第十三回
十七歳はバスに乗って
 また乱歩記念館を語る

「君、『なばり市議会だより』の五月号は読みましたか」
「何が出てますねん」
「名張市議会三月定例会の報告です」
「そらまあそうでしょうけど」
「予算質疑の報告も載ってまして」
「それがどないしました」
「そのなかの見出しにいわく」
「なんですねん」
「『乱歩記念館の構想』」
「名張市議会で乱歩記念館のことが話題になったんですか」
「まあ予算特別委員会の話題ですけど」
「どんな話題でした」
「そら君びっくりしますよ」
「そんな凄い構想ですか」
「質問と答弁が掲載されてまして」
「質問といいますと」
「平成十二年度予算に関連してある議員が質問をなさったわけですけど、『なばり市議会だより』に載ってるのをそのまま読みますと、『質問●市長は平成九年の年頭記者会見で、十年度計画として乱歩記念館の建設を語っているが、一向に実現の兆しがない。この間、東京新聞紙上で豊島区が乱歩遺産の寄贈を受けることが報じられた。市立図書館の乱歩コーナーの存廃、展示品の収集など、市長の記念館構想はどうなるのか』」
「それはもっともな質問ですね。それで名張市側の答弁はどないでした」
「『なばり市議会だより』によりますと、『答弁●乱歩資料はまとめて保存・公開されることが望ましいと考えている。名張市としては、遺品の取り合いなどを考えず、乱歩生誕地として東京側とは違った方法での乱歩顕彰策を考えたい』」
「いったいその答弁のどのへんにびっくりせえゆうねん」
「あまりの無能無策ぶりに」
「そらたしかに策はないですけど」
「腰抜けますよほんま」
「そらまあ君にしてみたらそうかもしれませんけど」
「結局この答弁で何がわかったかといいますと、要するに名張市は乱歩のことに関して何も考えてこなかったし今後も考えるつもりはないゆうことですね」
「そこまで決めつけたらあかんがな」
「名張市は僕を本気で怒らせる気ィなんですかね」
「そんな気はないやろけど」
「僕に喧嘩を売ってるんですかね」
「そんなことないゆうてるやないか」
「しかしいまさら『乱歩顕彰策を考えたい』ゆういいぐさはないやろがな」
「しかし考えなあかんわけですから」
「考える意志も知識も能力もないぼんくら連中が口先だけ考える考えるゆうてここまで来たのが名張市の乱歩顕彰事業やないか」
「そこまでゆうたら身も蓋もないがな」
「いまさら考えるもくそもあるかそんなもん」
「ちょっと落ち着いたらどないですか」
「これが落ち着いていられますか」
「そら君の気持ちもわかりますけど」
「僕が十七歳の少年やったらとうにそこらでバスジャックやっとるでしょうね」
「どこのバスを乗っ取るゆうねん」
「名張市の福祉バス乗っ取ってお爺ちゃんお婆ちゃんとどんちゃん騒ぎやらかしたろやないか」
「しょうもないことゆうとる場合か」
「そしたら君、そもそものことから振り返ってみましょか」
「そもそものことといいますと」
「名張市で乱歩記念館の構想が誕生したあたりのことです」
「いつごろの話ですか」
「昭和四十四年です」
「そんな前からあったんですか」
「ゆうても大阪万博の前の年の話ですからね」
「三十年ほど前になりますか」
「小川ローザがミニスカートからパンツ出して『Oh! モーレツ』ゆうとった時代の話ですがな」
「そんなことどうでもええがな」
「地方紙『新名張』の昭和四十四年七月十一日号にこんな記事が載ってます。そのまま読みますと、『わが国本格探偵小説の確立者であり育成者である故江戸川乱歩氏の記念館を生誕地の名張市に建設することにつき、地元に結成された乱歩記念館建設の会(富永貞一会長)と東京の関係者(乱歩氏遺族、推理作家協会、在京名張人会等)との第一回懇談会は前号所報のように川崎秀二代議士の斡旋により三日午前十時半から国立国会図書館特別研究室で開かれた』」
「そこまで具体化してたわけですか」
「昭和四十六年竣工を目指してたそうですね、この記事によると」
「けどそれは『乱歩記念館建設の会』ゆう団体の構想ですから」
「記事にはこうも書かれてます。『乱歩記念館建設の会では七日午後一時から市役所会議室で会議を開き、東京懇談会の出席者から報告を聞いたあと、この問題につき北田市長と初めての正式会談を行い、趣旨や経過の報告とともに市としての協力を要請した』」
「なるほど」
「『これに対し同市長は、「川崎先生も骨をおってくれていることであり、本市にかような全国的な文化施設の出来ることはまことに結構である。個人として賛成であるばかりでなく、市議会とも相談して市としての協力態勢をかためたいと思う」と語り、建設の会の今後の活躍を激励した』」
「そこまで行っててなんで実現できんかったんですか」
「それはわかりません。新聞には構想がぽしゃったことまでは載りませんから」
「いつのまにか立ち消えになってたゆうことですか」

 まだ乱歩記念館を語る

「そもそもこの構想ゆうのは、いまの記事にも出てきましたけど上野市の川崎秀二代議士が火つけ役やったんです」
「といいますと」
「昭和四十四年ゆうと没後初めての乱歩全集が刊行され始めた年なんです」
「それがどないしました」
「乱歩全集第一巻の月報で、川崎代議士がそろそろ名張市に乱歩記念館を建設してはどうかとぶちあげました」
「それがきっかけで『乱歩記念館建設の会』ができたわけですか」
「しかしさらにさかのぼると、話は乱歩生誕地碑の除幕式にたどりつきます」
「そんな古い話ですか」
「昭和三十年の十一月に乱歩の生誕地碑が除幕されまして」
「あの新町の記念碑ですな」
「むろん乱歩夫妻も出席いたしまして、夜は夜で宴会ですわ」
「なるほど」
「その席で、初代名張市長の北田藤太郎さんに乱歩がこうゆうたらしい」
「なんとおっしゃいました」
「市長さん、私が死んだら探偵小説の蔵書をすべて寄贈しますから、ひとつ名張市に江戸川乱歩記念館を建ててくれませんか」
「ほんまかいな」
「ほんまかどうかはわかりませんけど、北田市長は折にふれてそのエピソードを述懐してたそうですから、まんざら嘘でもないのとちがいますか」
「乱歩は本気やったんですかね」
「そらリップサービスやったかもしれません。けど乱歩ゆうたら自分の名前を冠した文学賞をみずからつくってしまう人やったわけですから」
「江戸川乱歩賞ですな」
「自分の記念館をつくって探偵小説の蔵書を活用してもらうことを考えたとしても不思議ではないですね」
「後世のためですか」
「文学賞かて記念館かて、とどのつまりは探偵小説の発展のために必要なものやと乱歩は考えてたはずですからね」
「さすがですな」
「ただまあ、名張市には乱歩の意を汲むことができなかったゆうことですね」
「けど君、乱歩の意を汲むゆうたかて、そんなこと名張あたりのお役所にはしょせん無理なんとちがいますか」
「そやねん。無理無理。まったく無理なんです」
「ほな仕方ないやないか」
「せやから僕は前からゆうてるんですけど、名張市は乱歩から手を引いたらどないなんですかね」
「いまさらそんなことゆうたかて」
「しかしこの期に及んで『名張市としては、遺品の取り合いなどを考えず、乱歩生誕地として東京側とは違った方法での乱歩顕彰策を考えたい』みたいなことゆうたところで、実際には何もようせえへんゆうことは眼に見えてるやないか」
「そうですか」
「そら君、『なばり市議会だより』に掲載された予算委員会の質疑応答によればですよ、名張市には乱歩記念館という具体的な構想があったわけです」
「そらまあね」
「にもかかわらず、その構想を具体化するための動きは何もなされてなかったわけですから」
「まあそうゆうことですけど」
「それが乱歩記念館という目標すらなくなったいま、あの名張市役所の人たちにいったい何ができるゆうねん」
「せやからそれを考えたいと市役所の人たちはおっしゃってるわけですから」
「せやからそれが無理やと僕はゆうてるわけですがな」
「何もそない頭ごなしに決めつけんでもええやないか」
「ほな君、地方紙『伊和新聞』の三月四日号を見てみましょか」
「何が載ってますねん」
「一面トップの扱いで豊島区の乱歩記念館構想の記事が出てるんです」
「豊島区の構想は名張市にとっても重大ニュースですからね」
「この記事では、豊島区の構想をいろいろと紹介したあとに名張市の対応も報道されてます」
「どんな対応ですか」
「そのまま読みますと、『一方、名張市の場合、これまで、行政と市民の文化団体などからしばしば乱歩館の建設案が出されてはとん挫した経過があり、昨年には富永英輔市長があらためて乱歩館の建設構想を発表したのを受け、市教委が中心となって具体的な計画づくりに取り組んでいる』」
「ほれみてみ、ちゃんと計画づくりが進んでるわけですから」
「けど市教委ゆうたら名張市教育委員会ですよ。あそこにそんな気の利いた芸当ができるわけないと思うんですけど」
「そんなこと知らんがな」
「この記事にはまだつづきがありまして、『また、市立図書館は昭和六十一年、桜ケ丘に新館が完成、オープン当初から館内に「江戸川乱歩コーナー」を設置、出版物、写真、江戸川乱歩関連資料などを収集・展示している。同館では当時から、さらに内容を充実させるため、東京の平井家とも接触を強め、一部遺品の提供などを受けて、収蔵品の充実に力を注いできた』」
「そうゆうたら君、名張市立図書館はいったいどないするんですか」
「どないするんでしょうね」
「何を頼りないことゆうとるねん。君、名張市立図書館の嘱託やないか」
「それはそうなんですけど、実際には何の権限もないですからね」
「しかし君はいちおう乱歩の仕事をするために雇われてるわけですから」
「けど平成九年に発表された名張市の乱歩記念館構想なんて、僕は新聞発表で見るまで知りませんでしたからね」
「ほんまですか」
「そらまあお役所の縦割りの論理からゆうたら、乱歩記念館構想と図書館とは関係がないゆうことなんでしょうけど」
「それはおかしいやないか」
「なんでですか」
「実際に名張市で乱歩に関わる仕事をしてるのは君だけなんですから」
「しかし僕は結構嫌われ者ですから」
「そんな問題やないがな。たしかに君は嫌われ者ですけど、そこそこ仕事はしてきたわけですから」

 さらに乱歩記念館を語る

「まあおかげさんで、最近になってようやく、名張市立図書館が乱歩に関してやってきたことが広く浸透してきたといいますか」
「といいますと」
「たとえば今年の二月に新潮社から『日本ミステリー事典』という本が出たんですけど」
「探偵小説の事典ですか」
「巻末には『日本ミステリー主要文献』というリストがありまして」
「そこに名張市立図書館が出てくるわけですか」
「乱歩の関連文献を列記したリストに、名張市立図書館の『乱歩文献データブック』と『江戸川乱歩執筆年譜』も挙げていただいてあるんです」
「たいしたもんやないですか」
「これはなんとゆうても市民の血税で発行した本ですからね、市民の方にもご報告しとかなあかんなと思いまして、この場を借りてお知らせする次第ですけど」
「ほかにもそんなんあるんですか」
「今年三月のことですけど」
「なんですねん」
「明治書院というお堅い出版社から『新研究資料 現代日本文学 第一巻 小説1・戯曲』ゆう本が出まして」
「どんな本ですねん」
「二十一世紀に遺すべき、作家や評論家等を人選。人と文学活動の概観、主要著作の解説、著作者の研究情報を示した最新の研究成果。国語教育と文学研究に必読の資料集」
「君、そんな難しいことすらすらとよういえましたな」
「本の帯に書いてあることをそのまま読んだだけなんですけど」
「なんやねんそれは」
「それでこの第一巻には坪内逍遙や二葉亭四迷に始まっていろいろな作家と戯曲家がとりあげられてるんです」
「そこに乱歩も入ってるわけですか」
「そう。だいたいはいわゆる純文学の作家なんです。夏目漱石とか芥川龍之介とか谷崎潤一郎とか」
「そらそうでしょうね」
「ところがそれにまじって、いわゆる探偵小説の作家が三人、夢野久作、小栗虫太郎、江戸川乱歩ゆうところがとりあげられてるわけですね」
「探偵作家もお堅い文学研究の対象になってきたゆうことですか」
「そうでしょうね」
「それでそこにも名張市立図書館がでてくるわけですか」
「そら君びっくりしますよ」
「なんでですねん」
「乱歩の執筆担当は浜田雄介さんとおっしゃる研究者の方なんですけど」
「作品解説とかいろいろ書いてはるわけですな」
「最後に『研究動向』ゆう項目が出てきます」
「乱歩がどないな具合に研究されてるかゆうようなことですか」
「そら君びっくりしますよ」
「またかいな」
「けどほんま、これは確実にびっくりしますから」
「気ィもたさんと先に進まんかいな」
「その『研究動向』の最後にこないなことが書かれてあるんです」
「どんなことですねん」
「『いまだ本文校訂に十分な信頼の置ける全集が編まれていない点は問題で、現時点では、主な創作については創元推理文庫版が依拠すべき本文と言えようが、研究にあたっては初出誌をはじめ各種異本を参照する必要があろう。近年、『乱歩文献データブック』(名張市立図書館、平九・三)『江戸川乱歩執筆年譜』(同、平一〇・三)が刊行され、その編集にあたった中相作によるホームページ「名張人外境」(http://www.e-net.or.jp/user/stako/)も開設された。今後の乱歩研究の必携書、必見サイトとなることは疑いない』」
「君の名前まで出てくるんですか」
「本来であれば、乱歩の書誌を二冊出してそのあと乱歩に関するデータベースのホームページを開設したと、すべて名張市立図書館が手がけているという流れの方がよかったんですけど、不本意ながら僕個人の名前が出てくるわけです」
「別に不本意ゆうこともないでしょうけど」
「しかしこんな具合に僕の名前ばかりが前面に出るゆうことがつづいてみ、えらいことになりますからね」
「何がですねん」
「僕そのうち名張市の名誉市民に選ばれてしまいますがな」
「誰が選ぶか」
「僕は高北新治郎やないっちゅうねん」
「タカキタ農機の創業者と自分をいっしょにしたらあかんちゅうねん」
「けどまああんまりあほなことばっかりもゆうてられんわけでして」
「たまにはまともなこともいいますか」
「乱歩記念館構想がうたかたと消えたあと、名張市は乱歩に関して何をしたらええのか」
「いまさら考えるもくそもあるかて君さっきゆうとったやないか」
「せやから僕がお役所の人たちのかわりに考えましょうとゆうてるわけです」
「どないに考えます」
「結論は簡単です」
「どうしますねん」
「名張市が乱歩全集を出すんです」
「君、前からゆうてましたけどね」
「浜田雄介さんも『いまだ本文校訂に十分な信頼の置ける全集が編まれていない点は問題で』とお書きですけど、たとえば講談社あたりにそれを期待してもたぶん無理ですからね。それやったら名張市がきっちりした乱歩全集をつくって全国の図書館に寄贈するとかなんとかしたらええんです。21世紀における公共事業の範を示すことにもなりますし」
「そんなことできるんですか」
「そら名張市の腹ひとつですがな。相談やったらいつでも乗りますからひとつ真剣に考えてみてくれとゆうたところで、誰ひとり真剣に考える人間がおらんゆうのがお役所のつらいとこですけど」
「ほなどないしますねん」
「最終的には名張市の福祉バスを乗っ取って、乱歩全集を出さんかこらと名張市に要求つきつけるとか」
「どうなと好きにしたらええがな」

(名張市立図書館嘱託)

掲載2000年10月14日
初出「四季どんぶらこ」第15号(2000年6月1日発行)