2005年5月中旬

●5月11日(水)

 そういった次第で、名張市オフィシャルサイトに掲載された《パブリックコメント結果》「名張地区既成市街地再生計画 名張まちなか再生プラン(案)」」について、私が名張市に提出した「僕のパブリックコメント」に対する「意見に対する名張市の考え方」はどうもいただけない、話がまったく噛み合っていない、大丈夫か名張市、しっかりしろ名張市、規定どおり退職金は払ってやるから退職まではしっかり働け、しかし働くといったって責任回避と自己保身と思考停止で日を送るだけか、やっとれんなまったく、といった意味合いもこめながらコミュニケーション論の視点から論評を加えてみたわけですが、「名張まちなか再生プラン」はいったいどうなることかしら。

 これは「生誕三六〇年芭蕉さんがゆく秘蔵のくに伊賀の蔵びらき」事業に際して関係者にくりかえしお伝えしたことなのですが、いまや行政の無謬性なんて死語でしかないんですから、見直すべきものは素直に見直すことが必要でしょう。とはいえ、ことは行政の無謬性に盲獣ではなく盲従(私の使用している日本語入力ソフトでは「もうじゅう」はまず「盲獣」と変換されてしまいます。さすがというかあっぱれというか)するかどうかの問題ではなく、むしろ行政の無思考性とでも呼ぶべきものの問題であるのかもしれません。

 と書いて、果たして「無思考性」などという言葉が一般的に使用されているのかどうかが気になり(なにしろ日本語入力ソフトが「虫校正」と変換してくれましたので。どうせなら「蟲校正」であってほしかったのですが)、Google でこの言葉を検索してみたところ「新たな対話的探求の論理の構築 Newsletter vol.9(2004/4)」というページがひっかかってきて、今出敏彦さんの「新たな公共性概念の構築に向けて──ハンナ・アーレントの『精神の生活』における「思考」の意義──」という文章(というか研究発表の要旨)が掲載されていました。最初の二段落を引いておきます。

いかなる公権力も干渉出来ない、各個人の内面的な「精神の生活」と、人々が共に生きる「公的な生活」の双方は、この世界に生きる人間の基本的条件である。しかしながら、20世紀の二つの大戦と全体主義的支配等による社会的破局によって、この伝統的な区分が持っていた意義は曖昧化され、社会との関わりの中で営まれる人々の実践的生が危機に直面するだけでなく、個々人の内面で営まれる精神の生活もまた、深刻な危機に晒されている。

ハンナ・アーレントの思想、特にその政治思想は、公共性概念に新たな息吹を吹き込んだ。アーレントの公共性概念の眼目は、人間の自由が実現し、一人一人のユニークな個性が十全に発揮されることであり、彼女はその達成を公的自由や公的幸福と呼ぶ。「公的なもの」とは、決して全体の利益を優先させるものではなく、人間の個性を輝かせるものであり、人間の自由は間違いなく、「公的なもの」と密接に関わるのである。このようなアーレントの思想的営為に一貫する、人間の自由の擁護という観点は、彼女の思想の総決算と目される『精神の生活』にも色濃く反映されている。

 「無思考性」(日本語入力ソフトはたった一度の学習で「無思考性」と変換してくれるようになりました)という言葉自体は「複数性という人間の条件を否定する二つの在り方として、アーレントは、無思考性(thoughtlessness)と独我論(solipsism)を挙げる」といった具合に使用されているのですが、無思考性といい独我論といい、あるいは独我論の説明に登場する自己充足といい世界欠如といい、いずれもお役所の人たちにぴったり当て嵌まる言葉だと思われます。

 そんなことはともかく、おおきに興味を惹かれた私はハンナ・アーレントのことが知りたくなって Google 検索を試みました。すると「松岡正剛の千夜千冊」が引っかかってきて、第三百四十一夜がアーレントの「人間の条件」でした(ちなみに第五百九十九夜が乱歩の「パノラマ島奇談」。ほかにいわゆる探偵作家では、第四百夜が夢野久作「ドグラ・マグラ」、第九百六十三夜が岡本綺堂「半七捕物帳」、第千六夜が久生十蘭「魔都」、まだまだあるかもしれませんが、とりあえずこのへんまでといたします)。結びの部分を引いてみましょう。

 が、ぼくが最も感じるラディカルは、アレントが「発生」を凝視し、その「発生」の再現を確信しきっているという点にある。そこなのだ。そのこと自体がアレントのヴィタ・アクティーヴァなのである。
 その発生とは「公の発生」ということである。2500年前にギリシアに芽生えたことだ。アレントはその“遠い発生”を信じたがゆえに、その“近い再生”を恃んだ。そして、そのことを確信することがあらゆる人間活動の最も根本的な条件になると考えた。
 世界中がG7のようなぬるま湯でお茶を濁している現在、20世紀の最後の政治哲学者としてのハンナ・アレントを繙く者は跡を断つまい。

 追伸。ハンナ・アレントをNPOの先駆者とか、NPOの哲人として片付けるのは、よしたほうがいい。アレントはNPOは容易に結実しないということをこそ訴えているからだ。

 これはしたり。いままで一冊も読んだことがなかったのですが、三重県が「新しい時代の公」などというぬるま湯でお茶を濁している現在、お役所に煮え湯をぶっかけてやるためにまず自分自身の公共性概念をより鞏固なものにしておくべく、私もハンナ・アーレントを繙く者になりたいと思います。

 なんか話が思いきり横道にそれてしまいましたけど、本日はこのへんで。


●5月12日(木)

 行政の無思考性、という話題からえらく横道にそれてしまいましたが、要するに問題は「名張まちなか再生プラン」です。いやいや、プラン全体に話を広げてしまうのは穏当ではないかもしれませんが、とにかくこのプランにはいささかの見直しが必要でしょう。「僕のパブリックコメント」を提出しただけでは、どうやら先様にはもうひとつピンと来ていただけないみたいですし。

 そんなこともあってひとつ名張市役所の改革に乗り出してやろうかと考え、きのう市のさる部局を訪れてことによったら怒鳴り声のひとつもあげてやろうかという手筈になっておりましたところ、そんな私の人間の柄がお役所向きではないのでしょうか、来ないで来ないで絶対に来ないでというのが先様のご意向であると伝えられましたので、そういうことならきょうのところはと矛を収めた次第なのですが、あまりのんびりしてもいられないなということは承知しております。

 いったいどうしたものでしょう。


●5月14日(土)

 どうもよろしくありません。ホームページ作成ソフトの調子がいささかおかしく、きのうは更新することを得ませんでした。きょうはなんとかなりそうな感じではあるのですが、これはソフトのせいなのかパソコンのせいなのか、またいつかみたいにまったく更新できなくなる日が来るのかという気もして(あのときは結局パソコンがいかれていたわけなのですが)、なんとなく不安でよろしくありません。

 ソフトといえば、三重県立名張高等学校奉職記念キャンペーンでバージョンアップすることにした QuarkXPress という DTP ソフトの件ですが、おりから Quark 社も5月31日まで値下げキャンペーンを実施しており、これがまたそこそこの人気であるらしく(私のようにこんな莫迦ソフトに金がかけられるか、と考えていた人間がいっせいに転んだのだと思われます)、いつもなら注文すれば翌日には届く Multi-bits も品切れ状態、十日以上待ってようやく到着ということになりました。

 さっそく使用してみましたところ、相も変わらずまともなぶら下がりさえできない莫迦ソフトではあるのですが、Adobe 社の InDesign より操作が軽快であることは間違いなく(というか Adobe 社のソフトは軒並み軽快ではないみたいなのですが)、精緻な組版を要求されない場合の DTP ソフトはこれで充分であろうという結論に至りました。

 なんてこといってる場合ではありません。本格ミステリ作家クラブの第五回本格ミステリ大賞が決定しました。

本格ミステリ大賞、小説と評論・研究部門決まる
 第5回本格ミステリ大賞(本格ミステリ作家クラブ主催)は13日、小説部門に法月綸太郎「生首に聞いてみろ」(角川書店)、評論・研究部門に天城一・日下三蔵「天城一の密室犯罪学教程」(日本評論社)をそれぞれ選んだ。
読売新聞 YOMIURI ON-LINE 2005/05/13/22:49

 いやめでたい。じつにめでたい。慶賀じゃ。満足じゃ。乱歩蔵びらき委員会発行の『子不語の夢』が受賞できなかったのはいささか残念ですけれど、そんなことはどうでもいいほどおめでたい話です。

 ちなみに今回の候補作は、2月13日付伝言でもお知らせいたしましたとおり、こんなようなラインアップとなっておりました。

第五回本格ミステリ大賞 候補作一覧
小説部門(*タイトル50音順)

『暗黒館の殺人』綾辻行人(講談社)

『紅楼夢の殺人』芦辺拓(文藝春秋)

『生首に聞いてみろ』法月綸太郎(角川書店)

『螢』麻耶雄嵩(幻冬舎)

『臨場』横山秀夫(光文社)

評論・研究部門(*タイトル50音順)

『子不語の夢』浜田雄介編(皓星社)

『探偵小説と日本近代』吉田司雄編著(青弓社)

『天城一の密室犯罪学教程』天城一、日下三蔵編(日本評論社)

『名探偵ベスト101』村上貴史編(新書館)

 そのときにも記しましたとおり、私は『天城一の密室犯罪学教程』が小説部門でノミネートされるものと踏んでおりましたので、『子不語の夢』は評論研究部門の大本命、向かうところ敵なしであろうと皮算用しておりましたところ、蓋を開けてみたら両者が轡を並べる結果になっておりました。これはまったくの想定外。しかしこうなったらぜひ天城一さんに受賞していただきたいものだと思い、ついでのおり天城さんにさしあげた書状にもそんなような旨を記した次第です。

 一か月ほど前に天城さんから封書が届き、頂戴した私信の内容をここに書き記すのは憚られることではありますけれど、『子不語の夢』が手にするべき栄誉を『天城一の密室犯罪学教程』が横取りするのは心苦しいことである、したがって拙作が日本推理作家協会賞にノミネートされなかったのは幸いなことである、といった意味のことをお伝えいただきました。しかしそんなことおっしゃられましても、と思って返書もしたためていないのですが、本日は取り急ぎ書面にてお祝いを申しあげることにいたします。

 それでその日本推理作家協会賞の候補作ですが、こんな塩梅となっております。

第58回 日本推理作家協会賞 候補作品決定
<長編および連作短編集部門候補作>
乾 くるみ イニシエーション・ラブ 原書房
恩田 陸 Q&A 幻冬舎
貴志 祐介 硝子のハンマー 角川書店
戸松 淳矩 剣と薔薇の夏 東京創元社
貫井 徳郎 追憶のかけら 実業之日本社
<短編部門候補作>
蒼井 上鷹 大松鮨の奇妙な客 小説推理12月号
朝松 健 東山殿御庭 黒い遊園地・光文社
荻原 浩 お母さまのロシアのスープ 小説新潮12月号
朱川 湊人 虚空楽園 小説推理11月号
三雲 岳斗 二つの鍵 ジャーロ16号
<評論その他の部門候補作>
高原 英理 ゴシックハート 講談社
浜田雄介編 乱歩蔵びらき委員会 子不語の夢 皓星社
日高恒太朗 不時着 新人物往来社
村上 貴史 ミステリアス・ジャム・セッション 早川書房
吉田司雄編 探偵小説と日本近代 青弓社

 なんか変な感じです。日本推理作家協会のオフィシャルサイトで見るかぎり(ソース表示も確認いたしましたが)、『乱歩蔵びらき委員会 子不語の夢』というタイトルの本があるとしか思えません。それはまあご愛敬だとしても、どうにも解せないのは『天城一の密室犯罪学教程』が、さらには『紅楼夢の殺人』がノミネートされていないことであって、これはいったいどういう……

 いやいかん。いかんいかん。怒ってはいかんのだ。とくにきょうは天城一さんの慶事が報道された祝福されるべき日なんですから、怒りは禁物ぼやきはご法度、最後はごくごくなごやかに、天城さんの栄誉に心からの祝意を表して締めくくりたいと思います。

 天城一さん、どうもおめでとうございました。

 ついでながら、日本推理作家協会賞関係者のみなさん、『子不語の夢』をどうぞよろしくお願いします。


●5月15日(日)

 そんなような次第で、第五十八回日本推理作家協会賞の選考委員会は5月24日火曜日午後3時から第一ホテル東京で行われる手筈となっております。きのうお知らせするのを忘れておりましたのでその旨ひとこと書き記し、本日はあまり時間がありませんのでこれだけにとどめます。


●5月16日(月)

 何かと忙しくて頭のなかが混乱しまくっているのですが、きょうはちょっとばかり楽だなと思ったら、三重県立名張高等学校が中間試験に突入しましたので私の授業は本日はお休み。教材の用意その他の準備をする必要がないせいで、月曜の朝も比較的のんびりしていられる私です。逆に申しますといつも泥縄で準備しているということにほかならず、これはなんとかしなければいけません。

 なんとかしなければいけませんといえば名張市役所。私は名張市役所の改革にも着手しなければなりません。私が目論んでいるのは煎じ詰めればお役所のシステムならびにお役人の体質を改革しようということなのですから、それが可能か不可能か、初手から答えは見えているといえば見えている、見えすぎているといってもいいほどなのですが、やってみることに意義が見出せぬでもないでしょう。

 話は簡単。名張市役所の縦割り体制のなかには乱歩関連事業を担当する部署が複数存在しているのですが、横の連絡というものがまったくありません。これではいかんではないか、と私は以前から指摘しており、あれはもうおととしのことになりますか、名張市主催のミステリ講演会「なぞがたりなばり」の担当部署はどうして講演会の日程や講師その他を連絡してこんのか、こらこら、おまえらしまいにゃ叱り飛ばすぞ、と市立図書館の前々館長を通じて担当部署を厳しく叱咤いたしましたところ、これが奏功したのか昨年の講演会に関してはいち早く図書館にも連絡が回ってきた次第なのですが、とにかくこんなことばかり。

 手近な例としては「名張まちなか再生プラン」があって、あーこれこれ名張市建設部都市計画室のみなさんや。あんたらかりそめにも郷土資料館がどうの乱歩資料がこうのとおっしゃるのであれば、どうして天下無双の名張市立図書館に協力を要請せんのか。あんたらどうしていつもこそこそしているのか。どうしてうじうじお役所のなかにばかり顔を向けているのか。それではまるで三重県職員ではないか。あんたら莫迦と呼ばれたいのか阿呆と罵られたいのか。いやもうすっかり罵倒されているわけではあるが。

 みたいなことをお役人衆に直接確認することが必要であろうと考えた私は、ひとつ乱歩関連事業担当部署を残らず歴訪するお役所行脚に旅立とうと考え、筆頭に訪れるべきはやはり企画部であろう、何を企画しておるのかは知らんが、いやまあろくな企画はできぬのであろうが、とにかくいっちょお邪魔してことによったら怒鳴り声のひとつもあげてやろうと腕を撫していたところ、そんな私の人間の柄がお役所向きではないのでしょうか、来ないで来ないで絶対に来ないでというのが先様のご意向であると伝えられ、やむなく断念したゆくたては5月12日付伝言に記したとおりです。

 しかし改革を断念するわけにはまいりません。したがいまして、乱歩関連事業担当部署には市立図書館長から改革の呼びかけ、といったって難しいものではなく、それらの関連部署を横断的に連携するネットワークが必要だと判断されますがどないでっしゃろ、みたいな呼びかけが伝えられるはずですから、これはもうぜひそうしてくれときつくきつく館長に申し入れてありますので、私のような人間を部下にもつことになった館長の苦衷をお察しいただいたうえ、そうしたネットワークが必要かどうか、必要だとお考えならば実現することが可能かどうか、可能だとお考えならばそれに加わる気がおありかどうか、関係各位は忌憚のないところをお知らせいただきたいと思います。前向きに検討いたします、などというお役所用語でお茶を濁してはなりません。

 とはいえ、そんなネットワークをいくら組織しても仕方ないではないか、とおっしゃる方もいらっしゃるかもしれません。それはまったくそのとおり。名張市役所の乱歩関連事業担当部署といったって乱歩のことをろくに知らない職員ばかりなんですから、そんな職員が束になったところで何がどうなるものでもありません。しかし現実には、乱歩関連事業の名のもとに名張市民の税金が毎年つかわれているわけなんですから、それならば乱歩関連の横断的ネットワークが当然存在しているべきであろうと判断される次第です。こんなことは名張市役所のみなさんだって先刻ご承知のはずではあるのですが、いくら承知していても自分からは一歩半歩も動き出そうとせず、べたべたなあなあの馴れあいもたれ合いで永遠のぬるま湯状態を夢見るのがお役所の人たちのいけないところです。

 ですから、名張市役所内部に乱歩関連部署のネットワークを構築してみることがまず肝要。そのうえで何がどうなるわけでもないとわかったら、いやもうそんなことは初手から見えすぎるほど見えているわけなのですが、その場合には名張市は乱歩から手を引くことがベストでしょう。みたいなことを私はずっとずっとずーっといいつづけているわけで、よく飽きないものだと自分でも思います。


●5月18日(水)

 世の中では毎日いろいろなことが起きますが、昨17日には名張市役所で「乱歩蔵びらきの会」たらいう会の設立総会が開かれました。お察しのとおり、「生誕三六〇年芭蕉さんがゆく秘蔵のくに伊賀の蔵びらき」事業で乱歩関連事業を手がけた「乱歩蔵びらき委員会」の残党が旗揚げした組織で、会則に定められた「事業」は次のとおり。

第3条 本会の目的を達成するために次の事業を行います。

(1)江戸川乱歩に関する勉強会・調査研究等

(2)より多くの市民に乱歩を知っていただくための各種イベント活動

(3)江戸川乱歩にかかわる他地域との交流、情報発信

(4)その他、本会の目的達成のために必要な事業

 私はむろんこんな会のメンバーではなく、設立総会に出席するつもりもなかったのですが、ひとこと挨拶をとの依頼がありましたので顔を出してまいりました。

 挨拶といっても別に申しあげるべきことはないのですが、とりあえずは会の前身である「乱歩蔵びらき委員会」が発行した『子不語の夢』に触れ、この本が日本推理作家協会賞を受賞したら祝賀パーティを開くように、県庁に行って知事に受賞を報告するように、といったことをお願いしておきました。それから、あなた方は駄目である、みたいなことも申しあげました。あなた方のようにろくに乱歩作品を読んだこともない人間が乱歩の名を冠した会を組織して活動するのはきわめておこがましいことなのである。しかしあなた方にもひとつだけ見るべき点がある。それはお役所よりはましだろうという点である。むろんじつに無教養でありきわめて不勉強であるという点であなた方は名張市役所職員とまったく同じレベルである。同断である。しかし、お役所では責任回避を第一義としてさまよえるユダヤ人のごとく職員がころころころころ異動をくりかえし、乱歩関連事業担当職員もたまたま異動でこのセクションにまいりましたのでこのお仕事をしておりますみたいなのばかりであるのに比べ、あなた方はみずからの意志でこの会を選んだのである。そこに大きな意味がある。あなた方いまから大慌てで乱歩作品読んだってそれは手遅れというものだが、少なくともお役所の人ではないという一点であなた方にはわずかに見るべきところがある。その点は大きい。つまりこんな会はどうしようも会ではあるのだが、ないよりはあったほうがいいのである。私はあなた方と仲良くしたいなどと思っているわけではなく、今後はあなた方を批判する立場に立つわけであるが、だからといって心配はご無用。あなた方に少しでも利用価値があるあいだはいいだけ利用してあげるから。

 といったことを喋ってきたわけなのですが、本来はもっと手厳しい批判を叩きつけてさしあげるべきところ、会員のみなさんを前にしてはなかなかそうもまいりません。


●5月19日(木)

 ろくに乱歩作品を読んだこともない人たちが集まって発足にこぎつけた乱歩蔵びらきの会、17日の設立総会では今年度の事業計画と事業スケジュールも決定されました。

 事業計画は次のとおり。

1 乱歩生誕地碑建立50周年記念事業 辻真先氏脚本の乱歩作品の上演 11月5日(土)、6日(日)予定 ミステリ専門劇団「劇団フーダニット」

2 市民が参加できる乱歩作品読書会、映画会、学習会の開催(名張市内の空家、空店舗、蔵などを利用)

3 乱歩ゆかりの地を探訪、交流をはかる(鳥羽、池袋など)

4 乱歩に関する勉強会、調査研究を行う

5 生家跡地の再活用の提言

 事業スケジュールは次のとおり。

5月 乱歩蔵びらきの会設立総会

6月 乱歩作品読書会 乱歩ゆかりの地を探訪(鳥羽市)

7月 乱歩読書会

8月 乱歩読書会

9月 乱歩読書会

10月 乱歩映画会

11月 乱歩生誕地碑建立50周年記念事業 ミステリ劇上演

12月 乱歩勉強会

1月 乱歩読書会

2月 乱歩に関する調査研究

3月 平成17年度事業総括 次年度計画策定

 何なんだこのレベルの低さは、とお思いの方もおありかもしれません。じつは私もそう思ったのですが、しかしまあ、これが名張市のアベレージってやつだろうと納得はされました。この会はどうやら親睦団体以上のものではなさそうだなとも判断され、それならそれでおおいに結構。市民対象の読書会、映画会、勉強会などというものに私はまったく興味がありませんが、それに乱歩作品の読書会なんていずれセクハラ騒ぎに立ち至らざるを得ないのではないかとも心配されるのですが(私が過去に名張市立図書館で行ったセクハラ行為に関しては拙文「セクハラ始末」をお読みください)、見るべき点がまったくないわけでもないのですから、とにかく乱歩蔵びらきの会のみなさんにはばんばん活動していただきたいものだと思います。

 といった次第ですので、全国の乱歩ファンのみなさんには、あまり目くじらを立てず、温かい目でこの会を見守ってやってくださることをお願いいたします。私はむろん厳しい目の批判者でありつづけるわけですが。


●5月20日(金)

 きのうの朝もパソコンあるいはアプリケーションの調子がよろしくなく、サイトがなかなか更新できなくて結構いらいらしてしまいました。きょうはどんな調子なのでしょうか。

 乱歩蔵びらきの会の設立総会に関しましては、インターネット上では毎日新聞伊賀版の熊谷豪記者による記事がお読みいただけるみたいです。

乱歩蔵びらきの会:
名張で設立総会−−演劇や読書会など計画 /三重
 ◇乱歩を顕彰

 名張市生誕の推理小説作家、江戸川乱歩を顕彰する「乱歩蔵びらきの会」(的場敏訓代表)の設立総会が17日夜、名張市役所で開かれた。今年度は乱歩作品の勉強会や、他の乱歩ゆかりの地(鳥羽市、東京都・池袋)の訪問を計画しており、勉強の成果を名張の町づくりにも生かす方針だ。

 昨年、県などが実施した「蔵びらき事業」の一環として組織された「乱歩蔵びらき委員会」(今年3月で解散)は「乱歩が生きた時代展」を開催。乱歩に関連した事業を継続していこうと、委員会のメンバーが中心になって蔵びらきの会が発足した。会員は17日現在、34人。

 17日には設立総会のあと懇親会が開かれ、要するに居酒屋に陣取ったわけなのですが、お酒を飲みながらメンバーのお顔を拝見しているとつくづく、あー、こりゃ駄目かもしんない、いやきっと駄目だろう、駄目ではないはずがないではないか、という気がしていたたまれなくなってきたのですが、このレベルの低さが名張市のアベレージだということはよくよく承知しておりますので、いずれ目に余ることがあったらJR西日本なみの(なに不謹慎なこといってるんでしょうか)日勤教育をかましてやることにして、きょうのところはひとまず勘弁しておいてやろうかと思い直した次第です。なにしろ三重県知事も涙した、かどうかは知りませんけど私の日勤教育には情け容赦というものがありませんから、何がどうなっても知ーらないっと。

 私には嫌いなものがたくさんあるのですが、会だの組織だのもそのひとつ。よくあるなんとか委員会なんてのは聞くだに身の毛がよだつほどですから、できるだけそういったところには帰属しないようにして生きております。他人がべたべた馴れあったりもたれ合ったりかばいあったりしている姿は見ていてじつに不愉快なものですが、いったんどこかに帰属するとそういう事態に避けがたく捲き込まれてしまいがちですし、しかもそういうところにはやたら押しつけがましい人間がいて、他人に対しいかにも親密な態度でたとえば配慮を押しつける。つまり他者に対していわゆる気配り気づかいを露骨に示しつつ、同時に自分への配慮をも要請する、みたいな人間がいたりするとこりゃつきあえんなと思います。そういう人間というのは決まって穿鑿好きで他人にやたらと興味を示し、いっぽうで連帯や従属なんてものを押しつけてくるのですからたまったものではありません。いやまあ配慮の穿鑿のという以前に、私にはそもそも他人とべたべたすることが非常な苦痛なのであるということなのであって、したがって乱歩蔵びらきの会の人たちとべたべた仲良くすることもむろん好まない、みたいなことをこれといった意味もなく記しておく次第です。