第十二回
誤作動一直線
 二〇〇〇年問題を語る

「いったいなんやったんですかね」
「なんの話ですか」
「西暦二〇〇〇年問題」
「あ、あの話ですか」
「コンピュータの誤作動でえらい大事故が起きるゆう話で」
「企業から官公庁から対策におおわらわでしたな。なかにはロシアの原発が爆発するみたいなことゆう人もいましたし」
「結局なんにもなしやったわけです」
「小さいアクシデントはあったみたいですけど、大惨事は発生しませんでした」
「けどあれだけ大騒ぎしたんですから」
「なんですねん」
「せめて近鉄ガスのガスタンクでもええから爆発してもらわんと、ちょっと恰好がつかんのとちがいますか」
「なんで爆発を期待するねん」
「うちのプロパンガスのボンベすら、くすっ、ともいいませんでしたからね」
「ガスボンベが二〇〇〇年になった途端にくすっ、ゆうたらこわいやないか」
「ガスライターのボンベでもええから、なんとか頑張って爆発してもらわんと」
「いったい何を頑張れゆうねん」
「いきなり期待はずれで始まった西暦二〇〇〇年なんですけど」
「無事で結構なこっちゃないですか」
「けど君、コンピュータはともかくとして人間の頭の方が誤作動してるんちゃうかゆうような事件、今年に入って急に明るみに出てきた思いませんか」
「といいますと」
「まず小柳ルミ子の離婚記者会見を筆頭にいたしまして」
「しょうもないもん筆頭にするんやないがな」
「あれは誤作動ゆうよりはただの誤算やったわけですけど」
「ええがなよその家庭のことは」
「埼玉県で起きたストーカー殺人事件の容疑者が北海道の湖で水死体となって発見されましたし」
「ありましたな」
「新潟県では九歳のときに誘拐されて九年間も一室に監禁されていた女性が保護されました」
「あれもとんでもない事件でした」
「このふたつの事件の容疑者、どっちも頭が誤作動してるとしか考えられませんからね」
「二人ともいったん切れたらすぐ頭が誤作動する性格やったらしいですね」
「それからまた、野党がおらんとこで施政方針演説をぶちあげる首相まで出てきました」
「あれも誤作動ですか」
「与野党ともに誤作動しまくってます」
「情けない話ですな」
「われらが伊賀地域に目を転じますと」
「何がありました」
「伊賀県民局お姉さん勝手に契約事件」
「どんな事件やねん」
「伊賀県民局に勤務する臨時職員の女性が、とある業者と三重県とのあいだにまったく架空な事業の契約を勝手に結んでいたことが発覚しまして」
「そうでしたね。そんなことほんまにできるんかいなゆうような事件で、臨時職員は告訴されてましたけど」
「女の子がちょこちょこと書類準備して一人で契約結んだゆうんですから」
「ちゃんと三重県知事の公印まで捺してあったらしいやないですか」
「なかなかしっかりした女の子ですね」
「誉めとる場合やないがな」
「これも一種の誤作動です」
「臨時職員が勝手に悪いことしただけですから、誤作動とはいえませんやろ」
「そんなことないがな」
「なんでやねん」
「臨時職員が意図的にお役所のシステムを誤作動させたゆうことですからね」
「そないなりますか」
「つまりお役所のシステムはその程度のものでしかないんです」
「臨時職員が好きなように契約を結べるとなると、システムとしてはずいぶんええ加減ですわね」
「だいたい臨時職員ゆうのは腹の中に憤懣を抱え込んでますからね」
「そうですか」
「どこのお役所でも臨時職員を採用して仕事をカバーしてるわけですけど」
「まあ不況ですしね、人件費はできるだけ切りつめなあきません」
「お役所の正職員がのうのうと仕事してるふりをしている横でですね」
「仕事してるふりやないがな、ちゃんと働いたはるがな」
「臨時職員のお姉さんたちはなんで私らだけばたばたばたばた働かなあかんの、と思いながら仕事をしてるわけです」
「それは知りませんけど」
「私らあんたらと違うてなんの保証もないんやからね、とお姉さんは思います。仕事してるふりしてる正職員の横で」
「ふりやないっちゅうてるやないか」
「その憤懣がお姉さんの頭を誤作動させてみ、お姉さんは平気でお役所のシステムを誤作動させてしまいますからね」
「どうも判りにくい話ですけど」
「今年は誤作動の年になるでしょう」
「いきなり結論かいな」
「だいたい二〇〇〇年問題かて年の変わり目だけの問題やないですからね」
「そうなんですか」
「今年の六月に二〇〇〇年問題が発生する可能性かてあるわけなんです」
「まだまだ安心でけんゆうことですか」
「二〇〇〇年問題に備えて買い込んだ日清のチキンラーメンをさっさと食うてしもた奴はあほと呼ぶべきでしょうね」
「そうゆう問題やないがな」
「二〇〇〇年問題に備えて買い込んだカセットコンロのガスボンベが爆発する可能性に僕は賭けたいと思います」
「爆発はもうええっちゅうねん」

 乱歩文献打明け話を語る

「いったいどないしたろかと思てるんですけど」
「何をどないするゆうんですか」
「この漫才ですけどね」
「漫才がどないしました」
「僕は去年の十月にホームページをつくりまして」
「なんや大騒ぎしてましたな」
「つまりインターネット上に自前のメディアをもったわけなんです」
「そうゆうことになりますね」
「つまり『四季どんぶらこ』で漫才やらしてもらう必要がなくなったわけです」
「これからはインターネットで漫才やるゆうことですか」
「君よう考えてみ」
「なんですねん」
「僕らの漫才、この『四季どんぶらこ』で浮きまくってると思いませんか」
「そんなもん君の自業自得やないか」
「誌面には名張の自然は美しいとか名張にはこんな素晴らしい人がいるとか、そうゆう記事が並んでますからね」
「『四季どんぶらこ』は名張の地域雑誌ですから」
「そんななかでこの漫才だけがですよ、名張市役所は無茶苦茶ですとか」
「無茶苦茶ゆうことはないやろがな」
「上野市役所も似たよなもんですとか」
「よそのまちのことまでええやないか」
「上野と名張、さてどっちの方があほが多いでしょうとか」
「ちょっと待ちいな」
「単純に計算したら人口が多いぶん名張の勝ちなんですけど」
「勝ち負けの問題やないやろ」
「しかし上野のあほも捨てがたい」
「ええ加減にせえ。好きなことゆうてたらしまいに怒られるで」
「せやから僕らが怒られるのはええんですけど」
「なんで僕まで君の巻き添えで怒られなあかんねん」
「この『四季どんぶらこ』に累が及ぶのは僕の本意ではないわけです」
「それやったら悪口抜きの漫才をしたらええやないですか」
「君、僕から悪口を取ったら何が残る」
「知らんがな」
「いまから芸風を変えるゆうのは無理な話なんです」
「しかしそもそもこの漫才は『乱歩文献打明け話』なんですから」
「はい。江戸川乱歩の『乱歩打明け話』という随筆のタイトルをパクリまして」
「せやのに悪口ばっかりで乱歩文献の話はいっこも出てこんやないですか」
「妙なもんですなあ」
「感心しとる場合やないやろ」
「けど君、はっきりゆうてですよ」
「なんですか」
「この『四季どんぶらこ』の読者層がどんなもんか僕は全然知りませんけど」
「そらいろんな読者がいてはるでしょうけど」
「乱歩に興味のある人はごくわずかやと思うんです」
「そんなもんですかね」
「ほとんどの読者は乱歩作品を読んだ経験のない人たちでしょうね」
「それがどうしたんですか」
「僕がほんまに乱歩文献の話を始めてしもたら、そうゆう人たちにはとても興味をもっていただけないんやないかと」
「それで君はしょうもない漫才ばっかりやってるゆうわけですか」
「妙なもんですなあ」
「それはええっちゅうねん」
「だいたい『乱歩文献データブック』という本に関しまして」
「名張市立図書館が出した本ですな」
「僕はこの連載の最初の回にこう書いたんですけど」
「といいますと」
「記録を残すという意味からも、市民への報告という観点からも、刊行に至る経緯を文章にして発表しておくことは、むしろ私の務めであるというべきかもしれない」
「ほなその務めを果たさなあかんがな」
「そしたらちょっとやってみましょか」
「それが君の務めですからね」
「では、そもそも乱歩文献とは何か」
「江戸川乱歩のことを記した関連文献のことですがな」
「その乱歩文献の本を名張市立図書館がなんで出したのか」
「名張市立図書館が収集してきた乱歩文献を目録の形に体系化して、乱歩の読者や研究者に広く活用してもらうためとちがうんですか」
「出した結果はどないやったか」
「思いがけず高い評価をいただいてたちまち品切れ、増刷を求める声がいまも寄せられてます」
「君なんでそないに詳しいねん」
「君と漫才やっとったら耳にたこができるぐらい聞かされますがな」
「しかしまあそうゆうことですねん」
「何がですか」
「名張市立図書館は市民生活になんの関係もない『乱歩文献データブック』という本を税金でつくったわけですけど」
「たしかに市民生活とは無縁ですね」
「しかしこれは税金の無駄遣いではないんです。名張市において税金の無駄遣いはほかにいっぱいありますけど」
「君、ゆうとくけど、あんまり要らんことゆうたらあきませんで」
「とにかくこの本の刊行がきわめて有意義な事業であったということを市民の方にご報告申しあげたいと」
「それは必要なことでしょうね」
「それでその報告はこの『乱歩文献打明け話』で果たせましたので」
「あれだけ喋ったわけですから」
「その次の段階としていよいよ編纂作業の具体的な内容に入るわけですけど」
「早よ入ったらよろしがな」
「『乱歩文献データブック』が出たのはもう三年も前ですし、その編纂作業ゆうたらそれよりもっと昔なんです」
「それがどないしました」
「細かいこと、はっきりと思い出せませんねん」
「なんやて」
「最近どうも記憶がぼんやりとしてきまして」
「しっかりせんかいな」
「きのうの晩ご飯のおかずも思い出せない日があるんですけど、僕ゆうべいったい何食べたか、君は知らんやろな」
「知るかそんなこと」

 江戸川乱歩記念館を語る

「豊島区の構想がいよいよ動き出したゆう話、聞きましたか」
「豊島区の構想といいますと」
「もちろん江戸川乱歩記念館の構想ですがな」
「豊島区の池袋にある乱歩邸を記念館にするゆう話ですか」
「つい最近、豊島区が構想をマスコミに発表しましてね」
「いよいよ本格化しましたか」
「東京の新聞には、『旧江戸川乱歩邸を一般公開に向け調査』とか『豊島区、二〇〇〇年度から着手』ゆうような見出しが躍りました」
「えらいこっちゃないですか」
「別にえらいことではないですけど」
「新聞にはなんて出てました」
「『江戸川乱歩が約三十年にわたって住んだ豊島区西池袋五丁目の自宅が、保存公開のために調査されることになった。邸内には、乱歩が残した蔵書や資料などが数多く保管されている』。これは朝日新聞東京版の記事ですけどね」
「乱歩が遺した蔵書や資料となると、やっぱりえらいもんでしょうね」
「朝日新聞によりますと、蔵書とか資料は総計三万点以上、乱歩の個人的な情報にかかわるもののほかに、町内会の回覧板みたいな地域にかかわる歴史資料も含まれてるそうです」
「回覧板ですか」
「乱歩は戦前から三十一年間にわたって池袋に住んでまして、戦争中には町内会の役員もしてましたからね」
「それで町内会の記録も残してあったわけですか」
「そうした記録は池袋の現代史を裏づける貴重な資料ですからね。そうゆう意味でも豊島区にとって重要な事業になるわけなんです、乱歩記念館の建設は」
「オープンはいつですか」
「いや、まだ新年度予算に約百万円の予算を組み込んだゆうだけの話ですから」
「たった百万円ですか」
「これはあくまでも調査費です。ゆうたらまあ最初の第一歩ですな」
「何を調査しますねん」
「新聞によりますと、豊島区の学芸員が乱歩邸の状況とか資料の保存状態を調査します。それから乱歩研究の現状とか、他区市町村立の文学館・文学者記念館なんかの現状も調べるゆうことです」
「それやったら名張市立図書館も調査の対象になるわけですか」
「なるわけないがな」
「けど名張の図書館かて一応は乱歩のこといろいろやってるわけですから」
「君、ゆうてもわずか百万円の調査費やで。そんだけの予算のどこから東京・名張間の交通費とか一月屋の昼食代とか清風亭の宴会代が出るゆうねん」
「わざわざ清風亭で宴会を開く必要はないのとちがいますか」
「宴会のひとつもよう開かんような連中に乱歩の何が判る」
「そんなこと関係ないがな」
「しかしまあ、どこの自治体も台所事情が苦しいのはたしかですから」
「豊島区かて事情は同じでしょうね」
「新聞には豊島区長のコメントも載ってまして」
「なんとおっしゃってます」
「豊島区は厳しい財政難でお金はかけられないが、区内の貴重な文化財であり、一般公開できるようにしたい」
「財政難でしょうね、ほんまのとこ」
「けど乱歩邸の保存のめどは立ったわけですから、この構想はなんとか実現してほしいもんですね」
「君、ほしいもんですねはええけど、名張市はいったいどうするんですか」
「何をですか」
「名張市にも乱歩記念館の構想はあったわけでしょ」
「んなもんチャラやがな」
「チャラて君、そんな無責任な」
「だいたい君、名張市の乱歩記念館構想ゆうたかて、実際には名張市は何ひとつアプローチしてなかったわけですから」
「アプローチといいますと」
「乱歩記念館の構想があるのやったら、やっぱり乱歩の遺族の方にもいろいろアプローチするのが筋ですがな」
「遺族の方ゆうたら平井隆太郎先生ですな」
「豊島区の構想かて、平井先生が『資料が散逸しないよう、まとめて保存の方法を考えてほしい』と豊島区に申し出られたのがきっかけになって動き出したそうですからね」
「ほんまに名張市は何もしてなかったんですか」
「まあ君、もうええがな」
「ええことないがな。なんで名張市は何もしてなかったんですか」
「なんやかんや忙しいて、そこまで手ェが回らんかったんとちがいますか」
「そうゆう問題やないやろ」
「まあそうですけどね」
「乱歩記念館をつくるという構想があるのやったら、名張市はこうゆうことを考えてますねんゆうて遺族の方にお話しして、そのうえで遺族の方のご意向もお聞きしながら実現させていくべきやったんとちがいますか」
「けど構想ゆうたかて、あるのかないのかはっきりせん構想でしたからね」
「なかったんかいな、あったんかいな」
「僕は知りませんがな」
「君いったい何をしとったんや」
「何がですねん」
「君は名張市立図書館の乱歩資料担当嘱託やないか。乱歩のことでお手当もろてる人間やないか」
「そうですけど」
「その君になんで名張市の乱歩記念館構想のことが判らんねん」
「そこがお役所の訳の判らんとこで」
「判らんかったら判るようにしたらええやないか。それが行政改革やないか」
「お説ごもっともですけど、僕なんや最近、お役所相手に何ゆうたかてしゃあないやないかゆう気がしてきまして」
「何を弱腰になっとるねん」
「けどほんま、どないもこないもしゃーないゆう感じですからね」
「しゃーないゆうとったら何も始まらんがな」
「始まりません」
「ほなどないすんねん」
「せやから今回はこれで終わりです」
「なんのこっちゃ」

(名張市立図書館嘱託)

掲載2000年3月18日
初出「四季どんぶらこ」第14号(2000年3月1日発行)