当なところ。まあおまけみたいなものですが、お気軽にご参加ください。

 以上、とりあえず8月中の催しをお知らせいたしました。ほかにも何かありましたらぜひお知らせください。


●8月12日(木)

 アテネ五輪のなでしこジャパンとやらを応援してやろうとテレビの前で夜更かししたせいで、けさはすっかり寝過ごしてしまいました。とはいえウイスキーを飲みながらのことでしたから試合経過はろくに憶えておらず、ゲームセットまで観戦できたかどうかすら不明。勝敗もさっきインターネットで確認したような次第で、いったい何をやっておるのでしょうか。


●8月13日(金)

 きのう久しぶりで(といったってたいしたことはありませんが)本屋さんを覗きましたところ、11日付伝言に記した乱歩の夏の乱歩情報に遺漏があったことに気づきました。雑誌関係を下記のとおり増補いたします。

ダ・ヴィンチ9月号
だから、乱歩はオモシロイ!
メディアファクトリー発行、450円(本体429円)。掲示板「人外境だより」で少し前に旭堂南湖さんから教えていただいたのですが、暑さのせいですっかり忘れておりました。南湖さんの寄稿も掲載されておりますが、好男子の講談師、相変わらずこればっかりです。詳細はメディアファクトリーオフィシャルサイトのこのページでご覧ください。

 では本日はこのへんで。


●8月14日(土)

 本屋さんから「国文学解釈と鑑賞」別冊の「江戸川乱歩と大衆の二十世紀」が届いたとメールが入ったのですが、果たしてきょうのうちに受け取りに行けるかどうか。オリンピックのせいなのか、このところ生活のリズムが無茶苦茶になってはいらっしゃいませんか。本日の私は従兄弟の初盆に顔を出して昼間からビールを飲んでこなければなりませんし。しかし従兄弟の初盆というのも、なんだか身に沁みて淋しい話です。