第十七回
乱歩六番勝負
 一、土蔵

「ばんばんテンポあげて行きましょか」
「いきなりなんですねん」
「いやこの『四季どんぶらこ』は三か月に一回の発行なんですけど」
「季刊の雑誌ですからね」
「三か月のあいだにネタが次々たまってきてしゃあないわけです」
「最近またとくに世の中の動きが早いですから」
「せやから余計なくすぐり挟まんとばんばん行かんとネタが消化できません」
「くすぐり挟むのは君やないですか」
「とにかくきょうはばんばん行こかと」
「名張市民のみなさんにお知らせせなあかんこともあるでしょうし」
「名張市の上層部を叱り飛ばしたらなあかんこともありますからね」
「君またそうゆうこといいますけど」
「しかしみなさんには先日来いろいろとご心配をおかけしましたけど」
「急にあらたまってなんの話ですねん」
「東京にある乱歩邸の土蔵がなんとかなりそうなんです」
「このあいだ君がゆうてた土蔵の危機の話、保存のめどがついたんですか」
「立教大学が乗り出してくれるそうで」
「乱歩は立教の出身ですか」
「出身は早稲田なんですけど池袋の乱歩邸ゆうのが立教のすぐ横にありまして」
「お隣さんですか」
「ご近所のよしみゆうやつですわ。へえ土蔵でっか、ほなまあなんとかさしてもらいまっさてなもんでしょうね」
「なんや留守するときに宅急便の受け取り頼むみたいな話ですけど」
「くわしいことはまだ判りませんけどとにかく現状で保存されるみたいです」
「けど君そうなるとですよ」
「こらまあじつにおめでたいこっちゃがなとかゆうたりもしまして」
「おめでたいこっちゃがなやないがな」
「君、舌を噛まんようにしなさいね」
「とかゆうたりもしましてやないがな」
「君がそうゆうふうにいちいちツッコミを入れてくるから結果としてこの漫才の情報量が少ななってしまうんです」
「名張市はいったいどないしますねん」
「何が何やら私には」
「名張市の乱歩記念館建設構想は結局どないなるねんと聞いとるねん」
「でも実際の話、この期に及んで咎め立てしてみてもしゃあないですからね」
「咎め立てをするとかそうゆう問題やないやろ」
「よっしゃ判った。判りました。ばんばんテンポあげて次の話題行きましょ」

 二、復刻版

「もう次の話題ですかいな」
「きょうは一ページ一話題です」
「えらいせわしないな」
「しかし驚きましたね」
「何がやねん」
「江戸川乱歩の『貼雑年譜』」
「といいますと」
「乱歩が残したスクラップブックなんですけどこれが凄い。新聞雑誌の記事とか本の広告とか自分に関係のあるありとあらゆる印刷物を貼り込んだうえに筆でコメントを書き込んだものなんです」
「それがどないしました」
「東京創元社ゆう出版社がその復刻版を発行しまして」
「そらやっぱり乱歩研究のための貴重な資料でしょうからね」
「ところが気になるお値段は本体三十万プラス消費税一万五千円もするんです」
「そんな高価なもんやったら一般の人には手が出せませんがな」
「しかしご心配なく」
「別に心配はしてませんけど」
「みなさまの名張市立図書館は名張市民の血税でこの復刻版をどーんと購入いたしました。この場をお借りしてご報告申しあげます」
「ほな名張市立図書館へ行ったら見せてもらえるわけですな」
「そらもう僕の厳重な監視のもとで白手袋はめてご覧いただけます」
「別に監視は要らんやろがな」
「大事な『貼雑年譜』にうっかり鼻くそつけるようなあほがおったら思いきりしばきあげたりますねん」
「いちいちしばくなゆうねん」
「このあいだも金沢市にお住まいの乱歩ファンの方から名張市立図書館にお問い合わせをいただきまして」
「『貼雑年譜』のことでですか」
「名張市立図書館が『貼雑年譜』を買うてあるんやったらぜひ見せてほしい」
「やっぱり乱歩ファンの人は一度は見てみたいでしょうからね」
「ですからその方はわざわざ金沢から名張まで『貼雑年譜』見るために足を運んでくれるんですけど」
「そらまたご足労ですな」
「そこまでしてくれる人にあんまり愛想ないのも失礼ですから『貼雑年譜』はまあどうでもええとして夜は清風亭の宴会でせーだい盛りあがろやないかゆうておたよりさしあげたんですけど」
「どないしました」
「音沙汰がないんです。僕、何かいけなかったんでしょうか」
「見ず知らずの人をいきなり酒に誘うようなことしたら誰かて変に思うがな」
「こんな嬉しい話はほかにないんやないかと思いますけど」
「そんなん君だけやと思いますけど」
「でもこの『貼雑年譜』の復刻版を購入した公立図書館は全国で二館、大学図書館は全国で八館しかないんです」
「たったそれだけですか」
「ですから全国どこからでも名張市立図書館へ『貼雑年譜』を見に来ていただいて結構なんです」
「そらそうですね」
「清風亭でお待ちしております」
「それはええっちゅうねん」

 三、BS放送

「最近はテレビの放送局が増えまして」
「BS放送とかできましたからね」
「そのBS放送の話なんですけど」
「どないしました」
「BS−iゆう放送局がつい先日ある番組で乱歩のことをとりあげまして」
「乱歩人気はあいかわらずですな」
「東京に住んではるある乱歩ファンの方が乱歩邸を訪れてあの土蔵に入らさしてもらうゆう内容なんです」
「なるほど」
「この乱歩ファンは宮澤さんとおっしゃる男性なんですけど」
「筋金入りの乱歩ファンでしょうね」
「乱歩邸に行く前にまず宮澤さんのお宅の書斎から番組が始まりまして」
「宮澤さんが乱歩への思いを熱く語るとかそうゆう感じですか」
「乱歩の本がずらりと並んだ本棚の前で乱歩への思いを語ってはりました」
「当然そうでしょうね」
「その画面を見ながら僕は思わず声をあげたんです」
「なんですねん」
「なんと宮澤さんの肩のうえに」
「何がありました」
「水子の霊が二体三体」
「こら。何あほなこと抜かしとるねん。だいたいその水子ネタは前にやった漫才で使用済みのやつやないか」
「リサイクルばやりの世の中で」
「しょうもないネタはリサイクルせんでええねん」
「でも画面をよう見てたらですね」
「何が映ってました」
「本棚にずらりと並んだ乱歩の本のうえに横に寝かして置いてある本が二冊あったんです」
「なんの本ですねん」
「なんと名張市立図書館が出した江戸川乱歩リファレンスブックやないですか」
「あの本が映りましたか」
「えらい宣伝ですがな」
「テレビに映してもろたんですからね」
「そのことに気がついたのは全国で僕だけやったと思いますけど」
「それでは宣伝にならんがな」
「でもテレビに出演するほどの乱歩ファンが乱歩の本のうえに名張市立図書館の本を置いてくれてあるんですから」
「ありがたい話ですわね」
「あまりにもありがたいから宮澤さんをいっぺん清風亭にご招待したろかしらんと思うんですけど」
「ええ加減に清風亭から離れたらどないですか」
「腐れ縁ゆうやつですかね」
「君が勝手にくっついとるだけの話やないか」
「ところでこの宮澤さんゆう方は『宮澤の探偵小説頁』というミステリー界でたいへんよく知られたホームページを開設していらっしゃいまして」
「探偵小説のホームページですか」
「アドレスは http://www.inv.co.jp/~naga/ となっております」
「いっぺんそのホームページも見せてもらわなあきませんな」
「乱歩とか名張のことも書いていただいてありますのでぜひ一度ご覧ください」
「そろそろページが変わりますな」

 四、建碑関係者

「この番組はBs−iの『週刊マニアタック』ゆう番組やったんですけど」
「ちょっと君、ページが変わっても話題が変わってないやないですか」
「まあ落ち着いて聞いてください。この番組では名張市立図書館のことも写真で紹介していただきまして」
「一ページ一話題やから次の話題に行かなあかんのとちがうんですか」
「名張市立図書館から番組に提供した江戸川乱歩生誕地碑除幕式の記念写真も画面に出てきたんですけど」
「そらまた古い写真ですがな」
「昭和三十年の写真です」
「除幕式に出席した乱歩さんもちゃんと写っとったわけですな」
「生誕地碑の横で乱歩夫妻を中心に建碑関係者が並んだ記念写真ですからね」
「それでどうせまたその写真に写っとったっちゅう話なわけですか」
「何が写ってたゆうんですか」
「水子の霊やろ」
「何をゆうてるねん君」
「ちがうんですか」
「いっぺん使用したネタを二回三回とつかいまわしせなあかんほど僕らの漫才は落ちぶれてないで」
「君さっきはリサイクルばやりの世の中でゆうてゆうとったやないか」
「君がそうゆうふうにしょうもないボケをいちいち挟んでくるさかい結果としてこの漫才の情報量が少ななってしまうのやないか」
「ほな好きなように話を進めたらええやないですか」
「じつはその記念写真にはある驚くべきものが写っていたんです」
「何が写ってました」
「びっくりしますよ。とうに死んだはずの一人の男の姿」
「ほんまですか」
「それが写真に写ってこっちのほうを恨めしそうにじーっと見てるんです」
「いったい誰ですねん」
「うちの親父」
「ちょっと待てこら」
「なんですか」
「なんですかやないがな」
「けどほんまに僕の死んだ親父が写ってたんですから」
「その写真を撮ったときには君のお父さんは生きてはったんやろ」
「まあ建碑関係者の一人でしたから」
「それやったら死んだ人間が写真に写ってるゆうのとは全然ちゃうやないか」
「そうゆう見方もありますやろね」
「ええ加減にせんとしまいに怒るで」
「さっきからもう怒ってるやないか。君がそうやってぽんぽんぽんぽん怒るから結果としてこの漫才の情報量が少ななってしまうゆうてるのがまだ判らんか」
「はいはい」
「このページでうちの親父のこと話題にしたろ思てたのにもうあと何行かで終わってしまうやないか」
「知らんがなそんなことは」
「親父が怒って化けて出てきたらどないしたらええねん」
「好きなだけお酒を飲ましたったらええのとちがいますか」
「なるほど」

 五、ベストブック

「なるほどて君、えらい簡単に納得してしまうやないですか」
「『幻想文学』ゆう季刊の雑誌があるんですけど」
「もう話題が変わったんですか」
「第六十号が最近発行されまして」
「何が載ってますねん」
「幻想ベストブック1993─2000ゆう特集が組まれてました」
「なんや難しそうですな」
「要するに一九九三年から二〇〇〇年のあいだに出た本のベスト3を選ぶアンケートなんです」
「なかなか面白そうな企画ですね」
「作家とか評論家とか翻訳家とか大学教授とか研究者とかいろんな人が回答してるんですけど」
「どないしました」
「なんと名張市立図書館の江戸川乱歩リファレンスブックを挙げてくださった方がお二人もいらっしゃったんです」
「それは君もしかしたら大変なこととちがうんですか」
「もしかせんでも大変ですがな」
「あの本の存在が知られてるゆうだけでも大変なことや思いますけど」
「このアンケートで最高に得票を集めたのが京極夏彦さんの京極堂シリーズなんですけど」
「あの人は凄い人気ですからね」
「その京極さんでも得票は九票でした」
「それで名張市立図書館が二票ですか」
「ほとんど差はないといっていいでしょうね」
「おおありやがなそんなもん」
「けどこの得票数からゆうたらですよ、かりに京極夏彦が小泉純一郎やとしたら名張市立図書館は森喜朗ぐらいの位置には着けとるんとちゃうか」
「そんなしょうもない位置に着けてどないするねん」
「ほな土井たか子にしましょか」
「どうでもええがなそんなことは」
「いっそ辻元清美でもええかいなと」
「どこまで行くねん」
「それでこの特集では須永朝彦さんと山尾悠子さんが対談をしてはりまして」
「あんまりお聞きしたことのないお名前ですけど」
「世間一般の人のあいだではそうかも判りませんけど」
「凄い方なんですか」
「そらもう幻想文学ファンのあいだではお二方ともカリスマ的な存在です」
「それでそのカリスマの方が何を喋ってはったんですか」
「これはぜひ名張市民のみなさんにもお知らせしとかなあかんと思いまして」
「名張のことが出てきますか」
「びっくりしますよ」
「またかいな」
「一九九三年から二〇〇〇年のあいだに出た本を振り返って須永朝彦さんがこんなことをおっしゃってるんです」
「どんなことですか」
「名張市立図書館から出た『乱歩文献データブック』『江戸川乱歩執筆年譜』の二冊の資料集。これは大したものですね。松山俊太郎さんにお見せしたら、『さすがに大乱歩だな、こういうのが出るとは』と。とにかくたいへんな労作です」

 六、水子よ永遠なれ

「またえらい名誉な話やないですか」
「来年は平成十四年になりますけど」
「もう話題が変わっとるんかいな」
「西暦でゆうたら二〇〇二年でして」
「そないなりますね」
「その五十年前が一九五二年なんです」
「それがどないしたゆうねん」
「昭和でゆうたら二十七年で」
「しつこいな君も」
「じつは昭和二十七年ゆうのは乱歩が名張を訪れて初めて自分の生家跡に案内された年なんです」
「もう五十年になるわけですか」
「乱歩はそのときのことを『ふるさと発見記』ゆう随筆に書いてますけど」
「来年は乱歩のふるさと発見から五十周年ゆうわけですか」
「名張市立図書館の江戸川乱歩リファレンスブックはですね」
「また話題が変わっとるがな」
「今度出る三冊目が『江戸川乱歩著書目録』になるんですけど」
「ふるさと発見と関係あるんですか」
「来年のふるさと発見五十年に合わせて刊行したいと思っております」
「なるほどそうゆう話ですか」
「三冊目はまだ出ませんのかゆうてたまに人から聞かれることもありましてね」
「二冊目が出てからちょっとあいだが空きましたからね」
「なかにはあんまりあいだが空いたもんやさかいてっきりおまえが名張市立図書館の嘱託を馘になってしもた思とったがながははははははゆうて失礼なことを抜かしてくるあほもおるありさまで」
「君がいまだに馘にならんのは名張の七不思議のひとつやゆう人もいますけど」
「そのあほしばきあげましょか」
「いちいちしばくなゆうねん」
「ですから来年度予算に『江戸川乱歩著書目録』の予算が計上されるように僕は神様にお祈りしてる毎日なんです」
「見込みはどないですねん」
「もしも計上されなかったときにしばきあげたらなあかん連中のリストは一応つくってあるんですけど」
「いちいちしばくなゆうとるやろ」
「岡山県の津山市に津山洋学資料館ゆうのがあるんですけど」
「また話がかわっとるやないか」
「うちの親父が昭和十八年に出した『学問の家 宇田川家の人たち』ゆう本をその津山洋学資料館がこのあいだ復刊してくれまして」
「いったいどんな本ですねん」
「津山にゆかりの深い洋学者を題材にした子供向けの伝記なんです。しかしあんな酒飲みの書いた本を読まされる岡山の子供たちがかわいそうでかわいそうで」
「酒飲みは関係ないがな」
「一冊税込み八百円で頒布してくれるそうですからお申し込みは郵便番号七〇八−〇八四一、岡山県津山市川崎八二三、津山洋学資料館、電話0868・23・3324へお願いいたします」
「そうやって本のこと紹介したんですから君ももうお父さんが化けて出ることを心配せんでもええのとちがいますか」
「あとは水子の心配だけです」
「知らんゆうとるやろ」

(名張市立図書館嘱託)

掲載2001年7月22日
初出「四季どんぶらこ」第19号(2001年6月21日発行)