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2005年8月上旬
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●8月1日(月) 8月になってしまいました。だからどうだということもないのですが、本日はあまり時間がありませんので、ご挨拶のみにて失礼いたします。 |
●8月2日(火) 簡単に報告を済ませたいと思います。 7月30日、松坂屋名古屋本店六階で8月6日まで人知れず開催されている石塚公昭さんの「乱歩 夜の夢こそまこと展」に顔を出し、石塚さんから新刊『乱歩 夜の夢こそまこと』をサイン入りで頂戴したあと、私は石塚さんと適当な店を見つけてお酒を飲みました。 ここで名張市民の方に嬉しいお知らせなのですが、某市民団体が鋭意展開中の名張エジプト化プロジェクト、どうやらそこここでおおいに受けているみたいです。きのうは毎日新聞の伊賀版でも報じられてましたし。
惜しむらくはこの記事、ネット上では画像が附されておりません。写真が伝えるリアルな衝撃が伴わぬのははなはだ遺憾なことではありますので、僭越ながら私が撮影した写真を再度ご覧いただくことにいたしましょう。 驚天動地のこのプロジェクト、毎日新聞の記事によれば「からくりのまち名張」を全国発信するために「観光地として代表的なエジプトのピラミッドとスフィンクスの図柄を使った」とのことです。名張とエジプトを結びつけるには木村鷹太郎的な狂人の論理が必要であろうと私は先日記した次第なのですが、もしかしたらこのプロジェクトには論理と名のつくものなどミジンコの脳味噌ほどにも存在していないのかもしれません。単なる思いつきのみに基づいたプロジェクトなのかもしれません。私にはどうもそんな気がしてきました。 だとすれば、私としてはこういうのがいちばん困るわけです。巧まざるユーモア、なんてものは存在しないのだと筒井康隆さんがどこかにお書きになってましたけど、巧みに巧んで練りに練り、企みに企んで仕掛けに仕掛けたあげく十にひとつも笑いが取れれば万々歳とされるのが私どもの業界というやつなのであって、それをまあきのうやきょうのぽっと出に単なる思いつきでここまで笑いを取られたら私なんて立場がないではないか。立つ瀬がどこにも見つからぬではないか。しかしこれが現実なのですから致し方はありますまい。はっきり負けを認めましょう。 石塚さんもこのプロジェクトはいたくお気に入りのようで、「あの写真を思い出しただけでも笑えてくる」とおっしゃってましたからたいしたものです。名張のこともさかんに誉めてくださいまして、それはどういうことかと申しますと、名張には少なくともひとり、エジプトの絵を掲げたら面白いのではないかと提案した人間がいて、しかも周囲にはその提案に賛成した人間も最低何人かはいたのであろう、いや凄い話だ、名張というのはなんとも凄いところではないかとのことでしたので、私はずいぶんと誇らしいような気分になり、 「いやいや、それだけではありません。あれは市民公益活動実践事業とかなんとか、市民団体の活動を名張市の予算で支援する事業に採択されてますから、つまり名張市役所の担当部局にもこの提案は面白いから予算をつけましょうといってゴーサイン出した職員がいるわけです」 「へーえ」 「さっぱワヤですわほんま」 そんなこんなで夜が更けて、その夜はカプセルホテルに投宿。翌31日、つけっぱなしだったテレビが朝からアダルトチャンネルを映し出している狭いカプセルで目覚めた私は、とりあえずお風呂に入ってさっぱりし、ホテルからほど近い愛知県美術館のゴッホ展に足を運びました。栄の地下街を歩いているとゴッホ展のポスターがあちこちに掲示されていて、そのキャッチコピーにいわく、 ──今日は万博、明日はゴッホ展。 これはたぶん「今日は帝劇、明日は三越」という著名なコピーのもじりなのでしょうが、しかしなあ、まあどうでもいいかこんな話は。ゴッホ展会場で人垣を見物したあとは、旭堂南湖さんの講談会「みそ煮込み南湖」を覗くべく一路会場へ。とは申しますものの、会場はお食事処「楽」、最寄りの駅は中村日赤、ということしか私は憶えていなかったのですが、そんなものはすぐにわかるさ、と心は気楽な旅人、地下鉄の路線図で中村日赤の駅を見つけ、その駅に到着して勇躍地上に出てみると、だだっ広い道路が通るだけの殺風景な街区がどこまでもつづいているばかりでした。 お食事処、などという気の利いたものがありそうな気配はどこにも見当たりません。いやまあいいだろう、俺はこう見えても見知らぬ街で歓楽街を嗅ぎあてる嗅覚が結構発達しているのだからな、と心は気楽な旅人はにぎやかそうな街路を目指して歩き始めました。やがて歓楽街らしき建物のつらなりが過たず見えてきました。いやしかし、しかしこんなことでいいのか。 小手を翳して見回せば、大手スーパーユニーの真正面に乱立しているのはどう見ても風俗店ではありませんか。こんなことでいいのか。休日の家族連れが楽しいショッピングに訪れるユニーの真ん前に入泉料六千円だのサービス料二千円よりだの、いやまあこの場合「二千円より」の「より」という文言がおおきに問題なわけなのだが、この際そんなことはどうでもいいとして、名古屋市の教育委員会は何をしておるのか。スーパーの前に風俗店だぞ。いったい何を教育しておるのか。うっかり入店したところなぜかしゃらしゃらした薄物をまとったお姉さんから三つ指ついて挨拶されてしまったりしたら、俺ははーいとお返事してとても南湖さんの講談会に行く気なんかなくなってしまうではないか。 心に不意の惑乱を抱えた気楽な旅人は、お食事処「楽」はここからそう遠くない場所に必ず存在しているはずだという確信を抱きながら途方に暮れ、近くで自販機に煙草を補充していた煙草屋のおばさんに質問してもみたのですが、お食事処「楽」なんて知らないという返事が返ってきました。 煙草屋のおばさんはたまたま通りかかった知人らしき人にも尋ねてくれたのですが、この知人らしき人というのが年配ながらまさしくそれもんの女性で、私の乏しい語彙では正確に表現できないような色に髪の毛を染め、私の貧しい知識ではそれをどう呼んでいいのかさえ不明な妙にふわふわした衣装を着て、しかし私のささやかな体験からもそれと知ることのできるそれもんの女性特有の分け隔てのなさで親身になって心のなかの歓楽街地図を検索してくれたのですが、お食事処「楽」の所在はついに不明のままでした。 |
●8月3日(水) きのうのつづきです。とはいえ、心は気楽な旅人(これは一応「心は孤独な旅人」のもじりなわけですが)としてユニーと風俗店のはざまで莫迦みたいに茫然としているわけには行かなくなりました。 まずお知らせを二件。 一件目は、いまや誰の口にものぼることがなく、どうやら完全に風化してしまったらしい三重県の官民合同事業「生誕三六〇年芭蕉さんがゆく秘蔵のくに伊賀の蔵びらき」の話題です。事業の予算総額約三億円のうち五百五十万円を頂戴して乱歩蔵びらき委員会が刊行した『子不語の夢 江戸川乱歩小酒井不木往復書簡集』の事業報告と制作費内訳が待つことひさし、ようようあがってまいりました。 編集刊行から流通までいっさいの業務を委託した皓星社から昨日、書類二通を速達で届けていただきました。この期に及んでの速達に何の意味があるのか、とはおっしゃいますな。心意気を買うべし。さっそく詳細をお伝えしたいところなのですが、本日はそのための時間がありませんのでちょこっと先送りいたします。しばらくお待ちを。 二件目は、名張市建設部都市計画室に置かれた名張まちなか再生委員会の事務局からきのう電話連絡を頂戴しましたので、その概略をお知らせしておきます。 名張まちなか再生委員会歴史拠点整備プロジェクトの第二回会合が7月29日金曜の夜に名張市役所で開かれ、事務局からプロジェクトのメンバーに対して私の申し出、すなわち再生整備プロジェクト会則第五条に則って私を講師とした「歴史拠点整備プロジェクトのための乱歩講座」を開催してくれんかねとの申し出が伝えられたのですが、プロジェクト側からは次のような回答が示されたそうです。 「現段階では乱歩に関して外部の人間の話を聴く考えはない」 ありゃま。こりゃま。どっこいせのせ。などとふざけてる場合ではありません。私は事務局の労に謝意を表し、今後の方針、と申しますか、私はこれからどのような怒り方をしようと考えているのか、みたいなことを伝えたあと、7月29日の会合の内容は公表されたのかと質問しました。事務局からは、いまのところ公表はしていないが、8月中旬に開かれる委員会の役員会で、他のプロジェクトも含めそれぞれの検討内容をどのように公開してゆくかを話し合うことになっている、といった返答が得られました。 ここで私の申し出について整理しておきましょう。私は名張まちなか再生委員会事務局と名張市議会事務局に対し、相前後してほぼ同様の申し出を行っておりました。すなわち、委員会歴史拠点整備プロジェクトのみなさんや市議会議員のみなさんは、乱歩と名張の関係について最低限の知識を身につけていらっしゃるべきだと判断されますゆえ、僭越ながら私が乱歩のことを教えてさしあげたく存じます、という申し出です。 その結果、現段階ではこのような状況となっております。 名張市議会…………………………○ 名張まちなか再生委員会…………× 以上二件、取り急ぎお知らせいたしました。 さて転瞬のうちに時空はめぐり、名古屋市内の中村日赤駅から徒歩約十分、ユニーと風俗店が向かい合って立っているあたりの7月31日に立ち戻りましょう。 お食事処「楽」がいったいどこにあるのか、私にはわかりませんでした。そうなると自分の嗅覚にも急に自信が持てなくなり、そもそも最寄りの駅が中村日赤であったのかどうかも怪しくなってきた私は、原点回帰とばかり中村日赤駅まで戻って近くにあった喫茶店に入りました。 これを名古屋全体の事象として一般化することには無理があるのでしょうけれど、その店に入った私は、名古屋における昼下がりの喫茶店というものの実態を体感として理解できたような気になりました。 動物園のどこか隅のほうにある小暗くて冷え冷えとした爬虫類園。足を踏み入れると、しどけなくうずくまっていた爬虫類たちがそのままの姿勢で首をめぐらせ、瞼のない眼をいっせいにこちらに向けてくる。それはそういった印象でした。 むろん実際には、爬虫類などどこにもいません。カウンターの内外にひとりずついたスタッフも含め、店内に存在したのはすべて軽く派手めな服装に身を包んだ妙齢の女性ばかりだったのですが、彼女たちの視線の十字砲火にさらされた私はなぜか、名古屋における昼下がりの喫茶店ではおばさんたちがとぐろを巻いて暇と脂肪をもてあましている、という知見を得たのでした。 アイスコーヒーを頼むとカステラ系の菓子がついてくる、というのも名古屋における喫茶店文化の定番なのかどうか、そんなことは私にはわからないのですが、おしぼりで汗を拭いてから尋ねてみたところ、お食事処「楽」を知っているという人はただのひとりもいませんでした。銀盆を持ったウェイトレス、いやそれはウェイトレスという言葉を使用するのが躊躇されるほどに妙齢の女性ではあったのですが、とにかくそのウェイトレスなどわざわざ店の奥まで引っ込んでそこらの客に大きなしわがれ声で問い合わせることまでしてくれましたものの、やはり甲斐はありませんでした。 いやまいったな、と私は思いました。こうなったら、どうせここまで来たんだからひとつ名古屋の風俗店文化を勉強して帰るか。しかし真っ昼間から素面で風俗ってのもなんかあれだし、そういえば素面だ、俺はまだビールも飲んでないんだ、それならば優先順位として風俗よりはまずビールだろう、そうだそうだ、それはそうだ、とにかくそこらでゆっくり冷えたビールをごくごく飲もう、すべてはそれからではないか、世の中なんてそんなものではないか、と天啓に撲たれたかのごとく達観した私はもう矢も盾もたまらなくなり、とうとう、まさにとうとうと申しあげるしかないわけなのですが、旭堂南湖さんの第五回「みそ煮込み南湖」にはとうとう足を運べずじまいでした。 そんなこんなで、旭堂南湖さんにはこの場で深くお詫びを申しあげる次第です。未熟者めが、とお嗤いください。早く立派な大人にならなければ。 |
●8月4日(木) さて本日は「名張市議会議員の先生方のための乱歩講座」に関しまして、掲示板「人外境だより」に先日「お役所的立場に立って考えるとこれは相当にまずいことなのではないでしょうか。そのあたりのことはいずれ伝言板で明らかにしてゆくつもりでいるのですが、図書館嘱託が市議会に直接呼びかけて乱歩講座が開催されるなんてことになった場合、お役所の縦割り至上型ピラミッド構造や封建遺制的前例墨守体質には少なからぬ混乱がもたらされるはずです」と記しました点について私見を述べたいと思っているのですが、諸般の事情によりあすにつづきます。あしからずご了承ください。 |
●8月5日(金) むしむしといやな暑さがつづきます。そのせいかして、名張地方にはなんだか変なのが湧いているみたいです。湧いているなんていうとボウフラみたいですから、あんなのといっしょにしてくれるなとボウフラから叱られてしまうかもしれませんが、とにかくどちらさまも暑気には充分ご注意ください。 さて、「名張市議会議員の先生方のための乱歩講座」に関して私見の一端を申し述べたいと思います。予告しておりましたとおり、私見二点のうち一点目はお役所の縦割り至上型ピラミッド構造にこの講座が抵触してしまうのではないかということです。 もっともこれはあくまでも旧来のお役所、旧態依然としたお役人衆の論理に立脚しての話ですから、結果としてこの講座が縦割り至上型ピラミッド構造に風穴を開けてくれたことを私は素直に喜んでおります。 要するに、名張市役所もかなり様変わりしたということでしょう。私が名張市立図書館嘱託を拝命したのは十年近く前のことですが、その当時なら私の申し出は一も二もなく却下されていたはずです。十年前の議会事務局に私が同様の申し出を行ったとしたら、事務局長からはおそらくこんな返事が返ってきたことでしょう。 「この申し出は無効である」 なぜか。 「おまえは誰だ。図書館の嘱託ではないか。一般市民がこうした申し出をするというのならともかく、おまえは名張市の組織の一員なのだからそれなりの動きをしなければならない。おまえが市議会議員の先生方を対象に乱歩講座を開きたいというのであれば、まず図書館の意向としてその申し出をとりまとめ、教育委員会に上申しろ。あとは教育委員会の問題だ。教育委員会が図書館の申し出を妥当なものと認めれば、教育委員会から議会事務局に対してその申し出が伝えられる。今度は議会事務局がそれを判断する番だ。もろもろの手続きを考えれば、結論が出るまでにざっと半年はかかるだろうな。いいか。それが組織というものだ。おまえも組織に身を置いた人間なのであれば、組織人として相応の動き方をしなければ誰からも相手にされんぞ。それともおまえは何か、いつまでもそうやってたったひとり、まわりから莫迦にされながら熱いトタン屋根のうえで猫踊りを踊りつづけているつもりなのか。ぬは。ぬは。ぬはははははははははははは」 じつは今回、私は議会事務局からこんな返事が返ってくる可能性もないではないなと思っておりました。いわゆる想定の範囲内。むろんそうした返事に対する反撃も二の矢、三の矢とそこはかとなく用意していたのですが、名張市役所は私が考えているよりさらに脱お役所的に進化しつづけているようで、それはまことに喜ばしいことであると私は思います。 つづきまして二点目、お役所の封建遺制的前例墨守体質と乱歩講座との関連なのですが、それはまたあしたのこととして、さあ変なのの様子を見てこよう。 |
●8月6日(土) 変なのはやっぱり変でした。余計に変になっておりました。掲示板「人外境だより」から、暑さのせいで湧いたかのごとき変な投稿を転載しておきましょう。
何度読んでも大笑いさせられます。「人外境だより」にはこれまでにさまざまな投稿が寄せられましたが、記憶に残っているすべての投稿と照らし合わせても、「怪人19面相」を名乗る人物によるこの投稿は一頭地を抜きん出ています。他の追随を許しません。比類ない高みに届いていて、まるでK-1参戦後の曙選手みたいです。 この投稿者は自称「写したくなる町名張をつくる会」の会員です。この団体は名張市の市民公益活動実践事業の支援を受けて活動を展開しているのですが、どうやら「怪人19面相」を名乗るこの人物の頭には「公益」への配慮なんてミジンコの脳味噌ほどにも存在していないようです。自分たちの趣味や道楽、下手すりゃただの思いつきにいくら税金をかき集められるか、念頭にはそのことしかないようです。 この投稿がゆくりなくも露呈しているのは、しかしほんとにこれはまさしくゆくりない露呈であって、何もいきなりここまで見事に自爆してしまうこともないのではないかと気の毒な気さえし、いっそすがすがしい感じすらして、うっかりしてるとほれぼれとしてしまうほど生一本な自己暴露なわけなのですが、ここに示されているのは当節の官民合同や協働などというものの貧しすぎる内実にほかならないでしょう。官民合同や協働の旗のもとに集まる地域住民のなかには、心にこんな貧しい本音を秘めた憐れむべき人間も混じっているのだという事実が、この投稿によって否定しようもなく証明されたわけです。よくやったぞ怪人19面相。でかした。誉めてつかわす。俺が黒蜥蜴ならおまえに「青い亀」の名を与えているところだ。 この投稿にある江戸川乱歩の名前を芭蕉に入れ替えれば、それはそのまま「生誕三六〇年芭蕉さんがゆく秘蔵のくに伊賀の蔵びらき」事業の関係者にも当てはまる心情吐露であることに、あるいは読者諸兄姉はお気づきかもしれません。事業関係者のすべてがすべてとは申しませんが、私の知るかぎりではほとんどの関係者が、「そもそも芭蕉みたいなものどうでもええねん。俺たちは俺たちの思いついたナンチャッテ事業に税金かき集めて全国発信をしているのだから誰からもつべこべいわれる筋合いはないねん」などとうそぶいていたような印象が私にはあります。掲示板「人外境だより」に先日、臼田惣介さんが「人は外部の人間の話を聴いて成長するものだ」という至言をお寄せくださいましたが、そんな言葉も連中にはとても届きはしないのさ。 やれやれ、などとゆっくり呆れかえっている余裕はありません。私はきのう名張市役所二階の議会事務局を訪れ、8日月曜日に控えた「名張市議会議員の先生方のための乱歩講座」の配付資料を提出してコピーを依頼してきました。資料はA4用紙三十枚。ご欠席の先生にもあとでお渡しいただくよう要請しておきました。おみやげとして山本松寿堂謹製名張名物二銭銅貨煎餅も先生方の人数分、すなわち二十袋を持参して、当日ご出席の先生方に召しあがっていただいたうえで、残りは事務局のスタッフでわけてくれともお願いしてきました。 そんなこんなで表をつくろう。
「出欠」のスペースは現在のところ空欄ですが、講座が済んでから○か×かを記入します。 |
●8月7日(日) その頃、名張中の町という町、家という家では、二人以上の人が顔を合わせさえすれば、まるでお天気の挨拶でもするように、怪人「19面相」の噂をしていました。 「19面相」というのは、ある日突然掲示板「人外境だより」に姿を現し、現したと思ったらすぐに自爆してしまった、間抜けで粗忽な盗賊の渾名です。その賊は「写したくなる町名張をつくる会」の会員だと名乗り、「20面相のキャラで又スフインクスのナンチャッテ写真で公益活動を実践しているのだから貴様につべこべ言われる筋合いとちがうねん!」とたどたどしい日本語で怒りました。つまり怪人二十面相からキャラクターを盗んだにせものなのです。 では、その賊の本当の年は幾つで、どんな顔をしているのかというと、それは誰一人見たことがありません。「写したくなる町名張をつくる会」の人たちも、どの会員が「19面相」なのだか、誰も明らかにしない。イヤ賊自身でも、自分のことを忘れてしまいたいのかも知れません。それ程、恥さらしな文章、支離滅裂のキャラクターで、掲示板に現れたのです。 この物語は、そういう爆笑必至、身辺御注意の怪賊と、日本一の名嘱託人外境主人との、笑いと笑い、ボケとボケ、火花を散らす、一騎打の大闘争の物語です。 以上、きわめてベタな試みながら、「怪人二十面相」開巻劈頭の「はしがき」を擬いてみました。「名張中の町という町、家という家」といってしまってはさすがに誇張が過ぎますが、名張市内のごくごく一部では、彗星のごとく登場した怪人19面相というニューヒーローが、まったく噂になっていないというわけでもないようです。 じつはここ数日、名張のまちで出会った人から「中さんのホームページ、毎日見せてもうてますねん」と挨拶されることがたてつづけにありました。近いところではおととい、ちょっと買い物に立ち寄った商店でそのように告げられました。その店のご主人は、近所の人から私のサイトの存在を教えてもらったとのことでした。 きのう夕刻から夜にかけては、わが母校である名張市立名張小学校のグラウンドを会場に、名張地区まちづくり推進協議会という団体が盆踊り大会を主催いたしましたので、たいして意味はないけどちらっと睨みを利かせておこうかなどと思いつき、夕方ちょっとだけ顔を出してみましたところ、 「あの怪人19面相ていったい誰ですねん」 「そんなん知りませんがな」 「ほんまはもう見当ついてるのとちがいますか」 「いやそれはまああれですけど、怪人19面相は僕のことを糾弾してくれるそうですから、そのときには正体がはっきりしますやろ」 などという会話が交わされるといったことは全然ありませんでしたけれど、掲示板「人外境だより」における怪人19面相の跳梁を知っているであろう人たちは、暮れなずむ盆踊り会場にもちらほらと見受けられるように思われました。 さて、読者諸君は私が怪人19面相をどうするのか、それがとても気がかりなことでしょう。私は現在のところ怪人19面相を放置し、好きなように逃げ回らせているわけなのですが、これから先はいったいどうなるのか。 では以下に、「怪人二十面相」の「トランクとエレベーター」から、怪人二十面相と明智小五郎との会話を擬いてみることにしましょう。 「だが、君も不思議な男じゃないか。そうまでしてこの俺を逃がしたいのか」 「ウン、今易々と捕らえるのは、少し惜しい気がするのさ。いずれ君を捕らえる時には、名張エジプト化事件も、君が関係しているほかの事件も、すっかり一網に解決してしまうつもりだよ。少し慾ばり過ぎているだろうかねえ。ハハハ……」 |
●8月8日(月) 19面相はどこにいる。 あの阿呆らしい痴愚の陋劣を身にまとい、如法闇夜よりもまっくろな無知の翼にうちまたがり、突如として掲示板「人外境だより」に躍りだしたかと思うと最初は「覚悟を決めて貴様を糾弾してやるので首を洗って待っていろ。自慰野郎」と宣言し、そしてその次には「勘違い馬鹿のお方、いずれ近いうちに会うたるで。連絡したるからまっとれ」と断言して、世にも微笑ましい痴の戦慄を描き出した奇怪な糾弾予告者。いったい、あいつは、どこへ消えてしまったのだろう。 蒙昧というものは時によると、もっとも人眼につき易い看板みたいなものである。殊に19面相の場合はそうであった。彼の特徴のある蒙昧は「写したくなる町名張をつくる会」の名とともに掲げられ、あらゆる閲覧者の口から口へと喧伝された。そういう眼に見えぬ網の目を潜って完全に世間から隠れおおせるということは、それ自身がひとつの奇蹟みたいなものだった。しかも19面相は見事にその奇蹟を演じおおせたのだ。 以上、本日は横溝正史「真珠郎」の「序詞」をアレンジしてみました。それにいたしましても、怪人19面相はどこにいる。私はいよいよこの人物に愛着を覚え、エジプトがどうのこうのと脈絡不明な事業を展開するよりも、この怪人19面相を名張のシンボル的キャラクターとして広く全国発信するほうがよほど名張市の公益につながるのではないかという気がしてきました。 いやいや、こんな暢気なことをいってる場合ではないのかもしれません。普通なら、怪人19面相はとっくの昔に粛清されているのではないでしょうか。対外的にあれだけの下手を売ってしまったのですから、別にスターリンではなくたって、組織としては黙っていられるはずがない。だとすれば、私は怪人19面相に対してとても申し訳ないことをしたことになります。 私の周到な策略が怪人19面相を掲示板におびき出した、そこまではよかったのです。しかしまさか、19面相があそこまでやってくれるとは、私は夢にも思っておりませんでした。あそこまで思慮分別のなさをさらけ出してくれるとは、正直想定しておりませんでした。結果として、私は怪人19面相を粛清に追いやってしまったことになります。そして私には、自分は心のどこかでそのことをあらかじめ知っており、待ち設けもしていたのではないかという気がしてならないのです。 以下、「真珠郎」の結びをアレンジいたしましょう。 ああ、恐ろしい。ひょっとするとわたしは、事件の最初から、このことを考えていたのかも知れません。でなければ、何故、名張エジプト化プロジェクトのことを自分のサイトでとりあげて、誰か関係者が釣れないものかと試して見たり、更に名張市役所に、「写したくなる町名張をつくる会」について調べに行ったことをわざわざ告白したりしましょう。ああ、恐ろしい。皆様。わたしはきっと気狂いなのです。そうです。わたしはもう数年来、気が狂っているに違いありません。ああ、可哀そうな19面相! 全国一千万の横溝正史ファンのみなさんには、この場で深くお詫びを申しあげる次第です。 |
●8月9日(火) 昨8日、名張市役所二階の市議会特別委員会室で「名張市議会議員の先生方のための乱歩講座」が開催されたのですが、きょうはあいにくと時間がなく、いささかいわゆる二日酔いでもありますので、ご報告はまたあしたということにいたします。 |
きのうは失礼しました。ではさっそく、8月8日午前10時から名張市役所二階の市議会特別委員会室で開かれた「名張市議会議員の先生方のための乱歩講座」についてご報告申しあげます。 しかし実際、えらいものが開催されたものです。よく実現したものです。行政機構の末端に位置する人間が議会を動かすなどということは、通常ならばあり得ません。たとえばあなたがお住まいの市区町村、いやまあ町村は例としてふさわしくないかもしれませんが、あなたが住んでいらっしゃる市や区の公立図書館に嘱託として勤めている人間がいるとして、その人間がちょっと依頼するだけで市議会や区議会が講習会を開くに至ったなんて話、たぶんお聞きになったことはないでしょう。 ところがわが名張市では、そういうことが起きたわけです。五十一年の名張市の歴史ではむろん初めて、全国の地方自治体に視野を広げてもほとんど例がないであろう稀有なことが、名張市議会でごく普通に実現してしまったわけです。ですから私は、なかにゃご立腹の先生もいらっしゃるだろうなと覚悟して名張市役所に向かいました。 また日が悪かった。午後には参議院本会議で郵政民営化関連法案が否決され、そのまま解散総選挙に突入するであろうという日の午前中、何が悲しゅうて乱歩の話など聞かなければならぬのかとお考えの先生も、たぶんいらっしゃったことでしょう。市議会議員といえども衆議院選挙と無縁ではなく、先生方はそれぞれの立場でこの真夏の選挙戦に関わらなければなりません。だというのに何が乱歩か。 特別委員会室に足を踏み入れたのは、これが二度目のことでした。最初は今年の2月18日、この部屋で重要施策調査特別委員会が開かれ、名張まちなか再生プランに関する話し合いが行われることになっておりましたので、私はそれを傍聴しました。傍聴席は入ってすぐのところなのですが、この日の講座では私の席が部屋の一番奥に設定されていました。 午前10時、二十人の市議会議員のうち十四人のご参加をいただいて、講座が始まりました。司会担当の議会事務局スタッフから講座開催に至る経緯を説明していただき、つづいて柳生大輔議長のご挨拶、そのあとが私の出番です。お集まりいただいたみなさんをざっと一瞥し、もしかしたら何か発言される議員がいらっしゃるのかなと待ち構えたのですが、案に相違してそんなことはなく、私は立ったまま話を始めました。 いわゆるマクラというやつです。冒頭に事務局から紹介はしていただいたのですが、この乱歩講座の開催について自分の口からゆくたてを説明しておいたほうがいいだろうとは思われましたので、そもそも私が市立図書館の嘱託にしていただいたのは十年ほども前のことでありまして、みたいなことも含めてたらたら喋り、行政機構の末端に位置している人間の言を容れて本日の講座を開いていただけたのはまことにありがたいことであると述べ、さてこれからどっちに行こうか、ついでだから名張市役所の縦割りシステムにきょうの乱歩講座を位置づけてみる、みたいなことも話しておこうか、とふと考え込んでしまったその一瞬、ある先生からご発言がありました。 われわれは大人である、とその先生はおっしゃいました。議員として勉強しなければならないことはそれぞれに勉強している、と。すなわち、先生方が乱歩のことを勉強したいとお考えになった場合、たとえば講師を招いて講習の場を設けるといったことも、子供ではない先生方は自主的にそれをお進めになるはずであって、図書館の嘱託からこんな講座を押しつけられる筋合いはない、われわれは独立した大人であり、議員として自主的な活動をつづけているのだと、その先生はそういった意味のことをおっしゃいました。そして、 「だから、きょうの講座には何か裏があるとしか思えない」 との見解を述べられました。うーん、裏か、と私は思いました。俺に裏があるように見えるのか。俺もまだまだ修行が足りんな。 あすにつづく。 |
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