さもしさのつれづれに
「ちょっと難儀なことになりましてね」
「どないしました」
「例の約束の件ですけど」
「例の約束といいますと」
「この前の漫才で次回は『生誕三六〇年芭蕉さんがゆく秘蔵のくに伊賀の蔵びらき』ゆう三重県事業をとりあげますと」
「なんやそんな予告をしてましたな」
「それがとりあげられませんねん」
「それやったら約束違反やないですか」
「僕も約束は守りたいんですけど事情が事情だけに手の打ちようがないんです」
「どんな事情ですねん」
「事業に進展がないみたいなんです」
「いったいどないなってますねん」
「三月末には事業の実施計画案が策定される予定やったんですけどね」
「まだ策定されてないんですか」
「いっこうに発表されませんから」
「たしかに計画が未定のままではとりあげようがありませんわね」
「僕としては上野市民のご要望にお応えしてぜひとりあげたいんですけどね」
「上野市民のみなさんは君に期待なんか全然してないと思いますけど」
「けど僕はこれまでにも上野市民の幸福のためにいろいろやってきてますから」
「いろいろてなんですねん」
「たとえば上野市民病院の官僚的体質を厳しく追及しましたし上野市のCATV問題にも鋭く肉薄しましたし」
「鋭く肉薄ゆうたかて漫才のネタにしただけの話やないですか」
「けどえらいもんでCATV問題をとりあげたときにはこの漫才のコピーが上野市役所のなかを凄い勢いであっち行ったりこっち行ったりしてたそうですから」
「そんなことなんでわかりますねん」
「そら僕かて上野市役所の内部に密偵の一人や二人は放ってますからね」
「人を忍者扱いしたらあきませんがな」
「しかし親愛なる上野市職員のみなさんもコピーの回し読みなんかせんと『四季どんぶらこ』ぐらい気ィよう買うたってくれたらどないなんですかね」
「節約することも大切やないですか」
「けどこの雑誌は毎号毎号発行人が赤字を補填しながら出してるわけでして」
「え。毎号毎号赤字なんですか」
「しかもこの不況です。いつ廃刊になってもおかしくはない状況ですね」
「それはえらいことやないですか」
「もしも『四季どんぶらこ』が廃刊になったら僕ら『伊賀百筆』で漫才せなあかんようになるわけですから」
「そんなこと知らんがな」
「しかし上野の人ゆうのはやっぱりちょっとおかしなとこがあるんですかね」
「またそんなことゆうてからに」
「CATV問題をとりあげたときおまえしまいに名誉毀損で訴えられるでゆうて心配してくれる人がいましたからね」
「そう思った人は多かったでしょうね」
「なんでですねん。僕は何も無根拠な誹謗中傷を発表してるわけやないんです」
「それはそうかもわかりませんけど」
「明々白々な事実に基づいて正々堂々と正当な批判を展開してるわけですから」
「けどやってることは漫才ですからね」
「漫才やろが浪曲やろが関係ないがな」
「人を小馬鹿にした漫才が批判の手段として妥当かどうかゆうことですがな」
「とにかく正当な批判と名誉毀損の見分けもつかん人間が上野市に存在してるというのは嘆かわしい事実なんです」
「人のことを嘆ける立場ですか君」
「上野ゆうのはどうも体質的に個人情報保護法案大賛成みたいなとこがありますから気ィつけなあきませんね」
「どうゆうことですねん」
「保守反動というか体制擁護というか」
「まあ歴史と伝統のまちですからね」
「その点名張は体制なんか関係なしでええだけ無節操やから楽ですけどね」
「いったいなんの話をしてますねん」
「むろん『生誕三六〇年芭蕉さんがゆく秘蔵のくに伊賀の蔵びらき』の話です」
「実施計画が未決定やからとりあげられないゆうことやなかったんですか」
「でもこの事業に関して現時点における僕の主張を発表することは可能です」
「いったい何を主張したいんですか」
「簡単にゆうたらこんな事業やめてしもたらどないやねんゆうことですね」
「何をいいだしますねん。人が力を合わして一生懸命準備してる最中にいきなりやめてしまえはないやないですか」
「けどこれは絶好のチャンスなんです」
「なんのチャンスですねん」
「じゃーん。しょうもないことに税金つかうのはやめましょうキャンペーン」
「いったいどんなキャンペーンやねん」
「順を追って説明しますとですね」
「例によってまたお役所批判ですか」
「つまりお役所ゆうのは何をするところかというと住民になりかわって住民の税金を適正有効につかうところなんです」
「それはそうですね」
「でも世間を見てみると税金が適正有効につかわれてるとはとても思えません」
「経営危機に陥った銀行に公的資金二兆円を注入するとかゆうのは一般国民の感覚ではとても納得できん話ですからね」
「身近な市町村レベルでもおかしな税金のつかい方はいっぱいあります」
「なんとかならんもんですかね」
「どんなおかしな計画でもお役所が予算を組んで有能この上ない議員先生がそれを承認したらそれでおしまいです」
「有能この上ない議員先生ゆう表現は嫌味以外の何ものでもない感じですけど」
「名張市の斎場計画みたいにいったん予算化された事業がひっくり返ってしまうのはきわめて特異なケースですからね」
「あの話も結局裁判沙汰にもつれ込んでややこしいことになってますけど」
「ややこしやァ。ややこしやァ」
「いや別に野村萬斎やないんですから」
「でも最近では行政の無謬性ゆう神話もすっかり崩壊してしまいまして」
「行政の無謬性といいますと」
「お役所は間違いを犯さないということです。つまりいったん計画が決定されたら親が死んでもそれを実施すると」
「親は関係ありませんがな」
「しかし現実にはとくに何十年もかかる大型事業なんか時間経過にともなう自己矛盾ゆうのが当然出てくるわけでして」
「計画決定したときとは社会情勢その他がいろいろ変わってきますからね」
「ですからいったん決まった計画でもあとで検討を加えた結果白紙に戻すべきだと判断される場合も出てきます」
「長野県の脱ダム宣言をきっかけに大型ダムの建設計画も見直されてますし」
「行政は決して無謬ではないわけです」
「時代に応じてさまざまな要素を検討していかなあかんゆうことですね」
「ところがお役所ではいまだに封建時代さながらの前例墨守体質が支配的で」
「前例をそのまま引き継いでたら時代に即応した検討はできないんですけどね」
「しかしいつまでも前例を墨守していられる状況ではなくなりました」
「どんな状況になったんですか」
「不況が長引いてどこの地方自治体もおおむね財政難にあえいでます」
「名張市も財政非常事態ですし」
「税収が減る一方ですからまず予算の面で前例を維持できなくなってるんです」
「その結果さまざまな事業が厳しい見直しを迫られてるゆうわけですな」
「つまりこの財政難は自治体にとって千載一遇のチャンスでもあるんです」
「税金のつかい道としてほんまに必要なことと必要でないことをきっちり見きわめるええ機会かもしれんですな」
「一方に無謬性神話の崩壊がありもう一方に財政難がある。そのはざまで地方自治体には柔軟で身軽な体質に生まれ変わることが要請されてるんです。現状からの脱皮を図らなあかんわけなんです」
「どないしたらよろしねん」
「じゃーん。しょうもないことに税金つかうのはやめましょうキャンペーン」
「せやからどんなキャンペーンやねん」
「ほんまに必要なことにしか税金はつかいませんと広くアピールするわけです」
「どないしてアピールしますねん」
「『生誕三六〇年芭蕉さんがゆく秘蔵のくに伊賀の蔵びらき』事業を心ある地域住民の手で血祭りにあげましてですね」
「そんな乱暴なことしたらあかんがな」
「三重県が伊賀地域にこんな事業を提案してきたんですけど税金の使途として適正有効ではなく不必要だと判断されましたので叩きつぶしてやりましてんと」
「せやからもうちょっと穏便な表現はできないんですか君の場合」
「芭蕉さんがどこ行こうが勝手なんですけど端的にゆうてこの事業は三重県が伊賀地域に予算ばらまいて住民に媚びを売るためのものでしかないですからね」
「それはもう無茶苦茶な偏見ですがな」
「それでまたそんな事業に飛びついてしまう地域住民の心根もじつにさもしい」
「さもしさは関係ないと思いますけど」
「なんやったらさもしさのつれづれに手紙でもしたためましょかあなたに」
「そんな手紙絶対いらんっちゅうねん」
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