第二十六回
芭蕉さんは行けるのか

「ほんまに困ったことになりましてね」
「また何を困ってますねん」
「『生誕三六〇年芭蕉さんがゆく秘蔵のくに伊賀の蔵びらき』のことですけど」
「その話まだつづいてるんですか」
「隠されていた問題点が前回の漫才以降いろいろと明るみに出てきまして」
「日本道路公団やないんですから」
「おかしいのは道路公団だけやなかったんです。三重県かておかしいんです」
「そんなことゆうてもええんですか」
「三重県をこの混迷から救うことが神から与えられた僕の使命やと悟りまして」
「いったいどこの神さんですねん」
「父と子と精霊の御名においてもまた八百万の神の名にかけてもさらにはうちの近所のお地蔵さんの思し召しとしても三重県を救いたいなと念じております」
「神さんと仏さんごっちゃですがな」
「まさに神も仏もないような無政府状態が三重県に現出されてるわけでして」
「三重県のどこが無政府状態ですねん」
「ここで前回のおさらいをしときます」
「漫才にもおさらいが必要ですか」
「『生誕三六〇年芭蕉さんがゆく秘蔵のくに伊賀の蔵びらき』事業は伊賀地域に対する三重県のばらまき行政であり税金の無駄づかいであると結論が出ました」
「それは君の勝手な独断ですがな」
「かりにばらまきを受け容れるにしても伊賀地域にはその予算を有効適正につかうだけの見識や能力はないであろうと」
「勝手に決めつけたらあかんゆうのに」
「ですから事業を中止して三重県はこれこのとおりしょうもないイベントに税金つかうことはやめましたと脱イベント宣言を発することによって全国にひとつの範を示すのが最善の道なんです」
「けどしょうもないかどうかは事業実施計画案が公表されてないから判断できないゆうことやったんとちゃうんですか」
「そうそうそのとおりです」
「肝心の計画案はどないなりましてん」
「いまだに発表されてないみたいで」
「いったいどうなってるんですか」
「なんやかんや揉めてますねやろね」
「揉めるにしても限度がありますがな」
「たしかにそうです。今年の三月末に発表される予定やったんですからね」
「もう十月も後半やないですか」
「きょうはもう福岡で日本シリーズ第一戦の火蓋が切られる日ですからね」
「そんなことはどうでもええねん」
「けど星野監督は勇退するんですよ」
「それはそうみたいですけど」
「くじけるな。また勉強せいよ」
「星野さんは別にくじけてませんがな」

「とにかく僕は神から与えられた使命を果たさなあかん立場なんですから」
「そらまあご苦労さんなことですけど」
「手始めとして前回の漫才が載った『四季どんぶらこ』を県の出先機関である伊賀県民局の局長さんに手紙を添えてお送りしたのが六月二十一日のことでした」
「どんな手紙ですねん」
「『生誕三六〇年芭蕉さんがゆく秘蔵のくに伊賀の蔵びらき』事業について寄稿いたしましたので、その旨お知らせいたしますとともに、万一記事内容に事実誤認などがあればぜひご叱正を」
「ご挨拶かたがたゆう感じですな」
「七月十四日には県民局長さんにメールもお出しいたしまして」
「どんなメールですねん」
「当方に万一事実誤認などがあればご叱正をとお願いいたしましたところ、とくにご指摘も頂戴しませんでしたので、貴職も当方同様、『生誕三六〇年芭蕉さんがゆく伊賀の蔵びらき』事業が税金の使途として適正有効でないとのご認識をおもちであると拝察いたしました」
「勝手に決めつけたらあかんゆうのに」
「メールには質問も記しましてね」
「質問といいますと」
「実施計画案はいつごろ発表されるのか、まことにお手数ながらメールでお知らせいただければ幸甚です」
「それはぜひ知りたいことですわね」
「なかなか回答をいただけませんでしたので催促のメールもさしあげまして」
「お返事はいただけましたか」
「それがなんとも不得要領な回答でしてね。僕かちんと来て再度メールをお送りしたのが七月二十六日のことでした」
「メールにはなんと書きましてん」
「私は『生誕三六〇年芭蕉さんがゆく秘蔵のくに伊賀の蔵びらき』事業の理念や趣旨をお訊きしたわけではありません。きれいごとを並べただけの内容空疎な能書きなら、事業のパンフレットを拝見して充分承知しているつもりです」
「肝心の実施計画案がいつ発表されるかゆうことは教えてもらえたんですか」
「いやそれがいっこうに」
「それではあきませんがな」
「そしてあの恐るべき陰謀が明らかにされたのは七月三十一日のことでした」
「陰謀ゆうたら穏やかやないですがな」
「つまり七月三十一日に『生誕三六〇年芭蕉さんがゆく秘蔵のくに伊賀の蔵びらき』事業推進委員会が発足して三重県知事が会長に就任したゆうことが翌日の日刊紙地方版で報道されたわけなんです」
「推進委員会を発足させるゆうのは最初から決まってたことなんですか」
「僕はまったくの初耳でした」
「君は事業の部外者ですから」
「ところが事業を企画運営する二〇〇四伊賀びと委員会の委員数人に聞き合わせてもそんなん知らんでゆう話なんです」
「えらいええ加減な話やないですか」
「そして僕は神の声を聞いたんです」
「どんな声ですねん」
「混迷する三重県を正しく導くのがおまえの使命じゃ。行け神の子よ」
「そんなんほんまに聞こえたんですか」
「犬の散歩で近所のお地蔵さんの前通りかかったときはっきり聞こえたんです」
「知らんがなそんなことは」

「それで中日新聞によりますと『同事業はこれまで、伊賀地域の七市町村長と伊賀県民局長でつくる推進協議会が主体となって協議を進めてきたが、より広い範囲から協力を得られるよう組織を拡大した推進委員会に移行した』ゆうことで」
「推進協議会ゆうのもあったんですか」
「それも初耳やったんですけど」
「初耳だらけやないですか」
「推進委員会のメンバーは知事とか伊賀七市町村の首長とか民間委員とか十七人いらっしゃるみたいなんですけど」
「それでいったい何をしますねん」
「中日新聞では『今後、事業を企画・実行する官民共同の2004伊賀びと委員会と協議し、来年度の予算案を決める』ゆうて報じられてるわけですけど」
「けど予算案は二〇〇四伊賀びと委員会が決めるはずやなかったんですか」
「とにかくわからんことだらけでして」
「ほんまにけったいな話ですね」
「そこで僕は敢然と立ちあがりました」
「立ちあがって何をしました」
「メールテロ攻撃とでも申しますか」
「メールでテロ攻撃ですか」
「手順の説明は省きますけど事業に関する質問のメールをお送りしましてね」
「どんな質問ですねん」
「1)事業推進委員会を発足させることは、いつ、誰によって決定されたのか。2)事業推進委員会が目的とするものは何か。3)事業推進委員会が目的を達成するための具体策はあるのか。4)推進協議会の発足はいつか。これまでに何回の会合を開いてきたのか。その内容は公表されたのか。5)事業推進委員会と二〇〇四伊賀びと委員会との関係はどのようなものか。前者は後者の上位機関か。6)『生誕三六〇年芭蕉さんがゆく秘蔵のくに伊賀の蔵びらき』事業の最高責任者は誰か。事業推進委員会の会長である知事か。二〇〇四伊賀びと委員会の代表には、事業に関して何の責任も権限もないのか。7)事業推進委員会の次の会合はいつか。その会合で何を協議するのか。8)事業の計画と予算が最終的に決定されるのはいつか」
「回答はいただけましたか」
「いただくことはいただきましたけど」
「なんぞ問題がありましたか」
「事業事務局長さんの回答やったんですけどこれがまたじつに不得要領で」
「それで君またかちんと来たんですか」
「はい。回答にいちいちコメントをつけたメールをお送りいたしまして」
「どんなんですねん」
「八項目の質問に対する回答と僕のコメントをご紹介申しあげます。数字のついた段落が回答で▽のついた段落が僕のコメントということで進めますと──
 1)基本構想の策定時において、三重県をあげた事業とし、県全体として推進していく事業推進委員会を設置することを予定していました。
 ▽質問の意味がご理解願えませんでしょうか。私は、構想だの予定だのといった不確定要素に関して質問しているわけではありません。夢で蒟蒻を踏むような話をしていただいては困ります。ご回答に添って申し述べますならば、その『予定』がいつ『確定』になったのか、それが誰によって決定されたのかをお訊きしている次第です。
 2)事業推進委員会は、世界に誇りうる俳聖・松尾芭蕉の生誕360年にあたる2004年(平成16年)に、自然や風土、歴史、文化といった伊賀や三重のあらゆる魅力を360度の全方向、すなわち、全国、そして世界に向けて発信することにより、現代に望まれる『こころの豊かさ』をこの地に描き、歴史文化や自然を活かした個性豊かな地域づくり・人づくりにつなげるとともに、伊賀そのもののブランド化を図ることを目的としています。
 ▽質問の意味がご理解願えませんでしょうか。私は、事業そのものの目的を質問しているわけではありません。事業の目的を実現するうえで、どうして事業推進協議会が事業推進委員会に移行しなければならなかったのか、わざわざ推進委員会を発足させたのは、協議会では果たし得ないが委員会でなら達成できる目的があったからであろうと推測されるのですが、それはいったい何であるのかとお訊きしている次第です。
 3)事業推進委員会は事業の方針を決定するとともに、2004伊賀びと委員会の事業の企画・実施に対しバックアップ、支援する機関であり、両委員会それぞれが主体的に役割を担って進めて参ります。
 ▽質問の意味がご理解願えませんでしょうか。私は、ふたつの委員会の役割分担について質問しているわけではありません。事業推進委員会が目的達成のために具体的にどんな活動を進めるのか、その点をお訊きしている次第です。
 4)平成14年に設置し、3回開催しました。内容は公開しております。
 ▽お答えありがとうございます。推進協議会から推進委員会への移行は、当然この三回の会合で協議され、決定されたものと考えます。それがいつであったのか、移行を提案されたのはどこのどなたであったのか、といった事実がどこかで公開されているのでしょうか。
 5)上位・下位の関係というより、事業推進委員会の中にあって主体的、自立的に事業を企画・実施するのが2004伊賀びと委員会です。
 ▽えー、何度もしつこく申しあげますが、私はふたつの委員会の役割分担について質問しているわけではありません。ふたつの委員会の関係性についてお訊きしております。『上位・下位の関係というより』といきなり話をずらしたお答えでは困ってしまいます。ただまあ、ご回答によれば二〇〇四伊賀びと委員会は『事業推進委員会の中にあって主体的、自立的に事業を企画・実施』するとの由なのですが、ひとつの組織の『中に』またひとつの組織があるという場合、これはそこらの小学校の五年三組の『中に』給食委員会があるようなものだと考えてよろしいのでしょうか。もしもそうでしたら、五年三組があくまでも給食委員会の上に位置していることは明々白々、何でしたらご近所の小学校で良い子のみなさんにご確認いただければと思います。ただし、給食委員会は全員が五年三組に所属していますが、事業推進委員会の『中に』あるはずの二〇〇四伊賀びと委員会は事業推進委員会には所属しておりません。ですから結構です。何が結構かと申しますと、ご近所の小学校に行って良い子のみなさんにご確認いただかなくても結構ですということです。事業推進委員会と二〇〇四伊賀びと委員会との関係は、そこらの小学校の五年三組と給食委員会との関係とイコールではないということです。しかしこうなりますと、ひとつの組織の『中に』帰属する組織が果たしていったいどのような主体性や自立性を保持しうるのか、それが問題になってまいります。二〇〇四伊賀びと委員会各位はみずからの主体性や自立性について深くお考えになったことがないのではないかと私は推測しているのですが、かりに主体性や自立性があったとしても、それはあくまでも事業推進委員会の『中に』おける限定された主体性や自立性であることは明々白々、ご近所の小学校で良い子のみなさんにご確認いただく必要もないことであると愚考いたします。いやそもそも、事業推進委員会の『中に』二〇〇四伊賀びと委員会が存在しているという表現自体、じつに意味不明なものであると申しあげるしかないわけですが。ちなみに申し添えておきますと、第三者から見た場合、事業推進委員会は明らかに二〇〇四伊賀びと委員会の上に位置していると判断されます。上下でいえば上、主従でいえば主の位置にあります。事業推進委員会は事業の方針を決定し、二〇〇四伊賀びと委員会をバックアップし支援する機関であるとの仰せですが、すでに方針は決定されているのですから、あとはたかだかバックアップや支援を行うだけにすぎないはずの機関が事業全体の計画と予算に関する最終的な決定権を有しているというのは、どこからどう見ても奇妙な話です。面妖珍妙奇々怪々な構図です。こんな道理に合わぬお話が、お役所の人たちのあいだではごく普通にまかり通ってしまうのでしょうか。
 6)事業全体としての責任者は会長である知事です。事業の企画・実施主体が伊賀びと委員会で、伊賀びと委員会は具体の事業の企画・実施に対して責任を負います。
 ▽お答えありがとうございます。私は二〇〇四伊賀びと委員会代表の責任と権限についても質問しております。権限に関してはいかがでしょうか。これも要するに主体性や自立性の問題に関わりのある質問なのですが、先のメールにも記しましたとおり、両者のあいだで意見に食い違いが生じた場合、いったいどちらの意見が優先されるのでしょうか。そうした場合、近所の小学校へ行って尋ねることはおそらく不可能であろうと判断されますし。お役所の人たちの感覚では、そんな問題は発生するはずがないといったことなんでしょうか。
 7)次は県や市町村に予算要望する時点であり、秋になります。協議事項は予算と事業内容になります。
 ▽お答えありがとうございます。今年三月末に発表されるはずであった事業実施計画案がいまだ地域住民に示されていないと申しますのに、県および市町村の関係方面にはえらく早手回しで段取りのおよろしいご様子、ひたすら感服つかまつります。しかし、こんなことでは『これでは住民不在ではないか』と怒り出す人が出てくるかもしれません。『なーにが生活者起点の県政だッ。地域住民を無視するのもいい加減にしろッ』なーんて感じッすかね。それからまーたちなみに申し添えてしまいますけど、巷には事業予算に関して官業の癒着を指摘する声が存在しております。むろん根も葉もない噂の域を出るものではありませんが、『生誕三六〇年芭蕉さんがゆく秘蔵のくに伊賀の蔵びらき』事業に芳しからざる風聞がついて回るのはまことに遺憾な事態であり、事業推進委員会の予算協議ではその点をぜひクリアなものにしていただきたいと念じております。
 8)来年度予算はH16年3月の市町村や県の議会で議決されて最終的な決定となります。事業の計画は、事業推進委員会で決定されることになりますが、その時期は、秋に開催予定の次回第2回の委員会を予定しています。
 ▽お答えありがとうございます。ご説明感謝いたします。しかしそんなことちっとも存じませんでした。つまりもともとの話をいえば、二〇〇四伊賀びと委員会によるそもそもの事業紹介があまりにも説明不足であったということになります。事業のタイムテーブルには、意図的なものであるかどうかは別として、重要な欠落がいくつも存在しています。事業概要を説明した当初のアナウンスの段階から、この事業には大きな問題があったと指摘せざるを得ません。よくまあこんな無茶苦茶なプランに県民の税金三億円がぶち込めたものだと思わず感慨にふけってしまいますが、ほんとにこの事業はいったいどうなってしまうのでしょうか。心中お察し申しあげます」
「またえらい長いコメントですな」
「あほらしさのあまりついついおちょくりに走ってしまいまして」
「しかし事務局長さんからお答えをいただけるのはありがたいことですね」
「それは僕がホームページでメールを公開しながら話を進めてるからですね」
「そんなことやってるんですか」
「事務局長からはまだ返事が届きませんねんゆうて毎日やってるわけですから」
「返事出さなしゃあないわけですか」
「いやそうでもないんです」
「といいますと」
「僕はきょうご紹介したあとにも知事とか県議会議長まで巻き込んだメールテロ攻撃を現在も展開中なんですけど」
「君いったい何をやってますねん」
「ホームページで公開しながら事業の問題点を指摘してるうちにとうとう誰からも回答がいただけなくなりましてね」
「なんでですねん」
「どうしてでしょうね」
「僕に訊かれても困りますがな」
「でも事務局には次に開かれる事業推進委員会で僕に喋らしてくれゆうてお願いしてありますからそのとき知事ともゆっくりお話をさせていただこうかなと」
「その委員会はいつ開かれますねん」
「いっこうに連絡がありませんねん」
「完全に無視されてるわけですか」
「神の子を無視したらどないなるかわかっとるやろなこのぼんくらどもが」
「ぼんくらは君やないか」

(名張市立図書館カリスマ嘱託)

掲載2003年11月25日
初出「四季どんぶらこ」第28・29合併号(2003年11月21日発行)