2005年6月上旬

●6月2日(木)

 毎度おなじみの諸事情によってきのうもアップデートできませんでした。とっととお話を進めましょう。

 考え直す、ということができないでもない、のかな、みたいな感じでしょうか。名張市のお話です。まずは毎日新聞オフィシャルサイトから、熊谷豪記者の記事を引用いたしましょう。

名張市:
「中央〜番町」新町名、議会で批判続出−−中心部区画整理 /三重
 ◇「中央〜番町」じゃ“味気ない”?−−市が提案含め再検討開始

 名張市役所南西側で造成中の中央西土地区画整理事業に伴う地区内の町名について、市は23日開かれた市議会重要施策調査特別委員会で、「中央1番町〜4番町」とすることを提案した。だが、議員から「中央という町名が個性に乏しい」といった批判や、隣接地区の鴻之台に編入するエリアを巡り反対意見が続出。市は6月市議会に提案する方針だったが、新しい町名や提案時期の見直しを含め再検討を始めた。

 名張市が近鉄名張駅にほど近い造成地に「中央」という町名をつけようとしたところ、5月23日に開かれた市議会重要施策調査特別委員会で反対意見が続出、再検討を迫られることになりました。で、とりあえず7日火曜に開会する6月議会に議案を提出することは見送りになりましたというゆくたては、昨日付中日新聞伊賀版の伊東浩一記者の記事でどうぞ。

町名「中央」は見送り
名張6月議会提案議案 市議の異論受け
 名張市は、市内の中央西区画整理事業区域の町名を「中央」とする議案を、市議会六月定例会に提案するのを見送る方針を固めた。

 整理事業区域を一つの地域としてくくることや、中央という町名について、五月二十三日の市議会重要施策調査特別委員会で、市議から異論が相次いだのを受け、継続的な協議が必要と判断した。

 「中央」などという町名はやめたがよかろうと私も思います。これが地名の重要性をまるで理解していないイージーゴーイングな命名であることはもとより論を俟ちませんが、私には従来の中央イメージをそのまま踏襲したと見受けられる点もまたおおきに気にかかります。中央は優で地方は劣、中央は豊かで繁栄しており地方は貧しくて停滞している、といった旧弊で皮相な価値観をぶっ壊してしまおう、意地でも痩せ我慢で何でもいいから中央対地方というこれまでの構図に徹底した異議を申し立てよう、一様ではない価値観に基づけばそんなことはいくらだって可能だ、都市に利便性という豊かさがあるのなら田舎には田舎なりの豊かさがあるはずであってそこに価値を見出すことは可能なはずではないか、しかし駄目かもしんない、田舎者というのは無教養で不勉強でちゃんとした価値判断基準というものを有しておらず、他人の物差しを借用することでしかものごとを判断できないからちょっときついかもしんない、たまにおまえいっちょ考えてみろなんていわれたら、

 「細川邸の裏をきれいにして見世物小屋つくったらどうや」

 などと気の触れたようなことをいいだしますからのけぞりますがな、しかしとにかくこの画一的な中央志向ないしは中央信仰を地方の側から瓦解せしめなければこの国はいよいよおかしくなってしまうのではないか、というのがいわゆる地方分権なるムーブメントが掲げている主張のひとつであろうと判断される次第なのですが、新しいまちをつくってそこを中央と名づけましたというのでは、名張市役所においては中央支配に唯々諾々として服従し依存してきた体質が地方分権の時代にもまんま受け継がれているらしいなということが明々白々、俗にいうお里が知れるってやつですか、そんなことにもなりかねませんから気をつけなければなりません。

 ともあれ、市議会議員諸侯の反対のおかげで中央という町名は白紙に戻されたのですから、本年2月18日の名張市議会重要施策調査特別委員会において議員諸侯がまっとうな判断力に基づいて「名張まちなか再生プラン」の歴史資料館構想に否という意思を表示してくれてさえいれば、私が出しゃばるまでもなく話はもっとすんなり進んでいたはずなのですが、いまごろこんなこと申しあげても詮方はありません。名張市役所の人たちにも、考え直す、ということができないでもない、のかな、みたいな感じではあるのですから、いっちょケツを叩いてやることにしましょうか。


●6月3日(金)

 いっちょケツを叩いてやることにしましょうか、とは申しましたものの、どうにも気が進みません。なぜかと申しますにケツを叩くとなればいずれ名張市役所の人たち相手に腹を立てまくり、すっかり頭に来てしまって血圧の一散な上昇を見ることになるのが明白だからであって、なにしろ私は血圧が高い。

 こんなことはつい最近まで知らなかったのですが、三重県立名張高等学校の教壇に立つことになったとき、話を持ち込んでくれた知人から、

 「健康診断受けてもらわなあきませんねん。しかも費用は自腹なんです」

 との要請がありましたので、名張市立図書館の近くにある整形外科の門をくぐり、授業ほぼ二コマ分の自腹を切って診断を受けてみましたところ、ほかには何の異状もないものの血圧が高いという結果が出ました。血圧を測ってくれた看護婦さんから高いほうが百七十いくつ、低いほうが百いくつという数値の報告があり、それを聞いたお医者さんから、

 「え。高いなあ」

 との指摘が伝えられましたので、健康などというものにまるで関心のない私には、

 「あ。高いんですか」

 と答えるしかなかった次第ではあったのですが、とにかく私は血圧が高い。

 世に高血圧文学とでも呼ぶべきものがあるとすれば、その白眉のひとつは谷崎潤一郎の「鍵」ということになるでしょう。五十六歳の主人公がつけている日記から、主人公が初めて血圧を測定してもらったときのありさまを引いてみましょう。なお、引用文には片仮名「コト」の代用とされる漢字「事」の省略形が使用されているのですが、ブラウザでこれを表示するのは無理な相談みたいですので、罫線記号「┓」で代用することにいたします。ロシア文字「Г」を鏡に映したような文字だとお思いください。底本は新潮文庫。

内科デ相馬博士ニモ診テ貰ウ。今マデ血圧ヲ測ッタ┓ハナカッタノダガ、今日始メテ測ラセラレ、心電図ヲ取リ、腎臓ノ検査モサセラレル。コンナニ血圧ガ高イトハ思ワナカッタ、相当注意ヲ要シマスネト、相馬氏ハ云ッタ。ドノクライアルノカト云ッテモナカナカ教エテクレナカッタ。トニカク上ハ二百以上、下モ百五六十アル、上ト下トノ差ガ少イノガ最モ宜シクナイ傾向デアル、君ハヤタラニホルモン剤ヲ飲ンダリ射シタリシテイルガ、補腎ノ薬ヨリハ血圧降下剤ヲ飲ム┓デスナ、ソシテ、失礼デスガコイトスヲ慎シム┓デスナ、アルコールモ止メナケレバイケマセンナ、刺戟物ヤ塩辛イ物モイケマセンナ、ソウ云ッテ相馬氏ハ、ルチンCヤ、セルパシールヤ、カリクレインヤ、イロイロトソノ方ノ薬ノ連用ヲススメ、今後モ絶エズ気ヲ付ケテ血圧ヲ測ルヨウニト云ッタ。

 文中の「コイトス」はドイツ語の性交、日本の古い言葉でいえばまぐわいのことで、永年連れ添った妻の肉体にいよいよ溺れている主人公は「サシアタリ僕ハ医師ノ忠告ニ耳ヲ藉サナイ」ことを決意するのですが、私の場合、

 「中さん、こりゃ当分セックスはおあずけですな」
 「いや先生、そんな殺生な」
 「あなた血圧が高いんですから」
 「しかしこればっかりは相手もあることですし」
 「腹上死なんてことになったら相手も迷惑するでしょう」
 「はあ」
 「やってる最中にこれですよこれ(ト、頭のうえに左手を翳し、すぼめた指を開いたりまたすぼめたりする仕種を見せる。脳の血管が破れるさまを表現しているらしい)」
 「ははあ」
 「とにかくおあずけです。おあずけ」
 「わん」

 といったやりとりが交わされることはいっさいなく、結局はいわゆるお薬お出ししておきますからという方向に話が進展、以来毎日朝食のあとに二種類のお薬を服用して今日に至った次第なのですが、お姉さん相手に腹上死するのならともかく(と申しますか、それこそが男の花道というやつではないのでしょうかご同輩)、名張市役所の人たち相手に激怒したあげくこれですよこれでは救われません。

 いや悩ましい悩ましい。


●6月5日(日)

 たかが高血圧くらいで大騒ぎする必要はないのですが、谷崎潤一郎の「鍵」においては高血圧の主人公がこんな末路をたどることになります。

眩暈ガアマリ激シイノデ、ヤハリ気ニナッテ、児玉氏ノ所ニ行ッテ血圧ノ検査ヲシテ貰ウ。氏ノ顔ニ驚愕ノ色ガ浮カブ。血圧計ガ破レテシマウホド血圧ガ高イト云ウ。至急スベテノ仕事ヲ廃シ、絶対安静ノ必要ガアルト云ワレル。………

 最終的な末路としては妻との「コイトス」の最中に発作を起こし、妻の日記によれば「私が何分間かの持続の後に一つの行為を成し遂げた途端に、夫の体が俄にぐらぐらと弛緩し出して、私の体の上へ崩れ落ちて来た」ということになるのですが、それ以前に「スベテノ仕事ヲ廃シ、絶対安静」なんて状態になってしまうのはやはり耐えがたいことであるでしょう。

 ところで、と私は思うのですが、乱歩は「鍵」を読んでいたのでしょうか。この作品は昭和31年に「中央公論」に連載され、同年11月に棟方志功の装幀と挿絵に飾られて上梓されているのですが、同年同月にはやはり棟方志功の板画十一点を添えた乱歩の『犯罪幻想』が出版されていることもあって、乱歩はおそらく長い眷恋の対象であった谷崎の新刊を手にしていたのではないかと判断されます。もしもそうであったのだとすれば、乱歩はこの作品に、俗世の下世話な関心を呼んだ老年の性に関する叙述などではなく(しかし五十六歳の性が老年の性か)、叙述を支える探偵小説的な結構とそれがもたらす興趣とに、それこそ血圧の上昇を見るほどの感興を覚えたのではなかったでしょうか。自身がそれに刺戟を受けて「赤い部屋」を執筆した「途上」や、いわゆる叙述トリックの先蹤ともいうべき「私」などの作品を思い出し、この八歳年上の大作家にあらためて畏怖の念を覚えたのではなかったでしょうか。

 と書いてから「途上」や「私」をちょこっと確認しておこうとしたところ、それらを収録した文庫本がどこにあるのか見当がつきませんでした。なにしろ拙宅では昨日夕刻になってようやく、自己破産記念どさくさまぎれスペシャル第一弾書斎リフォーム第二期工事が完工し、書斎に隣接する暗室が書庫に生まれ変わったところですので、工事を控えてボール箱に詰め込んでしまった文庫本を探し出すのは至難であると申しあげざるを得ません。

 ちなみに、アフターリフォームはこんな感じになっております。

 この写真の右側手前にあたる位置に便器を設置して、すなわち便器つき書庫あるいは書棚つき便所とする第三期工事も予定してはいるのですが、それより急いで本を整理しなければなりません。本日はこのへんで。


●6月6日(月)

 一心不乱に作業を進めてもなかなか捗りません。便器つき書庫あるいは書棚つき便所のお片づけの話ですが、とりあえず段ボール箱に詰め込んであった文庫本などを手当たり次第に並べつつありますところ、現時点ではこんな感じになっております。

 本はまだいい、ということがわかりました。単行本であれ文庫本であれ、本の形をしたものはまだお片づけできるのですが、扱いに困るのは雑誌だのパンフレットだの、いやいやそれだってまだましで、いちばん難儀するのは大判封筒に押し込んであるコピーだの書類だののたぐいです。スクラップブックやクリアファイルなんてのもやたら嵩張ってしまっていただけませんし。これをすべて整理しなければならないのかと思うと、私はいささか茫然としてしまいます。

 これでは血圧によろしくあるまいと作業を中断して新風舎文庫(なんてものがあることを私はこの本を買って初めて知ったのですが)の新刊(といっても著者にとっては処女出版だったわけですが)、池田満寿夫の『私の調書』を読んでおりますと、八年間をともに暮らした富岡多恵子さんのことが当然出てきます。

 もちろん、私と富岡との間に根本的な性格の違いが明瞭にあった。私が彼女を攻撃する時に使うもっとも有効な言葉は“世界が多恵子だけを中心に回っているわけではない”だった。彼女にあっては詩人は日常の中でもすべてのひとびとから当然尊敬されねばならないのであった。世間の俗物たちが、自分を馬鹿にしていることに出会ったり、無知からくる陳腐な質問や軽蔑やおせじは、たえがたい屈辱だった。そのためにいつも怒りを、人間の小さなあやまちから全世界の人類の傲慢、無能さかげんにいたるまで、ぶちまけ、自ら傷ついていなければならなかった。

 彼女流の言葉でいえば、それは実にシンドイ生き方であった。彼女のもっとも憎んだ敵は、無知なる人間にほかならなく、無知は罪悪でさえあった。この絶望的なまでの潔癖さは、本当に人間を愛しているからであって、怒ることに怠惰な私は本当に人間にシンパシーを持っていない証拠であると、私はよく攻撃されたものだ。実際私は無知を罪悪とは、どうしても考えられなく、むしろそのおろかさに味方する立場のほうを選んでいた。

 詩人の飯島耕一が富岡を評して、“この人は愛がいっぱいなんだ”といったことがあった。“そう愛がいっぱいなんだ、だから人間の無知を許せない”と彼女はいった。またある時、詩人の吉田一穂に一度だけ会ったのだが、彼は“怒りをしずめるため三日間もふとんを頭からかぶっていなければならなかった”と私たちに語った。富岡との関係で私は多くの詩人たち、とりわけ西脇順三郎と接することが多かったが、怒りと不機嫌をおさえている無言の時間が、一番私にはおそろしく感じられるのだった。しかし詩人ほど自慢するに激しいものもいなかった。攻撃と賞賛が同じ激しさで反撥しあい共存しあっているのである。西脇順三郎ほどの大詩人でも社会が自分を受け入れていないと信じこんでいて、時には滑稽なくらいその怒りを喋るのであったから、私には詩人がますます手におえない存在に思われてくるのであった。

 もちろん私だって怒りの感情を持っている。ただ怒ることに潔癖でないだけなのだ。日常の自分のかかわり方の中で怒る部分に寛大であるほうが私には楽だったのである。

 思わず一ページ半ほども引用してしまいましたが、『海の聖母』の詩人や『Ambarvalia』の詩人のエピソードに微笑しつつふと私が考えたのは、どうして自分は怒るのだろうか、怒ることにかくも潔癖であるのだろうか、といったことでした。


●6月8日(水)

 It's true ! ──噂は本当だった。みたいなことできのうは朝からおろおろしてしまいました。6日サンフランシスコで開幕した WWDC 2005 というイベントで、米アップルコンピュータ社のスティーブ・ジョブズ CEO がマッキントッシュの CPU を2007年までにインテル製のものに切り替えると発表した、というニュースがネット上を駆けめぐっていたからです。

 噂は本当だった。そんな噂があるらしいことは聞き及んでいたのですが、さりとて何がどうなるのかはさっぱりわからず、しかし私とて Mac ユーザの端くれですし、パソコンを買い換えようかどうしようか思案投げ首の最中でもありますことから、血眼になってあちらこちらのサイトを検索してみた結果、何をどうしていいのかさっぱりわからない、いま Mac を買い換えることが吉と出るのか凶と出るのか、それさえ皆目わからない、ということが判明しました。

 一夜明けてけさの結論は、もう好きなようにしろ、といったことになりましょうか。まったく世の中一寸先は闇だという感じですが、気を取り直してあすからはまた平常モードでまいりたいと思います。


●6月9日(木)

 さて、私はどうして怒るのか、池田満寿夫ふうにいえばどうして怒ることに潔癖でありつづけるのか、という話題ですが、なぜそんなことを考えたのかと申しますと、やはり高血圧がその遠因をなしているようです。

 サーチエンジン Google で「高血圧」を検索すると、万有製薬オフィシャルサイトの「高血圧」というページがトップでひっかかってきます。そこから「高血圧の基礎知識」に進み、さらに「高血圧の原因は?」へ移動すると、こんな説明を読むことができます。

高血圧になりやすい遺伝的な体質に加えて、塩分のとりすぎ、肥満、喫煙、ストレスなども高血圧になる危険性を高めると考えられます。

そのほかに、腎臓の障害などが原因で起こる場合もあります。

 私の場合、遺伝的な体質という点ではまさしくそのとおりで、両親ともに血圧は高かったようでした(ようでしたと申しましても、老母は要介護度1の状態でいまだ存命しておりますが)。それ以外の塩分のとりすぎ、肥満、喫煙、ストレスといった要素では、じつはストレスがおおきに問題であったのではないかと私は自己診断しております。

 と申しますのも、つらつら思い返してみますに、あれは二年ほど前のことになるでしょうか、用事があって従兄弟の家を訪れたとき、たまたまテーブルに置かれていた家庭用血圧計でなかば強制的に血圧を測定されたことがあって、もとよりそのときの数値は記憶しておらず、また数値を聞かされてもそれが高いんだか低いんだか判断できる知識は私にはなかったのですが、測定値が周囲を驚かせるようなことはありませんでしたから、血圧計はごく平均的な数字を示していたのだと思われます。だとすれば、過去二年ほどのあいだに私の血圧を急激に上昇させた要因はいったい何であったのか。

 やっぱあれか、と私は想到いたしました。「生誕三六〇年芭蕉さんがゆく秘蔵のくに伊賀の蔵びらき」か。あれしかねーよな実際。まったくあれにはまいりました。心底まいってしまいました。莫迦の相手をして激怒することがすっかり日常と化してしまい、いまから思えば死ぬほど激甚なストレスを抱え込んでしまう結果を招いたのでしょう。莫迦ども俺を殺す気か。

 いやいかんいかん。また腹が立ってきました。頭を冷やさねばなりません。こういったとき最近の私は、自己破産記念どさくさまぎれスペシャル第一弾として二期にわたるリフォーム工事が終了した書棚の整理整頓に没頭することにしております。昨日は寸暇を惜しんで文庫本用の棚の前に立ち、日本人作家の著作を五十音順に並べてゆくことを試みました。あで始まる著者名を列記してみましょう。

 阿井景子、青木新門、青柳いづみこ、赤江瀑、赤川次郎、赤坂憲雄、赤瀬川隼、阿川弘之、秋里光彦、秋田實、秋山駿、芥川龍之介、芦辺拓、阿刀田高、阿部昭、安部公房、天沢退二郎、網野善彦・森浩一、綾辻行人、鮎川哲也、嵐山光三郎、荒巻義雄、荒俣宏、有栖川有栖、泡坂妻夫。

 いまだ作業途中ですからほかにもあで始まる著者が出てくるかもしれませんが、それはさておき、こうやって著者名を列記しただけでそこはかとなく心が安らぐのを覚えますから、書棚の整理整頓というのはなかなかに効果的な精神安定法であるのかもしれません。

 その安定した精神状態で先を続けることにいたしますと、私だって何も怒りたくて怒ったわけではありません。「生誕三六〇年芭蕉さんがゆく秘蔵のくに伊賀の蔵びらき」という官民合同事業が実施されるそうだが、なんだか税金のばらまきであり無駄づかいであるとしか見受けられないからちっとは見直したらどうなんだと提言し、しかしまあ伊賀地域のアベレージなんてこんなものだろうから、せめて税金を無駄づかいするにあたっては徹底した公開性を旨としてくれと要請し、それから何なんだあの事業推進委員会とかいう訳のわからん組織は、誰かひとりでもこの組織の存在意義をまともに説明できるやつはおるのかと質問し、ところがまあ関係者全員が不誠実と申しますか無能力と申しますか莫迦と申しますか、とにかく私の提言や要請や質問にまともに応えようとはいたしません。あげくの果ては、提言や要請や質問の場であった事業オフィシャルサイトの掲示板をなりふり構わず問答無用で閉鎖するという愚挙に出る始末ですからたまりません。何やってんだ低能ども、ちっとは恥を知りやがれ、ざけんじゃねーぞすっとこどっこい、みたいな感じにならざるを得ないわけです。

 こういった怒りの様態は、池田満寿夫の『私の調書』に記された富岡多恵子さんのそれにどこか似通っているのではないかと私には感じられます。再度引きましょう。

彼女にあっては詩人は日常の中でもすべてのひとびとから当然尊敬されねばならないのであった。世間の俗物たちが、自分を馬鹿にしていることに出会ったり、無知からくる陳腐な質問や軽蔑やおせじは、たえがたい屈辱だった。そのためにいつも怒りを、人間の小さなあやまちから全世界の人類の傲慢、無能さかげんにいたるまで、ぶちまけ、自ら傷ついていなければならなかった。

 私はむろん詩人ではなく、自分が他人の尊敬を集めなければならないなどと考えているわけでもありませんが、「世間の俗物たちが、自分を馬鹿にしていることに出会ったり、無知からくる陳腐な質問や軽蔑やおせじは、たえがたい屈辱だった」という点は理解できるような気がいたします。世間の俗物たち、つまりそこらの県職員や市町村職員や地域住民がみずからのまったき無知のみを拠りどころとして救いがたい傲慢や無能を腐った臓腑のごとくさらけ出すとき、私の怒りは沸点に達し最高血圧は知能指数のダブルスコアを軽く叩き出すのだべらぼうめ。

 いやいかんいかん。また腹が立ってきました。いで始まる著者名、行きます。

 池内紀、池上永一、池田満寿夫、池波正太郎、石和鷹、井沢元彦、石井忠、石川淳、石川喬司、石川啄木、石川達三、石田英一郎、石母田正、磯田光一、以下略。


●6月10日(金)

 とりあえず書棚の前に立って文庫本の整理をしていれば世の中平穏で結構なことなのですが、それでもやはりささやかながらストレスの要因っぽいことには気がついてしまいます。

 まず汚れです。文庫本のカバーがとにかく汚れています。日焼けもさることながら最大の原因は煙草のヤニで、あらためて眺めてみると見事なまでにヤニまみれ。万有製薬オフィシャルサイトの「高血圧の治療 まずは、生活習慣を改善しましょう」によれば改善ポイント六点のうちひとつは「禁煙しましょう」ということなのですが、たかが本や健康ごときを理由に煙草がやめられるわけもなく、大きなお世話だばーかなどとも思われてきて、じつにじつに困ったことだという気がいたします。

 それから、自分はどうも数字に弱いらしいなという気がかりも覚えます。文庫本に限ったことではないのですが、あらためて蔵書を点検してみますと全集選集叢書のたぐいの端本が異様に多く、近年の例でいえば中公文庫の「潤一郎ラビリンス」がばらばらの状態。これはおそらく配本がある程度進むと自分がどの本を持っているのかがよくわからなくなり、本屋さんの店頭で途方に暮れてそのままになってしまうことによるのでしょう。そうかと思うと、富士見時代小説文庫の中里介山『大菩薩峠』は全二十冊のうち第八冊までしか見当たらないのですが、この長大な作品は開巻劈頭からすこぶる面白く次の配本を待ちかねるようにして読み継いだものでしたが、次第に興趣が感じられなくなって頓挫してしまったという記憶があります。ほかには同じ本を二冊所有しているケースがあることも判明し、そういえば光文社文庫版乱歩全集の『十字路』だって私はダブって購入しているのですから、こうなると数字に弱いというよりは単に頭が悪いだけなのではないかと不吉なことも考えてしまいますものの、あまり気にしないで先に進みましょう。

 文庫本を五十音順に並べる作業はは行の著者あたりまでようやく恰好がついたところなのですが、もっとも多く所蔵しているのはどの作家なのかとうち眺めた結果、現時点では藤沢周平であることが知れました。ずらりと勢揃いしたところをメジャーで測ってみると一メートルと二センチ。しかしまだや行の著者が控えていますから、山田風太郎となるとたぶん二メートル近くになるのではないかと予想されます。

 みたいな太平楽なことを記して精神の安定を得たところで、私はそろそろ本題に戻らなければなりません。私だって怒りたくて怒っているわけではないのだが、怒らざるを得ない状態に立ち至ってしまうのである、という話題です。要するに何が私を怒らせるのかと申しますと、「生誕三六〇年芭蕉さんがゆく秘蔵のくに伊賀の蔵びらき」事業から得た教訓をもとに深く深く内省いたしましたところ、それは知的怠惰とでも呼ぶべきものであるという結論に達しました。知的怠惰を共通項として群れ集いなれあいを演じるあんぽんたんぽかんな連中こそが、私をして「彼女のもっとも憎んだ敵は、無知なる人間にほかならなく、無知は罪悪でさえあった」富岡多恵子さんのごとく(若き日の富岡多恵子さんのごとく、と申しあげるべきでしょうか)怒らせてしまうもののようです。くっそー。おまえら俺を殺す気か。