2005年9月下旬

●9月21日(水)

 とくに動きはありません。まあもう少し待ってみますか。ではまたあした。


●9月22日(木)

 本日も昨日同様、とくに動きはありません、とご報告申しあげねばならぬことを遺憾といたします。しかしそれにいたしましても、メールないしは電話でごく簡単にお答えいただけるはずの質問に、どうしてこんなに時間がかかってしまうのかな。もしかしたら名張市役所の内部には、私のことはいっさい相手にしないように、なんてお触れが出されてでもいるのでしょうか。

 回答待ちのあいだに、問題点を整理しておきしょう。まず、名張まちなか再生委員会について。この委員会は今年6月、名張まちなか再生プランを推進するために結成されました。現在、プランを具体化するための協議検討が進められているわけなのですが、私はその内容をリアルタイムで公開してはどうかと委員会に申し入れております。もとより情報公開は世の趨勢と呼ぶべきものであって、それに照らして考えれば私のこの提案への異論は少ないものと思われる次第なのですが、ここへ来てもうひとつ、早急な情報開示が望まれる要因となる問題が浮上してきました。

 これは単なる噂なのですが、そしてこうした噂が生まれているからこそ早急な情報開示が望まれるという寸法でもあるのですが、新町にある細川邸を歴史資料館として整備する構想が沙汰止みになったらしいと私は聞き及んでおります。重ねて強調しておきますが、これは噂に過ぎません。根も葉もない噂ではあるのですが、噂がいわゆる声なき声を代弁しているケースも世間には少なからず存在しているわけで、もしもそうだとすればこの噂には細川邸を歴史資料館にするべきではないという声なき声が反映されていることになってしまうのですが、その点はまあ措いておきましょう。

 ここで問題になるのは、そんなことが果たして可能なのかという一事です。プランは名張地区既成市街地再生計画策定委員会によって策定されたもので、名張まちなか再生委員会はあくまでもそれを推進するための組織です。その組織がプランそのものを覆す権限を有しているのかどうか。少なくとも委員会の規約を見るかぎり、そんな権限はどこにも明記されておりません。

(目的及び設置)
第1条 名張まちなか再生プランの基本目標である名張の原風景と人情が息づく魅力あるまちをテーマに、名張地区既成市街地の再生を多様な主体の協働により推進していくことを目的として名張まちなか再生委員会(以下「委員会」という。)を設置する。

(所掌事項)
第2条 委員会は、名張まちなか再生プランの実現を目指し、名張地区のまちづくり活動を継続かつ円滑に運営するために、調査、企画及び計画の立案並びにプロジェクト及び事業の具体化、推進、調整を図るものとする。

 以上、試みに名張まちなか再生委員会の規約から冒頭の二条を引いてみました。ここに明らかに示されているとおり、委員会が目指しているのは申すまでもなくプランの実現です。そのプランをあっさり覆してしまうだけの権限を担保するためには、これはもうこれらの条文のほとんど魔術的なまでに柔軟な解釈、たとえば憲法九条と自衛隊とを余裕で共存させられるほどのアクロバティックな解釈が必要になるのではないかと思われる次第なのですが、読者諸兄姉はどのようにお考えでしょうか。

 誤解のないように記しておきますと、私はもともと細川邸を歴史資料館として整備することには反対しておりました。ですから名張まちなか再生プランの素案が公表されたときにも、その旨を盛り込んだパブリックコメントを名張市に提出いたしました。しかしながら、もしも本当に巷間噂されているごとく、細川邸を歴史資料館として整備するプランが委員会によって否定されたというのであれば、私はそれをルールや手続きなどものごとの基本を無視した横車的行為だと批判することになるでしょう。細川邸を歴史資料館として整備することに私は反対ですが、名張まちなか再生委員会が同様の判断をくだすことにも、上記のような観点からやはり異を唱えることになるはずだとここに予告をしておきたいと思います。とにかくまあ、ちっとはしっかりしましょうね。

 いや、いかんいかん。根も葉もない噂に基づいて駄弁を弄しすぎたかもしれません。こうした駄弁を防ぐためにも、名張まちなか再生プランに関する早急な情報開示が望まれるのではないかと私は思います。


●9月23日(金)

 本日もまた、とくに動きはありません。致し方ありませんから、単なる噂でしかない未確認情報に基づきながらもう少し話を進めることにいたします。未確認情報と申しますのは、もちろん細川邸歴史資料館化計画がチャラになったという風聞のことです。

 普通に考えれば、名張まちなか再生委員会には寝返った委員が少なからず存在していることになります。彼らは当初、細川邸歴史資料館化計画に賛成していた。にもかかわらず、ある時点で反対に回った。そうでなければ、細川邸歴史資料館化計画が白紙に戻されてしまう道理がありません。いやもちろん、彼らは名張まちなか再生プランの策定に直接携わったわけではないでしょう。しかしプランは素案がまとまった段階で公表され、それに対するパブリックコメントの募集も行われたのですから、プランに盛り込まれた細川邸歴史資料館化計画に反対の意志を表明するのであれば、まずこの時点でパブリックコメントを提出する。それが筋ってやつでしょう。げんに私はそうしたわけですし。

 ただしこれは、委員全員が(より正確に記せば、のちに名張まちなか再生委員会の委員に選ばれる人全員が)プランの素案に目を通し、その内容に考えをめぐらせていた場合の話です。実際には、プランを読んですらいない委員もいらっしゃったという可能性は否定できません。と申しますか、確実にいらっしゃると私には見受けられるのですが、この可能性には現時点では踏み込まないようにしたいと思います。現時点では、というのは要するに単なる噂に基づいて駄弁を弄している段階では、という意味です。もしもそうした可能性に踏み込んでしまうとなると、最終的にはそんな委員に果たして委員の資格があるのかよという話になってしまいます。委員の資格を厳しく問いただすのは、委員会側がきちんと情報を開示してからのことにするべきでしょう。

 さて、私はとくにこれといった理由もなく、いったんは郵政民営化法案に反対しておきながら風向きが変わったとなると雪崩を打って賛成に回った無節操きわまりない国会議員の先生方をそこはかとなく想起してしまうのですが、そんなことはともかく、ごくごく普通に考えれば、名張まちなか再生委員会には細川邸歴史資料館化計画に関してある時点で賛成から反対に寝返った、いや寝返ったと申しては聞こえが悪いですから、変節した、転向した、宗旨替えした、いやもう表現はどうあれそうした委員がいらっしゃるようです。では、郵政民営化法案における衆議院議員選挙のような明確なターニングポイントが、名張まちなか再生プランの細川邸歴史資料館化計画にもあったのかどうか。そんなことはわかりません。わかるわけがありません。なにしろ情報がいっさい開示されていないわけですから。

 ですからまあ、単なる噂のうえに推測を積み重ねるという危なっかしい真似をするしかないわけなのですが、強いて考えればやはりこれでしょうか。これというのは、つまりはこの伝言板のことです。私がこの伝言板において、細川邸歴史資料館化計画なんてリフォーム詐欺みたいなものではないかと批判した、そのせいで賛成から反対への雪崩現象が起きたとは考えられないか。

 いや、いやいや、そんなことはありますまい。ちょっと冷静になって判断すれば、私のサイトにそんな影響力あるわけねーだろということは誰にだってわかります。それにだいたいがですね、私のように何の後ろ盾もない人間が自分のサイトにへらへらへらへら記しただけの、たったそれだけのものでしかない文章に左右されてしまうプランなんてのが実際にあるのだとすれば、そんなプランっていったいどうよ、そんなの誰が考えたわけ、ということになってしまうではありませんか。

 いや、いやいや、影響力も何もあなた、細川邸歴史資料館化計画がチャラになったというのが本当なのかどうか、現段階ではそれさえ判然としていないわけです。そんな状態なのに自分のサイトの影響力をうんぬんするなんて、私ほんとに莫迦みたい。読者諸兄姉にも重ねてお断りしておきますが、私は根も葉もない噂に基づいて駄弁を弄しているに過ぎません。その点よろしくご了承ください。


●9月24日(土)

 世間はいわゆる三連休で、そのせいかして本日もとくに動きはありません。単なる噂に推測を積み重ね、そのうえに蜃気楼のごとく妄想をくりひろげる状態になってきた観がなきにしもあらずなのですが、話をつづけましょう。

 すなわち、巷間伝えられるところによれば、名張まちなか再生委員会は名張まちなか再生プランに盛り込まれた細川邸歴史資料館化計画をチャラにしたらしいのだが、どう考えても委員会にはプランを覆せる権限なんて与えられていないではないか、それしょんがいな、という話のつづきです。

 細川邸歴史資料館化計画を白紙に戻すことは、じつはいくらだって可能でしょう。ただし、ルールや手続きを無視して委員会の内部でこっそりプランを変更してしまう、なんてインチキはいただけません。いやいや、誰もインチキによって問題を解決しようなどといってはいないのに、私はどうしてインチキのことに思いが及んでしまうのか。やはり伊賀の蔵びらき事件の後遺症でしょうか。あの事件のせいで私は、官民合同だの協働だのという言葉に接すると反射的にインチキ、住民無視、隠蔽体質、説明責任放棄などといった言葉を連想してしまう人間になってしまったのかもしれません。あれしょんがいな。

 そんなことはまあいいとして、名張まちなか再生プランに盛り込まれた細川邸歴史資料館化計画を白紙に戻すにはどんな手段を選べばいいのか。それを考えてみましょう。押さえるべきポイントはふたつあると判断されます。

 ひとつは、プランを策定した名張地区既成市街地再生計画策定委員会の意向をないがしろにしないということです。策定委員会はそれなりの協議を経て細川邸歴史資料館化計画という結論にたどりついたのでしょうから、それをいきなりひっくり返してしまうのはよろしくありません。ですから、名張まちなか再生委員会が名張地区既成市街地再生計画策定委員会に細川邸歴史資料館化計画を差し戻し、自分たちがこの計画をチャラにしたいと考えるに至った理由を説明して、ふたつの委員会で協議検討を進めることが必要でしょう。具体的には、すでに解散しているはずの策定委員会を特例的に再招集すればよろしい。

(その他)
第10条 この規約に定めるもののほか、必要な事項は委員会で決定する。

 名張まちなか再生委員会の規約には上記のとおり定められているのですから、委員会が名張地区既成市街地再生計画策定委員会の再招集を「必要な事項」として決定し、関係方面にそれを働きかければいいはずです。もしも策定委員会側が再招集に難色を示すようであれば、いつでも私にいってきてください。思いきり叱り飛ばしてやります。

 ポイントのふたつめは、プランの変更を市民にきちんと説明することです。正式に決定したものとして発表されたプランに手を加えるわけなのですから、その経緯を委曲を尽くして説明するのは当然すぎるほど当然のことなのですが、私が伊賀の蔵びらき事件で経験したところでは、官民合同だの協働だのというシーンではごく当然のことがあっさり無視されるケースも少なからずあるようです。いやいや、こんな取り越し苦労をしてしまうのも、住民に対する説明責任が完全に無視されていた例の事件の後遺症でしょうか。しかしまあ、芭蕉さんの子供たちの姿はげんにそこここに見え隠れしているわけですから、やっぱ油断は禁物かな。ええしょんがいな。

 以上記しましたふたつのポイントにさえ意を用いれば、名張まちなか再生プランに盛り込まれた細川邸歴史資料館化計画を白紙に戻すことは可能であると判断いたします。いやもちろん、これは細川邸歴史資料館化計画がチャラになったらしいという噂に基づいての判断ではあるのですが。

 いずれにせよ、ひとたび決定されたプランを一部でも変更することには、やはり相当の覚悟が要求されるはずなのですが、関係各位に覚悟はおありか。そして、そのプランがたとえどんなにいい加減な、たとえばリフォーム詐欺のそしりを免れぬような要素を含むものであるにしても、ルールや手続きを無視して改変を加えることは望ましくありません。そのことを私はあらためて強調しておきたい。住民の目の届かないところでこっそりことを進めるべきではありません。だからこそ私は、8月の役員会で決まったことをどうか教えてくれんかねと、名張まちなか再生委員会事務局にしつこくお願いしている次第なのですが。


●9月25日(日)

 あすは月曜ですからもしかしたら動きが出てくるかもしれないのですが、本日のところは例によって何の動きもありません。

 それにしてもちょっとおかしいな。私は名張市建設部都市計画室に置かれた名張まちなか再生委員会事務局に対して、ごく簡単なことをお願いしているに過ぎません。8月に開かれた役員会でどんな結論が出たのか、それを教えてくれと要請しているだけです。委員会の協議内容を逐一公開するのかどうか、それを確認しているだけの話です。もしも役員会の結論を公表することに差し障りがあるのなら、これこれこういう理由によって教えることができないと伝えてくればいいだけの話ではないか。

 このままいつまでも音沙汰がないとなると、私のような疑り深い人間は必ずやきっと間違いなく、はっはーん、これは確実に何かありますばい、だいたい最初からおかしいと思うとったけんねこの話は、みたいなことを考えてしまうはずですし、当サイトをご閲覧の名張市民各位のなかにも同様の疑問をお感じの方が出てこないともかぎりません。

 「名張市って、ちっとも開かれてないのね」

 とお思いになる名張市民も出てくるかもしれません。まあ実際のところ、少なくとも名張まちなか再生プランに関しては、現時点ではお世辞にも開かれた状態であるとはいえないわけなのですが、こういうことではやっぱりちょっと、軽くヤバいんじゃないかしら。

 簡単に振り返っておきますと、ろくな歴史資料もないのに歴史資料館を整備しようというとんでもない構想を盛り込んだプランが策定されそうになったので、私は名張市にパブリックコメントを提出し、歴史資料館整備構想に反対した。しかし私のコメントは却下され、プランはそのまま決定された。ところがプランを具体化するための協議の過程で、歴史資料館整備構想はどうやら反故にされたらしいではないか。ほんとかよ。私はそれを確認するための要請を委員会の事務局に対して行ったのだが、事務局は応えようとしない。といったあたりが現時点での状況なのであって、名張市はほんとに軽くヤバいぞ。

 さらにヤバい点をひとつ指摘しておくならば、名張市の主体性というやつはいったいどこにあるのでしょうか。私のパブリックコメントを採用しなかったのは、申すまでもなく名張市による主体的判断の結果でしょう。歴史資料館は必要だ、と行政当局は判断したわけよ。ところが巷間噂されているとおり、委員会の協議の過程で歴史資料館は不必要だという結論が出されたのであれば、私のパブリックコメントに対して示された行政側の主体的判断はいったいどうなるのか。私のコメントに対して否をつきつけておきながら、それと同じ主旨の委員会の結論には諾を掲げるということになるのであれば、行政の主体性というやつはどこに見出されるべきなのか。

 行政の主体性と官民合同あるいは協働なるものとの関係性について、みたいなことは名張市役所のみなさんはよくご認識でしょうからここにあらためて説くことはいたしませんが、行政の主体性という観点からうち眺めましても、名張市は軽くどころか全然ヤバいぞと申しあげざるを得ないようです。ただまあ名張市にも唯一と呼んでいいほどの救いはあり、それは私のような見識ある市民がちゃんと存在しているということです。名張市役所のみなさんは大船に乗ったつもりでいてください。


●9月26日(月)

 早いもので、9月最後の週を迎えました。今週は何か動きがあるのかなと期待しつつ、早々とあすにつづきます。


●9月27日(火)

 本日もまた、何の動きも見られぬことをお知らせしなければなりません。こうなりますと、一年半ほど前のことがいやでも思い出されますなあ。こちらの質問に対して頑なに沈黙を守りつづけたあげく、伊賀の蔵びらき事件関係者が進退きわまってあられもない暴挙に出た掲示板閉鎖事件と過去ログ封鎖事件。あのときと同じ質の沈黙を、名張市建設部に置かれた名張まちなか再生委員会事務局も、名張市生活環境部の部長さんも、口裏を合わせでもしたように守りつづけていると私には見えます。この沈黙のあとにはあの事件と同様に、やはり電光石火で問答無用の暴挙が待っているのかにゃ。まあいましばらく、模様眺めとまいりましょうか。

 ころっと話題を変えることにして、「番犬情報」に紀田順一郎さんの講演会のお知らせを掲載いたしました。ぜひご覧ください。

 それではまたあした。


●9月28日(水)

 お知らせするのが遅くなってしまいましたが(だって知らなかったんだもん)、読売新聞の乱歩イベントをご案内申しあげます。

読売 江戸川乱歩フォーラム2005
日時10月1日(土)午後3時開演
□□□午後2時30分開場、6時30分終了予定
場所立教大学タッカーホール
□□□東京都豊島区西池袋3-34-1
第1部 フォーラム
基調講演「乱歩の散歩」
□□島田雅彦(作家)
トークショー「世紀を超えるラビリンス──新しい乱歩へ」
□□島田雅彦(作家)
□□カネコアツシ(漫画家、「乱歩地獄(蟲)」監督)
□□宮崎大(「乱歩地獄」プロデューサー)
□□青柳秀侑(映画評論家)
第2部 映画「乱歩地獄」試写会(134分)
主催読売新聞東京本社
後援活字文化推進会議
特別協力立教大学
協力アルバトロス・フィルム
協賛光文社、光文シェラザード文化財団
詳細21世紀活字文化プロジェクト

 フォーラムに先立ち、午後0時30分から2時30分まで旧江戸川乱歩邸の応接間と土蔵の特別限定公開も行われます。

 このフォーラムには抽選でペア二百組四百人が招待されるのですが、参加申し込みは20日に締め切られております。いまからどれほど地団駄踏んでも間には合いません。私は立教学院のご厚意によりめでたく招待券を頂戴できましたので、ちょこっと覗いてみるつもりです。

 名張市からは私ひとりが寂しく参加するだけなのですが、招待券はペアですから一人分の余裕が生じております。私といっしょにフォーラムを覗きたいとおっしゃる方、お気軽にメールでお申し込みください。

 ちなみに話題の映画「乱歩地獄」は11月5日からシネセゾン渋谷、テアトル新宿でロードショー、とのことです。


●9月30日(金)

 やれやれ。ちょっと上京するとなると妙なもので、こんなときを狙ったみたいにお仕事がばたばた立て込んでしまい、きのうきょうあたりふうふう申しております。ふうふう。