年金未納はどうでしょう
「ほなもう要するにあれなわけですか」
「いきなり何を怒ってますねん」
「年金さえ納めとったら問題はないと」
「年金の未納未加入問題の話ですか」
「年金さえきちんと納めていれば何の落ち度もないと。人として優秀であると」
「誰もそんなことゆうてませんがな」
「年金さえ納めとったらあとは人を殺めようが何をしようがお構いなしやと」
「人を殺めるとかお構いなしやとか銭形平次の時代やないんですから」
「でも昨今のメディアにはそうゆう論調が目立ちますから気ィつけませんとね」
「いったい何に気ィつけますねん」
「つまり僕かていつ年金の未納を理由にクビを切られるかわからんわけです」
「君も年金未納組なんですか」
「それがどうもようわかりませんねん」
「自分の年金のことですがな」
「年金どころかあしたの米代のことさえようわかりませんから偉いもんでして」
「自慢そうにゆうてどないしますねん」
「けどかりに僕の年金歴にブランクがあったと仮定してそれが発覚した場合」
「発覚ゆうたら大袈裟ですけど」
「僕は名張市立図書館カリスマ嘱託の職を追われることにもなりかねません」
「そんなことないのとちがいますか」
「とてもひとごととは思えませんでね」
「誰のことですか」
「内閣官房長官を辞任された福田康夫先生とか民主党代表就任が決まっていたのに辞退された小沢一郎先生とか」
「そらふたりとも政治家ですから」
「政治家やからどうやゆうんですか」
「年金問題を議論する政治家が年金未納ではまずいんちゃうかゆう話ですがな」
「そしたら政治家やなかったら年金未納でもまったく問題はないわけですか」
「そんなことありませんけど君はしょせん図書館の嘱託なんですから」
「そらそうですけどしょせん嘱託ゆうのはまた失礼ないいぐさやないですか」
「つまり君は年金問題や天下国家を論じる立場の人間ではないんですから」
「けど僕かて名張市立図書館の嘱託として八年半もそれなりに社会的責務を果たしてきてるわけですから」
「それはたしかにそうでしょうけど」
「にもかかわらず君という男は僕の嘱託としてのキャリアやそのことに基づいた僕の人格を否定するような動きをしてそんなことでええと思とるのか」
「そんな動きはしてませんがな」
「いいから東宮大夫を呼べ」
「君いったいどちらさんですねん」
「しかし実際せわしない世の中でして」
「ほんまに国内でも海外でもせわしないほどいろんなことが起きてますから」
「海外ではやっぱりイラク問題ですか」
「完全に泥沼化してしまいましたけど」
「北朝鮮問題もありますし」
「一日も早い全面解決が望まれます」
「国内に目を転じますと名張市内の消費者金融で発生した強盗殺人未遂事件」
「国内はいきなり名張の話題ですか」
「消費者金融に押し入った男が突然ピストルをぶっ放したそうでして」
「無茶苦茶しよりますね」
「やることが乱暴すぎますがな」
「よっぽど金に困ってたんでしょうね」
「もしかしたらチワワ買う金が欲しくて犯行に走ったのかもしれませんけど」
「チワワてそんなんテレビでやってる消費者金融のコマーシャルですがな」
「チワワ一匹買うのにわざわざピストルを振り回す人間の気が知れませんね」
「せやから犯行の動機がチワワやと決まったわけではないんですから」
「ほなスピッツですか」
「犬種の問題やないと思いますけど」
「あれもきゃんきゃんやかましい犬でしたけど最近とんと見かけませんね」
「知りませんがな」
「ところでこの事件が発生した日」
「たしか五月の十九日でしたけど」
「ほかにも名張市を震撼させる恐ろしい動きがあったことを君は知ってますか」
「聞いてませんでそんな話」
「強盗殺人未遂という衝撃的な事件の陰に隠れてしもたんでしょうね」
「何がありましてん」
「巡り合わせゆうやつですか。イラクの日本人人質事件の影響で視聴率が伸び悩んだプロ野球中継みたいなもんでして」
「せやからなんの話ですねん」
「中日新聞が報道してくれてありましたから二十日付伊賀版から伊東浩一記者の記事をご紹介したいと思います」
「どんな記事ですか」
「《名張市は、十九日開かれた市議会重要施策調査特別委員会で、市立図書館の運営業務の民間委託を検討する方針を明らかにした》」
「名張市立図書館の民間委託ですか」
「二〇〇六年四月の委託開始を目指してるらしいんですけどね」
「具体的にはどないなりますねん」
「《市立図書館には現在、市職員七人と市臨時職員九人が勤務。市の基本方針では、館長など管理部門に市職員を一部残す以外は、運営に携わる大半の職員を民間非営利団体(NPO)やボランティアに委託できないか可能性を検討する》」
「そうゆう方針が市議会で示されたと」
「この場合まず問題になるのは」
「どんなことが問題ですねん」
「名張市議会には総勢二十人の議員さんがいらっしゃるんですけど」
「市議会議員として地域社会のためにいろいろご尽力いただいてるわけで」
「この先生方ははたして年金をきちんと納めていらっしゃるのかどうか」
「そんなこと君が心配せんかてみなさんちゃんとしてはりますがな」
「しかし未納やった場合は議員としてのキャリアや人格を否定されてですね」
「もうええゆうねん」
「でもまあ図書館運営の民間委託はいまや珍しい話でもありませんからね」
「時代の流れゆうことですか」
「中日の記事によれば上野市ではすでに民間委託が実施されてるそうですし」
「上野の図書館は民間委託ですか」
「やっぱり図書館に対する住民のニーズゆうのが多様化してますから」
「たとえばどんなニーズですねん」
「これは全国的な傾向なんですけど開館時間の延長を望む声とかですね」
「昔に比べたら夜型のライフスタイルが一般的になってきましたから夜に図書館を利用したい人も増えてるでしょうね」
「このうえ朝の四時から開館してくれゆう声が出てきたらどないするねん実際」
「図書館はコンビニやないんですから」
「けど民間委託にしたらそのへんのことも結構柔軟に対処できるでしょうし」
「お役所が直接やるよりは何かと融通が利くでしょうね」
「しかし気になることもありまして」
「どんなことですねん」
「要するに対症療法なんです」
「といいますと」
「つまり民間委託の話も結局は名張市の財政建て直しの一環なんですね」
「財政の合理化効率化を進めるのは名張市にとって最優先課題ですから」
「逆にゆうたらサービスのさらなる向上を第一目的として民間委託の検討を始めたわけではないということです」
「でもたとえ経費削減が第一目的であっても民間委託によって開館時間の延長が実現できたら結構なことやないですか」
「対症療法的にサービスの向上が進んでも根本的な問題はノータッチで先送りされてしまう可能性があるんです」
「根本的な問題ですか」
「僕はこの連載で口が酸っぱくなるほど指摘してきたんですけど」
「なんのことですか」
「お役所の人たちには根本的な問題に目を向けずうわべだけお茶を濁してそれでよしとする悪い癖があるんです」
「今回の問題もそうなりそうですか」
「ですから今回の問題はむしろ千載一遇の好機だととらえるべきでしょう」
「図書館の抱えている根本的な問題を考えるチャンスやゆうわけですか」
「もちろん公立図書館単独では解決できない問題もあるんですけど」
「それはそうでしょうね」
「たとえばいわゆる複本問題」
「複本ゆうのはなんですねん」
「公立図書館がベストセラーを何冊何十冊と大量購入することです」
「ハリー・ポッターとかですか」
「日本でもイギリスみたいに公共貸与権を設定するべきだみたいな意見も出てきて侃々諤々の状態です」
「そうなるとたしかに図書館単独では解決できない問題ですね」
「ただし図書館は複本問題に関する見解を明確にしておくべきでしょうね」
「われわれは複本問題をこう考えてますと住民に説明できなあかんでしょうね」
「たとえ複本のことはわからんでもトクホンやったら救急箱にありますと」
「誰が肩こりの相談しとるねん」
「サリチル酸メチルがよく効きますと」
「好きなだけ貼っといたらええがな」
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