この合併はいかがなものか
「じつにおめでたいことでしてね」
「何がありましてん」
「とうとう伊賀市が誕生しました」
「市町村合併の話ですか」
「三重県の伊賀地域には二市三町二村の七つの自治体があったんですけど」
「名張市を除く六市町村の合併によって伊賀市が発足したわけですね」
「めでたいことではあるんですけど」
「なんぞ文句でもあるんですか」
「だいたい変やがな」
「何が変ですねん」
「伊賀七市町村が合併して伊賀市になるのやったら話はまだわかりますけど」
「名張が抜けてるのに伊賀市と名乗るのはおかしいゆうわけですか」
「どう考えても嘘ですからね」
「嘘ゆうたら語弊がありますけど」
「伊賀ゆうのはそもそも国号なんです」
「昔の国の名前です」
「ですから伊賀市という名前を聞いた人は昔の伊賀の国のエリアがそのまま伊賀市になったんやなと思うはずです」
「ところが実際はそうなってないと」
「嘘かましてどないするねん」
「誰も嘘はかましてないわけですけど」
「けど実際困った話ですがな」
「なんで困りますねん」
「たとえば名張の牛は伊賀牛ではないみたいな印象になりますからね」
「印象でゆうたらそないなってしまうかもしれませんね」
「そんなことでは名張市元町の森脇商店はちょっと困るのとちがいますか」
「あそこ肉屋さんですからね」
「毎月二十九日はニクの日の感謝デーで牛肉が安いんですけど」
「それは関係ありませんがな」
「同じく元町に本店を構える丸福精肉店の立場も考えてもらわなあきません」
「あそこも肉屋さんですから」
「伊賀牛のみならず伊賀酒にも伊賀米にも伊賀焼にも同じことがいえるんです」
「伊賀もひとつのブランドですから」
「そう。全然メジャーではないんですけどたしかにひとつのブランドなんです」
「伊賀というブランドのイメージがこれからは伊賀市だけに定着してしまうと」
「僕は個人的にはそうゆうふうな伊賀のイメージが嫌いなんですけど」
「けどブランドで商売する人はそうもゆうてられませんがな」
「せやから困った話やなと」
「どないしますねん」
「伊賀市に改名を迫ります」
「そんな無茶苦茶ゆうたらあかんがな」
「さていったいどんな名前がええのか」
「そんなことゆうたかて伊賀市の名前は話し合いで決まったわけですから」
「誰が決めたんですか」
「伊賀地区市町村合併協議会で決めたんとちがうんですか」
「せやからそんな人たちの話し合いが信用できるのかどうかゆう話ですがな」
「そんなこと僕にはわかりません」
「もちろん僕かて新聞その他のメディアを通じてしか知らないんですけどね」
「あまり信用できない感じなんですか」
「新聞報道によりますと今回の市町村合併に関して熱く話し合われたテーマはふたつありました」
「何と何でした」
「ひとつは在任特例の問題ですね」
「議員さんの任期の問題ですな」
「つまり六つの市町村は合併によって消滅するわけですからそれぞれの議員さんもその時点で失職してしまうわけです」
「ところが特例が設けられてまして」
「もしも合併協議会がこの在任特例という制度を適用すると決定した場合」
「どないなりますねん」
「合併後二年間を上限として六市町村の議員はすべて伊賀市の議員になります」
「何人くらいいてはりますねん」
「七十九人もいてはります。ちなみに伊賀市の人口は約十万人ですから法定議員数は三十四人以内でええんです」
「二倍以上の議員を抱えるわけですか」
「合併の目的のひとつは行政の合理化や効率化ですから議員をあほほど抱えるのはその目的に反することです」
「あほほどゆうたら失礼ですけど」
「あほをあほほど抱えるわけです」
「あほあほゆうたらあかんゆうのに」
「もちろんこの在任特例を適用しないという選択肢もあるんですけど」
「伊賀市の場合は適用するわけですね」
「合併協議の過程では在任特例は適用せずゆうことで話が進んでたんですけど」
「ひっくり返ったんですか」
「あっさりひっくり返って合併後五か月にわたって七十九人全員が伊賀市の議員さんゆうことに決まりました」
「なんでそんなことになりましてん」
「あほあほゆうなと君から釘を差されましたのでその質問には答えかねます」
「ほぼ答えてる感じですけど」
「それからもうひとつ熱く語られたテーマといいますのが」
「なんやったんですか」
「議員報酬の問題です」
「また議員さんですか」
「伊賀市議会議員七十九人の報酬は六市町村当時の額を踏襲するゆうことで話がまとまりかけてたんですけど」
「同じ伊賀市議会議員でも出身市町村によって報酬に差があるゆうことですか」
「そしたらやっぱり出てきました」
「何が出てきました」
「熊やないですよ」
「そんなことわかっとるわ」
「みんなが同じ伊賀市の議員として仕事をするのに報酬が平等でないというのはいかがなものか」
「いかがかたこがか知りませんけど」
「とにかくこの問題でまたひと揉めしましてね。ほんまおもろい話ですわ」
「面白がっとってはいかんがな」
「つまり新聞報道によれば合併協議ゆうのはそんな程度のものやったわけです」
「議員さんが自分らの身分とか報酬のことだけ心配してたような感じですけど」
「地域住民からそんなふうに思われても仕方ないでしょうね」
「困った話ですがな」
「でもこんなことは最初からわかってたようなことでもありますし」
「といいますと」
「かなり以前に伊賀市を考える議員の会とかゆうのができました」
「われわれの漫才でもとりあげたような気がしますけど」
「新聞で報じられたその会の協議内容というのがじつにお粗末でしたからこの漫才で思いきりコケにしてやりまして」
「君そんなことばっかりやってますな」
「その漫才の載った『四季どんぶらこ』をその会の代表の方に送りつけました」
「そんなこともありましたけど」
「文句あったらかかってこいと」
「しかし完全に無視されて全然相手にしてもらえませんでしたがな」
「あれは要するに向こうが根性なしやっただけの話なんです」
「けど一応議員さんなんですから」
「上野あたりの市議会議員がいったいなんぼのもんやゆうんですか」
「またそうゆうことを」
「だいたい上野市議会ゆうとこは結構ひどいのんとちゃいますか」
「ひどいことはないでしょうけど」
「つい最近も議員さんの一人が大事な定例会すっぽかして海外旅行に行ってたことが問題になってましたし」
「なんや新聞に出てましたな」
「あんなんばっかりなんですか」
「あんなんゆうたらあきませんがな」
「つまりあんなんが伊賀市の偉いさんゆうことになるわけですから」
「どないなりますねん」
「たとえ伊賀市議会ができてもまともなことは考えられへんのとちがいますか」
「そんなことないがな」
「どうせまた全員が忍者装束で市議会を開会して世間の失笑を買うのが関の山やないかと思うんですけど」
「たしかに上野市は忍者議会をやりましたけどテレビニュースにもとりあげられて観光PRになったみたいですね」
「むしろPRされたのは上野市議会には毛筋ほどの緊張関係もないという驚くべき事実であったと見るべきでしょうね」
「まあ緊張感は感じられませんけど」
「そもそも議会ゆうのはそんなことするための場ではないんですから」
「そないいわれたらそうですけどね」
「神聖な議場でちゃらちゃらコスプレやってどないするねんと怒り出す上野市民はおらんかったんか思いますけど」
「あの忍者装束はコスプレやったわけですか」
「ですから結論といたしましては」
「なんの結論ですねん」
「伊賀市の名前を変えるのであればやはりこちらからプランを提出してですね」
「君いったいどんな立場でそんなこと提案できますねん」
「伊賀市議会の人たちにご検討いただくしか道はないのであろうなと」
「誰が検討なんかしてくれるか」
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