第十九回
自爆か誤爆か
 アフガンのニュースを語る

「アフガニスタン情勢とか見てますと」
「えらいことになってますけどね」
「しょうもない漫才やってる場合ではないぞという気がしてきますね」
「たしかにそうです」
「アフガン難民のこと考えたら粛然とするといいますかなんといいますか」
「とくに難民の子供が悲惨でね」
「あほなことゆうて喜んでる場合ではないんです」
「喜んでるやつなんかいませんけど」
「いよいよアメリカの海兵隊がアフガニスタンに乗り込みまして」
「毎日そんなニュースばっかりです」
「アフガニスタン南部のカンダハルゆうとこに海兵隊が投入されましてね」
「カンダハルゆうたらタリバン勢力の最後の拠点らしいですけど」
「カンダハルの住民は海兵隊の姿を見て唇を噛んだはるらしいですね」
「なんやと」
「ですからね、カンダハルの人が唇を噛んだはると」
「なんやねんそれは」
「よっぽど口惜しかったんでしょうね」
「そんなこと知らんがな」
「けどよその国の軍隊が祖国の大地を蹂躙してるわけですから」
「そうゆう問題やないがな」
「そらたしかに噛んだはるという表現が大阪弁文化圏以外の人には理解しづらいという問題があることは僕も認めます」
「そうゆう問題でもないがな」
「なんですねん」
「不謹慎なことゆうなちゅう話です」
「せやからあほなことゆうてる場合やないとゆうてるわけですけど」
「ええ加減にしとかなあかんで君」
「けどやらんわけにも行きませんからやっぱり漫才やるわけですけど」
「結局やるんですか」
「そもそもイスラム過激派がニューヨークのビルに自爆テロを仕掛けましてね」
「無茶苦茶やりよりますな実際」
「それでアメリカがアフガニスタンに誤爆テロのお返しをしたわけですけど」
「誤爆テロゆうことはないがな」
「そうかと思うと炭疽菌テロゆうのも出てきまして」
「あれも無茶苦茶ですな。郵便で菌を送りつける無差別テロ」
「こうなったら僕かて名張市役所にイースト菌でも送ったろか思うんですけど」
「そんなもん送ってどないするねん」
「パン屋でもやらしましょか」
「好きなことゆうとけ」

 東京のニュースを語る

「それにしても恐ろしい世の中になったもんですね」
「恐ろしいニュースにも慣れっこになってしまいそうですけど」
「そんななかで唯一明るいニュースが報道されました」
「どんなニュースですか」
「東京にある乱歩の家と蔵書の話です」
「豊島区にある土蔵つきの家ですな」
「地元の豊島区が乱歩記念館として整備する構想を打ち出したんですけど財政難で降りてしまいまして」
「そのあと立教大学が乗り出したゆうて君、いつかゆうてたやないですか」
「その話がまとまりましてね」
「それはよかったやないですか」
「十一月二十一日に立教大学と乱歩のご長男である平井隆太郎先生とが記者会見をなさいました」
「そしたら乱歩の家と蔵書は立教大学のものになるわけですか」
「そうです」
「たしかに明るいニュースですね」
「十一月二十二日付の毎日新聞に出た記事があるんですけど」
「どんな記事ですか」
「日本推理小説の先駆者、江戸川乱歩(1894〜1965)の東京都豊島区西池袋にある自宅と貴重な近世コレクションや書籍・資料などが、隣接する立教大(大橋英五総長)に譲渡されることになった。乱歩の長男の平井隆太郎・立教大名誉教授と同大が21日、会見して明らかにした」
「しかしそうなると名張市はいったいどないするんですか」
「名張市のことなんかまあどうでもええんですけど」
「どうでもええことはないやろけど」
「もうちょっと記事を読みますと、
 有償譲渡されるのは、約1200平方メートルの土地と近世(江戸期)の資料。大正時代に建てられた本宅や書庫としていた土蔵のほか、調度品・備品、明治期に刊行された「ボール表紙本」と呼ばれる翻訳を中心とした書籍や雑誌、作品関連の約2万点の各種資料は寄贈される」
「土地と近世資料を大学が購入して残りは寄贈されるゆうことですか」
「いま乱歩邸の土地と近世資料を購入するともれなく家屋と蔵書と各種資料がついてきます」
「キャンペーンやないんですから」
「もうちょっと読みますと、
 乱歩邸と収蔵資料をめぐっては、豊島区が記念館による保存を計画したが、資金難で断念。計画を引き継ぐ形で今年4月から立教大と平井家との話し合いが進み、10月に合意に達した。寄贈資料は同大図書館に収蔵され、今後、整理をして早い時期に一般公開される予定。乱歩の孫、平井憲太郎さん(51)は「祖父の作品には多くのファンがいます。その思いに応える形で保存や資料の公開をしてもらえれば」と語った」
「それはそれでええんですけどね」
「どないしました」
「名張市にも乱歩記念館つくる構想があったんとちがうんですか」
「あったようななかったような」
「どっちやねんな」

 鳥羽のニュースを語る

「それからまた鳥羽がすごい」
「名張の話はどないなるねん」
「鳥羽は乱歩が若き日を過ごした土地なんです」
「そうらしいですな」
「奥さんも鳥羽の女性でしたし」
「そうやったんですか」
「その鳥羽のニュースが十一月二十八日付の中日新聞に載りましてね」
「また新聞記事ですか」
「日本の探偵小説の基礎を築いた作家江戸川乱歩(一八九四─一九六五年)と交友があった三重県鳥羽市の民俗研究家、故岩田準一さん(一九〇〇─一九四五年)の二男で、神宮徴古館元館長の岩田貞雄さん(六七)=同市大明西町=が二十七日、乱歩が準一さんにあてた八十七通の未発表の書簡を保管していることを明らかにした」
「なんと鳥羽には乱歩の手紙が残ってましたか」
「しかも君、四百字詰め換算で三百枚もあるゆうんですから」
「そらもう貴重なもんでしょうね」
「岩田準一ゆうのは乱歩といっしょに同性愛の研究をした人なんですけど」
「そっちのほうの関係ですか」
「乱歩からの手紙はきちんと保存してあったみたいですね」
「それでその準一さんの息子さんが乱歩の書簡を公開したと」
「いや残念ながら書簡の内容までは公表されてないんです」
「どうするんですか」
「中日新聞によりますと、
 今後、貞雄さんは乱歩の遺族の了解を得た上で研究者に一般公開し、鳥羽市で建設構想がある文学館でも展示したいという」
「鳥羽に文学館の建設構想があるわけですか」
「みたいですよ」
「鳥羽はええとして名張市の乱歩記念館構想の件ですけどね」
「まだ鳥羽の話は終わっていません」
「ほかに何があるんですか」
「鳥羽少年探偵団」
「なんですねんそれは」
「九月一日の中日新聞に載った記事なんですけど」
「何をするゆうんですか」
「鳥羽の中学生が鳥羽少年探偵団ゆうのを結成して東京の乱歩邸を訪問したうえでいろいろ調査するゆう話です」
「ははあ」
「記事を読みますと、
 訪問時には東京と鳥羽をテレビ会議システムで結び、ほかの中学生も乱歩邸の「探索」に加わる計画もある。乱歩の旧宅に住む孫の出版社役員、平井憲太郎さん(五〇)も「とても良い企画。協力したい」と乗り気で、現代の「小林少年」たちが名探偵ぶりを発揮するのを楽しみにしている」
「なかなか面白そうな話ですな」
「鳥羽もまあなんやかんやちまちまと頑張っとるわけですね」
「ちまちまとはええとして君、名張市の乱歩記念館構想の件ですけどね」
「ところがやっぱり東京もすごい」
「どないやっちゅうねん」

 また東京のニュースを語る

「これも今年九月のニュースですけど」
「また乱歩がらみの話題ですか」
「九月五日の朝日新聞夕刊で一面トップに乱歩のことが載りまして」
「一面のトップですか」
「君わかりますか。死んでから三十年以上たった小説家のニュースが新聞のトップ記事になるわけですから」
「異例のことでしょうね」
「小説家が一面トップに顔を出そうと思ったらノーベル文学賞とるか殺人事件おこすかせなあきませんからね」
「人殺ししてまで載らんでもええがな」
「有吉佐和子が変死したときはたしか一面トップでしたけど」
「知らんゆうねん」
「その記事ゆうのは戦後まもないころに乱歩が出した手紙の写しが乱歩邸で発見されたというものなんです」
「手紙の写しといいますと」
「乱歩は手紙を書くときカーボン紙で複写をとってまして」
「カーボンコピーゆうやつですか」
「横溝正史その他の知人に宛てた手紙の複写三百四十一通が見つかったんです」
「乱歩の場合は手紙が見つかっただけで大ニュースになるわけですか」
「記事を読みますと、
 乱歩は、自分が出した手紙をカーボン紙で複写して手元に残す習慣があったが、亡くなる前にすべて焼いたとされ、長男で立教大名誉教授の平井隆太郎さん(80)も「そう聞いていた」。しかし一部が蔵の書棚に残っていた。
 46年5月から翌年9月までの日付があり、B5判より一回り大きい名入りの原稿用紙つづり19冊、341通分。筆まめぶりがわかる。出版社にあてた手書きの領収書も55通交じっていた。
 手紙のあて先には野村胡堂、吉川英治、坂口安吾、徳川夢声らの名が。中でも横溝正史あてが35通で最も多い」
「なんともえらいもんですな」
「しかしこれだけやないんです」
「まだあるんですか」
「九月十一日の朝日新聞では乱歩の蔵書に関するニュースが報道されました」
「どんなニュースですねん」
「江戸川乱歩の蔵書目録まもなく完成、ゆうような感じですね」
「今度は蔵書目録ですか」
「ちょっと読みますと、
 日本にミステリー小説を根付かせた江戸川乱歩(1894〜1965)。親友の横溝正史に書き送った手紙の写しが大量に見つかった東京都豊島区の乱歩邸の土蔵には、約2万5千冊の和洋の書籍・雑誌があった。ミステリー評論家の新保博久氏と推理小説研究家の山前譲氏による10年がかりの調査で、その全容が明らかになった。乱歩のものの考え方や好みがうかがえる「蔵の中」は興味が尽きない。
 新保、山前両氏は乱歩の親類の作家・評論家、松村喜雄氏の勧めで91年から蔵書の目録作りに取りかかった。松村氏は92年に死去したが、作業は続けられ、目録は今夏、ほぼ完成した」
「十年がかりですか」
「二万五千冊ですからね」
「気が遠くなるような話ですけどね」

 名張のニュースは語れない

「それからまたすごいのがですね」
「ちょっと待ちいな君」
「なんですか」
「なんですかやないがな。さっきから聞いとったら東京とか鳥羽とかよそのニュースばっかりやないか」
「どうかしましたか」
「名張市はどうしてるんですか」
「さあて」
「さあてて君、名張かて乱歩の生誕地として乱歩記念館をつくるとかいろいろ構想はあったのとちがうんですか」
「ふうむ」
「ふうむやないわい」
「そらたしかに乱歩記念館とかなんやとかあったみたいですけどね」
「それはどうなったんですか」
「君はあほか」
「何があほやねん」
「ほんまにあほやろ」
「なんで僕があほなんですか」
「お役所のゆうこといちいち真に受けとってどないするねん」
「そんないい方はないやないか」
「そしたら君はあれですか、お役所の人たちを信用してるわけですか」
「信用せなどうするんですか」
「僕もこれで名張市立図書館の嘱託にしてもろて六年たったわけですけど」
「もう六年になりますか」
「お役所の人たちには開いた口がふさがらんわほんま、ゆうようなことを山ほど経験してきまして」
「君はしょっちゅうそないゆうてぼやいてますけど」
「もうぼやくのも面倒でね」
「えらい投げやりですな」
「いまではもうどうでもええわいと」
「何がどうでもええんですか」
「僕ひとりが騒いだかてお役所は何も変わりません」
「そらひとりでは無理なこともあるでしょうけど」
「乱歩記念館のことかてそうなんです」
「といいますと」
「たしかに名張市には乱歩記念館をつくるゆう構想があったんです」
「やっぱり」
「ですから豊島区が記念館構想を打ち出したときも僕は情報収集に努めまして」
「そうやったみたいですね」
「それを教育委員会経由で名張市役所の上層部に逐一お知らせしたんですけど」
「何の動きもありませんでしたな」
「それはまあええんです」
「そうですか」
「問題はそのあとです」
「そのあとといいますと豊島区が構想を断念したときのことですか」
「あのとき名張市は乱歩のことをもっと真剣に考えるべきやったんです。豊島区の構想がご破算になったときにこそ名張市は乱歩の遺産を守るために何をするべきか、何ができるのかということを主体的に考えるべきやったんです」
「考えたらどないかなりましたか」
「そんなもんどないもなるかい」
「それやったらしゃあないがな」
「けど真剣に主体的に考えてみるべきであったことは間違いありません」
「そんなもんですかね」

 また名張のニュースは語れない

「もうお役所の人たちをあほあほゆうて叱り飛ばすのにも疲れてしまいまして」
「人のことあほあほゆうたらあかんちゅうねん」
「無力感ゆうんですか」
「何がやねん」
「何をしても空しいですね人生というやつは」
「別に君の人生観を聞きたいわけやないんですけど」
「しかしこうなってしもたら名張市はそろそろ引き際のことも考えなあかんでしょうね」
「なんの引き際ですねん」
「毎日新聞の記事にも書いてありましたけど乱歩の遺産はすべて立教大学が受け継ぐわけです」
「整理をして早い時期に一般公開される予定とかゆうてましたな」
「現実問題として名張市が乱歩記念館つくるのはもう無理ですからね」
「そらまあそうですね」
「そしたらあと何ができるゆうねん」
「さあ」
「さあやないがな君、曲がりなりにも乱歩記念館という構想があったにもかかわらずなんにもようせんかったような名張市役所の人たちに乱歩の遺産が譲渡されることが決まったこの期に及んでいまさらいったい何ができるゆうねん」
「そんなこと僕は知らんがな」
「せやからあほやゆうんですよ」
「あほあほゆうなゆうとるやないか」
「あほあほゆうなと君はゆうけど僕かてこれでもずいぶん抑えとるわけですよ」
「ほんまかいな」
「このあほどもめがと思うたかてその十分の一も口に出してませんからね」
「かなり出してるように見えますけど」
「名張市役所に郵便でイースト菌を送ったろかと何度考えたことか」
「そんなもん送るなゆうねん」
「いっそ自爆テロかましたろかいなと」
「どうやってかますねん」
「誤爆テロになりそうですからやめときましたけど」
「何わけのわからんことゆうとるねん」
「とにかくまあ名張市もこれに懲りてですね」
「何に懲りなあかんゆうねん」
「思いつきとか上っ面のことだけで済ますのやなしに名張市が乱歩に関して何をやったらええのか、あるいはもう何もせんほうがええのかゆうことを一から出直して考えるべきでしょうね」
「それが引き際ですか」
「ほんまに引き際のことも含めて真面目に考えるべき時期なんです」
「名張市立図書館はどうするんですか」
「定本江戸川乱歩全集をつくるべきやということは名張市教育委員会に正式に伝えてあるんですけどね」
「どないなりますねん」
「どないもならんゆうことは火を見るよりも明らかです」
「それではあかんがな」
「ですから無力感にうちひしがれてどうでもええわという気がしてくるんです。君、人生ってなんなんでしょうね」
「いつまでもうわごとゆうとれ」

(名張市立図書館嘱託)

掲載2001年12月21日
初出「四季どんぶらこ」第21号(2001年12月21日発行)