図書館嘱託は皮算用をする
本誌の締切は発行の一か月半前にやってくる。
きょうは四月の二十五日だから、これでもう十日ほど締切を過ぎていることになる。
編集者が気を揉んでいるであろうことは重々判っているのだが、私がぐずぐずしていたのには訳がある。
恥ずかしいから大きな声ではいえないが、そろそろ日本推理作家協会賞の発表があるのではあるまいかと、私は私で気を揉んでいたのだ。
私の皮算用によれば、今年の日本推理作家協会賞の評論その他の部門は、『乱歩文献データブック』によって名張市立図書館が受賞するはずだったのである。
読者は唖然とされたことであろう。
呆れ返って口も利けぬとおっしゃるであろう。
私だって呆れ返らぬではない。
こんな図々しいことをぬけぬけと書いてしまう自分という人間は、よほど育ちのいいお坊ちゃんかさもなければ底なしの馬鹿にちがいない。
そう思っている。
しかし読者よ、ここではっきりと打ち明けてしまうならば、私は当初から日本推理作家協会賞を目標に、いや、目標というのは少しおかしい、要するにまあ当然受賞するであろうという予想のもとに『乱歩文献データブック』を編集したのである。
そして、このほど発行された「日本推理作家協会会報」四月号に、第五十一回推理作家協会賞の候補作品が発表されていたのである。
ない。
私は眼を疑った。
名張市立図書館の名がないのだ。
私は目を凝らした。
しかしどこにも名張市立図書館の名前は記されていないのである。
私は愕然とした。
そもそもこの日本推理作家協会賞は淵源をたずねれば江戸川乱歩その人がつくった賞であって、その受賞者の系譜に名張市立図書館が連なり、賞の歴史に名張の二文字が刻まれることはとても嬉しい。
名張市民として単純に嬉しい。
私はそう考えて鋭意ことにあたったのであるが、下世話にも当てと褌は向こうから外れると申すとおり、『乱歩文献データブック』は候補作にもなれなかったのである。
これは奇怪な事態である。
私の手許には、全国のミステリファンで組織するSRの会の機関誌「SRマンスリー」の三月号がある。
特集は「一九九七年度ベスト5」で、会員の投票によって決定した昨年のベスト作品が発表されている。
翻訳は『カリブ諸島の手がかり』、国内では『三月は深き紅の淵を』がベスト1に選ばれているが、そんなことはともかく、評論・周辺書部門のベスト1には『乱歩文献データブック』が堂々とランキングされているのだ。
ちなみに、日本推理作家協会賞の評論その他の部門の候補作品は四作あって、そのうちの一点『本格ミステリの現在』は、SRの会のランキングでは評論・周辺書部門の第三位、獲得点数の平均点は六・九〇点だが、『乱歩文献データブック』は八・八〇点という高い平均点を得ているのである。
その『乱歩文献データブック』がなぜノミネートもされぬのか。
これは奇怪な事態である。
ついでだから、「SRマンスリー」三月号から本多良隆さんとおっしゃる会員のコメントを引用されていただこう。
「昨年のベスト1は『乱歩文献データブック』でしょう。そして今年のベスト1は『世界ミステリ作家辞典』となるのは間違いないでしょう。評論・周辺書の方が小説より上になるようでは困りものですが、これらは編者の熱意や愛情が作家達を上回っている、と解釈すべきでしょうね」
ここまで評価してくださる人もある『乱歩文献データブック』だ。
それが候補作にも挙げられぬというのは、いかにも奇ッ怪至極な話ではないか。
私はこの賞の運営に重大な疑義を抱き、日本推理作家協会に決然と退会届を叩きつけてやろうかとも考えたのだが、入会していないのだから退会できるわけがないと思いあたった。
と書いてきて、私はさすがにあほらしくなった。
ノミネートされなかったのなら口を拭って知らぬ顔をしていればいいものを、どうして私という人間はわざわざそんなことを公表し、狙っていた賞が取れませんでしたなどと恥をさらしてしまうのであろうか。
私は自分のことを育ちのいいお坊ちゃんだと信じてきたのだが、もしかしたら底なしの馬鹿なのかもしれない。
ともあれ、本連載の読者は先刻ご承知のとおり、私はなんだか妙な行きがかりで名張市立図書館の嘱託を拝命し、『乱歩文献データブック』の編集に携わったのであるが、どうせ乱歩の書誌を出すのなら日本推理作家協会賞を取るくらいのものにしないといかんなといったことは最初から考えていたのである。
そして取ろうと決めたのである。
これを烈々たる気概という。
あるいは思いあがりという。
換言すれば、底なしの馬鹿。
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