第四回 |
ああ人生の大師匠
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責任者は出てこない
平成七年十月、私は晴れて名張市立図書館の乱歩資料担当嘱託を拝命した。これによって、名張市立図書館は日本でいちばん乱歩に詳しい図書館になった。これは大言壮語でも何でもない。誰だって乱歩の作品を読みさえすれば、よほどの馬鹿でない限り乱歩に詳しくなれるのである。私は乱歩読書会の講師を二年間務めたあいだに乱歩の全集を読み返したし、嘱託となって『乱歩文献データブック』を編集する過程では、乱歩について書かれた文献すなわち乱歩文献を半狂乱になって読みまくったのだから、乱歩に関しては相当詳しくなったはずだと自負している。げんに私は世間から、「乱歩オタク」と揶揄されたり「乱歩博士」と嘲笑されたりしている始末なのだ。 |
X氏は答えない
さて、嘱託になった私は、名張市や名張市教育委員会が乱歩についてどう考えているのかを知りたいと思った。私は私なりに、名張市立図書館が乱歩に関して何をすればいいのか、そのプランはもっていた。しかし、それが名張市や名張市教育委員会の考えと整合性をもったものかどうかは判らない。早い話が、名張市は昭和四十年代のなかばに乱歩記念館の建設構想を打ち出しているのだが、その構想が生きているのか死んでしまったのか、生きているとすればどういう形で残っているのか、そしてその構想と図書館との関係はどうあるべきなのか、そのあたりを確認しておかなければ動きようがないのである。そこで私は、教育委員会のしかるべき地位にある方に文書で質問を提出した。図書館が乱歩に関して何をすればいいとお考えか、教育委員会としての見解なり方向づけを示してほしい、といった内容の文書である。 |
乱歩は四番を打つ ここで、乱歩という作家のことを確認しておこう。明治以降の日本の文学者でベストナインを組むとすれば、不動の四番は漱石であろう。生前も没後も変わりなく読まれ、支持され、日本の近代文学を代表する作家といえば、夏目漱石をおいてほかにはあるまいと思われる。なにしろその肖像が紙幣に印刷されているほどの、いわゆる国民的作家なのである。翻って、漱石に代表される主流派の文学者ではなく、一般に大衆文学や娯楽小説などと称されるところの、これまであまり評価されることがなく、研究の対象ともされてこなかった一群の文学者でベストナインを選ぶとなれば、不動の四番は乱歩しかあり得まい。探偵小説という新しいジャンルを切り開き、大衆文学の世界で圧倒的な人気を獲得し、少年小説の分野でも熱狂的な賞讃をわがものとした乱歩こそ、漱石にも比肩すべきもう一人の四番打者なのである。 (名張市立図書館嘱託) |
掲載●1999年12月27日
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初出●「四季どんぶらこ」第6号(1998年3月1日発行) 番犬追記●文中にある「乱歩の辞典」に着手された方は、シャーロッキアンの平山雄一さんです。平山さんのホームページ「The Shoso-in Bulletin 日本語版」の「江戸川乱歩事典大構想!」に、その一部が掲載されております。 |
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