第二十九回
伊賀市地名考

 この合併はいかがなものか

「じつにおめでたいことでしてね」
「何がありましてん」
「とうとう伊賀市が誕生しました」
「市町村合併の話ですか」
「三重県の伊賀地域には二市三町二村の七つの自治体があったんですけど」
「名張市を除く六市町村の合併によって伊賀市が発足したわけですね」
「めでたいことではあるんですけど」
「なんぞ文句でもあるんですか」
「だいたい変やがな」
「何が変ですねん」
「伊賀七市町村が合併して伊賀市になるのやったら話はまだわかりますけど」
「名張が抜けてるのに伊賀市と名乗るのはおかしいゆうわけですか」
「どう考えても嘘ですからね」
「嘘ゆうたら語弊がありますけど」
「伊賀ゆうのはそもそも国号なんです」
「昔の国の名前です」
「ですから伊賀市という名前を聞いた人は昔の伊賀の国のエリアがそのまま伊賀市になったんやなと思うはずです」
「ところが実際はそうなってないと」
「嘘かましてどないするねん」
「誰も嘘はかましてないわけですけど」
「けど実際困った話ですがな」
「なんで困りますねん」
「たとえば名張の牛は伊賀牛ではないみたいな印象になりますからね」
「印象でゆうたらそないなってしまうかもしれませんね」
「そんなことでは名張市元町の森脇商店はちょっと困るのとちがいますか」
「あそこ肉屋さんですからね」
「毎月二十九日はニクの日の感謝デーで牛肉が安いんですけど」
「それは関係ありませんがな」
「同じく元町に本店を構える丸福精肉店の立場も考えてもらわなあきません」
「あそこも肉屋さんですから」
「伊賀牛のみならず伊賀酒にも伊賀米にも伊賀焼にも同じことがいえるんです」
「伊賀もひとつのブランドですから」
「そう。全然メジャーではないんですけどたしかにひとつのブランドなんです」
「伊賀というブランドのイメージがこれからは伊賀市だけに定着してしまうと」
「僕は個人的にはそうゆうふうな伊賀のイメージが嫌いなんですけど」
「けどブランドで商売する人はそうもゆうてられませんがな」
「せやから困った話やなと」
「どないしますねん」
「伊賀市に改名を迫ります」
「そんな無茶苦茶ゆうたらあかんがな」

「さていったいどんな名前がええのか」
「そんなことゆうたかて伊賀市の名前は話し合いで決まったわけですから」
「誰が決めたんですか」
「伊賀地区市町村合併協議会で決めたんとちがうんですか」
「せやからそんな人たちの話し合いが信用できるのかどうかゆう話ですがな」
「そんなこと僕にはわかりません」
「もちろん僕かて新聞その他のメディアを通じてしか知らないんですけどね」
「あまり信用できない感じなんですか」
「新聞報道によりますと今回の市町村合併に関して熱く話し合われたテーマはふたつありました」
「何と何でした」
「ひとつは在任特例の問題ですね」
「議員さんの任期の問題ですな」
「つまり六つの市町村は合併によって消滅するわけですからそれぞれの議員さんもその時点で失職してしまうわけです」
「ところが特例が設けられてまして」
「もしも合併協議会がこの在任特例という制度を適用すると決定した場合」
「どないなりますねん」
「合併後二年間を上限として六市町村の議員はすべて伊賀市の議員になります」
「何人くらいいてはりますねん」
「七十九人もいてはります。ちなみに伊賀市の人口は約十万人ですから法定議員数は三十四人以内でええんです」
「二倍以上の議員を抱えるわけですか」
「合併の目的のひとつは行政の合理化や効率化ですから議員をあほほど抱えるのはその目的に反することです」
「あほほどゆうたら失礼ですけど」
「あほをあほほど抱えるわけです」
「あほあほゆうたらあかんゆうのに」
「もちろんこの在任特例を適用しないという選択肢もあるんですけど」
「伊賀市の場合は適用するわけですね」
「合併協議の過程では在任特例は適用せずゆうことで話が進んでたんですけど」
「ひっくり返ったんですか」
「あっさりひっくり返って合併後五か月にわたって七十九人全員が伊賀市の議員さんゆうことに決まりました」
「なんでそんなことになりましてん」
「あほあほゆうなと君から釘を差されましたのでその質問には答えかねます」
「ほぼ答えてる感じですけど」
「それからもうひとつ熱く語られたテーマといいますのが」
「なんやったんですか」
「議員報酬の問題です」
「また議員さんですか」
「伊賀市議会議員七十九人の報酬は六市町村当時の額を踏襲するゆうことで話がまとまりかけてたんですけど」
「同じ伊賀市議会議員でも出身市町村によって報酬に差があるゆうことですか」
「そしたらやっぱり出てきました」
「何が出てきました」
「熊やないですよ」
「そんなことわかっとるわ」
「みんなが同じ伊賀市の議員として仕事をするのに報酬が平等でないというのはいかがなものか」
「いかがかたこがか知りませんけど」
「とにかくこの問題でまたひと揉めしましてね。ほんまおもろい話ですわ」
「面白がっとってはいかんがな」

「つまり新聞報道によれば合併協議ゆうのはそんな程度のものやったわけです」
「議員さんが自分らの身分とか報酬のことだけ心配してたような感じですけど」
「地域住民からそんなふうに思われても仕方ないでしょうね」
「困った話ですがな」
「でもこんなことは最初からわかってたようなことでもありますし」
「といいますと」
「かなり以前に伊賀市を考える議員の会とかゆうのができました」
「われわれの漫才でもとりあげたような気がしますけど」
「新聞で報じられたその会の協議内容というのがじつにお粗末でしたからこの漫才で思いきりコケにしてやりまして」
「君そんなことばっかりやってますな」
「その漫才の載った『四季どんぶらこ』をその会の代表の方に送りつけました」
「そんなこともありましたけど」
「文句あったらかかってこいと」
「しかし完全に無視されて全然相手にしてもらえませんでしたがな」
「あれは要するに向こうが根性なしやっただけの話なんです」
「けど一応議員さんなんですから」
「上野あたりの市議会議員がいったいなんぼのもんやゆうんですか」
「またそうゆうことを」
「だいたい上野市議会ゆうとこは結構ひどいのんとちゃいますか」
「ひどいことはないでしょうけど」
「つい最近も議員さんの一人が大事な定例会すっぽかして海外旅行に行ってたことが問題になってましたし」
「なんや新聞に出てましたな」
「あんなんばっかりなんですか」
「あんなんゆうたらあきませんがな」
「つまりあんなんが伊賀市の偉いさんゆうことになるわけですから」
「どないなりますねん」
「たとえ伊賀市議会ができてもまともなことは考えられへんのとちがいますか」
「そんなことないがな」
「どうせまた全員が忍者装束で市議会を開会して世間の失笑を買うのが関の山やないかと思うんですけど」
「たしかに上野市は忍者議会をやりましたけどテレビニュースにもとりあげられて観光PRになったみたいですね」
「むしろPRされたのは上野市議会には毛筋ほどの緊張関係もないという驚くべき事実であったと見るべきでしょうね」
「まあ緊張感は感じられませんけど」
「そもそも議会ゆうのはそんなことするための場ではないんですから」
「そないいわれたらそうですけどね」
「神聖な議場でちゃらちゃらコスプレやってどないするねんと怒り出す上野市民はおらんかったんか思いますけど」
「あの忍者装束はコスプレやったわけですか」
「ですから結論といたしましては」
「なんの結論ですねん」
「伊賀市の名前を変えるのであればやはりこちらからプランを提出してですね」
「君いったいどんな立場でそんなこと提案できますねん」
「伊賀市議会の人たちにご検討いただくしか道はないのであろうなと」
「誰が検討なんかしてくれるか」

 あのG音はいかがなものか

「伊賀市の新名称を考えるにあたって第一に配慮すべき点は何かといいますと」
「どんな点ですねん」
「伊賀市のようで伊賀市でない名前にすることなんです」
「といいますと」
「名張市以外の伊賀の国が合併したわけなんですから完全な伊賀市ではないけれどそこそこ伊賀市ではあるんです」
「ややこしい話ですな」
「つまり耳にした人がそこそこ伊賀市やなとわかる名前でないとあきません」
「そこそこ伊賀市といわれましても」
「だいたい地名ゆうのは基本的に継承されるべきものなんです」
「昔からの地名はできるだけ残さなあかんゆうことですか」
「世間には今回の合併でまったく新しい名前の市も誕生してますけど」
「山梨県には南アルプス市ゆうのができましたしね」
「地名の継承性という点ではおおいに問題のある市名でしょうね」
「そしたら伊賀という地名をどんなふうに継承したらええんですか」
「伊賀という言葉に基づきながら一部に変更を加えるわけです」
「基づくゆうても伊賀は伊賀ですがな」
「そうです。ローマ字でゆうたらIGAの三文字で終わりです」
「どない変更しますねん」
「伊賀という言葉を特徴づけてるのはIGAのG音なんですけどね」
「どんな特徴ですねん」
「子音がこのG音だけですからどうしてもガという音が耳につきます」
「それはたしかにそうですね」
「しかもG音は濁音ですからあまり耳に心地よく響かないんです」
「なんや耳障りな感じですね」
「ですからこのG音に変更を加えたいところなんですけど」
「加えられませんか」
「残念ながら無理なんです」
「なんでですねん」
「このG音こそが伊賀の風土を象徴してるわけですから」
「伊賀の風土はG音ですか」
「伊賀の人間のねじ曲がった根性がこの耳障りなG音に表現されてるんです」
「また身も蓋もない話ですけど」
「仕方ありませんからG音は残したまま別の音を加えることでその印象を和らげたいと思います」
「どんな音がええんですか」
「ずばりN音でしょうね」
「なんでN音ですねん」
「優しいというか穏やかというか」
「そんなもんですか」
「東海の小島の磯の白砂にわれ泣きぬれて蟹とたわむる」
「いきなりなんですねん」
「石川啄木の歌です」
「有名な歌ですがな」
「情けないといえば情けない歌なんですけどね」
「どこが情けないんですか」
「ええ若い衆が泣きながら蟹と遊んでる暇があるのやったらしっかり働けと。日本の未来をしっかり担えと」
「ほっといたったらええやないですか」

「ただしこの歌は内容を別にしてただ聞くだけでも静かな感じがするわけです」
「荒々しい感じはしませんね」
「これがN音の効果なんです」
「そうなんですか」
「この歌にはN音が全部で八つも出てきますからN音のくり返しによって聞く人の心が安らかになってくるんです」
「ほんまですかそれ」
「これは歴史と伝統の三重県立上野高校で現代国語の時間に濱川勝彦先生から教わったことなんですけど君は僕の恩師が嘘を教えたとでもいいたいのか」
「どうでもええけどめちゃめちゃ古い話ですな」
「古い話でも真理は真理ですから」
「そしたらN音というのはきょうびの言葉でゆうたら癒し系の音であると」
「まあそうですね」
「それでそのN音をどないしますねん」
「IGAのIをはずしてそこにこのN音を入れるんです」
「どないなります」
「NGAですね」
「なんですねんそれ」
「んが市です。伊賀市がんが市になるんです。三重県んが市。ええ名前です」
「そんなあほな君」
「耳障りなG音がN音によって見事に和らげられてます」
「なんぼなんでもんが市ゆうような市名はあかんのとちがいますか」
「んが市のどこが悪いんですか」
「なんやあほみたいですがな」
「もちろんあほみたいです。人が聞いたら誰かて大笑いしますやろ」
「なんでわざわざ市の名前で笑われなあきませんねん」
「日本全国津々浦々どちらの土地にお邪魔いたしましても」
「なんですねん」
「私は本日んが市から寄せてもらいましたゆうだけで軽く笑いが取れます」
「そんなことでいちいち笑いを取る必要ありませんがな」
「んが市でんにゃ。んが市から来てまんにゃ。んが市んが市。んがんがんが」
「それではまったくのあほですがな」
「こいつはあほやゆうことが先様にもすぐにわかっていただけるわけです」
「そんなことわかってもらわんでもええやないですか」
「いやこれは大事なことなんです。あほがあほやない振りをしようとするから余計なお金がかかるんです」
「けどわざわざ笑いものになるような名前をつけることないと思いますけど」
「でも笑われてるのは国なんですよ」
「なんで国が笑われてますねん」
「国があほやからここまでの財政難に立ち至って全国の自治体が合併を押しつけられてるんです。んが市に対する笑いはそのまま国の無能無策への笑いでありそれは国への批判として機能するんです」
「それは君の考えですがな」
「これが伊賀の人間の本来の考え方なんです。最近の伊賀びとたらゆうのはバッタモンいいますか贋物いいますか」
「本来の伊賀者ではないわけですか」
「せいぜいがイカモノでしょうね。伊賀者のイカモノはいかがなものか」
「知らんがな」

「伊賀市という名前をんが市に変えるだけでいろいろな効果も期待できますし」
「どんな効果ですねん」
「まず目立ちます」
「そらそんなあほみたいな名前やったら話題になって目立つでしょうね」
「本来の伊賀者は目立ったらあかんのですけどそこがイカモノの浅はかさ」
「イカモノはもうよろしがな」
「もちろんんが市議会をいろいろなアイデアで盛りあげることも可能です」
「何をやるゆうんですか」
「上野市の忍者議会以上の超過激なコスプレ議会です」
「またコスプレですか」
「しかもんがという名前をより強調したコスプレが必要でしょうね」
「強調ゆうたかてどないしますねん」
「んがという言葉からまず連想されるのはなんといってもこまわり君です」
「そんなん漫画の話ですがな」
「一九七〇年代の漫画シーンを席巻した山上たつひこ先生の傑作漫画です」
「たしか『がきデカ』でしたか」
「主人公のがきデカこと少年警察官こまわり君は何かというと『んがっ!』ゆうて叫んでましたから」
「それはそうでしたけど」
「んが市のマスコットキャラクターにはこまわり君がぴったりなんです」
「そのこまわり君が何をしますねん」
「記念すべき第一回んが市議会には関係各位全員がこまわり君のコスチュームで出席いたしましてですね」
「ほんまに笑いもんですがな」
「んが市長が最初に大声で『んがっ!』ゆうて挨拶するわけです」
「あほなことばっかりゆうとったら君しまいに本気で怒られるで」
「んが市議会議員も負けてはいません」
「なんぞやりますのんか」
「すかさず全員が起立して『死刑っ!』と怒濤のごとく唱和します」
「なんで議員先生がそんなことせなあきませんねん」
「このときのポーズは爪先立ちでお尻を突き出しまして両手はこんな具合に揃えていただくときれいに決まります」
「そんなもんきれいに決めてどないするゆうんですか」
「あとはもう『八丈島のきょんっ』やろが『あふりか象が好きっ』やろが『日本かもしかのおしりっ』やろが各自の良識と本能に基づいて好きなこと叫んでいただいたらよろしいかと存じます」
「できるかそんなこと」
「君もんが市の中心で『んがっ!』と叫んでみませんか」
「なんで叫ばなあきませんねん」
「ほなまことちゃんで行きましょか」
「それも漫画ですがな。しかもまことちゃんはまだ幼稚園児ですし」
「楳図かずお先生の『まことちゃん』もまた一九七〇年代の漫画シーンを席巻した傑作漫画でしたけど」
「やっぱりコスプレなんですか」
「んが市議会の議場の人たち全員が幼稚園児のスモックに身を包み鼻水をすすりあげながら指をこんな感じに突き立てて『グワシ』ゆうて叫ぶわけです」
「好きなように叫んどれ」

(名張市立図書館カリスマ嘱託)

掲載2004年12月1日