侠気と書いて「おとこぎ」と読む
「しかしここまでしつこい不況もちょっと珍しいのとちがいますか」
「どこ見たかて景気のええ話はいっこもありませんからね」
「暗い話題ばっかりで」
「陰惨な事件も多いですし」
「名張の町でも連続放火事件は発生するわ夜中に自動車のフロントガラス割って歩くあほは出てくるわ」
「まあ重大事件ではなかったですけど」
「景気が悪いせいで世の中おかしなってしもた感じですね」
「不況が人の心を鬱屈させてるゆうことはあるかもしれません」
「そうこうゆうてるうちに二十一世紀が始まりまして」
「新世紀がスタートいたしました」
「けど僕の経験からいいますと」
「なんですねん」
「こんな不景気な二十一世紀は史上初とゆうても過言ではないでしょう」
「いやそもそも二十一世紀そのものが史上初なわけなんですから」
「けどもうちょっと景気のええ始まり方をしてもよかったように思いますけど」
「巡り合わせやから仕方ないがな」
「血も涙もないゆう感じがしますね」
「二十一世紀に血や涙があってどないするねん」
「この不況の影響をもろに受けまして」
「なんの話ですか」
「これは前回お話しするのを忘れてたテーマでして」
「なんやそんなことゆうてましたな」
「つまり二十世紀と二十一世紀をまたにかけた壮大な話題になるわけですけど」
「いったい何がいいたいんですか」
「東京都豊島区が打ち出した乱歩記念館の整備構想がぽしゃってしまいました」
「どこが壮大な話題やねん」
「話だけは大きかったんですけどね」
「豊島区が池袋の乱歩邸を乱歩記念館にするゆうあの話ね」
「きれいに流れてしまいました」
「やっぱり不況のせいですか」
「財政難ゆうやつですな」
「けど豊島区かて財政難ゆうことは最初からわかっとったんとちがいますか」
「予想以上にお金がかかることがわかったんでしょうね」
「いくらかかりますねん」
「まあ十億はくだるまいと」
「十億ゆうたら大金です」
「しかし君、名張市の斎場建設事業には二十五億もかかるゆう話ですよ」
「名張市の話は関係ないがな」
「半分がた豊島区に回したったらどうなんですかね」
「名張市の斎場はどないするねん」
「それが焦点になるでしょうね」
「焦点もくそもないやないか」
「斎場の予算が半分になったさかいゆうて火葬場から仏さん半分生焼けのままで出してこられても困りますし」
「そうゆう問題やないがな」
「火葬場行って焼き方はレアでええさかいゆうて頼んでるようなやつもあんまり見かけませんしね」
「そんなやつはおらんゆうねん」
「しっかり焼いてもらわんとこっちが迷惑するっちゅう話やないかッ」
「君、誰の立場でものゆうてるねん」
「それで豊島区の話なんですけど」
「さっさと話を進めんかいな」
「乱歩記念館整備のための調査費を平成十二年度予算に計上いたしまして」
「まず調査をせなあきませんからね」
「豊島区の学芸員の方は名張市へも調査に来てくれはったんですけど」
「そうやったらしいですね」
「いろいろと調査を進めた結果こらあかんとなったわけです」
「残念なことですな」
「一月三十一日になって毎日新聞東京版の夕刊にその記事が出ましてね」
「豊島区が断念したゆうことが発表されたわけですか」
「ちょっと記事を読みますと──
区側も積極的に検討を進めたが(1)建物が古く、土蔵には防火・耐火構造がないなど、現状では防災面で一般公開できない(2)いったん解体して再現し、併せて資料収蔵庫など博物館的諸設備を整備すると少なくとも10億円の出費が必要──などが分かった。高野之夫区長の強い意向により経費を抑えて実現する方策を検討してきたが、「現在の区の財政状況では対応できない」と判断した」
「十億円はきついですからね」
「豊島区の定例区議会でも区長から正式にこのことが発表されまして」
「区民に報告する義務がありますから」
「二月十七日には朝日新聞の東京版にその記事が出ました」
「どない書いてありました」
「豊島区は二〇〇〇年度に、約百万円の予算を計上して整備に向けた調査を実施。だが、「現在地に整備するには用地取得や建設費などで多額な資金が必要」という結論に達した。不況による税収の落ち込みで三年連続のマイナスとなった新年度予算での取り組みを見送ることになった」
「どこの地方自治体も税収の落ち込みには苦労してますからね」
「それからまた中日新聞では二月二十一日の夕刊に記事が出まして」
「結構話題になってますねんな」
「この見出しがまたすごい」
「どんな見出しですねん」
「乱歩の土蔵危うし」
「危うしですか」
「なんやいまにも月光仮面が助けにきてくれそうな感じなんですけど」
「なんでそんな古くさいヒーローの名前が出てくるねん」
「実際には誰も助けてくれないんです」
「当たり前やないか」
「しかし中日の記事によるとほんまに乱歩の土蔵が危ないみたいなんです」
「なんて書いてありますねん」
「しかし、築80年近い土蔵は、傷みが激しく、壁のしっくいはところどころはがれ落ちている。隆太郎さんは「何度かお金をかけて修理していますが、すぐに壊れてしまう。個人の力で保存するのは難しい」と嘆く。
豊島区に対し「乱歩の資料を建物ごと寄付するから永久保存してほしい」と持ち掛けたが「一般公開できるよう耐火構造にして造り替えると、10億円以上かかる。厳しい財政下では無理」と判断されてしまった。隆太郎さんは「別の方策を見つけたい」と話す。
作家の荒俣宏さんが「乱歩の大脳であり、知の常温実験室」と評した土蔵。その運命やいかに」
「ほんまに乱歩の土蔵危うし、ゆう話やないですか」
「月光仮面はいまいずこ、みたいな話でもありますけどね」
「月光仮面はもうええゆうねん」
「いや君、これはいったい誰が月光仮面になるのかゆう話なんです」
「どうゆうことですねん」
「つまり乱歩の土蔵と蔵書は永久に現状のままで保存されるべきものなんです」
「それだけの価値があるわけですな」
「ところが遺族の力だけではとても不可能なんです」
「それはそうでしょうね」
「あの土蔵を遺族が代々受け継いでいくとしたら相続税だけでも莫大ですから」
「土地だけでもすごい額ですやろね」
「たとえば詩人の滝口修造が死んだときもですよ」
「なんの話ですねん」
「世界の錚々たるシュールリアリストから友情の証として贈られた芸術作品が家のなかにごろごろしとったわけです」
「それがどないしました」
「すべて資産と見なされて奥さんが眼ェむくほどの相続税がかかったらしい」
「なるほど」
「それからまた評論家の植草甚一が死んだときも」
「相続税が問題になりましたか」
「ですから植草甚一のレコードコレクションをタモリが一括購入してですね、コレクションの散逸を防ぐとともに相続税の一部にしてくださいと」
「ええ話やないですか」
「つまりタモリが男気を見せたゆうエピソードですけどね」
「あの人あんまり男気があるようには見えませんけど」
「結局まあ男の値打ちは男気で決まるわけですから」
「そんなことゆうとったら君、またそこらのフェミニストの人から怒られるのとちがいますか」
「なんでやねん。男が男気を見せんでいったい何を見せるゆうねん」
「そんなこと知りませんがな」
「ほな君は僕のおしりが見たいとでもゆうのか。別に見せたってもええけど」
「そんなもん誰が見たがる」
「せやから男には男気見せて月光仮面にならなあかんときがあるわけですよ」
「いったいどうゆう話やねん」
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