第二十三回
探偵講談上京記
 政府よこれが伊賀の答えだ

「ちょっと東京へ行かさしてもろてきたんですけど」
「行かさしてもろたて君、そこまでへりくだらんでもええのとちがいますか」
「しかし名張市民のみなさんの税金で上京してきたわけですから」
「また東京出張ですか」
「そうなるとやっぱりへりくだらなあかんわけですねうわべだけでも」
「うわべだけではしゃあないがな」
「僕が上京したのは十一月二日やったんですけどじつはその前日が大変でして」
「十一月一日の何が大変ですねん」
「君は十一月一日の新聞読みましたか」
「読んでるはずですけど」
「政府の地方分権改革推進会議がまとめた最終報告の記事が載ってたんですけど気ィつきませんでしたか」
「なんやきょうの漫才はえらい物堅い展開になりそうな感じですな」
「要するに地方分権を進めるために何をしたらええのかゆう話なんですけどね」
「その最終報告が出たわけですか」
「話が全然違うてきてますねん」
「どんな話になってるんですか」
「首相は国と地方のあり方について三位一体の改革を目指すとゆうてたんです」
「三位一体といいますと」
「まず補助金を削減する」
「国から地方への補助金を減らそうと」
「そのかわり税源を移譲する」
「国から地方へ税源を移そうと」
「そして地方交付税の見直しを進める」
「これもやっぱり国から地方へのお金の流れを見直そうゆうことですな」
「地方のことは地方に任せるゆうのが首相の方針やと報道されてますからね」
「つまりお金も地方に任せましょうと。そのための会議やったわけですね」
「せやのに最終報告では地方への税源移譲についてまったく言及がないんです」
「それでは三位一体になりませんがな」
「十一月一日の日刊各紙は社説でいっせいにこの問題をとりあげました」
「かなりの大問題ゆう感じですね」
「読売の社説は『地方分権報告/税源移譲なしに改革は進まない』」
「なるほど」
「朝日は『地方分権/これが改革とは恐れ入る』。中日は『地方分権/これでは前進しない』」
「叩かれっぱなしですがな」
「あの産経でさえ『地方財政改革/利害排し真の自立目指せ』と叩いてます」
「あの産経でさえゆうとこがどうも気になりますけど」
「とにかくもう無茶苦茶な話なんです」
「たしかに話が違うてきてる感じです」
「そもそもの話の流れとしては国の財政が破綻して分配能力も低下したからあとは地方が勝手にやってくれと」
「地方の自立を促すゆうことですね」
「もう地方を補助金で縛りつけることはしない。税財源そのものを地方に移譲するから好きにしなさいと」
「自己責任と自己決定でやってくれと」
「ただしわが国の現状においてお役所の人たちに自己責任や自己決定を求めるのはどだい無理な話なんですけど」
「君はそないゆうて話をすぐお役所批判の方向にもっていきますけど」
「でもまあ地方分権の建前は中央から地方へ権限や税財源を移譲して地方の自主性自立性を高めるゆうことなんです」
「その税源移譲が見送りになったと」
「もちろん首相が強い指導力を発揮したら税源移譲も可能なんですけどね」
「可能ではないんですか」
「財務省あたりの我利我利亡者が必死になって抵抗してますからね」
「そしたら地方分権が前進どころかあと戻りしてるゆうことやないですか」
「別の言葉でゆうと市町村合併の意味が急速に失われつつあるわけなんです」
「そらまあ地方分権と市町村合併はゆうたら表裏一体のものですからね」
「地方分権を推進するためには地方自治体の行政基盤をより強化する必要があるゆうのが話の流れでして」
「強化するために合併が必要であると」
「ところがここへ来て政府がとんでもない裏切り行為に出ようとしている」
「政府が地方に対して約束違反するようなもんですからね実際の話」
「一方では地方分権を推進するといいもう一方では税源は移譲しないという」
「えらい矛盾した話ですがな」
「右足でアクセル踏みながら左足でブレーキ踏んでるような話なんです」
「たしかにそのとおりですね」
「右目で青信号見ながら左目で赤信号見てるような話なんです」
「そんなカメレオンみたいな器用な真似できるやつがおるんですか」
「右手に浣腸もって左手に下痢止めもってるような話ですからね」
「だんだんわけのわからん譬えになってきとるやないか」
「それくらい無茶苦茶な話なんです」
「ほなどないしたらええんですか」
「ことここに至っては市町村合併がどうのこうのゆうてる場合ではありません」
「けど市町村合併についてはきちんと協議せなあかんのとちがいますか」
「その協議の基盤が崩れようとしてるんです。地方分権が骨抜きにされた状態で合併したりしたらどうなります」
「えらいことになるかもしれませんね」
「ですからわれわれには合併協議なんかより先にせなあかんことがあるんです」
「何をしますねん」
「一揆じゃよ皆の衆」
「君いったいどこの長老やねん」
「ここまで愚弄されたからにはわれら一同ひとつにまとまり一矢なりとも政府に報いてその非を糾すのが伊賀者の道なのじゃ。わかるのう五右衛門」
「誰やねんその五右衛門ゆうのは」
「けどほんまに四百年前の伊賀惣国一揆を現代に再現して権力に叛旗を翻さんことには気が収まりませんがな」
「そんなん君だけの思い入れやがな」
「だいたい近世近代と一貫して仲の悪かった上野と名張がようやく合併協議のテーブルについたわけなんです」
「紆余曲折はありましたけどね」
「上野と名張が合併を話し合うゆうのはじつに偽善的な感じのすることで」
「いっこも偽善的なことないがな」
「でも市民感覚でゆうたら僕はやっぱり上野の人間とは気が合いませんからね」
「そんなもんですかね」
「かとゆうて名張の人間とも気は合わんわけですけど」
「誰とも気ィ合わんゆうことですか」
「僕だいたいにおいてあほとは気が合わないみたいなんです」
「それやったらまるで上野市民も名張市民もどっちもあほやとゆうてるみたいに聞こえるやないか」
「当たらずといえども遠からずですか」
「ですかと聞かれても困るがな」
「とにかく一揆しか道はないんです」
「またそうゆう無茶をゆう」
「けど伊賀惣国一揆の昔から伊賀がひとつにまとまるのは外敵と戦うときだけやゆうのが歴史的事実ですからね」
「政府が外敵ですか」
「偽善的な合併協議なんかより政府に戦いを挑むことによって初めて現代の伊賀がひとつになれるはずなんです」
「どないして戦いを挑みますねん」
「とりあえず合併協議は中止します」
「そんな乱暴な」
「君は十一月二日の新聞読みましたか」
「また新聞ですか」
「地方制度調査会の副会長が市町村合併推進のプランを提出したんですけど」
「どんなプランですねん」
「合併特例法の期限が切れたあとも存続してる町村は強制的に合併させて町村をなくしてしまうというプランです」
「それもまた乱暴な話やないですか」
「権力というものの冷酷な本質がそろそろ剥き出しになってきましたね」
「本質かどうかようわかりませんけど」
「財政支援措置という目先の餌をぶらさげて期限つきで合併を進めたあとは無理にでも合併させるという話なんです。これは明らかに地方に対する恫喝です」
「恫喝ゆうたら語弊ありますけど」
「そんなえげつないことする前に政府自身がもっとちゃんとせなあかんがな」
「たしかにアクセルとブレーキいっしょに踏んでもろては困りますからね」
「こんな状態でいくら合併協議を進めても実効性なんかまったくありません」
「それで協議は中止して一揆ですか」
「そうです。伊賀から東京へひそかに精鋭を送り込んで永田町から霞ヶ関一帯」
「どないしますねん」
「道が見えへんようになるぐらいマキビシまいたったらどうでしょうか」
「マキビシてあの忍者が逃げるとき地面にばらまくやつですか」
「政府関係者も伊賀の怖ろしさを思い知って反省するやろと思うんですけど」
「反省どころか大笑いするでしょうね」
「行けッ。行くのじゃ五右衛門ッ」
「せやから五右衛門て誰やねん」

 強権よこれが伊賀の根性だ

「それで十一月二日に上京しましてね」
「いったいなんの用事やったんですか」
「じつは今年は江戸川乱歩が自分の生家跡を知ってから五十周年の年なんです」
「ふるさと発見五十年ゆうて名張市もこの十月に記念事業をやってましたね」
「乱歩は昭和二十七年に名張を訪れて新町の生家跡に案内されたんですけど」
「それから五十年がたちましたと」
「せやからゆうて住民の血税で記念事業やらんなんことはないんです」
「それをゆうたら身も蓋もないがな」
「これには少し事情がありまして」
「といいますと」
「名張市立図書館が江戸川乱歩リファレンスブックゆう本を出してましてね」
「これまでに二冊出てますね」
「いろいろなとこで紹介していただいたおかげで名張という地名が乱歩の名前とともに語られる機会も増えてきました」
「ありがたいことですがな」
「今年十月に出た本だけを見ましても」
「何かありましたか」
「東京書籍から出た新保博久さん山前譲さん編『幻影の蔵 江戸川乱歩探偵小説蔵書目録』ゆう本と河出書房新社から出た堀江あき子さん編『江戸川乱歩と少年探偵団』ゆう本ですけどね」
「名張市立図書館の本のことをご紹介いただいたわけですか」
「そうなんです。とくに『幻影の蔵』では新保博久さんが『江戸川乱歩はいつも二度ベルを鳴らす』ゆう文章で《一応、生前までの単独名義の著書目録を、乱歩生誕百年記念出版『乱歩』(平成六年、講談社)に発表することができたが、より精密な『江戸川乱歩著書目録』は三重県名張市立図書館の江戸川乱歩リファレンスブック第三巻として中相作氏の手により、本年上梓されるはずである》とまで書いていただいておりまして」
「君の名前まで出てきますか」
「恥ずかしいやら嬉しいやら」
「まだ出てない三巻目まで紹介してくれてるんですから嬉しい話やないですか」
「その三巻目なんです問題は」
「どないしたんですか」
「一巻目と二巻目を二年連続でつくってさあ三巻目をいつ出すかと考えたとき」
「どないしました」
「このままのペースで三巻目に突入したら僕は死ぬのではないかと思いました」
「なんで死ななあきませんねん」
「過労死です。市立図書館かてしょせんお役所なんですからあいつお役所仕事で過労死しよったであほとちゃうかと人から嗤われたら僕も浮かばれません」
「浮かばれんでもええやないですか」
「三巻目は乱歩の著書目録なんですけどどうせなら二〇〇一年に出る乱歩の本までカバーしてやれとも考えまして」
「つまり二一世紀最初の年までですな」
「そう。二〇〇一年を含めることで乱歩作品が二〇世紀から二一世紀へしっかり継承されたという印象を鮮明にしたい」
「君も相変わらず妙なこと考えますね」
「調べてみたら二〇〇二年が乱歩のふるさと発見から五十年目に当たることがわかりましたので『江戸川乱歩著書目録』は二〇〇二年度に出すことにしました」
「それで今年になったわけですか」
「ついでですからふるさと発見五十年にちなんだ記念事業もやりましょかと」
「あれこれ思案したわけですか」
「思いついたのが探偵講談です」
「探偵講談といいますと」
「講談の一ジャンルです。明治時代にはかなり流行したらしいんですけどいまや完全に忘れ去られてまして」
「講談自体が忘れ去られてますからね」
「ところが大阪に旭堂南湖さんという若手講談師がいて探偵講談の復興を志している。しかも乱歩作品の講談化を目指していると聞き及んでましたので」
「さっそくコンタクトとりましたか」
「今年名張で探偵講談をやってもらえると決まったのが去年の秋のことでした」
「一年ほど前ですか」
「つまりだいたいお役所の内部で次年度予算を要求する時期なんです」
「乱歩作品の講談化もOKですか」
「今年三月に南湖さんと初めてお会いしてその次の日に南湖さんともども乱歩のご遺族のもとにお邪魔いたしました」
「東京都豊島区の池袋ですな」
「ご遺族からちゃんと乱歩作品の上演許可も頂戴して帰ってまいりました」
「とんとん拍子で結構やないですか」
「そのときふと考えたんですけどね」
「何を考えました」
「名張だけで探偵講談をやるのはもったいない。東京でもやったらどうやと」
「探偵講談の東京公演ですか」
「つまりこの手のことはすべて流れが一方通行なんです。中央から地方へという流れしかないんです。音楽でも演劇でも中央で価値を認められたものを地方へもってきて公演するのが一般的なんです。むろんそれも意味のあることなんですけど地方が発見し付加価値をつけて中央へもっていくものがあってもいいのではないか。これがほんまの情報発信とかゆうものではないか。従来の流れを逆転させるのは痛快であり中央集権から地方分権へという時代の流れを象徴することにもなりますから名張市主催で東京公演やらなあかんなと帰りの新幹線でビールとウイスキー飲みながら考えてたらべろべろになってしもてさっぱりわやですわ」
「知らんがなそんなことは」
「しかもそのときにはまったく考えてなかった新たな意味も生じてきました」
「どんな意味ですねん」
「つまりこのところ名張市民がどうも萎縮してるように見えるんです」
「てゆうか長引く不況で日本人全体がすっかり萎縮してるみたいですけど」
「そこへもってきて名張市では財政非常事態宣言まで出されましたからね」
「このままでは近い将来赤字再建団体に転落するとかゆう話ですけど」
「市民も萎縮せざるを得ないでしょう」
「明るい話題はひとつもありません」
「しかもあのくそったれな市町村合併によって名張という愛着のある地名が消えてしまうことにもなりかねません」
「くそったれは余計やと思いますけど」
「ですからこうした時期に名張市が花の東京で事業を堂々と主催することは市民を勇気づけることにつながるんです」
「それが新たに生じた意味ですか」
「松井秀喜が大リーグで活躍することが日本人を勇気づけるのと同じことです」
「かなり飛躍があるみたいですけど」
「つまりこの事業を通じて名張市は市民に間接的に呼びかけたわけなんです」
「なんと呼びかけました」
「どうか萎縮しないでください名張市民のみなさん。あほが萎縮していじけたら目も当てられません」
「せやからそれでは名張市民があほやとゆうてるように聞こえるやないか」
「当たらずといえども遠からずですか」
「聞き返すなゆうとるやろ」
「とにかくこれは市民に勇気と元気をくれてやる事業でもあったわけです」
「好きなようにゆうてたらよろしがな」
「乱歩の旧宅がある豊島区の区役所に名張市から協力をお願いしまして」
「準備を進めていよいよ本番ですか」
「ときは十一月二日の土曜日。ところは豊島区民センター六階文化ホール」
「君が税金で上京したゆう日ですね」
「豊島区にチケット販売その他でお力添えをいただいたおかげで二百八十席のホールがきれいに満席になりました」
「そらよかったですな」
「プロの小説家評論家や研究者編集者学芸員それから乱歩ファン探偵小説ファンさらには乱歩を読んだこともなさそうな豊島区民の方もおいでくださいまして」
「そう聞かされるとなんやちょっと会場を見てみたかったゆう気もしますね」
「その点はNAVA21にお願いして東京取材を敢行してもらいましたから」
「そしたら名張のCATVで東京公演の模様が紹介されたわけですか」
「公演のあとの打ち上げも大盛況で」
「打ち上げまでやりましたか」
「打ち上げやらな死ねません。しかもどこからわいて出たのか七十人ものご参加をいただく大宴会となりまして」
「七十人ゆうことはホールのお客さんの四人に一人が打ち上げに参加したと」
「客もまたいったい何考えて探偵講談聴きに来よったんですかね」
「そんないい方したらあかんがな」
「打ち上げの席では僭越ながら名張市立図書館長もご挨拶を申しあげました」
「東京の人にも名張の名前を多少は憶えてもらえたわけですね」
「せっかく憶えてもろた名前も市町村合併で消えようとしてるわけですけど」
「また市町村合併の話ですか」
「ゆうても詮ないことですけどね」
「たしかにそうですけど結局この合併問題はどないなりますねん」
「建前とかきれいごとは省いてぶっちゃけ正味のことゆうてしまいましょか」
「正味のとこはどんな話ですねん」
「国が財政破綻を背景として地方自治体をリストラしてるんです。それが市町村合併の冷酷な実態なんです。耐えられない自治体はつぶれるしかないんです」
「えらい厳しい話ですけど」
「ですから結局は国の意向に従うのが一番の得策やというじつに根性なしな結論に落ち着くことになるでしょうね」
「根性なしな結論ですか」
「しかも合併を協議してる連中が強権に確執を醸すことさえ知らない無教養で鈍感でものごとを深く考えることの……」
「はいはい時間がなくなりました。みなさんどうぞよいお年をお迎えください」

(名張市立図書館カリスマ嘱託)

掲載2003年4月14日
初出「四季どんぶらこ」第25号(2002年12月21日発行)