第二十七回
雨ニモ風ニモ負ケルカモ

 二〇〇三年を回顧する

「二〇〇四年も三月を迎えまして」
「早いもんですな実際」
「曙がボブ・サップに負けたのはまだつい最近のことみたいですけど」
「去年の大晦日のことですからつい最近といえばつい最近ですがな」
「年明け以降にも自衛隊がイラクへ行ったり牛丼が姿を消したり」
「いろんなことがありましたね」
「イラクでもどこでも行ってしまえ」
「どないしました」
「そろそろ牛丼みたいに消えたらどや」
「いったい何がいいたいんですか」
「多くの人からそんなふうに思われてる人間に限っていつまでも図々しくのさばってますから困ったもんですけど」
「そんな人間もいてますね。というか君がそうゆう人間なんとちゃいますか」
「人のことはどうでもええんですけどとにかく二〇〇四年が始まりました」
「二〇〇四年といいますと」
「もちろんあれしかありません」
「官民合同の『生誕三六〇年芭蕉さんがゆく伊賀の蔵びらき』事業ですか」
「じゃーん」
「え」
「しょうもないことに税金つかうのはやめましょうキャンペーン」
「君もええだけしつこいですな」
「このキャンペーンに関して読者の方にひとことお断りをしたいんですけど」
「やっぱりお断りが必要でしょうね」
「過去二回にわたってこの『四季どんぶらこ』でキャンペーンを展開しまして」
「君が無茶苦茶ゆうてただけですがな」
「それでもキャンペーンはいっこうに終わる気配を見せませんでした」
「君が喋りすぎるからやないですか」
「実際のところ毎回わずか六ページではいつまでたっても埒があきません」
「そうゆう割り当てなんですから」
「そこで『伊賀百筆』にお願いして」
「『伊賀百筆』ゆうのは上野市で発行されてる地域雑誌なんですけど」
「今度出る号で原稿用紙二百枚分の大々的なキャンペーンを実施いたしまして」
「問題は掲載されるかどうかやがな」
「なにしろ『伊賀百筆』の誌面七十七ページを独占する漫才ですからね」
「非常識な話ですがな実際」
「でもぜひ掲載していただきたいなと」
「『伊賀百筆』と『四季どんぶらこ』はどちらも三月下旬発行の予定ですから」
「あわせてお買い求めいただければ裏のちょんべさんも大喜び」
「裏のちょんべさんて誰やねん」

「とにかくそうゆうわけで『生誕三六〇年芭蕉さんがゆく秘蔵のくに伊賀の蔵びらき』の話題はひとまず終了しまして」
「次は何また要らんこと喋りますねん」
「いやその前にきょうは読者の方にもうひとつだけお知らせがあるんです」
「なんですねん」
「じゃーん」
「え」
「名張市立図書館の江戸川乱歩リファレンスブック3『江戸川乱歩著書目録』がついに完成いたしました」
「その話はもう『伊賀百筆』でもやらしてもらいましたがな」
「この際ですから『四季どんぶらこ』でも宣伝さしてもらいます。すでに乱歩研究の基本資料として高い評価をいただいている『乱歩文献データブック』『江戸川乱歩執筆年譜』につづく第三弾として乱歩の著書千四百二十四点のデータをまとめたのが『江戸川乱歩著書目録』です。申し込み方法などの詳細は徳島県の小西昌幸さんによる次の記事でどうぞ」

 2003年の大偉業、名張市立図書館/『江戸川乱歩著書目録』ついに完成
「創世ホール通信/文化ジャーナル」2002年9月号で三重県の名張市立図書館の乱歩資料集刊行事業についてご紹介した。そこでも予告されていた資料集『江戸川乱歩著書目録 江戸川乱歩リファレンスブック3』が11月下旬ついに完成し、同館では12月9日から通信販売の注文を受け付けている。北島町立図書館にも寄贈いただいたが、非常に美しい造本と緻密な内容で渾身の力作というべき立派な資料集として仕上がっている。それはひとえに編集担当である同館嘱託・中相作氏の功績である。巻頭には「ふるさと発見五十年」という中氏の長文の論考が収録されているが、これも名張市と乱歩の関わりを実に手際よくまとめた屈指の名文といってよいと思う。
 中氏が我が国トップ・クラスの乱歩研究ホーム・ページ「名張人外境」を主宰されていることなどは、「創世ホール通信」当該号をお読みいただきたいが、同サイトで中氏は、この本を独特のシニカルな文体で次のように自己紹介しておられる。
 一●江戸川乱歩の生誕地にして深刻な財政硬直化に直面する三重県名張市が乱歩を愛するすべての人のために血税を注ぎ込みました。
 二●前二巻にひきつづいて平井隆太郎先生のご監修と全面的なご協力をたまわり、巻頭には新保博久さんの書き下ろしエッセイ「池袋十二年」を頂戴いたしました。
 三●同じく前二巻にひきつづき、戸田勝久さんの美麗な装幀で書籍本体、函、扉、見返しを飾っていただきました。
 四●『心理試験』が探偵小説ファンを瞠目させた1925年から『貼雑年譜』完全復刻版が乱歩ファンを驚喜させた2001年まで、七十七年のあいだに刊行された乱歩の著書千四百二十四点のデータを一巻にまとめました。
 五●(略)巻末には狂気と妄執が凝り固まったかのごとき索引を附してリファレンスの便に供しました。
『江戸川乱歩著書目録 江戸川乱歩リファレンスブック3』、A5判、310頁、ハードカバー、トンネル函。本体価格3000円+税150円。
 郵送注文方法は氏名と住所を明記の上、現金書留か郵便為替で名張市立図書館宛てに代金3150円+送料340円合計3490円を送ること。《名張市立図書館 518−0712 三重県名張市桜ケ丘3088−156 電話0595・63・3260 FAX0595・64・1689》
 すばらしい人材に恵まれた乱歩と名張市の幸福をしみじみと思う。
 ──北島町立図書館・創世ホール発行「創世ホール通信/文化ジャーナル」二〇〇三年十二月号(一〇七号)から転載

「この記事かて『伊賀百筆』にそのまま載せさしてもらいましたがな」
「この際ですから『四季どんぶらこ』の読者のみなさんにもお読みいただいてご購入いただけたらありがたいなと」
「名張市立図書館で通信販売も受け付けてるそうですからね」
「名張市民の血税約四百万円を注ぎ込んだ事業ですからできるだけ有効に活用してもらいたいものだと思っております」
「でも今度の本もあちこちでご好評をいただいてるみたいやないですか」
「地元メディアでは清水信先生に中日新聞で紹介していただきまして」

 同じく、〈本と人〉という形で、強い愛着を示した研究書が続刊されていて、それは次の通りである。
 三重県名張市立図書館刊行の『江戸川乱歩著書目録』が一つ。処女作から没後に至る乱歩の全著作の詳細にわたる記録で、資料としても完璧と言ってもよく、編集・中相作、監修・平井隆太郎、協力六十数氏というスタッフに拍手を送りたい。──中日新聞一月二十七日付「中部の文芸」

「君も拍手送ってもろてますやないか」
「それから藤田明先生には朝日新聞でお世話になりました」

 名張市立図書館刊『江戸川乱歩著書目録』は乱歩シリーズの3冊目。乱歩の著書900点、その作品の収録522点の書誌データである。中相作(名張)はじめ関係者の協力の賜物、県内から全国発信の好例と言えよう。──朝日新聞二月四日付三重版「展望 三重の文芸」

「じつにありがたいお言葉ですね」
「おかげさまで二〇〇二年には名張市主催の探偵講談東京公演も含めた江戸川乱歩ふるさと発見五十年記念事業『乱歩再臨』を開催することができましたし」
「乱歩の生誕地として名張市はなかなかようやったゆう評判でしたけど」
「二〇〇三年には『江戸川乱歩著書目録』を無事に刊行することもできまして」
「君もう何も思い残すことないみたいですけどまだ何かやることあるんですか」
「あとはまあ一度でええからイラクへ行って牛丼を食べてみたいなと」
「あるかいなそんなもん」
「ほな国がイラクだけにイクラ丼でも」
「ないっちゅうねん」

 二〇〇四年を展望する

「二〇〇四年も始まったことですからここらでひとつ心機一転いたしまして」
「いったい何をやりますねん」
「じゃーん」
「え」
「名張市は乱歩から手を引けキャンペーン」
「またキャンペーンですか」
「ばしばしかましたります」
「しかしなんでまた名張市が乱歩から手を引かなあきませんねん」
「宮沢賢治ゆう人がおりましてね」
「宮沢賢治ゆうたら『雨ニモマケズ』ゆう有名な詩を書いた人ですがな」
「そうですね。雨ニモマケズ 風ニモマケズ 雪ニモ夏ノ暑サニモマケヌ 丈夫ナカラダヲモチ 欲ハナク 決シテ瞋ラズ イツモシズカニワラッテヰル」
「決していからずいつも静かに笑っているゆうたら君と正反対ですけどね」
「僕かて何も好きこのんでいつもいつも怒ってるわけやないんです」
「趣味で怒ってるように見えますけど」
「趣味て君そんな僕の真摯な怒りを盆栽いじりみたいにゆうたらあかんがな」
「けどたまには静かに笑えませんか」
「そら僕かてジャスコ新名張店リバーナ三階へ行ったときぐらい」
「何してますねん」
「婦人インナー売り場でひとり静かににたにたしてますがな」
「それでは不審者ですがな」
「いつ通報されるか心配で心配で」
「そんなことより宮沢賢治がいったいどないしたゆうんですか」
「賢治は乱歩よりふたつほど年下なんですけど三十七歳で死去しましてね」
「また若くして亡くなったもんですね」
「生前はまったく無名やったんです」
「まったく知られてなかったと」
「賢治の弟の清六さんゆう人が賢治作品を世に出すことに力を尽くされまして」
「それで宮沢賢治がいまみたいに多くの人に愛されることになったわけですか」
「現在はその清六さんのお孫さんが賢治作品の管理とか賢治のファンや研究者の支援をしていらっしゃるんですけど」
「つまり賢治の遺産を継承してそれをしっかり守っていらっしゃると」
「それで岩手県に『けんじワールド』ゆうテーマパークがあるんですけど」
「宮沢賢治のテーマパークですか」
「でも賢治のご遺族はそんなテーマパークを認めていらっしゃいません」
「そしたら勝手につくったわけですか」
「それで遺族側が苦言を呈したところ」
「テーマパーク側はなんと答えました」
「そんなもん賢治ゆうたかて宮沢賢治もおりゃ小佐野賢治もおりますやないか。文句いわれる筋合いはおまへんな」
「ほんまの話ですかそれ」
「児童文学関係のたしかな筋から聞き及んだ話ですから間違いありません」
「小佐野賢治ゆうたらたしかロッキード事件で『記憶にございません』ゆう言葉を連発してた人やないですか」
「もう三十年ほど前の話ですけどね」
「そんなんと一緒にされたらご遺族もやっぱり怒らはるでしょうね」
「ご遺族が怒らんでも僕が怒ります」
「せやからそれは君の趣味やがな」

「とにかく宮沢賢治の名前を商売に利用したがる手合いが多いらしいんです」
「ご遺族も大変ですね」
「ところがえらいもんでそんな手合いよりもっとひどいのがいるんです」
「どんなんですねん」
「つまりそのお孫さんにとって最大の敵は何かといいますと」
「いったいなんですねん」
「行政」
「行政ゆうたらお役所の行政ですか」
「そのお孫さんは私の最大の敵は行政ですと公言していらっしゃいまして」
「ほんまの話ですかそれ」
「児童文学関係のたしかな筋から聞き及んだ話ですから間違いありません」
「しかしなんで行政が敵ですねん」
「つまり賢治作品をろくに読んだこともない行政関係者が自分とこの自治体の自己宣伝のために賢治の名前を利用したがって困るゆうことですね」
「そうゆうことやったらたしかに行政関係者は虫がよすぎるかもしれません」
「作品ぐらいちゃんと読まんかと」
「作品を読まんことには賢治がどんな人やったかわかりませんからね」
「それでは自治体の自己宣伝に利用するにしてもろくな考えが浮かびません」
「ご遺族としてはそんな行政関係者から賢治を守らなあかんわけですか」
「そしてこれは賢治という名前を乱歩に入れ替えたらそっくりそのまま名張市の行政にも当てはまることなんです」
「名張市の行政関係者も乱歩作品をろくに読みもせんと乱歩を名張の自己宣伝に利用したがってるゆうことですか」
「それは僕がこの連載でつとに指摘しつづけてきたことでもあるんですけど」
「指摘した効果はあったんですか」
「ありまっかいなそんなもん」
「それではあきませんがな」
「それどころか最近では名張の商工業関係者にもそうゆう動きがありまして」
「どないしますねん」
「まあお志はありがたいんですけど軽く叩きつぶしてやりまして」
「叩きつぶすゆうたらまた穏当やありませんがな」
「しかしろくに乱歩作品を読んだこともないような連中が乱歩乱歩と乱歩の名前を自己宣伝に利用するのはええ加減にしとかなあきませんから」
「それで君はどないしますねん」
「じゃーん」
「え」
「名張市は乱歩から手を引けキャンペーン」
「やっぱりキャンペーンですか」
「僕も別にどうしても手を引けとゆうてるわけではないんです」
「乱歩を自己宣伝に利用するならまず作品を読めと。乱歩を理解しなさいと」
「名張市が乱歩に関して何やるにしたかてまず乱歩を知ることが先決なんです」
「それができないのであれば手を引くしかないゆうことですか」
「そうならざるを得ないでしょうね」
「つまり君は宮沢賢治のご遺族と同じように名張市の行政関係者や商工業関係者から乱歩を守る人間になりたいと」
「サウイフモノニワタシハナリタイ」
「君は宮沢賢治か」

「それにいまは名張市が乱歩から手を引く絶好のチャンスなんです」
「チャンスといいますと」
「立教大学が土地家屋とか蔵書とか乱歩の遺産を継承してくれましたから」
「つまり乱歩のことは立教大学に任せられるゆうわけですか」
「一月二十一日付読売新聞の東京都民版では乱歩の遺産に関して立教大学が『施設や資料を研究し、広く公開するのが、大学の責務』とコメントしてますしね」
「資料を研究して公開するゆうのはこれまで名張市立図書館がこつこつとやってきたようなことですか」
「それを立教大学がやってくれるんですから名張市立図書館はもう乱歩から手を引いてもいいのではないかと」
「たしかにこうなってみると『江戸川乱歩著書目録』かて立教大学がつくらなあかん性質のものでしょうしね」
「それが立教大学の担っている社会的責務ゆうやつですから」
「しかし図書館はええとしても名張市は乱歩から手を引けませんがな」
「なんでですねん」
「生誕地なんですからそれなりのことをしていく必要があるのとちゃいますか」
「せやから宮沢賢治ですがな」
「また宮沢賢治ですか」
「この問題に関しては僕この連載の第二回目にも書いたんですけど」
「なんて書きましてん」
「市職員諸君というのは、庁内やときに庁外を異動異動で経巡り歩き、たまたま乱歩関連事業を担当する部署に配属されれば通り一遍の仕事をこなしはするものの、さらに異動があれば乱歩のことなどすっかり忘れて次の職務に精を出すしかないのである。乱歩の専門職員が養成できていないのは、畢竟すればお役所というシステム自体に原因があるのであって、一人の為政者や個々の職員の責任を追及するべき問題ではないのかもしれない。そしてもしもそうであるのならば、お役所が乱歩関連事業を遂行することはシステムの面から見て不可能なのであるから、名張市は潔く江戸川乱歩という作家から手を引くべきであろう」
「君そんな前から名張市に乱歩から手を引けゆうてたわけですか」
「ですからせめて乱歩の遺産が立教大学に継承されたいまの時点でこれから乱歩に関して何をしていったらええのかを名張市は真剣に考えるべきなんです」
「ところが名張市の行政関係者は乱歩のことを何ひとつ知らないから考えようにも考えられないと」
「これまでにも上っ面だけでお茶を濁すようなことしかしてませんから実際」
「ほなどないしますねん」
「じゃーん」
「え」
「名張市は乱歩から手を引けキャンペーン」
「いやそれはもうわかりましたから」
「しかしいよいよキャンペーンに突入ゆうとこでもう終わりですがな」
「でもこれは割り当てですから」
「名張市教育委員会のみなさんは首を洗って待っててね」
「そんな予告してどないするゆうねん」

(名張市立図書館カリスマ嘱託)

掲載2004年3月22日
初出「四季どんぶらこ」第30号(2004年3月21日発行)