大正2年 ●1913 19歳
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●住居 東京
●学年 早稲田大学政治経済学部予科→早稲田大学経済学部一年 |
1月
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2月
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3月
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27日 苦労を見かねた母方の祖母・本堂つまが上京し、牛込喜久井町に住宅を借りる。弟・通も名古屋から上京、三人で同居生活を始めた。月々の費用が極端に乏しいときには、写字や封筒貼りの内職をした。
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4月
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5月
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6月
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7月
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夏ごろ 祖母と気の合わなかった弟・通が、朝鮮の父母のもとへ去る。母と弟・敏男は先に朝鮮へ渡っていた。◆ | ||
8月
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9月
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大学部に進級、経済学を専攻。◆ | ||
10月
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11月
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12月
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6日 早大雄弁会が二個師団増設反対の懸賞演説会を主催。反対説の弁士として登壇したが、入賞はしなかった。◆ |
掲載●2000年1月7日 最終更新●
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