第八回
ノストラダムス解読
 恐怖の大王が降臨する

「いよいよ一九九九年ですね」
「二〇世紀も押し詰まりました」
「今年はなんやえらいことが起きるそうですけど」
「何が起きますねん」
「一九九九年の七の月」
「ノストラダムスの大予言ですか」
「空からものすご恐ろしいもんが降ってくるらしいですね」
「恐怖の大王ゆうやつでしょ」
「あらお越しやす。えらいご無沙汰どすなあ。いったいどこで浮気しとおいやしたん。もう知らん。このいけず」
「何やねん気持ちの悪い」
「いまのはいわゆる京風の対応ゆうやつですけど」
「そんなもん恐怖の大王と何の関係もないやないか」
「けど気持ち悪いですよ」
「何がですか」
「今年の七月に日本じゅうの人間がいっせいに京都弁で喋りだしてみ」
「そんなこと起きるわけないやろ」
「あっちでもどすどす、こっちでもどすどす」
「何やねんそれは」
「やくざの出入りやないんですから」
「もうええゆうねん」
「しかし君、この恐怖の大王の正体はいったい何や思う」
「いろいろとテレビでもゆうてますけどね」
「火山が爆発するとか惑星の並び方がどうなるとか」
「コンピュータの二〇〇〇年問題で大惨事が起きるゆう説もありますね」
「あんなもんみんな嘘です」
「そしたら君は正体知ってるのか」
「察しはつきますね」
「何ですねん正体は」
「僕思うに、恐怖の大王はもうこの日本に来てるのとちゃいますか」
「けどまだ七月になってないやないですか」
「これは怪人二十面相がよくつかう手ェなんですけど」
「何の話やねん」
「期限切った予告ゆうのをようやるわけですわ」
「二十面相がですか」
「何月何日の何時何分にこの美術館の美術品、ひとつ残らず頂戴しまっせ」
「しまっせとはいわんやろ」
「ところが実際には予告の時間より先に盗み出してるわけです」
「怪人二十面相もせこいですな」
「予告した時刻ゆうのは盗んだ財宝を積んだ車がアジトに着く時間なんです」
「なるほど」
「せやから恐怖の大王もじつはすでに姿を現してると考えるべきでしょう」
「なんでそないなるねん」
「今年の七月ゆうのは大王の支配が完璧に達成されるときなんです」
「ほんまかいな」
「そうゆうこといろいろ考えますと恐怖の大王の正体はあれしかない」
「何ですか」
「不況ですよ不況、平成の大不況」
「そんなあほな」
「あほなことあるかいな。不況が長引いてどれだけの人間が苦しんでるか、未来に希望を持てずにどんだけ暗い気持ちで日々を生きてるか」
「そらまあそうですけど」
「この不況よりもっと怖い大王がこの世に存在すると思いますか」
「そしたら君はあれか、今年の七月にこの不況がいよいよ最終的な局面を迎えると、こういいたいわけですか」
「ノストラダムスの大予言によれば当然そないなりますね」
「どないなるんですか」
「まあ日銀がつぶれるとかラララむじんくんが国営化されるとか」
「なんでやねん」
「お自動さんはどないなるでしょう」
「しょうもないことばっかりゆうてたらあかんで君」
「でもここまで不況が深刻やと身のまわりにも暗い話題が増えますね」
「近所の家が夜逃げしたゆう話、名張市内の住宅団地では珍しい話でもないですからね」
「せっかく名張にマイホーム建てて一家仲よく暮らしててですよ」
「お父さんがリストラに遭うた、再就職の口がない、ローンが払えん、町金融に手ェ出した、取り立てがきつい、こら夜逃げしかないなと」
「子供が可哀想ですがな」
「夜逃げとなると学校の友達に挨拶もせんと別れなあきませんからね」
「ポンポンポンポンポンポン」
「何の音やねん」
「友達を乗せたポンポン船が川面を遠ざかっていきます」
「名張のどこにポンポン船があるゆうねん」
「その舟を少年は追いかけます」
「せやからどこの話やねん」
「きっちゃーん、きっちゃーん」
「君はマルセ太郎か。誰がこんなとこで『泥の河』やってくれて頼んだ」
「それほどつらい思いをせなあかん子も出てくるわけですよ、不況のせいで」
「ややこしい譬えはやめときなさい」
「けどほんま笑いごとやないんです」
「笑いごとやないですよ実際」
「じつは僕もね」
「はい」
「僕あの名張市立図書館の乱歩資料担当嘱託なんですけど」
「それが何か」
「一度リストラに遭いまして」
「あ、馘になったんか」
「馘になりかけてまたなんとか拾うてもろたらしいんですけど」

 図書館嘱託はリストラに遭う

「どうゆうことですねん」
「つまりお役所も不況なんです」
「そらそうです。世間の景気が悪いとそれだけ税収が減りますからね」
「なんとかつかうお金を減らして予算をスリム化せなあかん」
「そうでしょうね」
「ほな人件費でも削りまひょか。ああそれがよろしな。そしたらとりあえず正職員以外の人間適当にくび切りまっせ。切ったれ切ったれどんどん切ったれ」
「そんなあほな」
「いや実際にはそうゆうことですねん。それで僕のくびも一度は切られたんですから」
「けどそんな適当にくび切りまっせみたいな単純なことやないでしょ」
「君よう考えてみ。たとえば日本の政府ね」
「政府がどないしました」
「あれかて単純ゆうたらものすご単純なもんですよ」
「そうですか」
「相変わらず景気悪うてお先真っ暗ですなあ。そら難儀な話やないか。ものは試しでいっぺん商品券でもばら撒いてみまひょか。ああそれがええそれがええ。目先のことしか考えん国民どもは手ェ叩いて喜びますやろ。撒いたれ撒いたれどんどん撒いたれ。みたいなことゆうてるのが日本の政府ですからね。単純ゆうかあほゆうか国民を愚弄してるゆうか」
「いろいろと知恵をしぼった結果ですがな」
「一国の政府さえその程度なんやから名張の地方政府がどの程度のもんか、君よう考えてみィゆうてるねん」
「けど君のくび切ったりつないだりゆうのは誰がやるんですか」
「じつは僕もあんまり詳しいことは知らんのです。予算のこと仕切ってるのは財政課かそこらやと思いますけど」
「しかし結局馘にはならんかったんでしょ」
「そら図書館側が抵抗しますからね」
「なんでやねん。君が馘になったら図書館の職員は大喜びとちゃうか」
「そら実際はそうやとしてもやで、やっぱり乱歩のことでよそから問い合わせとかあったりしたとき困りますからね、僕がおらんと」
「しかし聞いとったら妙な話ですな」
「何が妙やねん」
「君は別に自分から頼んで図書館に雇うてもろたわけやないやろ」
「三顧の礼で迎えられました」
「それやのに不景気やからゆうて簡単にくびを切られるわけですか」
「いや君、弱者切り捨てはお役所の十八番ですがな」
「君が弱者ゆうこともないやろけど」
「いや僕は近所でも評判の弱者ですよ」
「どのへんが弱いねん」
「気が弱く意志も弱いが我は強い」
「最悪の性格やないか」
「けどこれじつは大きな問題なんです」
「どうゆうふうにですか」
「お役所の正職員がぬくぬくと制度に守られて働いてる一方で、僕らみたいな臨時雇いの未組織労働者は何の保障もなしに仕事をしてるゆうことですからね」
「いつ馘になるかも判らんわけですからね」
「ほんでまたものを考えませんからね」
「誰がですか」
「名張市役所の正職員」
「そんなことないやろ」
「とにかくもの考えるゆうことをしないんです彼らは」
「ちゃんと考えてるがな」
「予算をスリム化するゆうたら人件費削減ぐらいしか頭に浮かびません」
「人件費おさえることも必要でしょ」
「その前にやるべきことがあるんとちゃうか」
「どんなことですねん」
「たとえば現代ではまったく妥当性のない手当てが公務員の慣例墨守体質によって無批判に延々と継続されてないか」
「なんや難しそうな話ですけど」
「これを見直すだけで結構なリストラなんです。高知県がやりましたけど」
「やったとこもあるわけですか」
「名張市役所も予算を見直すのやったらそのへんからやるべきでしょうね」
「自分らの足もとを見直さなあかんゆうわけですか」
「しかしそんなこと考えつきもしませんからね。あほなんですかね」
「君いつもすぐ人をあほとかぼけとかかすとか決めつけますけど」
「はい」
「それでは友達ができんやろ」
「友達なんか一人もいません」
「難儀ですね君という男は」
「難儀やけど仕方ないですね。僕だいたい基本的にいらちなんです」
「それがどうかしましたか」
「いらちてどんな人間か判りますか」
「尋ねられたら返答に困りますけど」
「こういう人物は、他人のすることを見ていていらいらして仕方がない。なぜそんな馬鹿なことをするのか。こうすべきなのは明瞭ではないか。そう思って教える。教えても、判らない人間には判らない。これも当然のことだ。教えられて判ることなど、人生では少ないのである。所詮自分で苦労して掴むしかない智恵の方が圧倒的に多い」
「何ですねんそれ」
「そして苦労する能力もなく、一生智恵を手に入れることなく死んでゆく人間が、大方なのだ。そんなことは百も承知の上で、尚も焦だちを覚えずにはいられないのが、この手の人物で、その焦だちが高ずると、次第に愚者を許すことが出来なくなる、中でも愚者のくせに努力もせず、いわば居直って、これでいいのだ、などといっている人間を許せない。極端にいえば、そんな奴は生きている値打ちがない、と思ってしまう。それが心の狭さになって現れるのだ」
「終わりましたか」
「これきのう読んだ隆慶一郎の『影武者徳川家康』に書いてあった文章なんですけど、まさにこのとおりなんです」
「いらちは心の狭い人間にならざるを得ないゆうわけですか」
「ですから名張市役所などというのは僕から見ると愚者の城なんです」
「そこまでいうことないやないか」
「その愚者が僕のくびを切るゆうんですからね」

 お役所は内部批判を圧殺する

「けど君よう考えてみたらやで」
「何ですか」
「君がくびを切られかけたのは財政難が理由やと決まったわけでもないやろ」
「なんでですねん」
「だいたいこんな漫才やっとったらたいがい馘になるで普通」
「そんなことありませんよ」
「なんで判るねん」
「お役所がそこまで個人に対して人間的な態度を示すことはないですからね」
「どのへんが人間的やねん」
「ごんたばっかりしてる生徒の横面を思いきり張り倒す先生と」
「何の話ですねん」
「すべての生徒を偏差値というたったひとつの観点から指導する先生と」
「それがどないしてん」
「いったいどっちが人間的やと思う」
「難しい問題ですなあ」
「どこが難しいねん。生徒を一人の個人として見てるぶん暴力教師のほうが人間的やないか」
「どうも判りづらいんですけど」
「つまり張り倒すことは人間的な行為であるが切り捨てることは非人間的な行為であると」
「君ゆうてること無茶苦茶やで」
「まったく機械的に人を切り捨てることが非人間的な行為やないゆうのか」
「そらたしかにそうですけど」
「それにこの漫才が原因で僕が馘になったとしたら、これはもうはっきりと名張市役所が僕の挑発に乗ったゆうことですからね」
「お役所を挑発してどないするねん」
「そら僕かてこんな迂遠なことをせんともっと直接お役所を批判したいですよ」
「したらええがな」
「しかしお役所には内部批判が存在しないという事実を君は知らんか」
「知らんがなそんなこと」
「そしたら僕の体験を語りましょか」
「何がありましてん」
「僕が図書館の嘱託にしてもろてまだ間もないころのことでした」
「三年ほど前のことですな」
「名張市で乱歩関連事業を手がけてるのは図書館だけやないんです」
「ほかにもやってますか」
「でも僕は図書館の嘱託ですから図書館以外の部署がやってる乱歩関連事業には関係がない」
「そうゆうもんですか」
「というのは公務員の考え方です。僕は図書館で仕事するからゆうて公務員的な考え方をする気はないですから」
「どない考えました」
「やっぱりほかの部署にも口を出さなあかんのやないかと」
「よその乱歩関連事業にですか」
「そうです。というのもですよ」
「何ですねん」
「僕は図書館に雇われて月々お手当てをいただいてます」
「それがどないしました」
「このお手当てゆうのは要するに名張市民から貰うてるわけですわ」
「そら税金ですからね」
「しかも乱歩のことでお手当ていただいてるのは名張市で僕だけなんです」
「ゆうたら専門職ですな」
「それやったら図書館以外の乱歩関連事業にも僕は無縁ではあり得ない」
「そないなりますか」
「名張もいろいろ乱歩のことやってますけどわしは図書館以外のことは知りまへんねんみたいなことゆうとって市民に顔向けができるか君」
「そらそうですね」
「ですから僕は市長部局がやってる乱歩関連事業に対して自分の考えを伝えるべきやと考えたわけです」
「まあ君なりの考えを伝えたいと」
「同じころのことですけど」
「まだあるんかいな」
「名張市教育委員会の諮問機関である文化振興審議会が答申を出しました」
「これから名張の文化をどないしていったらええかという答申ですな」
「そこにもちょこっと乱歩のことが書かれてあった」
「それで君は君の考えを伝えたいと」
「もちろん頭ごなしに否定するわけやないんですよ」
「またあほとかぼけとか決めつけたんとちがいますか」
「いくら僕でも初手からは行きません」
「どないしましてん」
「市長部局の考えや審議会の意向は尊重いたしますが、それに対して図書館嘱託たるわたくしはこない考えますと」
「なるほど」
「さらさらと文章にまとめましてこれを図書館嘱託の意見として正式に提出したいのですがと図書館長に渡しました」
「館長さんはどないしはりました」
「困ってはりました」
「なんでですねん」
「そらやっぱりお役所の常識の埒を超えとったんでしょうね」
「そうゆうもんですかね」
「結局まあこれは私の胸に納めさせてくれと館長がおっしゃいましたので」
「その場で終わりですか」
「はい。お役所に上意下達はあってもその逆はないと知り初めた春の日」
「それが君の体験ゆうやつですね」
「初体験ゆうやつですわ」
「どんな初体験やねん」
「もちろん僕は当時の図書館長さんを批判してるわけではないんです」
「お役所の体質ですね」
「そう。お役所の体制とかお役人の体質とか、こらなんとかせなあかんのやないかと痛切に思いましたね」
「しかし君は乱歩の仕事するために雇われたんですよ」
「せやからその乱歩の仕事をしてきた過程で僕が君どれだけ公務員の責任回避体質とか問題先送り思想とか横並び至上主義とかに直面してきたことか」
「君はいつもそれを怒ってますけどね」
「僕の批判はすべて実例に基づいてるんです。体験に裏打ちされてるんです」
「それはそうでしょうけど」
「そしたら僕の体験を語りましょか」
「まだ体験があるんですか」
「売るほどあります」
「けど君そんなことばっかりゆうとったらほんまに嫌われるで」
「僕が人から好かれたいとかいい人でいたいとか思てる思うか君」

 図書館はまともなことを考える

「しかしまあ君かて名張市役所のすべてを知ってるわけやないでしょうから」
「ほな君は何か、一斑を見て全豹を卜するなと僕にいいたいのか」
「何やねんそれは」
「ここに大きな鍋があってスープがいっぱい入ってるとしましょか」
「また譬え話ですか」
「このスープをぜんぶ飲まんことにはスープの味見はできませんか」
「スプン一杯飲んだら判りますがな」
「お役所かてそうなんです。僕が乱歩というごく小さな穴から覗いて知り得た名張市役所の実態は、おそらく名張市役所全体の問題としていくらでも普遍化できるものと見て間違いないでしょうね」
「ほんで君はどないするゆうんですか」
「どないもできません」
「えらいあっさりしてますな」
「せやかて君、僕なんかほんまに無力ですよ」
「ゆうても臨時雇いの未組織労働者ですからね」
「名張市役所のヒエラルキーのなかでゆうたら僕なんか末端も末端、北の最果て摩周湖の夜みたいなもんですがな」
「なんで布施明が出てこなあかんねん」
「僕がいくらお役所の改革を進めようとしてもどないもなりません」
「内部批判が通用せんとなると打つ手はないかもしれませんね」
「せやからせめてお役所を挑発しつづけるしかないわけです」
「挑発したらどないなりますねん」
「市役所に何か動きが出てくるかもしれません」
「どんな動きですか」
「たとえば端的な話、あいつは獅子身中の虫であるから解雇してしまえということになって僕が馘になる」
「やっぱり馘ですか」
「僕はこれを不当解雇であるとして訴えます」
「おおごとですがな」
「まず第一に急にくびを切るゆうことは生活権の侵害ですし」
「そんな大袈裟な君」
「それ以上に僕がいま図書館の仕事から手を引くのは図書館にとって損失であり、市民にとっても損失なんです」
「何が損失ですねん」
「何がて君、はっきりゆうて名張市立図書館は乱歩に関してようやくまともなことを始めたとこなんです」
「まともなことといいますと」
「名張の図書館が乱歩に関して何をしたらええのかを主体的に考えるゆうことですがな」
「そしたらいままで主体的に考えたことはなかったんですか」
「考えてますかいなそんなもん。二重の意味でノーですね」
「二重の意味とは」
「名張市役所に勤めてるみなさんにものごとを本質的に考える能力はないですから考えるゆうこと自体が不可能ですし、それにそもそも公務員には主体性なんか全然ありませんから主体的になれというのが最初から無理なんです」
「それは君いい過ぎやで」
「何がですか」
「聞いてる人が真に受けたらどないするねん」
「真に受けるも何も僕のゆうてることはすべて真実ですがな」
「そんなもん君がそない思いこんどるゆうだけの話やないか」
「そしたら僕の体験を語りましょか」
「体験はええけど君、君のゆうてることはちょっとおかしないか」
「どこがおかしいんです」
「君さっきからお役所は人を個人として扱わないとか非人間的やとかゆうてますけど」
「それがどうかしましたか」
「君のほうこそお役所の人を十把一絡げにしてしもてるやないか」
「なるほど」
「お役所の人間を個人として認めていないゆうのはやっぱり非人間的な態度やないんですか君」
「君もそうゆう理屈が判るようになりましたか関口巽君」
「関口巽ていったい誰やねん」
「そしたら僕の体験を語りましょか」
「それはええっちゅうねん」
「しかしこのお役所漫才ではですね」
「これお役所漫才ゆうんですか」
「すべて僕の実体験に基づいたお役所批判がなされてるわけです」
「そらそうでしょう」
「けど僕が名張市役所の公務員をいちいち個人としてとりあげて批判してみ、そらまあえげつないで」
「なにしろ君は心が狭いですからね」
「もちろん現実には公務員個々の責任が問われる世の中になってきてるわけですけどね、行政訴訟とかいろいろ」
「そうらしいですね」
「僕が問題にしたいのはお役所なりお役人に偏在する問題なんです。しかしそれはやっぱり具体的には公務員個々の言動としてしか現れないわけです」
「公務員個々の言動にお役所なりお役人に偏在する問題が現れてくると」
「せやから公務員個々の問題を公務員一般の問題に還元して漫才のネタにするゆう手続きが必要なんです」
「結構ややこしいわけですね」
「しかしまあ上野市長だけはなんとかせなあきませんで」
「上野の市長がどうしたんですか」
「あのCATV問題どない思いますか」
「上野市の職員がCATVに払わんなん公費をつかいこんだゆう話ですか」
「それはまあええんですけど」
「ええことないやないか」
「問題は上野市長の対応ですよ」
「どんな対応ですねん」
「上野市は被害者であって公費は適正に支出されたゆうてるわけでしょ」
「そうらしいですけど」
「そんな理屈がどこの世界で通用する」
「おかしな理屈ですわね実際」
「お役所のなかでしか通用せん論理が世界中のどこででも通用すると思てしまうのが公務員の陥りやすい落とし穴なんですけど、その落とし穴にころっと落ちこんだうえに常軌を逸した責任回避までさらしとるわけなんですあの上野市長は」
「そこまでゆうか普通」
「と、いまみたいに個人を前面に出した公務員批判はやっぱりえげつないやろ」

 漫才は迷宮に迷いこむ

「いまのは譬えですかいな」
「公務員個々を矢面に立てたらどんだけえげつなくなるかという一例です」
「例にされた上野市長が気の毒やがな」
「いやこれくらいのことで済んだらまだええほうです」
「なんでですねん」
「あんなもん名張やったらとうにリコール騒ぎに発展してますからね」
「もうええがな」
「ですから結論としてはですね、お役所が画一的な弱者切り捨てで僕のくびを切るのはお役所の非人間性の表れなんですけど、僕がお役人を十把一絡げにするのは僕の人間性の表れなんです」
「どうも君のゆうてることにはうさんくさいとこがありますけど」
「けど実際こんな漫才ばっかりやっとるわけにも行かんのですけど」
「なんでですか」
「そもそもこの『乱歩文献打明け話』ゆうのは『乱歩文献データブック』をテーマにした連載なんです」
「君が勝手に寄り道ばっかりしてるのやないか」
「しかしあの本のことを市民に報告するのも大事なことですけど、それ以上に大事なことがあるわけです」
「何ですねん」
「情報公開ゆうやつですがな」
「どのへんが情報公開やねん」
「税金の使途を詳細に公表するのも情報公開ですけど」
「ほかにもあるんですか」
「お役所でどの程度の教養と見識をもった人間がどんな論理に従いながらお仕事をしているかということを市民に知ってもらうのも情報公開ですからね」
「そこまでせんでもええのちゃうか」
「けどたとえば最近あっちこっちで住民投票条例をつくろうゆうて署名集めるケースが増えてますけど」
「たしか神戸でもありましたね、飛行場の問題で」
「なんであんなことが起きるかゆうと要するにお役所の考えてることが一般住民によう判らんからなんです」
「そんなことないでしょ」
「つまり政策決定過程ゆうのが住民にさっぱり見えてないわけですから」
「議会でいろいろやってますやろ」
「議会に議案として提出されるゆうことはすでに決定済みやゆうことですがな」
「そしたら議会に提案される以前のことが住民にはさっぱり判らんと」
「ですからお役所の人たちがどんな考え方をするのかとかどんな価値判断基準をもってるのかとか、それをオープンにするのは情報公開の一環として大切なことやないかと僕は思うんですけど」
「ほなこの漫才は情報公開漫才ですか」
「そうゆう側面もあります」
「ほかにも側面がありますか」
「お役所に対してある程度の抑止力というか影響力は期待したいと考えてますけどね」
「どうゆうことですねん」
「お役所の人たちに自分自身を見直してもらう契機になるんとちゃうか思て高座を務めさしてもろてるんですけど」
「君そんな偉そうなことゆうてるけど」
「なんですねん」
「君のゆうてることに説得力ゆうもんがあると思うか」
「あるようなないような」
「こんな人を小馬鹿にしたようなしょうもない漫才に名張市役所の職員がまともに耳を傾けてくれるわけがないやろ」
「けど二人で対話するゆう形式は昔から考えを判りやすく人に伝えるためには有効な手段なんです」
「漫才がですか」
「そらもう古代ギリシアの時代からプラトンとかがやってきたことですから」
「プラトンて漫才やってたんですか」
「あんな笑いの取れん漫才台本も珍しいですけど」
「なんでプラトンが笑いを取らなあかんねん」
「パイレーツよりひどいですからね」
「どうでもええがなそんなことは」
「しかしもう最後のページですわ」
「誌面の無駄遣いとちがいますかこれ」
「じつは喋りたかったことの十分の一も喋れてないんですけど」
「何を喋りたいんですかいったい」
「僕もいつ馘になるか判らん立場ですから、とにかく自分が図書館でやろうと思っていたことだけはどこかにきちんと発表しとかなあかんと思います」
「なんでですねん」
「つまりそれを読んだら名張市立図書館が乱歩に関して何をどうしたらええかが誰にも判るわけですから」
「そしたらそれをすんなり書いたらええやないですか」
「それを書くにはお役所の実態とか公務員の体質とかを最初に明らかにしておくことが必要なわけですがな」
「えらい面倒な話ですな」
「まあ一言でゆうてしまうと、『乱歩文献データブック』と『江戸川乱歩執筆年譜』とその次に予定してる『江戸川乱歩著書目録』の三冊の本の線に沿ってやっていったらええんですけど」
「間違いないわけですか」
「間違いないどころかそれこそが王道ですよ。ところがそんな簡単なことさえ判らんわけですからね、お役所の人には」
「またそうゆうことをいう」
「往生しまっせ実際」
「君、心の狭いことばっかりゆうとらんと友達でもつくったらどうですか」
「要りませんよそんなもん」
「だいたい君は友達をもったことがないから友達のよさを知らんのとちがうか」
「僕かて友達ぐらいありましたがな」
「ほんまですか」
「まあ子供のころのことですけど」
「どんな友達でした」
「お父さんがおらん子で」
「お母さんだけですか」
「お母さんゆうのはとてもきれいな人やったんですけど、じつは君、売春婦で」
「何やて」
「その友達はある日お母さんといっしょに僕の前から去ってしまったんです、ポンポン船に乗って」
「ポンポン船て君」
「きっちゃーん、どこ行ったんや、きっちゃーん」
「君とはやっとれんわ」

(名張市立図書館嘱託)

掲載2000年6月28日
初出「四季どんぶらこ」第10号(1999年3月1日発行)