上野市よさようなら
「意外な結果が出たもんですね」
「名張市の住民投票の話ですか」
「そう。名張市が伊賀地域の周辺六市町村と合併するべきかどうか」
「二月九日に投票が行われまして」
「投票率が約六〇%で開票結果はなんと七割の市民が合併に反対でした」
「たしかに意外といえば意外ですね」
「僕は名張市民がもう少し合理的な結論を出すやろと踏んでたんですけど」
「この結果は合理的やないんですか」
「合理不合理ゆうことになると今回の合併話がそもそも不合理なわけでして」
「どうゆうことですねん」
「国が財政の破綻をそのまま地方に押しつけてきてるだけの話ですから」
「合理性がないというか必然性がないというか正当性がない感じはしますね」
「ですから住民投票そのものを拒否してしまうのが合理的な結論Aです」
「そしたら結論Bもあるんですか」
「Bはかなり高度な結論でして」
「どないなりますねん」
「国の押しつけではあっても今回の合併を利用するゆう作戦です」
「利用する作戦といいますと」
「つまり地方分権の流れに沿って地方の自立を進めるわけです」
「でも合併によって行政基盤を強化することで自治体の自立を推進するゆうことは今回も話し合われてましたけどね」
「誰が話しおうてました」
「伊賀地区市町村合併問題協議会のメンバーをはじめいろんな人がですがな」
「ですからそれではあかんゆうて僕はしつこいほど指摘してきたわけなんです」
「何があきませんねん」
「中央支配に馴れきって自立を知らない人間に自立が語れるかゆう話ですがな」
「そらまあそうですけど」
「合併問題協議会メンバーゆうたらそこらの市町村長とか議会議長とか有識者とかその程度のみなさんですからね」
「その程度とかゆうたらあかんがな」
「彼らにそんな高度なことが可能かどうかは査察の結果かぎりなく黒に近いと」
「イラク問題やないんですから」
「たとえば今年になって新市庁舎の綱引き合戦がありましたけど」
「新市の市庁舎を名張に置くか上野に置くかゆう問題が浮上しました」
「結局あの騒動に今回の合併話のレベルの低さが端的に示されてましたね」
「新庁舎の位置は大事な問題ですがな」
「協議会にはその程度の綱引きをするしか能がないことが判明したわけです」
「そんなことないでしょうけど」
「あの協議会においては地域の将来とか自治体の自立とかより庁舎位置のほうが問題としてよっぽど大事なわけです」
「話の流れでたまたま庁舎位置の問題が出てきたゆうことやないんですか」
「庁舎なんかどうでもええんです」
「それはどうゆう意味ですか」
「役所の位置なんか関係ないゆうのがこれからの行政サービスなんです」
「家が役所に近かったらそれだけ便利だというのは過去の話になると」
「新時代の行政を模索構築するべき人間が役所の取り合いをしてどないする」
「でも住民の意向もあるでしょうしね」
「しかもその取り合いは地域住民の利便性に配慮したものですらないんです」
「ほな何に配慮してますねん」
「狭量な田舎者の面子と体面です」
「そんなことないのとちがいますか」
「そんなことしかありません」
「君またそないして決めつけますけど」
「とにかくBはじつに高度な結論ですから実現は不可能やったでしょうね」
「聞いとったら君のゆうてることのほうがよっぽど不合理な感じですけどね」
「さて合理的な結論Cといいますのは」
「Cまであるんですか」
「話を単純化してしまいます」
「どないしますねん」
「判断基準をひとつに限定します」
「判断基準といいますと」
「要するに目先の金です。目先の金をどないするかゆうことです」
「目先の金ゆうたら地方交付税の据え置きとか合併特例債とかのことですか」
「合併によってどうなるこうなるゆうたかて先のことは結局ようわかりません」
「ぶっちゃけそんなところでしょうね」
「ですから先のことは度外視してとりあえずいま現在の目先の金をどうするか」
「財政非常事態の名張市としてはやっぱり目先の金が欲しいでしょうからね」
「国の合併支援策をどないするかという一点に話を単純化して考えますと」
「どないなります」
「貰えるもんは皆もろとけゆうのもひとつの立派な合理的結論なんです」
「ところが名張市民は合併にノーという結論を出したわけですからね」
「はっきりゆうて僕は名張市民を見直しました」
「目先の金は選びませんでした」
「つまりたとえお粥さんすすったかて市町村合併はしないぞと」
「お粥さんすすったかて名張市は名張市のままで行くぞと」
「お粥さんすすったかて上野みたいなあほが根腐れして黴まで生やしてるようなしょうもないまちとは合併しないぞと」
「ちょっと待てこら」
「どうかいたしましたか」
「あほが根腐れしてとかゆうのはあまりにも上野市民に失礼やないですか」
「それはそうですけどこれは僕がゆうてるんやないですからね。現実にそんな失礼なことゆうてる口さがない名張市民が存在してるゆう話をお伝えしただけで」
「世の中にはゆうてええことと悪いことがあるんですから」
「それに誤解のないようにゆうときますと僕は上野市民の味方ですから」
「いやそれは初耳ですけど」
「いまごろ何ゆうてますねんな。うちの家は親父の代まで上野なんですから」
「そうなんですか」
「上野市に依那古ゆう在所がありますけどあそこが僕の父祖の地なんです」
「近鉄伊賀線の依那古駅あたりですか」
「そう。二月十一日の親父の命日には必ず依那古のお寺に墓参りしますしね」
「なかなか殊勝やないですか」
「しかもそのあとは南の名張へ戻らんとさらに北の上野のまちを目指します」
「何しに行きますねん」
「銀座通りのビーゆう店へロールキャベツ食べに行くんですけど」
「そんな店があるんですか」
「ところが今年はビーが臨時休業してましたから隣の多幸弥寿でお好み焼き食べたんですけどあの多幸弥寿はいったいいつお好み焼き屋になったんですか」
「そんなこと知りませんがな」
「とにかく上野が僕の父祖の地でして」
「それやったらなんでまたお父さんは名張に引っ越してきはったんですか」
「よう知らんのですけど上野にはとても住んでられへんようなことしでかして南の名張に脱出したんでしょうね」
「脱出ゆうこともないでしょうけど」
「でも現に僕の親父は名張で脱北者ゆうて呼ばれてましたから」
「あほなことゆうてたらあきませんで」
「つまり南北分断の悲劇は朝鮮半島にだけ存在してるわけやないんです。伊賀にも同じ悲劇が起きてるんです」
「そんな大層な問題やないがな」
「僕はその悲劇を一身に体現して生きてるわけですからね」
「いったいどんな悲劇ですねん」
「上野へ行っては名張の悪口をいい名張に戻っては上野の悪口をいい」
「そんなもんただの二股膏薬やないか」
「とにかく僕の立場はじつにつらいんです。誰が祖国を分けてしまったの」
「誰も分けてませんがな」
「北のふるさとへなぜに帰れぬ」
「いつでも好きなとき帰れるゆうねん」
「僕なんかほんま歩くイムジン河みたいな人間なんですから」
「川がそこら歩いたら傍迷惑やがな」
「けど先日もたまたまお会いした上野市民の方からご要望をいただきまして」
「どんなご要望ですねん」
「あんた名張のあほばっかり叩いてやんとちょっとは上野のあほも叩いてさ」
「なんちゅうご要望やねん」
「お調子者の僕としてはこうしたご要望には誠心誠意お応えしたいわけです」
「君いったい何様ですねん」
「つまり上野市民も市行政や市議会その他に対してさまざまな不満をお持ちやということでしょうね」
「それはそうでしょうけど」
「ただそれを代弁するお調子者が上野には存在しないんです」
「それで君がわざわざ名張から出張っていって嫌われ者になるわけですか」
「ところが僕の努力が至らないばっかりに上野市民のみなさんには多大なご迷惑をおかけしておりまして」
「君が出張るほうが確実に迷惑やで」
「心からお詫びを申しあげる次第です」
「せやから出張るなゆうてるねん」
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