インターネット入門
今回はインターネットのことから説き起こそう。手許の資料によればわが国におけるインターネットの世帯普及率は七・〇八%、馴染みのない人はまだまだ多かろう。本誌読者のなかにもインターネットとカスタネットの違いすら判らぬ方がいらっしゃるかもしれない。そうした方々のためにインターネットとは何か、その点から始めたい。
ここで打ち明けておけば、私にしたところでインターネット歴三、四か月の駆け出しに過ぎない。その程度の短期間でインターネット入門が書けるようになるのだから、あなたもインターネットなど恐れることはない。ただしパソコンという言葉を聞いたことがないとおっしゃる読者があるとすれば、その方には本稿は理解不能であることをお断りしておく。
さて、何が何やら訳も判らぬまま、あなたはインターネットに手を染めることになった。何をすればいいのか。とにかくパソコンを一台購入することである。その際に「インターネットがすぐできるパソコンを」と指定すれば話が早い。そのあとはプロバイダと呼ばれる業者を訪ねて接続を依頼する。
あなたはさっそく悩ましい気分になってきたかもしれない。接続とはいったい何か、何と何を接続するのか、まさかオシベとメシベではあるまいが、などと馬鹿なことを考えていてはいけない。
地下に埋設された水道管を思い浮かべられたい。あなたは新しい家を建てた。だがそれだけでは水道は使用できない。地下に巡らされた水道管からあなたの家まで水道を引かなければならない。これがすなわち接続である。
インターネットの接続には水道管は必要ない。用いるのは電話回線である。あなたのパソコンとインターネットは電話の線によって結ばれるのである。面倒なことはない。パソコンのマニュアルやプロバイダから手渡された指示書のとおりに作業するだけで、あなたはインターネットの世界に参入できるのだ。
とはいえキーボードのキーを押して文字や数字を入力する必要があるから、まったくのパソコン初心者がただちにインターネットを体験できるというわけでもないのだが、話を進める都合上そのあたりは大目に見ていただきたい。とりあえずあなたはワープロに触ったことのある人間なのだとしておこう。それで充分である。
こうしてあなたはインターネットの世界に歩を踏み入れたのである。
インターネットの世界とは何か。
村井純氏の『インターネット』(岩波新書)には、「インターネットとは、『世界中のすべてのコンピューターをつなぐコンピューター・ネットワーク』だというのが、いちばん簡単な理解だと思います」と記されている。
あなたはまた悩ましい気分になってきた。いったいどのへんが「簡単な理解」だというのだろう、まったく理解できない、世界中だと? ネットワークだと? さっぱり判らぬではないか、と。
それなら、パソコンではなくテレビだと思っていただこう。なにしろ見た目が似ている。テレビだと思えば怖じ気も消えよう。あなたの家のテレビが電話回線によってインターネットにつながっているのだ。
あなたの友人であるAさんの家のテレビもやはりインターネットに接続されている。つまりあなたのテレビとAさんのテレビはインターネットを介して結ばれている。これすなわちネットワークなのである。
さて、その電話回線によって結ばれたテレビでいったい何をするのか。答えは知れていよう。あなたはテレビ番組を見るのである。
あなたはいつでも好きなときに水道の蛇口をひねり、水道管のなかを流れる水をあなたの家に自在に取り込むことができる。それと同様に、あなたはインターネットを流れているさまざまな番組をあなたの家のテレビに自由に取り込み、好きなだけ見ることができるのだ。その番組というのが物凄い。多種多様な番組を制作して放映するチャンネルは、手許の資料によれば世界中になんと約三億二千万もあるというのだ。
ああ、あなたはまた悩ましくなったかもしれない。じつは私も悩ましくなってきた。形が似ているからといってパソコンをテレビに譬えたりしたせいで、話がかえって複雑になった気がするのだ。それにいくら何でも話が大雑把すぎるという気もしないでもない。しかし致し方あるまい。この調子でつづけることにしよう。
私は番組と書いた。チャンネルと書いた。むろん比喩である。番組とはあなたのテレビに映し出される文章や画像のこと、チャンネルとはそうした文章や画像が収められている場所のことだとご理解願いたい。
このチャンネルを一般にホームページと称する。どこかでお聞きになったことのある言葉だろう。HPと略する。あとにLがつづけば不気味な頭文字になる。この段落の四番目の文章が理解不能の方は読み飛ばしていただきたい。
あなたの友人のAさんは和菓子屋さんである。名張銘菓「とんこ山のささら返し東北プロヴァンス風」だの「夏見廃寺堕地獄説教」だのを製造販売している。Aさんはインターネットを利用してこの銘菓をPRしようと考えた。そこでホームページを開設した。インターネットに番組を流すことにしたのだ。
インターネットと水道の違いはここにある。水道の場合あなたは水を受用するだけだが、インターネットではあなたのほうから番組を供給できるのである。
Aさんは自分のチャンネルすなわちホームページに銘菓の宣伝を載せた。宣伝文を書き、写真を配して、注文方法も記した。番組をひとつつくったのである。インターネットに接続されたテレビなら世界中どこのテレビでもこの番組を見ることができる。インターネットを利用して注文もできる。
ところでAさんは、商売は和菓子屋だが趣味で下着泥棒をしている。集めた下着は無慮数千枚、そのコレクションを自慢したくなって、Aさんは自分のチャンネルに別の番組をつくることにした。セクシーな下着の写真を順次紹介して、同好の士を愉しませたり羨ましがらせたりしてやるのだ。けけけけけ。
かくてAさんは商売と趣味の双方にインターネットを活用したのである。しかしあなたはご不審かもしれない。名張の和菓子屋が新しいチャンネルを開設したとしても、そんなチャンネルがあるということは誰も知らないではないか、いったい誰がそんなチャンネルを見てくれるのか、と。
ここで検索という言葉が登場する。三億以上もあるというチャンネルから自分が見たい番組を探し出してくること、これを検索と称する。けっして面倒な作業ではない。
インターネットのブラウザには、あ、私はブラウザという言葉を使用してしまった。じつは私は話がややこしくなるからブラウザという言葉はつかわないようにしてきた。ブラウザは一般にはホームページ閲覧ソフトと理解される。つまりパソコンでホームページを見るためのソフトである。しかしこうした用語はパソコンに縁のない方、あるいはパソコンアレルギーの方をも対象とした本稿ではできるだけ避けるべきであろう。
パソコンを日常的につかいこなしている人には想像もつかぬことかもしれないが、世の中にはパソコンにどうしても馴染めないという人間も存在する。桂文珍師匠が述べていらっしゃるとおり、会社でいやいやながらパソコンを扱わなければならなくなった中高年サラリーマンのなかには、
「へっ。こないな窓際の席に坐らされてからに何がウィンドウズじゃ」
と不貞腐れているお父さんもいるのである。
だからブラウザという言葉は撤回しよう。とにかくインターネットでは検索という作業が可能なのである。検索エンジンと呼ばれるホームページがそういうサービスを行っている。その点だけを確認して次に進もう。
たとえば名張市のことを知りたいと思ったのなら、あなたは検索エンジンを呼び出し、名張市という言葉を入力して、検索をスタートさせるだけでいいのだ。やがてテレビ画面には名張市に関わりのある番組の一覧が表示される。一覧から任意の番組を指定すれば、テレビはその番組を映し出すという仕組みだ。
だからうまく検索を行えば、あなたは和菓子屋Aさんのホームページにたどりつくことができるはずなのである。
以上、インターネット入門を記した。何が何やらお判りにならぬ方もいらっしゃるであろうが、先を急ごう。
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