第十四回
名張市は戦う
 豊島区 vs 名張市

「まあえらいことですね」
「何がですか」
「戦争ですわ戦争」
「いったいなんの話ですねん」
「せやから東京の豊島区と名張市がいよいよ全面戦争に突入すると」
「豊島区ゆうたら君、今回もまた乱歩記念館の話ですか」
「もちろんそうです」
「しつこい男ですな君も」
「じつは僕、六月に東京へ出張してきまして」
「またあれですか、出張代が出えへんかったから自腹切って行ってきたゆうようなぼやきをかますわけですか」
「いや、出張代は出ました。名張市民の血税の一部で出張さしてもらいました」
「ほなそれでええやないですか」
「けどそうなると市民のみなさんにご報告申しあげなあかんやろ思いまして」
「いちいちそこまでせんでもええのと違いますか」
「こうゆうことはきっちりやっとかんと僕の気が済みません」
「君また妙に癇症病みですからね」
「六月の九日、低気圧が本州上空を西から東へ移動している日のことでした」
「低気圧はどうでもええがな」
「けど傘もっていこか持っていかんとこか、朝からえらい迷いましたから」
「傘のことはええねん」
「朝八時半に近鉄名張駅を出発する特急で名古屋を目指したわけですけど」
「そうゆうごちゃごちゃしたことは省略して、要点だけを喋れませんか」
「東京ではまず平井隆太郎先生のお宅にお邪魔いたしまして」
「乱歩の息子さんですな」
「ご挨拶やらご機嫌伺いやら世間話、いろいろお話をいたしました」
「乱歩記念館のことも話題に出たわけですか」
「それが君、乱歩記念館に関してはどうも要領を得ない感じなんです」
「どうゆうことですねん」
「それは喋れません」
「それでは市民への報告にならんがな」
「しかし僕にも個人のプライバシーに関する守秘義務がありますから」
「そらまあ平井先生のプライバシーにかかわる問題ですからね」
「しかしこれだけは断言できます」
「何を断言します」
「豊島区と名張市の戦争が始まります」
「なんでそないなるねん」
「ええですか君」
「なんですねん」
「名張市が乱歩記念館つくるゆうてぶちあげたのは三十年も前のことですよ」
「そうらしいですな」
「豊島区がぶちあげたんはつい去年の話やないか」
「そらまあね」
「乱歩記念館構想では三十年のキャリアを誇る名張市がやで」
「そうゆうのは普通キャリアとは呼ばんやろ」
「豊島区みたいな新参の駆け出しのぽっと出になんで道を譲らなあかんねん」
「けど豊島区はちゃんと平井隆太郎先生と話し合いを進めてはるわけやから」
「せやから戦争やゆうんですよ」
「なんで戦争をせなあかんねん」
「まともに行ったかて名張市にはまったく勝ち目がないからやないか」
「それやったら名張市はおとなしい引っ込んどいたらどうなんですか」
「君、前回僕が教えたったことをもう忘れたんですか」
「何でしたかいな」
「名張市の三月議会でですね、乱歩記念館に関しては『名張市としては、遺品の取り合いなどを考えず、乱歩生誕地として東京側とは違った方法での乱歩顕彰策を考えたい』ゆうて名張市が答弁してるわけです」
「なるほど」
「名張市はええだけ引っ込んどるわけです。情けない話やがな実際」
「けど勝ち目なかったら仕方ないやないですか」
「君、僕が何のために出張したと思う」
「平井先生のお宅と豊島区役所に行くためとちゃうんかいな」
「それは表向き」
「裏に何がありましてん」
「ゆうても僕は名張の人間ですよ。伊賀者の血を受け継いだ忍びの子孫ですよ」
「それがどないしました」
「情報収集は忍びの者に任せなさい」
「そしたらあれですか、乱歩記念館の情報をいろいろ収集して回ったと」
「表向きの情報収集だけではほんまのことは判りませんからね」
「そらそうでしょうね」
「ですから日帰りの出張代しか出てなかったわけなんですけど、そこはもう自腹切って私費で東京に二泊してあっちこっち飛び回ったわけです」
「また自腹を切る話かいな」
「いろいろな方にお会いしていろいろなことをお聞きしまして」
「いろいろだけでは判らんがな」
「たとえば豊島区の乱歩記念館構想に深くかかわっている古本屋のご主人からお話をお聞きしてきましたし」
「ほう」
「売り出し中のミステリー研究家の方にお会いして今後のご協力をお願いしてきましたし」
「なるほど」
「乱歩がデビューした『新青年』ゆう雑誌を研究してる会の人たちと目一杯お酒も飲んできましたし」
「お酒はええがな」
「それでえらい二日酔いになって帰ってきたんですけど」
「何をしとるねん」
「まあ二日酔いのことはええんです。ほぼ毎日のことですから」
「そんな話はどうでもええがな」
「問題は戦争の話です」
「つまり君が情報収集をした結果、戦争に持ち込んだら名張市は豊島区に勝てるゆうことが判ったわけですか」
「豊島区の弱点が判明したんです」
「弱点といいますと」
「端的にいうとお金です」
「財源の問題ですか」
「そう。豊島区にはお金がないんです」
「そらまあそうかもしれませんけど」
「せやから名張市が軍資金はりこんだらこの戦争には絶対勝てます」
「しかしそれはほんまに信頼の置ける情報なんですか」
「そらもう間違いなしですね」
「ほんまかいな」
「じつは七月の二十七日に、豊島区教育委員会の学芸員お二人が名張市立図書館へ調査に来てくれたんですけど」
「乱歩記念館のことでですか」
「ゆうたら先進地の調査ですね」
「豊島区は今年度予算に調査費を計上したゆうてましたからね」
「その日の夜は学芸員の方と僕と三人、清風亭の宴会で盛りあがりまして」
「またお酒ですか」
「なにしろ相手は東京の人ですからね」
「なんやねん」
「清風亭で出る大阪風の鰻が珍しい」
「東京の鰻と違うんですか」
「東京で鰻の蒲焼きゆうたらいっぺん蒸してから焼くわけです」
「このへんでは蒸しませんわね」
「食文化の違いゆうんですか」
「東と西ではやっぱり違いますからね」
「あのまむしゆうのがありますけど」
「いや君、まむしはええがな」
「そうですか」
「問題は戦争の話です」
「そうそうそれです」
「豊島区の話はどこ行ったんですか」
「つまり豊島区教育委員会の学芸員の方がですね、豊島区は財政難で困ってますねんゆうてはりましたから、これは絶対確実な話やと思てもろて結構なんです」
「それやったら君の東京出張はまったく関係がないやないか」
「そないなりますかね」
「東京で何の情報を集めたゆうねん」
「しいていえば飲み屋の情報ですか」
「戦争の話はどないなるねん」
「ですから豊島区にはお金がないわけやからね、名張市がどーんと税金はりこんで豊島区との戦争に持ち込むわけです」
「どんな戦争ですか」
「名張市が池袋の乱歩邸を乱歩記念館として整備します。まあ楽勝ですわね」
「しかし君、いまの名張市にそんなお金があると思てるのか」
「さあどうでしょうか」
「病院をつくり大学を誘致し、いままた斎場を建設しようという名張市ですよ」
「お金のかかることばっかりですな」
「その名張市にこのうえ乱歩記念館をつくるお金があると思うか君」
「判りました。君、しばらくお待ちを」
「どないするねん」
「ちょっとあっちこっち情報収集に」
「もうええっちゅうねん」

 上野市 vs 名張市

「しかしほんまえらいことですね」
「何がですか」
「戦争ですわ戦争」
「また戦争かいな」
「名張市も豊島区あたりと戦争してる場合やないみたいです」
「今度はどこと戦争ですか」
「まあ平成伊賀の乱とでもいいますか」
「何のことやねん」
「八月一日のことですけど」
「どうしました」
「伊賀地区広域市町村圏事務組合議会ゆうのが開かれまして」
「伊賀地域七市町村の組合ですな」
「その組合の管理者が名張市長なんですけどね」
「何かありましたか」
「その日の議会で議員十人の連名による管理者辞任決議案が提出されました」
「名張の市長さんに組合の管理者を辞めてくれゆうことですか」
「これははっきりゆうていじめです」
「そんなことないでしょうけど」
「いや君、名張市は明らかにいじめられてるんです」
「しかしいったい何が原因でそんなたいそうなことになったんですか」
「要するに市町村合併の問題です」
「伊賀地区七市町村が合併して伊賀市をつくるゆう話ですな」
「ところが名張市長はどうも合併に積極的やない、ほな辞めてもらおやないかゆう話ですわ」
「そんな無茶苦茶な」
「けど決議案にはこう書いてあります」
「聞かしてもらいましょか」
「『伊賀はひとつ』を合言葉に、七市町村の広域事務組合で、住民の福祉の向上と財政の効率的運営に、努めて参りました。ところが、七市町村における管理者側の意思統一が、今ひとつ、図られていないようなマスコミ報道が、多く見受けられます。伊賀地域広域合併へ向けての判断を求められる時期に、大きな指導力と大局的な将来見通しにおいて、富永管理者は不適任であるとの見地から、辞任を求めます」
「それで君はこの決議案についてどう思うんですか」
「じつにへたくそな文章ですね」
「文章のうまいへたはええがな」
「しかしそもそものことをゆうたら、広域事務組合ゆうのは別に市町村合併のことを審議する機関ではないんです」
「そうなんですか」
「にもかかわらずなんで組合の管理者を排除に追い込む必要があるのか」
「なんでですか」
「敵はかなり焦ってますね」
「敵とか味方とかゆう問題やないがな」
「要するに市町村合併推進派はとにかく『最初に合併ありき』なんです」
「市町村が合併することを前提として話を進めてるわけですか」
「その前提の障害になるものがあればすべて排除の対象にしてしまう。これが君いじめやないとゆうんですか」
「排除はあかんと思いますけど」
「そもそもこの『伊賀はひとつ』ゆうせりふがいかがわしいですからね」
「伊賀はひとつと違うんですか」
「上野と名張がどんだけ仲悪いか、君には前にも説明したったやないか」
「けど仲が悪いゆうだけで終わっとったら話が前に進みませんがな」
「ですから伊賀はひとつゆうような嘘をいきなりかますなゆう話です」
「嘘ゆうことはないやないか」
「伊賀ゆうのはまあこんな狭い土地ですけど、伊賀各地にはそれぞれ地域性ゆうもんがあるわけです」
「そらそうですね」
「それがなんでひとつやねん」
「けど隣近所がひとつになることも必要ですがな」
「君、むかしテレビのCMで『世界はひとつ、人類はみな兄弟姉妹』ゆうてたおっさんがいたの憶えてるか」
「そういやいましたな、そんな人が」
「あのおっさんものすごいかがわしかったやろ」
「それとこれとは関係ないがな」
「そしたら大東亜はひとつやからともに栄えましょうゆうて日本がむかしアジアで何をやったか、君は知ってますか」
「あんまりええことはしてなかったみたいですね」
「とにかく二言目にはひとつやひとつやとか仲間や仲間やとかゆう人間は信用できないんです。伊賀はひとつやみたいな眠たいことゆうとる人間は何も判ってないゆうことでしょうね」
「君すぐそうやって決めつけますけど」
「伊賀は多様性のなかに存在してます。伊賀の多元性を認めるべきなんです」
「認めてどないするんですか」
「伊賀地域内それぞれの個性を尊重しながら、協力するべきところは協力するゆうことでええやないですか」
「そらまあそうですね」
「それをなんでいきなり強引に合併の話に持ち込みたがるのか」
「ちょっと理解できませんね」
「だいたい市町村合併がどうこうゆうてるのはほんまに一部の人間だけですよ」
「町の話題にはなってないですからね」
「近鉄名張駅前の一月屋できつねうどんすすってる名張市民が市町村合併について熱く語ってますか」
「あんまり見かけませんね」
「上野かてそうですがな。鍵屋の辻の数馬茶屋で蕎麦と鰯を食べてる上野市民が伊賀市の問題を熱く語ってますか」
「蕎麦と鰯は関係ないがな」
「ところであの数馬茶屋の蕎麦と鰯は憎いかたきを『そばでいわす』ゆう懸詞になってること、君は知ってましたか」
「そんなこと関係ないゆうてるがな」
「でまあ伊賀地域の市町村議会議員でつくってる伊賀市を考える議員の会ゆうのがありましてね」
「その会で市町村合併について話し合いが行われてるわけですか」
「そうなんですけど、どうもたいしたことは話してないみたいです」
「そんなことないでしょうけど」
「だいたい何をどう話し合ってるのか、その会から地域住民に対して詳しく報告されたことがないですからね」
「たしかに聞いたことありませんね」
「われわれがちゃんと考えたるから地域住民はぼーっとしといたらええがな、みたいなこと考えてはるんでしょうね」
「そんなことないやろけど」
「けどたまには市町村合併のシンポジウムなんか開かれてましてね、その会の方が意見をお述べになるんですけど」
「どんな意見ですか」
「それがほんまに情けない」
「せやからどんな意見ですか」
「僕が覗いたシンポジウムでは一貫して数の話でしたね」
「数の話とは」
「要するにお金の話です。合併したら職員や議員の数が減らせるからお金が浮きますとか」
「それは大事なことですがな」
「七市町村がそれぞれに似たような施設をつくるのは不合理ですとか」
「それもそのとおりやないですか」
「ほな何か、市町村合併ゆうのは要するに員数合わせか、金だけの問題か」
「お金の問題も大事ですがな」
「しかし君、世の中にはお金以上に大事なものもあるんです」
「なんですか」
「魂です」
「魂ゆうたかて君」
「いやこれはもう完全に魂の問題なんです」
「そんな話は聞いたことないですけど」
「ほな君、なんでいま市町村合併が問題になってるのか判りますか」
「地方分権の流れと違うんですか」
「つまり中央集権ではもうやってられんという結論は出てるわけです」
「せやから地方が財源の面その他でしっかりするためには、市町村合併である程度の規模をもった地方都市をつくらなあかんゆうことやないですか」
「ですから今年四月には地方分権一括法ゆうのが施行されましてね、市町村合併もやりやすくなったわけです」
「ほな合併せなあきませんがな」
「しかしお金の問題だけを考えとるようでは話になりません」
「魂の問題ですか」
「もしもお金の問題だけ、員数の問題だけで市町村合併を理解してしもたら、いまの市町村職員や市町村議会議員の体質や意識にはなんの変化も起こりません」
「そらまあ旧態依然のままですわね」
「けど問題の本質は職員や議員の魂にこそあるんです」
「市町村合併で単に行政のスケールを変えるだけではあかんゆうことですか」
「彼らの腐りきった魂を生まれ変わらせなあきません」
「腐りきってるゆうことはないがな」
「行政や議会が現状から脱皮して地域住民に顔を向けたものにならんかぎり、地方分権なんていっこも実現しませんよ」
「ほなどうしたらええんですか」
「戦争です」
「なんでやねん」
「とりあえず僕が名張市民を代表して市町村合併強引推進派に喧嘩を売ります」
「どないしますねん」
「伊賀市を考える議員の会にこの漫才の載った号を送りつけたるねん」
「そんなことして君、会の人から怒られたらどないするんですか」
「そんなもん謝ったらしまいやがな」
「こんなん連れてやってまんねん」

(名張市立図書館嘱託)

掲載2001年1月2日
初出「四季どんぶらこ」第16号(2000年9月1日発行)