第二十五回
芭蕉さんは行くのか

 さもしさのつれづれに

「ちょっと難儀なことになりましてね」
「どないしました」
「例の約束の件ですけど」
「例の約束といいますと」
「この前の漫才で次回は『生誕三六〇年芭蕉さんがゆく秘蔵のくに伊賀の蔵びらき』ゆう三重県事業をとりあげますと」
「なんやそんな予告をしてましたな」
「それがとりあげられませんねん」
「それやったら約束違反やないですか」
「僕も約束は守りたいんですけど事情が事情だけに手の打ちようがないんです」
「どんな事情ですねん」
「事業に進展がないみたいなんです」
「いったいどないなってますねん」
「三月末には事業の実施計画案が策定される予定やったんですけどね」
「まだ策定されてないんですか」
「いっこうに発表されませんから」
「たしかに計画が未定のままではとりあげようがありませんわね」
「僕としては上野市民のご要望にお応えしてぜひとりあげたいんですけどね」
「上野市民のみなさんは君に期待なんか全然してないと思いますけど」
「けど僕はこれまでにも上野市民の幸福のためにいろいろやってきてますから」
「いろいろてなんですねん」
「たとえば上野市民病院の官僚的体質を厳しく追及しましたし上野市のCATV問題にも鋭く肉薄しましたし」
「鋭く肉薄ゆうたかて漫才のネタにしただけの話やないですか」
「けどえらいもんでCATV問題をとりあげたときにはこの漫才のコピーが上野市役所のなかを凄い勢いであっち行ったりこっち行ったりしてたそうですから」
「そんなことなんでわかりますねん」
「そら僕かて上野市役所の内部に密偵の一人や二人は放ってますからね」
「人を忍者扱いしたらあきませんがな」
「しかし親愛なる上野市職員のみなさんもコピーの回し読みなんかせんと『四季どんぶらこ』ぐらい気ィよう買うたってくれたらどないなんですかね」
「節約することも大切やないですか」
「けどこの雑誌は毎号毎号発行人が赤字を補填しながら出してるわけでして」
「え。毎号毎号赤字なんですか」
「しかもこの不況です。いつ廃刊になってもおかしくはない状況ですね」
「それはえらいことやないですか」
「もしも『四季どんぶらこ』が廃刊になったら僕ら『伊賀百筆』で漫才せなあかんようになるわけですから」
「そんなこと知らんがな」

「しかし上野の人ゆうのはやっぱりちょっとおかしなとこがあるんですかね」
「またそんなことゆうてからに」
「CATV問題をとりあげたときおまえしまいに名誉毀損で訴えられるでゆうて心配してくれる人がいましたからね」
「そう思った人は多かったでしょうね」
「なんでですねん。僕は何も無根拠な誹謗中傷を発表してるわけやないんです」
「それはそうかもわかりませんけど」
「明々白々な事実に基づいて正々堂々と正当な批判を展開してるわけですから」
「けどやってることは漫才ですからね」
「漫才やろが浪曲やろが関係ないがな」
「人を小馬鹿にした漫才が批判の手段として妥当かどうかゆうことですがな」
「とにかく正当な批判と名誉毀損の見分けもつかん人間が上野市に存在してるというのは嘆かわしい事実なんです」
「人のことを嘆ける立場ですか君」
「上野ゆうのはどうも体質的に個人情報保護法案大賛成みたいなとこがありますから気ィつけなあきませんね」
「どうゆうことですねん」
「保守反動というか体制擁護というか」
「まあ歴史と伝統のまちですからね」
「その点名張は体制なんか関係なしでええだけ無節操やから楽ですけどね」
「いったいなんの話をしてますねん」
「むろん『生誕三六〇年芭蕉さんがゆく秘蔵のくに伊賀の蔵びらき』の話です」
「実施計画が未決定やからとりあげられないゆうことやなかったんですか」
「でもこの事業に関して現時点における僕の主張を発表することは可能です」
「いったい何を主張したいんですか」
「簡単にゆうたらこんな事業やめてしもたらどないやねんゆうことですね」
「何をいいだしますねん。人が力を合わして一生懸命準備してる最中にいきなりやめてしまえはないやないですか」
「けどこれは絶好のチャンスなんです」
「なんのチャンスですねん」
「じゃーん。しょうもないことに税金つかうのはやめましょうキャンペーン」
「いったいどんなキャンペーンやねん」
「順を追って説明しますとですね」
「例によってまたお役所批判ですか」
「つまりお役所ゆうのは何をするところかというと住民になりかわって住民の税金を適正有効につかうところなんです」
「それはそうですね」
「でも世間を見てみると税金が適正有効につかわれてるとはとても思えません」
「経営危機に陥った銀行に公的資金二兆円を注入するとかゆうのは一般国民の感覚ではとても納得できん話ですからね」
「身近な市町村レベルでもおかしな税金のつかい方はいっぱいあります」
「なんとかならんもんですかね」
「どんなおかしな計画でもお役所が予算を組んで有能この上ない議員先生がそれを承認したらそれでおしまいです」
「有能この上ない議員先生ゆう表現は嫌味以外の何ものでもない感じですけど」
「名張市の斎場計画みたいにいったん予算化された事業がひっくり返ってしまうのはきわめて特異なケースですからね」
「あの話も結局裁判沙汰にもつれ込んでややこしいことになってますけど」
「ややこしやァ。ややこしやァ」
「いや別に野村萬斎やないんですから」

「でも最近では行政の無謬性ゆう神話もすっかり崩壊してしまいまして」
「行政の無謬性といいますと」
「お役所は間違いを犯さないということです。つまりいったん計画が決定されたら親が死んでもそれを実施すると」
「親は関係ありませんがな」
「しかし現実にはとくに何十年もかかる大型事業なんか時間経過にともなう自己矛盾ゆうのが当然出てくるわけでして」
「計画決定したときとは社会情勢その他がいろいろ変わってきますからね」
「ですからいったん決まった計画でもあとで検討を加えた結果白紙に戻すべきだと判断される場合も出てきます」
「長野県の脱ダム宣言をきっかけに大型ダムの建設計画も見直されてますし」
「行政は決して無謬ではないわけです」
「時代に応じてさまざまな要素を検討していかなあかんゆうことですね」
「ところがお役所ではいまだに封建時代さながらの前例墨守体質が支配的で」
「前例をそのまま引き継いでたら時代に即応した検討はできないんですけどね」
「しかしいつまでも前例を墨守していられる状況ではなくなりました」
「どんな状況になったんですか」
「不況が長引いてどこの地方自治体もおおむね財政難にあえいでます」
「名張市も財政非常事態ですし」
「税収が減る一方ですからまず予算の面で前例を維持できなくなってるんです」
「その結果さまざまな事業が厳しい見直しを迫られてるゆうわけですな」
「つまりこの財政難は自治体にとって千載一遇のチャンスでもあるんです」
「税金のつかい道としてほんまに必要なことと必要でないことをきっちり見きわめるええ機会かもしれんですな」
「一方に無謬性神話の崩壊がありもう一方に財政難がある。そのはざまで地方自治体には柔軟で身軽な体質に生まれ変わることが要請されてるんです。現状からの脱皮を図らなあかんわけなんです」
「どないしたらよろしねん」
「じゃーん。しょうもないことに税金つかうのはやめましょうキャンペーン」
「せやからどんなキャンペーンやねん」
「ほんまに必要なことにしか税金はつかいませんと広くアピールするわけです」
「どないしてアピールしますねん」
「『生誕三六〇年芭蕉さんがゆく秘蔵のくに伊賀の蔵びらき』事業を心ある地域住民の手で血祭りにあげましてですね」
「そんな乱暴なことしたらあかんがな」
「三重県が伊賀地域にこんな事業を提案してきたんですけど税金の使途として適正有効ではなく不必要だと判断されましたので叩きつぶしてやりましてんと」
「せやからもうちょっと穏便な表現はできないんですか君の場合」
「芭蕉さんがどこ行こうが勝手なんですけど端的にゆうてこの事業は三重県が伊賀地域に予算ばらまいて住民に媚びを売るためのものでしかないですからね」
「それはもう無茶苦茶な偏見ですがな」
「それでまたそんな事業に飛びついてしまう地域住民の心根もじつにさもしい」
「さもしさは関係ないと思いますけど」
「なんやったらさもしさのつれづれに手紙でもしたためましょかあなたに」
「そんな手紙絶対いらんっちゅうねん」

 素のままのそこそこで

「けどほんまに三重県も何を考えてるのかようわかりませんですね」
「せやから伊賀地域振興のために税金を有効活用しようということですがな」
「たとえ百歩譲って三重県による予算のばらまきをありがたく頂戴するとしても最初から税金の有効活用には絶対ならんやろなと予測がつくような事業を地域に押しつけられては困るんです」
「そんなこと実際にやってみんことにはわからへんのとちがいますか」
「つまりわれわれは戦後の経済成長からバブル経済を経てそのあとの失われた十年までひととおり経験してますから」
「それがどないしました」
「その結果としてお役所のハコモノ崇拝主義とかイベント尊重思想は完膚なきまでに批判されてきてるわけなんです」
「それはそうですけどね」
「ただし蛙の面に小便ゆうやつですか。合併特例債でハコモノつくって喜ぶあほはなんぼでも出てきますやろけどね」
「あほゆうたらあかんがな」
「ここで振り返りますとバブルの時代に竹下内閣がふるさと創生という名のばらまき政策で地方に媚びを売りまして」
「媚びを売ったわけやないがな」
「あれで浮き彫りになったのは全国の市町村がいかに企画力や発想力を欠いているかという悲しい現実でしたからね」
「全国でいろいろなアイデアが出されて地方が活性化したのとちゃうんですか」
「単なる思いつきで温泉掘った自治体が三百もあったゆう情けなさでした」
「やっぱり急にお金もろたらつかい道に困るゆうこともあるでしょうけど」
「それからバブルの時代にもうひとつ浮き彫りになったのがしょうもない見栄を張りたがる地方自治体の体質ですね」
「見栄ゆうのはどうゆうことですねん」
「地方都市のグレードとかなんとかいいながら結局はよそより目立ちたいゆう見栄が全国の自治体に蔓延いたしました」
「どないしてよそより目立ちますねん」
「要するにハコモノ崇拝主義とイベント尊重思想の出番ですがな。あほが考えつくのはどうせその程度のことなんです」
「あほあほゆうたらあかんゆうのに」
「けど財政の面からゆうてもこれまでの経験からゆうても自治体の見栄に税金をつかう時代はとうに過ぎ去ってます」
「ハコモノやイベントで見栄を張るのは税金のつかい道として適切ではないと」
「自分らの身のたけ身のほどゆうものをようわきまえてほんまに必要なことは何であるかを考えなあかん時代なんです」
「われわれ個人の生活もじつはそうでしょうね。見栄は必要ないですからね」
「そう。君程度の人間でもわかってることがなぜお役所にはわからんのか」
「君程度ゆうのは余計やないですか」
「個人も自治体も背伸びする必要はないんです。程度なんか知れたもんですからね実際。目立つこととかよそより上に立つこととか小さくてもキラリと光ることとかを考える必要はないんです。素のままそこそこの人間であり地方都市であったらそれで十分なんとちがいますか」
「そらまあ十分といえば十分ですけど」
「君程度でもそれはわかるでしょ」
「君程度ゆうなゆうとるやろ」

「ですから『生誕三六〇年芭蕉さんがゆく秘蔵のくに伊賀の蔵びらき』事業もきちんと一から見直さなあかんわけです」
「税金の使途として適正かどうかをもういっぺん見直してみましょうと」
「いまからでも遅くはないんですから武器を捨てて出てきなさい」
「いや別に誰も罪を犯して籠城してるわけやないんですから」
「でも見直しは必要やと思いますよ」
「そしたらその実施計画ゆうのはいったい誰が決めるんですか」
「官民合同の二〇〇四伊賀びと委員会が地域住民から寄せられた事業案も勘案して最終的に決定するわけですけどね」
「それやったら住民の知恵を結集した素晴らしい実施計画ができあがる可能性もあるわけやないですか」
「しかし住民の知恵ゆうのがどの程度のもんかゆう問題もありますしね」
「それはわかりませんがな」
「そしたらたとえばここに一人の地域住民がいて地域振興に寄与できる素晴らしいプランをもってたとしましょうか」
「ほなそれをこの事業でとりあげて実現したらええのとちがうんですか」
「とりあげへんかったらどうします」
「とりあげへんかったらとは」
「つまりほんまに素晴らしい地域振興プランを思いついた人間やったらそれを実現するために行政に働きかけたり事業化したりそれぞれの立場でみずから進んで動いてるはずなんです」
「それはそうかもわかりませんね」
「県が予算くれるのやったらやりますけどとりあげてもらえへんのやったらやりませんみたいな根性の人間はその根性自体がすでにアウトなんとちゃいますか」
「アウトゆうこともないでしょうけど」
「テレビの『マネーの虎』に出たかてそんな人間は美空ひばりのご養子さんにこんこんと説教されておしまいですよ」
「テレビのことはどうでもええがな」
「それにしてもあのご養子さんはどうしてあんなに品がないんですかね」
「人のことほっとけませんか」
「品のなさでゆうたら自民党の古賀前幹事長とええ勝負してますからね」
「いちいち実名を出すなゆうねん」
「やっぱり人間の品格はお金では買えないゆうことなんでしょうね」
「そんなこと知りませんがなもう」
「でも実際のところどんな実施計画が策定されるのかはわかりませんけど」
「計画を見てみないと具体的なことは何もいえませんからね」
「現在の地方自治体が置かれてる状況をよう理解したうえでほんまに必要な事業かどうかを考えていただきませんと」
「事業費は地域住民の血税ですから一円でも無駄にしてもろたら困りますね」
「そうです。三重県関係者各位もこの事業にいちゃもんつけるような人間が名張におるんやったら無理に予算もろてもらわんでもかまへんねでとかそんな思いあがったことばっかりゆうとらんとね」
「誰もそんなことゆうてませんがな」
「税金は地域住民のお金なんですから」
「それはそのとおりです」
「感情的になって血迷うことなく冷静的確なご判断をお願いする次第です」
「誰も血迷うてないっちゅうねん」

「じゃーん。しょうもないことに税金つかうのはやめましょうキャンペーン」
「まだやるんですか」
「でもこのキャンペーンは僕ら地域住民がお役所に向かってあんたらほんまにそんなことに税金つこてもええんですかと問いかけて直接見直しを要求できるめったにないチャンスなんですから」
「まあ問いかけるのはええんですけど」
「今後の動きは僕のホームページでも逐一お伝えしていくことにしております」
「けど君のホームページは江戸川乱歩がテーマやったんとちがうんですか」
「もちろんそうです。このあいだなんか『本とコンピュータ』ゆう雑誌で森まゆみさんにご紹介いただきましてね」
「森まゆみさんゆうたら東京のほうで地域雑誌つくってはる人ですか」
「『谷中・根津・千駄木』ゆう雑誌です」
「その森さんが君のホームページを」
「『江戸川乱歩の出身地・三重県名張市で発信』みたいな感じでたいへん好意的にとりあげていただきまして」
「それは光栄なことやないですか」
「ほんまは名張市立図書館がホームページを開設して乱歩に関するデータを公のものにしていくべきやったんですけど」
「開設の予算を名張市に要求しても採用されへんかったゆうてましたな」
「名張市には必要なことと必要でないことの見分けがつかないんです」
「けどこうなると名張市の乱歩関連事業にも見直しが必要なんとちがいますか」
「そのとおりです。立教大学が乱歩の遺産を譲り受けて活用してくれることになりましたから名張市が何をしたらええのかもういっぺん考え直さなあきません」
「いったいどないしますねん」
「いやご心配なく。名張市のホームページで市議会の議事録を読んでたら去年の三月議会で名張市教育委員会の偉い方が頼もしい答弁をしてくれてはりました」
「どんな答弁ですねん」
「今後とも立教大学と連携を深めまして、また協力を得まして、生誕の地名張と立教大学とのそれぞれの立場から乱歩顕彰に努め、支援体制を図れるよう努力をしてまいります」
「たしかに頼もしいご答弁ですけど」
「今年三月には池袋の旧江戸川乱歩邸土蔵が豊島区の文化財に指定されまして」
「そんな動きがあったんですか」
「土蔵の所有者である立教大学は二〇〇四年の学校法人立教学院創立百三十周年記念事業のメインイベントとして仮称乱歩資料館を開設したいと公表してます」
「それで名張市はどうするんですか」
「せやから教育委員会の偉い方が立教大学と種々協議された結果に基づいて僕への指示が回ってくるはずなんですけど」
「指示は回ってきましたんか」
「いやそれがいっこうに。偉い方は議場で嘘をおつきになったんですかね」
「そんなことあるはずがないがな」
「ですからそのうち偉い方に僕のほうから質問の文書を提出してその回答を僕のホームページで公開してみようかなと」
「そんなことしてもええんですか」
「これが初めてゆうわけでもないから向こうも慣れてはりますでしょ」
「君はそんなことの常習犯なんか」

(名張市立図書館カリスマ嘱託)

掲載2003年6月21日
初出「四季どんぶらこ」第27号(2003年6月21日発行)