第十一回
カリスマな日々
 伊賀の梟は夕暮になっても飛ばない

「聞きましたか、あの『梟の城』事件」
「なんですねんいったい」
「篠田正浩監督がSFXを駆使してつくりあげた邦画の大作ですけど」
「いま話題の忍者映画ですか、司馬遼太郎さん原作の」
「その試写会をめぐる悲惨きわまりない事件が『梟の城』事件なんです」
「もしかしたら上野と名張が試写会の争奪戦を演じたゆう話ですか」
「なにしろ伊賀忍者の映画ですから」
「赤目滝でロケもやってましたしね」
「地元にしたらこの映画を観光客誘致の起爆剤にしようぜッてなもんですわ」
「伊賀の人間が君、しようぜッみたいな歯切れのええ喋り方しますか」
「起爆剤にしまんにゃして」
「それでは何ひとつ爆発せんやろ」
「でもまあ不況のせいで観光業者も青息吐息ですからね、伊賀にとって恰好の話題ではあったわけです」
「『梟の城』ゆうお酒つくったとこもありましたな」
「青山町の重藤酒造ゆう酒屋さんです。あれはよろしおましたなあ」
「そうですか」
「お酒のラベルをデザインしたのが青山町の上田保隆先生ゆう絵描きさんで」
「なんや梟の絵ェばっかり描いたはる先生やそうですけど」
「このあいだその先生に偶然お会いしたんですけど、これプレゼントするわゆうて『梟の城』一本頂戴いたしまして。あれはほんまによろしおました」
「ただでお酒をもらえたのがよかったゆう話ですか」
「空き瓶でよかったら持って帰るか」
「空き瓶もろてどないせえゆうねん」
「お酒の話はまあええんですけど」
「試写会の話ですがな」
「試写会は結局名張で開かれまして」
「上野でも予定してたみたいですけど」
「名張に先を越されましたからね、んなもんあほくそてやってられるかゆうて上野の試写会は中止になりました」
「なんで中止せなあかんのか、ちょっと理解に苦しみますけどね」
「この事件は近来になく感動的で心温まる話題でしたね」
「なんでやねん。こんな狭い土地で先陣争いするのは見苦しいだけやないか」
「そうゆう見方も当然あるでしょう」
「こうゆう場合は伊賀全体で協力してことにあたるべきやと思いますけど」
「でもそれは伊賀の伝統を否定する立場に立った考えですね」
「伊賀の伝統といいますと」
「上野と名張の仲が悪いのはまさに伊賀の伝統なんです」
「それは悪しき伝統ですがな」
「しかし伝統は伝統ですから」
「たしかに上野と名張のあいだには江戸時代からいろいろありましたけどね」
「てゆうか、これは近世以前の伊賀惣国一揆にまでさかのぼりうる伝統なわけなんです」
「なんですねんまた難しそうな」
「戦国時代の伊賀地域ではですね、在地領主が全員団結してこの伊賀を支配していたわけです」
「その組織が伊賀惣国一揆ですか」
「一揆ゆうのは揆をひとつにするゆうことで、揆ゆうたら道のことですからね」
「団結してどないしますねん」
「他国の勢力が侵入してきたら団結して戦いに立ちあがるわけです」
「自衛のための戦いですな」
「集団的自衛権ゆうやつですね」
「そらちょっと意味合いが違うのとちゃいますか」
「ゆうたらまあ強姦されとる女がいたらみんなで助けたろやないかっちゅう話ですがな。がっはっは」
「こら。なんちゅうことぬかすねん。そんなもんこのあいだ防衛政務次官やめさせられたおっさんの科白やないか」
「まあ無茶苦茶なおっさんでしたけど」
「いくら漫才でもあんな程度の悪いおっさん引っ張り出すことないのちゃうか」
「けどなんや僕と芸風がかぶってるような気もしまして」
「なんちゅうどんならん芸風やねん」
「しかしあのおっさんの一件でいちばん可哀想やったんは誰やと思います」
「そらすべての女性に対してたいへん失礼ですし、被爆者の人かて神経を逆撫でにされたでしょうし」
「でもいちばん可哀想やったんはやっぱり大川興業でしょうね」
「なんでやねん」
「あのおっさんからあれだけのこと聞き出したんは大川興業の総裁ですよ。新聞かて聞き手は大川興業でしたくらいのことは書いたらなあかんがな」
「いったいなんの話をしとるねん」
「ですから伊賀惣国一揆の話です」
「けど君、それやったら伊賀の人間は昔から団結しとったわけやがな」
「なにしろ一揆ゆうくらいですからね」
「上野と名張の仲が悪いゆう話にはつながりませんやろ」
「何をゆうとるねん。団結するのは敵が来たときだけやないか」
「ふだんは仲が悪いんですか」
「ええか悪いか知りませんけど、普通やったら強力な戦国大名が登場して伊賀を統一してたはずですからね」
「そらそうでしょうね」
「それができずに小規模な領主がそこらじゅうにいたゆうことは、伊賀の人間は一本にまとまるのが嫌いやったと考えるべきやないかと」
「外から攻められたらひとつにまとまるけど、ふだんはとくに団結もしてないゆうことですか」
「せやから上野と名張がほんまに団結するのは久居から自衛隊が攻めてきたときだけでしょうね」
「なんでそないなるねん」
「しかし自衛隊にそれを望むのは憲法を改悪せんかぎり無理ですから」
「憲法変えてもあかんちゅうねん」
「結局これから先も上野と名張はこの狭い盆地のなかで蝸牛角上の争いをつづけていかなしゃあないわけですよ」
「狭い土地で反目したり牽制したりしてるような時代やないと思いますけど」
「けど実態はそうですからね。だいたいいま上野の人間がこの『梟の城』事件に関して名張のことをどないなふうに論評してるか、君わかりますか」
「なんてゆうてますねん」
「名張の人間のど汚さには愛想もこそも尽きてしまいまんにゃわ」
「もひとつ迫力に欠ける論評ですけど」
「陰でこそこそ動いといて横からさろていくゆうのは大学誘致のときと同じやり方でございまんにゃわ」
「いちいちにゃわにゃわゆわいでもええっちゅうねん」
「あれこわい」
「ええ加減にせえ」
「でもまあ最近、伊賀はひとつやみたいなことを口にする人間が増えてきてるわけですけど」
「伊賀がひとつにまとまるのはええことなんとちがいますか」
「伊賀の内部に異なった地域性ゆうもんが存在してるのは事実なんですから、それを頭から抑圧してひとつやひとつやと騒ぎ立てるのは危険なことなんです」
「それでもいまや市町村合併で伊賀市をつくろうかゆう時代ですよ」
「それですがな問題は」
「どないしました」
「つまり伊賀ゆうのは映画の上映会をどこが先にやるかゆうようなことでこれだけの事件が起きてしまう土地なんです」
「そんなたいした事件やないがな」
「それが君、伊賀市をつくるてか」
「その時期に来てるんやないかと思いますけど」
「僕もまあこの伊賀市の問題に関してはいずれ正式な批判を展開しようとは思てるわけですけど」
「君は反対ですか」
「反対とか賛成とかゆう以前に議論のレベルがあまりにも低すぎますからね」
「どうゆうことですねん」
「それを話し出すととても時間が足りませんからきょうはまあひとつだけゆうとくことにしますけど」
「何をいいますねんな」
「伊賀市をつくろうという提案の前提になっていて誰も疑問をもっていないひとつの問題についてです」
「といいますと」
「名前のことです」
「伊賀市ゆう名前ですか」
「そう」
「伊賀がひとつになるんやから伊賀市でええやないですか」
「みんなそないゆうわけですよ」
「どこに問題がありますねん」
「けど伊賀ゆう言葉はやっぱり印象が悪いですからね、伊賀市をつくるゆうのやったらまず名称のことから問題にしてもらわな困ると思いませんか」
「伊賀の印象は悪いんですか」
「君、伊賀ゆうたら何を連想します」
「そら忍者でしょうね」
「忍者ゆうたら諜報攪乱暗殺ゆうような汚い仕事のプロですよ」
「それはそうですけど」
「人に本心を見せないとか、人を平気で裏切るとか、血も涙もないとか」
「なんや陰気で馴染みがたい印象はありますわね、間違っても友だちにはなりたくないみたいな」
「だいたい伊賀ゆう言葉はG音が耳について響き自体も汚いですし」
「ぱっとしたイメージはないかもしれませんね」
「だいたい君、三重県庁へ行ってみ」
「どないしました」
「いまはもうそんなこともないかもしれませんけど、ある時期まで県庁職員のあいだでは」
「何がありましてん」
「伊賀から来とる人間に腹を割った話をしたらあかんで、ゆうようなことが公然と囁かれてたといいますからね」
「それだけ伊賀はイメージが悪うて信用されてないゆうことですか」
「ちょうど一年ほど前に東京から来てくれたお客さんとお酒を飲んだことがあるんですけどね、清風亭の二階の座敷で」
「鍛冶町の料亭ですな、座敷から名張川が見渡せる」
「たまたま隣に坐られたのが村山徳五郎さんとおっしゃる方でして」
「またご立派なお名前で」
「村山さんとは初対面やったわけですけど、何かのはずみで伊賀市がどうこうゆう話題になりまして」
「伊賀市はイメージ悪いゆう話になったわけですか」
「もしも伊賀市ができてしまった場合、自分は伊賀市から来ましたと自己紹介するだけで腹黒くて陰険で冷酷で計算高い人間やと思われそうで、僕はそれがつらいんですとお話ししたんです」
「なるほど」
「そしたら村山さん、しばらく僕の顔をじっと眺めはってからに」
「なんとおっしゃいました」
「あなたほんとにそんな感じですね」
「なんやねんそれは」
「うぬッ、見破られたかッ、てなもんですがな」
「君はこてこての伊賀人イメージやゆうことやがな」
「僕もう思わず忍法木の葉隠れでその場から姿を消しまして」
「伊賀の影丸やないねんから」
「名張川を水蜘蛛で渡って鍛冶町から瀬古口に避難しましたけど」
「そんなことどうでもええねん」
「とにかく大変なんです」
「君がしょうもないことにこだわってるだけの話やないか」
「しかしまあ伊賀がどうこうとか伊賀市がどうこうゆうて議論するのであれば、やっぱりそれなりの知識とか見識とかが必要になるわけですから」
「君の話のどこに知識とか見識があるゆうねん」
「伊賀のみなさんもいつまでも不勉強ではいられませんね」
「勉強くらいちゃんとしたはるがな」
「いまさら勉強したかて手遅れです」
「もうええっちゅうねん」

 カリスマはアンダーバーを入力する

「けど君、僕はこんなあほな漫才やっとる場合やないんです実際」
「ほなせんといたらええやないか」
「とにかく僕はいまホームページで大変なんですから」
「あ、とうとうホームページ開設しましたか」
「十月の二十一日、江戸川乱歩の誕生日になんとか間に合わせました」
「開設の準備が大変やったんとちがいますか」
「きょうびの言葉でゆうたらいっぱいいっぱいゆうとこですか」
「ほぼ限界ですか」
「昔ながらの言葉でゆうたら気ィが狂いそうじゃあッ、ゆう感じですけど」
「しょうもないことでいちいち発狂せんでええねん」
「初めてのことですからいろいろわからんことも多いわけです」
「そうゆう場合はどないしますねん」
「プロバイダに電話で問い合わせます」
「インターネットの接続業者ですな」
「僕の場合は名張のイーネットゆう会社に接続してるんですけど」
「わからんことはそこへ電話するわけですか」
「あれは開設予定時刻まで十二時間を切った時点のことでしたけど」
「ぎりぎりやないですか」
「ひとつわからんことがあって電話したんです」
「何がわかりませんねん」
「説明するのは難しいんですけど、とにかくそれは『ターゲットイコールアンダーバートップ』と指示を書き込んだらよろしねんと」
「プロバイダの人が教えてくれたわけですな」
「ところが教えられたとおりにやってもうまいこと行きません」
「おかしいやないですか」
「なんべんやってもあきませんから僕もかちんと来まして」
「また電話しましたか」
「おまえがゆうたとおりにしてもいっこもうまいこと行かんやないかと」
「そうゆうことはちゃんと教えなあきませんわね、業者たるもの」
「けど向こうの若い衆はさっきと同じ説明しかしよりませんねん」
「どないなってますねん」
「せやから僕、教えてもろたまま指示を書いたゆうことを知らせるために電話口で読みあげたったんです」
「そのターゲットイコールなんたらかんたらをですか」
「そしたら向こうがびっくりしまして、ちょっと待ってくださいといいよる」
「ほう」
「ところで君、パソコンのキーボードの下の右端のほうに横棒を書いたキーがひとつあるんですけど、あのキーのことをアンダーバーと呼ぶという衝撃的な事実を君は知ってましたか」
「君はどないやねん」
「知るわけないがな」
「ほなどないしてましてん」
「アンダーバーと書けといわれたさかいにやで、一文字一文字underbarゆうて入力しとったわけですがな」
「それではあかんやろ」
「あかんあかん皆目あかん。さっぱりわやですわ」
「それで君ようホームページ開設できたもんですな」
「それ以来電話の向こうで若い衆がアンダーバーアンダーバーゆうたびに、僕の耳にはなぜかそれがあんたはパーあんたはパーゆうてるように聞こえまして」
「ほんまにパーやないか」
「なんでこないなつらい思いしてまでホームページ開かなあかんねんと」
「そんなこと知らんがな」
「けどパーていいよるねんでパーて」
「パーでもなんでもとにかく開設できてよかったやないですか」
「それはまあおかげさんで」
「それでいったいどんなホームページなんですか」
「もちろんメインは江戸川乱歩のデータベースです」
「そらやっぱりそうでしょうね」
「つまり僕、名張市立図書館の乱歩資料担当嘱託なんですけど」
「それがどないしました」
「いまや人は僕のことをカリスマ嘱託と呼びますけど」
「美容師やないんですから」
「昔はセクハラ嘱託とか逆ギレ嘱託とかアル中嘱託とか」
「ろくなこといわれてませんな」
「そうした中傷にも負けずに丸四年を経過してようやくカリスマと呼ばれる地位にまで昇りつめたわけですけどね」
「そのカリスマがなんでホームページを開設せなあかんのですか」
「インターネットを利用して公共図書館にどんなサービスが可能なのかを試してみたいゆうようなとこですね」
「そこまでせなカリスマとは呼ばれませんか」
「つまり名張の図書館は乱歩に関しては全国を対象にサービスせなあかんわけですからね」
「あかんゆうこともないでしょうけど」
「けど君、日本じゅう捜したかて乱歩の本とか関連資料を集めてる図書館は名張の図書館だけですからね」
「それはそうですね」
「それやったら名張市立図書館は乱歩に関してこれまでに蓄積してきたデータなり何なりを広く全国に提供することを考えるべきなんです」
「そうゆうもんですかね」
「で、インターネットやったらかなりのことができるやろと判断しまして」
「なるほど」
「ですから僕がつくったホームページは本来は名張市立図書館が開設するべきものなんです」
「それやったら最初から図書館が開設したらええやないですか」
「それがでけんかったから個人でやったんですけど、いずれ図書館がホームページ開いてそこに僕のページの乱歩関連データを引っ越しさせるべきでしょうね」
「名張市立図書館のホームページを見たら乱歩に関することがいろいろわかるゆうわけですね」
「ほんまに名張市立図書館がいきなりそうしたらかっこよかったんですけど」
「まあ予算の問題もありますから」
「いや、予算の問題やないんです」
「けど予算かて要りますやろ」
「せやかて君、僕のホームページにはほとんどお金かかってないんですから」
「そうなんですか」
「七、八千円のホームページ作成ソフトを買うただけですからね」
「ほな予算的にはまったく問題はないんですか」
「ただ名張市のホームページ作成は業者に外注してますからね、そうなると予算は必要です」
「そしたら外注に出さんと市の職員がやったら予算はゼロで済むんですか」
「そうゆうことです」
「なんでそうしませんの」
「さあ、お役所の人間が何を考えてるのか、僕にはさっぱり見当がつきません」
「そんな無責任な」
「しかしまあ本質的な問題は予算には関係ないんです」
「ほな何が問題なんですか」
「お役所の体質です」
「またその話ですか」
「実際お役所の体質ほどインターネットに向かないものはないですからね」
「けど名張市かてちゃんとホームページを開設してますがな」
「インターネットの特徴である即時性と双方向性をあそこまで殺してしもたらあかんやろ」
「あきませんか」
「まあいまのお役所の体質ではあれが限界やろなゆう気はしますけどね」
「けど君、君のホームページの乱歩に関するデータはいずれ名張市立図書館のホームページに引っ越しするわけでしょ」
「そのつもりです」
「そしたらお役所の体質が変わらんかぎりいつまでも引っ越しできませんがな」
「いやもちろん単にデータを公開するだけやったら即時性も双方向性もそれほど関係はないんです」
「といいますと」
「たとえば前に名張市立図書館が『乱歩文献データブック』ゆう本を出しましたけど、あの本の内容をホームページに載せるゆうような場合ですね」
「それはまあ見たい人が好きなときに見たらええだけの話ですから、即時性とか双方向性はそれほど必要ないですわね」
「ただし乱歩に関する質問にお答えするとか、乱歩に関する最新情報を全国の読者や研究者にお伝えするとか、名張市立図書館はそうゆうサービスもせなあきませんから、やっぱり即時性と双方向性は必要不可欠ではあるんです」
「名張の図書館に乱歩のことで全国から質問が来ますか」
「まあちょこちょこですけどね」
「どんな質問ですねん」
「このあいだなんかNHKから問い合わせがありまして」
「あの天下のNHKですか」
「そう。『クイズ日本人の質問』ゆう番組のスタッフの方でしたけど」
「何を聞かれました」
「あの番組は日曜の夜に放送されてるんですけど、夏休み最後の日曜に子供向けの問題を特集したいと」
「乱歩のことが問題で出たわけですか」
「そうです。少年ものを書くときに」
「少年ものゆうたら『怪人二十面相』とか『少年探偵団』とかですな」
「乱歩はひとつのルールを決めていました。さてそれはいったい何でしょうか」
「それで名張の図書館にはどんな問い合わせがあったんですか」
「乱歩の少年もの全作品のタイトルを教えてほしいゆうご依頼でした」
「それ聞いてどないしますねん」
「そのタイトルをパネルにして番組で使用したいゆうことで」
「なるほど」
「ですから名張市立図書館の『江戸川乱歩執筆年譜』から少年ものをリストアップしてメールでお知らせしました」
「ちゃんと放送されましたか」
「裏番組が充実してましてね、辰吉のボクシングはあるわ世界陸上の女子マラソンはあるわもちろんプロ野球はあるわ」
「えらい日やったんですな」
「これは高橋博士とか大桃博士とかのご意見をゆっくりお聞きしてる場合やないでとは思いましたけど」
「そうもいかんがな」
「それで見てましたらちゃんと乱歩の問題も出てきました」
「そらお役に立ててよかったですな」
「ほんまです」
「しかし天下のNHKから問い合わせの電話が入るとなると、名張市立図書館もたいしたもんですがな」
「問い合わせだけやないんです」
「といいますと」
「放送の翌日にスタッフの方からお礼のお電話までいただきまして」
「やっぱりNHKは丁寧ですね」
「どうもお世話になってありがとうございました。お礼の品をお送りいたしますのでお納めください」
「何を送ってきてくれました」
「それがまだ届きませんねん」
「夏休みの話やろがな」
「船便で送ってくれたんですかね」
「東京から名張までなんで船便を利用せなあかんねん」
「ほなやっぱり送ってくれてないと」
「けどええやないですか。君かて別にお礼目当てにしたことやないでしょうし」
「そらそうです。それにだいたいうちの家はNHK受信料不払い闘争をつづけてますからそれでチャラなんですけど」
「しょうもないことでチャラにするんやないがな」
「しかし君、名張市立図書館がホームページ開設したらこんなご質問にももっと手軽にお答えできますし、いまよりはるかに役に立つ図書館になれるわけなんですけどね」
「これがほんまの情報発信ゆうやつですからね」
「名張市立図書館は一気にカリスマ図書館になれるはずなんです」
「やっぱり図書館にもカリスマゆうのがあるんですか」
「しかし名張市役所の体質がいつまでもいまのままで責任回避を価値判断の基準にしつづけているかぎり、カリスマどころかスマスマも無理でしょうね」
「スマスマてなんやねん」
「もちろんサタスマもあきません」
「さっきから何を訳のわからんことぼやいとるねん」

 管理職はベストテンの恐怖に怯える

「しかし君えらいもんやで」
「何がですねん」
「ホームページに掲示板ゆうのをつくったんですけど」
「ホームページ見てくれた人が好きなことを自由に書き込めるとこですな」
「開設早々いろんな人が開設祝いを書き込んでくれまして」
「どんな人ですねん」
「そらやっぱり乱歩ファンとかミステリーマニアとか『新青年』ゆう雑誌の研究してる人とか、なかにはプロの作家の方もいらっしゃいまして」
「えらいもんですな」
「それもたいへん心温まるお言葉を頂戴してじつに感動いたしました」
「どんなお言葉ですねん」
「まあたとえば『ここのページでは、さまざまな情報と研究成果と、何より乱歩へのさまざまな思いに出会えそうです。期待しておりますので、どうかよろしくお願い申し上げます』とかですね」
「そら嬉しいこっちゃがな」
「それからまた『日本国江戸川乱歩に関するサイトの真打ちをいきなり拝見してしまったような気分です。構築中の部分が全て埋まったらいったいどれくらいの量になるのか、今から楽しみです。更新など、大変だと思いますが、頑張ってください』とかですね」
「えらい期待されてますやないか」
「ほかにはたとえば『名張市立図書館の乱歩リファレンスブック2冊は舐めるように読ませていただきました。本当に丁寧な仕事だと思います。このページも凄いものになりそうですね。これからが本当に楽しみです。どうか頑張ってください』とかですね」
「まだありますか」
「まだまだあります。『内容の濃さには正直吃驚させられてしまいました。これで全部完成すれば、いよいよどうなるのか、今から楽しみになってしまいます。ここは間違いなく、江戸川乱歩ファンにとってのユートピアになると思います、それほど素晴らしい』とかですね」
「ユートピアですか」
「こんなんもありますよ。『開設おめでとうございます。今後、このホームページを軸にして、乱歩に関するあらゆる情報が集積されていくことと存じます。乱歩研究は飛躍的な幅と深みを遂げることになるわけで、中相作さんの功績は乱歩とともに永遠に語り継がれていくでしょう』とかですね」
「君なんやものすご買い被られてるで」
「たしかに買い被られてはいるんですけど、ここに僕の名前が出てくるようではよくないんです」
「なんでですか」
「やっぱり語り継がれるべきは名張市立図書館なり名張市の功績であって、僕個人が何をどうしたゆうようなことはどうでもええんです」
「けど君が個人でホームページを開いたわけですから」
「しかし僕かて図書館の嘱託になってなかったらこんなことしてませんしね」
「そらそうでしょうね」
「インターネットすら未体験のままやったかもわかりません」
「そうなんですか」
「僕がカリスマ嘱託としてきょうまで何をしてきたかというと、名張市立図書館が乱歩に関して何をしたらええのかということを考えて、できるところから手をつけてきたゆうだけのことなんです」
「それはまあそうですね」
「本来は名張市の職員が考えたり着手したりするべきことなんですけど、何をどないしたらええかようわかりませんねんと名張市立図書館から頼まれましたからね、それやったら及ばずながら僕が微力を尽くしましょうと」
「まあ一市民として図書館の仕事をお手伝いするゆうことですな」
「その仕事の延長線上にインターネットの活用というテーマが見えてきましたから、ほなやってみたろやないかと思ってホームページを開設したわけです」
「そしたらいろんな人から期待が寄せられたと」
「それもちょっとやそっとの中途半端な期待やないですからね」
「そんな凄いもんですか」
「君、僕の肩に乗ってるものが見えませんか」
「何が乗ってますねん」
「恨めしげな表情で宙をにらむ」
「なんですねん」
「水子の霊が二体三体」
「そんな恐ろしいもんに取り憑かれとる場合やないやろ」
「いっぺん供養したらなあかんなとは思うてるんですけど」
「知らんがなそんなことは」
「でも僕の肩には水子の霊とともに全国の乱歩の読者や研究者から寄せられた期待もまた重くのしかかってるんです」
「それがどないしたんですか」
「これはつまり名張市に寄せられてる期待でもあるわけです」
「それはもちろんそうでしょうね」
「そろそろ名張市も腹をくくるべきでしょうね」
「といいますと」
「乱歩に関して何をしたいのか、どこまでのことがしたいのか」
「それをはっきりさせなあかんと」
「市立図書館のことだけを考えても、本気になって乱歩のことを手がけるというのであれば、そらもうなんぼでもやるべきことはあるんです」
「ホームページですか」
「もちろん一日も早く名張市立図書館がホームページを開いて、即時性や双方向性はさほど必要ないデータベースから順次充実させていくことは大事ですけど」
「ほかにもせなあかんことはいっぱいあるわけですか」
「ですからこれは以前から機会あるたびにゆうてることなんですけど、名張市がほんまに乱歩のことを考えてるのやったら、市立図書館に乱歩の専門職員を置かな話は始まりませんよ」
「君はどないですねん」
「僕みたいな臨時雇いの時間給労働者にいつまでも頼っとったらあかんがな」
「そらまあそうですね」
「僕の役目はせいぜいまあ方向づけぐらいのことですからね」
「名張の図書館が乱歩に関して何をしたらええのかを方向づけると」
「その方向性に沿って着実に成果を積みあげるのは名張市立図書館が自前の職員をつかって継続的に手がけるべき作業なんです」
「たしかにいまの状態では継続性ゆう面でもおおいに問題がありますからね」
「僕なんかいつ馘になっても不思議ではない立場ですから」
「それにまた君がいつなんどきブチ切れて嘱託をやめてしまうかもわかりませんしね」
「そうですね。僕はじつに温厚な人間なんですけど、こうゆう人間がほんまに腹に据えかねることを体験したら名張市役所に火ィつけてどんどの餅を焼くぐらいのことはしますからね」
「お役所を恫喝してどないするねん」
「ついでに習字の書き初めも燃やしてもたろか」
「そんな名張の民俗の話はどうでもええっちゅうねん」
「でもこれは冗談やなしにですね、名張市も乱歩に関して腹くくった結論を出すべきときが来てるように思うわけです」
「そのためには図書館が乱歩の専門職員を置いてきちんとしたことせなあかんゆうことですか」
「それしかないんです実際」
「しかし専門職員となると」
「なんやねん」
「やっぱり難しいのとちがいますか、とくにいまは財政難ですし」
「そう。とにかく財政難なんです。いまやもう財政難ゆうのは全国の自治体の免罪符ですからね」
「なんですねんそれ」
「すんまへん財政難ですねんッ、ゆうとったらたいがいのことは堪忍してもらえるゆう感じですからね」
「そんなことないやろがな」
「金はないんですけどそのぶん頭つかわしてもろてますッ、ぐらいのことゆうてみいと思いますけど」
「そら頭はつかわなあきませんけど」
「金はないかわりに頭はつかいませんゆうのがお役所の実態ですからね」
「もうええがな。しかし実際の話、専門職員の配置は難しいでしょうね」
「そしたらこないしましょ」
「どないしますねん」
「リストラです」
「市役所がリストラするんですか」
「いまやそうゆう時代ですから」
「三重県庁かて職員の年収をダウンさせるゆう線に踏み切りましたからね」
「そうそう。お役所にも厳しい時代の風は吹かなあきません」
「けどいきなりリストラはきついのとちがいますか」
「しかし君、名張市役所のなかぐるっとひと回りしてみ」
「なんですねん」
「こらおっさんおまえ何かの役に立っとんのかゆうような連中がごろごろしてますからね」
「そんなことないでしょうけど」
「実名あげて説明しましょか」
「かまへんかまへん」
「ですから名張市役所の管理職のなかでもっとも無能な人間に市役所をやめてもろて、その浮いたお金で図書館に乱歩の専門職員を置いたらよろしねん」
「誰にやめてもらいますねん」
「僕のホームページを利用して決定するわけです」
「またホームページですか」
「ホームページでは人気投票ゆうこともできますからね」
「そのページを見た人が投票できるんですか」
「僕のホームページに名張市役所の管理職の名前をずらずらっと列記しまして」
「何を投票してもらいますねん」
「死んでもあいつの下はイヤ──名張市役所最悪上司ベストテン」
「なんちゅうベストテンやねん」
「誰が投票したかなんて絶対わかりませんから、どなたにも心のままに投票していただけるわけです」
「それでどないしますねん」
「見事ベストワンに輝いた管理職の方にはですね、どうせ場所ふさぎなだけで市行政進展のうえでは何の役にも立っていないわけですから、因果を含めてリストラの対象とさせていただきます」
「そんなあほな」
「名案やと思いますけど」
「君ほんましまいにどつかれるで」
「人気投票で上位集団が絞られてきたら大変でしょうね」
「知らんがな」
「A課長とB部長がデッドヒート展開したりしてみ」
「どないなりますねん」
「『なんどな。きょうはA課長さん朝から机にへばりついて、えらいしこって仕事してくれてますわて』『仕事とちゃうねて。パソコンの前で朝からずーっとB部長さんに投票してんねて』」
「勤務中に何をしとるねん」
「家族かて大変ですよ」
「家族まで動員しますか」
「A課長の奥さんなんかソーテックかどっかの安もんのパソコン買うてきて、一日じゅうメシもつくらんとB部長に投票しつづけですからね」
「なんでそんなことせなあかんねん」
「そら君ベストワンになったら名張市役所やめなあかんわけですから」
「君が勝手にゆうとるだけの話やがな」
「しかし君」
「なんやねん」
「名張市役所の管理職てそこまでしてしがみつかんならんほどのポストか」
「君がしがみつかしとるのやないか」
「けど現実にリストラ対象になっても不思議やない人は存在するんですから」
「知りませんがな」
「実名あげましょか」
「もうええっちゅうねん」
「そしたらこないしましょ」
「なんやねん」
「僕のホームページの掲示板で内部告発を受け付けることにします」
「なんやねんそれは」
「名張市役所の管理職の実態を勇気ある市職員が匿名で告発する場です」
「君ほんまにあした馘になるで」
「僕のページのアドレスをお知らせしますと、http://www.e-net.or.jp/user/stako/です。告発の書き込みをお待ちしております」
「どうなとさらせ」

(名張市立図書館嘱託)

掲載1999年12月1日
初出「四季どんぶらこ」第13号(1999年12月1日発行)