| 恐怖の大王が降臨する 
			
			「いよいよ一九九九年ですね」 「二〇世紀も押し詰まりました」
 「今年はなんやえらいことが起きるそうですけど」
 「何が起きますねん」
 「一九九九年の七の月」
 「ノストラダムスの大予言ですか」
 「空からものすご恐ろしいもんが降ってくるらしいですね」
 「恐怖の大王ゆうやつでしょ」
 「あらお越しやす。えらいご無沙汰どすなあ。いったいどこで浮気しとおいやしたん。もう知らん。このいけず」
 「何やねん気持ちの悪い」
 「いまのはいわゆる京風の対応ゆうやつですけど」
 「そんなもん恐怖の大王と何の関係もないやないか」
 「けど気持ち悪いですよ」
 「何がですか」
 「今年の七月に日本じゅうの人間がいっせいに京都弁で喋りだしてみ」
 「そんなこと起きるわけないやろ」
 「あっちでもどすどす、こっちでもどすどす」
 「何やねんそれは」
 「やくざの出入りやないんですから」
 「もうええゆうねん」
 「しかし君、この恐怖の大王の正体はいったい何や思う」
 「いろいろとテレビでもゆうてますけどね」
 「火山が爆発するとか惑星の並び方がどうなるとか」
 「コンピュータの二〇〇〇年問題で大惨事が起きるゆう説もありますね」
 「あんなもんみんな嘘です」
 「そしたら君は正体知ってるのか」
 「察しはつきますね」
 「何ですねん正体は」
 「僕思うに、恐怖の大王はもうこの日本に来てるのとちゃいますか」
 「けどまだ七月になってないやないですか」
 「これは怪人二十面相がよくつかう手ェなんですけど」
 「何の話やねん」
 「期限切った予告ゆうのをようやるわけですわ」
 「二十面相がですか」
 「何月何日の何時何分にこの美術館の美術品、ひとつ残らず頂戴しまっせ」
 「しまっせとはいわんやろ」
 「ところが実際には予告の時間より先に盗み出してるわけです」
 「怪人二十面相もせこいですな」
 「予告した時刻ゆうのは盗んだ財宝を積んだ車がアジトに着く時間なんです」
 「なるほど」
 「せやから恐怖の大王もじつはすでに姿を現してると考えるべきでしょう」
 「なんでそないなるねん」
 「今年の七月ゆうのは大王の支配が完璧に達成されるときなんです」
 「ほんまかいな」
 「そうゆうこといろいろ考えますと恐怖の大王の正体はあれしかない」
 「何ですか」
 「不況ですよ不況、平成の大不況」
 「そんなあほな」
 「あほなことあるかいな。不況が長引いてどれだけの人間が苦しんでるか、未来に希望を持てずにどんだけ暗い気持ちで日々を生きてるか」
 「そらまあそうですけど」
 「この不況よりもっと怖い大王がこの世に存在すると思いますか」
 「そしたら君はあれか、今年の七月にこの不況がいよいよ最終的な局面を迎えると、こういいたいわけですか」
 「ノストラダムスの大予言によれば当然そないなりますね」
 「どないなるんですか」
 「まあ日銀がつぶれるとかラララむじんくんが国営化されるとか」
 「なんでやねん」
 「お自動さんはどないなるでしょう」
 「しょうもないことばっかりゆうてたらあかんで君」
 「でもここまで不況が深刻やと身のまわりにも暗い話題が増えますね」
 「近所の家が夜逃げしたゆう話、名張市内の住宅団地では珍しい話でもないですからね」
 「せっかく名張にマイホーム建てて一家仲よく暮らしててですよ」
 「お父さんがリストラに遭うた、再就職の口がない、ローンが払えん、町金融に手ェ出した、取り立てがきつい、こら夜逃げしかないなと」
 「子供が可哀想ですがな」
 「夜逃げとなると学校の友達に挨拶もせんと別れなあきませんからね」
 「ポンポンポンポンポンポン」
 「何の音やねん」
 「友達を乗せたポンポン船が川面を遠ざかっていきます」
 「名張のどこにポンポン船があるゆうねん」
 「その舟を少年は追いかけます」
 「せやからどこの話やねん」
 「きっちゃーん、きっちゃーん」
 「君はマルセ太郎か。誰がこんなとこで『泥の河』やってくれて頼んだ」
 「それほどつらい思いをせなあかん子も出てくるわけですよ、不況のせいで」
 「ややこしい譬えはやめときなさい」
 「けどほんま笑いごとやないんです」
 「笑いごとやないですよ実際」
 「じつは僕もね」
 「はい」
 「僕あの名張市立図書館の乱歩資料担当嘱託なんですけど」
 「それが何か」
 「一度リストラに遭いまして」
 「あ、馘になったんか」
 「馘になりかけてまたなんとか拾うてもろたらしいんですけど」
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