番外
僕のパブリックコメント

 歴史資料館はどうでしょう

「いったいどないなるんですかね」
「何の話ですねん」
「日本中の注目を集めてるライブドア対フジテレビの仁義なき戦い」
「堀江社長と日枝会長のニッポン放送株争奪戦ですか」
「近来になく景気のええ話でして」
「そらもう何百億ゆう単位でお金が動いてる話ですから」
「テレビのニュースで見てる分にはこっちの腹は全然痛みませんし」
「君の腹なんか痛んでも知れてるがな」
「最近では金額の大きさにもすっかり慣れっこになってしまいましてね」
「そんなこともあるかもしれません」
「三億やそこらのことはどうでもええやないかゆう気になったりもしますし」
「三億やそこらといいますと」
「そんなもん君『生誕三六〇年芭蕉さんがゆく秘蔵のくに伊賀の蔵びらき』事業の話に決まってますがな」
「君まだそれゆうてますのか」
「あれほどゆうたったのに事業関係者は僕の忠告にまったく耳を傾けることなく三億三千万円の税金をどぶに捨ててしまいやがりましてね」
「どぶに捨ててしもたゆうたら語弊があるでしょうけど」
「けど僕は何も難しいことゆうてるわけではないんです。やってることがあまりにも不透明ですからせめて事業個々の予算額ぐらい明らかにしたらんかと」
「たしかにあの事業にはかなり問題があるゆう話はいろいろと聞きますけど」
「問題なんかあり過ぎるほどあるんですけど僕は予算の透明性という一点にしぼって問題を掘りさげてるわけでして」
「掘りさげてどないしますねん」
「三月二十三日に第五回『生誕三六〇年芭蕉さんがゆく秘蔵のくに伊賀の蔵びらき』事業推進委員会があるんですけど」
「例の三重県の知事さんが会長を務めてはる委員会ですか」
「決算が報告されるはずなんです」
「最終的に事業の予算がどうつかわれたかゆうことが報告されるわけですな」
「これが君もしもええ加減な報告やったら僕としては黙ってられませんからね」
「どんな手ェ打ちますねん」
「ことと次第によっては県の監査委員に住民監査請求をしたろかしらと」
「そんなことしたら君また一段と嫌われ者ですがな」
「それは想定の範囲内です」
「そんな堀江社長みたいなことゆうとってええんですか」

「ところが三月二十三日までに片づけとかなあかんことがひとつありまして」
「何を片づけますねん」
「パブリックコメントです」
「といいますと」
「お役所がものを決めるとき原案を公開して市民の意見を広く求めるのがパブリックコメント制度ゆうやつでしてね」
「寄せられた意見を反映させながら最終的にものが決められるわけですか」
「名張市は現在『名張地区既成市街地再生計画 名張まちなか再生プラン(案)』ゆうプランに対するパブリックコメントを募集してるんですけど」
「名張まちなかゆうたら名張のいわゆる旧町地区のことですな」
「その締切が三月二十二日なんです」
「ほなはよせなあきませんがな」
「せやからやってますねがな」
「何をやってますねんな」
「漫才に決まってますがな」
「漫才やって何をしますねん」
「つまり漫才形式で書かれたパブリックコメントを提出するわけです」
「君いったい何を考えてますねん」
「これはおそらく名張市のパブリックコメント史上初の試みでして」
「わざわざそんなこと試みんかてええように思いますけど」
「名張市役所のみなさんにもさぞやお喜びいただけるのではないかいなと」
「むしろみなさんお怒りになるんやないですか」
「でも漫才ゆう形式は普通の文章よりもはるかにわかりやすいわけですから」
「そらまあわかりやすく意見を述べるゆうのは大事なことですけど」
「ですからこれで名張市役所のみなさんが相当なあれでもたぶん大丈夫」
「相当なあれゆうのはなんやねん」
「それでプランの話なんですけどね」
「原案ゆうのは誰が決めたんですか」
「名張地区既成市街地再生計画策定委員会ゆうとこが一月二十日にまとめてくれたことになってます」
「その委員会がまとめてくれた原案になんでまた君がパブリックコメントを提出せなあきませんねん」
「僕は気がついてしまったんです」
「なんのことですねん」
「血税三億三千万円をどぶに捨てた『生誕三六〇年芭蕉さんがゆく秘蔵のくに伊賀の蔵びらき』事業のことですけど」
「またその話ですか」
「お役所とごく一部の地域住民が結託して独りよがりなあれこれの事業にきわめて不透明な税金のつかい方をしたというのにそれを指摘批判する人間が僕以外にはただの一人もいないんです」
「君ひとりで充分なんとちゃいますか」
「伊賀地域にはものの道理のわかった人間が一人もいないのだろうか。伊賀地域にはあほしか住んでいないのだろうか」
「しまいに張り倒されても知らんで」
「そんなお間抜けな地域社会に対して具体的提言を行うのが伊賀地域を代表する知性である僕の役目なのではないか」
「君そんなことゆうとったら伊賀地域住民全員から嫌われてしまいますがな」
「それも想定の範囲内」
「堀江社長みたいなことゆうなっちゅうねん」

「それで今回のパブリックコメントではプランに盛り込まれた歴史資料館の整備事業にポイントをしぼって意見を寄せることにしたんですけど」
「そんな資料館ができるんですか」
「プランにはつくったらええのとちゃいまっかゆうて書いてあるわけですね」
「それで君の意見といいますのは」
「んなもんつくってどないするゆうんじゃぼけぇッ」
「ぼけゆうたらあきませんがな」
「それではこれからプランにツッコミを入れることにいたしましょう」
「どないしますねん」
「君このプランの『歴史資料館の整備事業』ゆうとこを朗読してください」
「君は何をしますねん」
「君が読むのを聞いていてそれは聞き捨てにならないと感じたら笛を吹いてツッコミを入れます」
「サッカーの審判みたいな感じですか」
「感じたときに笛を吹くゆうたらなんや往年の黒木香嬢を思い出しますけどあの子いまごろ何をしてるんでしょうか」
「知らんがなそんなこと」
「そしたら行ってもらいましょか」
「《名張のまちにひろがりとまとまりが感じられるように、北の名張藤堂家邸に対して南にもうひとつの歴史拠点を整備します》」
「ピーッ」
「いきなり笛ですかいな」
「ピーですがなそんなもん。名張藤堂家邸跡に閑古鳥が鳴いてるという事実に目を向けなあきません。南に拠点つくったかて閑古鳥の鳴き合わせをやるのが関の山やゆうことがわかりませんか君」
「僕にいわれても困りますけど先をつづけますと《初瀬街道沿いの最もまとまりのある町並みの中にある細川邸を改修して歴史資料館とします》」
「ピーッ」
「またですか」
「なんでいきなり歴史資料館やねん」
「歴史拠点をつくるのやったら歴史資料館ゆうのはごく順当なとこですがな」
「せやからそれが短絡やゆうんですよ」
「何が短絡ですねん」
「つまりぶっちゃけてゆうたらこれは最初に細川邸ありきゆう話なんです」
「細川邸を活用したらよろしいがな」
「活用の道は歴史資料館しかないのかゆう話なんですね結局。そんなことまったくないんですけどとりあえずはい次」
「《細川邸は円滑な賃貸契約が見込めるほか、平成16年11月の芭蕉生誕360年祭において》」
「ピーッ。ピーッ。ピーッ」
「なんですねん読んでる途中で」
「『芭蕉生誕360年祭』ゆうたら伊賀の蔵びらき事業のことですがな」
「それがどないしましてん」
「僕その名前聞いたら反射的に怒ってしまう癖がついてしもたみたいでして」
「知らんがなそんな癖。《旧家の風情を活かした魅力的な歴史資料館になりうること、適切な企画によって集客力が期待できることなどが確認できたので、歴史資料館にふさわしい建築物と考えます》」
「ピーッ。ピーッ。ピーッ。ピーッ」
「もうこの際やから好きなだけ笛吹いとったらどないですか」

 乱歩の生家はどうでしょう

「つまりこの歴史資料館構想には明らかに短絡があり無理があるんです」
「どうゆうことですねん」
「段落をひとつ飛ばしてつづきを読んでもらいましょか」
「《市民に何ども足を運んでもらえる歴史資料館とするために、江戸時代の名張城下絵図や江戸川乱歩など名張地区に関係の深い資料を常設展示するほか》」
「ピーッ。ピーッ」
「またピーですか」
「そんなもんピーのピーのピーじゃ。ほかとはなんやねんほかとは」
「『展示するほか』の『ほか』ですか」
「歴史資料館の話をしてるのに肝心の資料に関する言及が城下絵図と乱歩だけで終わりゆうのはどうゆうことやねん」
「でも歴史資料に関してはそれだけしか書いてないんですから」
「つまり話が逆なんですね。広く公開するべき資料がたくさんあるから歴史資料館が必要やゆうのが本来なんですけど」
「最初に細川邸ありきですか」
「細川邸を歴史資料館にするという月並みな発想がまず最初にあって」
「ところが展示すべき歴史資料がほとんどないと来てるわけですか」
「そんな資料館つくったらどんな結果になるかくらい相当あれな名張市役所のみなさんでもお察しのはずですけどね」
「せやから相当あれなゆうのはなんのことですねん」
「次行ってもらいましょか」
「《常設展示するほか、市民が関われる利用方法を工夫します。たとえば、芭蕉生誕360年祭のからくりコンテスト》」
「ピーッ。ピーッ。ピーッ」
「書いてあるもんしゃあないがな」
「いやしくも歴史資料館がからくりコンテストみたいなバッタモンをまともに相手にしとってはいかんがな」
「あれバッタモンやったんですか」
「空き家とか空き店舗をコンテストに活用することは結構なんですけどね」
「ほな何があきませんねん」
「からくりゆうのは名張のまちの歴史にはなんの関係もないもんですから」
「けど乱歩とか観阿弥とか名張ゆかりの人物から発想してからくりコンテストを企画したのと違うんですか」
「ろくに乱歩も観阿弥も知らん連中が無理やりひねり出した思いつきですがな」
「歴史資料館たるものがそんな無根拠な思いつきを相手にするべきではないと」
「まあそうゆうことですね。はい次」
「《からくりコンテストのようなイベントで展示した作品、市民文化祭や市の美術展の出品作、個人や文化サークルなどが作成した作品(例:能面、絵画)を展示したり、小波田地区の「子供狂言」などを招致したり、名張地区以外の市民も参加できる方法が考えられます。また、庭に面した風格ある和室を冠婚葬祭や茶会など、市民も利用できる方法を検討します。市民が関わることのできる場と機会を提供することによって、主催者としてあるいは参加者としてさまざまな市民の来館が期待できます》」
「ピーッ。ピーッ。ピーッ。ピーッ」
「やかましいわッ。君は年取って認知症になった笛吹童子かッ」

「わざわざ歴史資料館つくってなんでそんなことせなあきませんねん。そんなもんそこらの公民館でなんぼでもできることばっかりですがな」
「肝心の歴史資料がありませんからせめて市民に好きなようにつかい回してもらうしかないのとちゃいますか」
「つまり歴史資料館の必要性なんかまったくないんです。それをこのプランみずからが雄弁に物語ってるわけなんです」
「ほなどないしたらええんですか」
「発想を変えてもらわなあきません」
「といいますと」
「名張のまちそのものが歴史資料であってそれを展覧するという発想ですね」
「まち全体を展示するわけですか」
「もちろんたいした町並みではないんですけど歴史資料館でちまちました展示するよりはまち全体を見て回ってもらうことを考えたほうが百倍ましなんです」
「何を見てもらいますねん」
「ポイントはそれですね。名張のまちを展覧するに際しての核が必要なんです」
「何を核にしますねん」
「江戸川乱歩の生家です」
「生家なんかありませんがな」
「復元したらええんです」
「そんなことできるんですか」
「乱歩が描いた生家の間取り図が残ってますからそれに基づいて復元することはいくらでも可能です」
「明治時代の住宅ですか」
「げんに昨年十一月に市内で開催された『乱歩が生きた時代展』ではつつじが丘にお住まいの元奈良芸術短期大学教授井上昭先生の手で製作された生家の十五分の一モデルが展示されましたし」
「そんなんあったんですか」
「井上先生は生家跡一帯の建物を調査したうえでほぼ間違いないゆうとこまで建築の細部を考証してくださいまして」
「それでいったいどこに建てますねん」
「桝田医院の第二病棟です。あの土地建物は去年の十一月に故桝田敏明先生のご遺族から名張市が寄贈を受けまして」
「新聞にも出てましたねその話」
「第二病棟のたたずまいを生かしつつ一角に乱歩の生家を復元するわけです」
「なんや面白そうですね」
「名張のまちに歴史資料館ができたゆうたかて誰も驚きませんけど乱歩の生家が復元されたゆうたら話は別ですから」
「乱歩の生家は生誕地にしかつくれませんから名張独自のものになりますし」
「とにかく乱歩と名張の最大の接点は生家跡なんです」
「乱歩は名張で生まれたゆうだけでほかにはとくにゆかりもないわけですから」
「ところが行政ゆうのはじつにええ加減なもんでして」
「なんでですねん」
「最大の接点である生家跡に建てられた生誕地碑がほったらかしでしたからね」
「個人の所有やったわけですから」
「いつまでも個人に負担かけとらんと行政がちゃんとしたれゆうねん」
「それはたしかにそうですけど」
「乱歩の名前を名張の自己宣伝にええだけ利用しておきながら肝心のことがほったらかしやったんです。これは行政の怠慢以外の何者でもありません。ピーッ」
「行政にもピーですか」

「要するに乱歩の生家を復元して名張のまちの顔にしたらええんですよ」
「ええアイディアやと思いますね実際」
「ただあそこに生家を復元してしまうと新町が黙ってないんです」
「なんで新町が出てきますねん」
「乱歩の生誕地碑は昭和三十年に新町に建てられたんですけどね」
「新町は乱歩が生まれたとこですから」
「昭和三十五年に桝田医院が増築されたとき碑が現在地に移されたんです」
「第二病棟の庭にですか」
「ところが第二病棟は本町に位置しておりまして」
「そしたら生誕地碑は新町から本町に移動したわけですか」
「つまりあそこに乱歩の生家を復元すると本町の人は喜んでくれるんですけど新町の人はあまり面白くないわけです」
「そんなことありませんやろ」
「新町の人としてはやっぱり町内の細川邸に乱歩関連資料を展示した施設の整備を望んでるわけなんです」
「君そんなことようわかりますな」
「想像で喋ってるだけなんですけど」
「そんなええ加減な」
「けど住民感情ゆうのはそんなもんですしろくに乱歩作品を読みもせずに乱歩乱歩ゆうてるような住民の感情であってもやはり大事にされるべきなんです」
「それやったら第二病棟に乱歩の生家を復元することはできませんがな」
「遠慮せんと復元したらよろしねん」
「新町の人はどないなりますねん」
「細川邸をちゃんと活用したら新町の人にも喜んでいただけるはずです」
「どうゆうふうに活用するんですか」
「名張市立図書館の乱歩コーナーにある関連資料を細川邸に移動します」
「乱歩の遺品とか本とかですか」
「だいたいあの図書館評判悪いんです」
「なんでですねん」
「平尾山のてっぺんにありますから」
「年配の人が歩いて坂を登るのはしんどいゆう話は聞きますね」
「ときどき県外から大型バス借り切って名張へ文学散歩に来てくれる人があるんですけどそらもう評判が悪い悪い」
「文学散歩ゆうたら高齢者の参加が多い感じですからね」
「それに動線から考えても平尾山のてっぺんでは具合が悪いんです」
「動線といいますと」
「名張駅の西口から丸之内を経て本町や新町に至る歩行者の動線です」
「名張のまちを散策する動線ですか」
「旧初瀬街道を主軸にした動線から平尾山は思いきりはずれてるんです」
「名張駅の東口側ですからね」
「ですから新町がええんですけどここへ来て問題がひとつ出てきまして」
「なんですねん」
「この漫才もう六ページ目の三段目まで来てますねん」
「なんのことですねん」
「この漫才はパブリックコメントであると同時に地域雑誌『四季どんぶらこ』の連載としても書かれてるわけなんですけど連載の割り当ては毎回六ページなんです。つまりもうおしまいなんです。いやどうもこればっかりは想定の範囲外」
「知らんがなそんなこと」

 ミステリ分室はどうでしょう

「やっぱりつづけることにしましょか」
「好きにしたらよろしがな」
「中途半端な真似しとったら伊賀地域を代表する知性の名が泣きますから」
「そんなことどうでもええねん」
「そもそも乱歩が生まれたのは新町なんですから乱歩の遺品や著作が新町に展示されるのは当たり前のことなんです」
「そしたら細川邸は乱歩関連資料の展示施設になるわけですか」
「それが全然違いますねん」
「どうゆうことですねん」
「資料の展示とかそんな眠たいことゆうてたかて人は相手にしてくれません」
「けど乱歩の資料を展示するのと違うんですか」
「一部には乱歩関連資料も展示しますけどほかにもいろいろ運び込みます」
「何を運び込みますねん」
「本ですね」
「乱歩の本ですか」
「探偵小説です。いまふうにゆうたらミステリ小説」
「本を運び込んでどないしますねん」
「ミステリ専門の図書室にします」
「なんですねんそれ」
「つまり細川邸を名張市立図書館ミステリ分室として運営するわけです」
「図書館の出張所みたいなもんですか」
「乱歩の地元ゆうことで名張市立図書館はあっちこっちからミステリ小説の寄贈を受けてるんですけどね」
「それは初耳ですね」
「慶應義塾大学推理小説同好会OB会のみなさんをはじめ奇特なミステリファンがたくさんいらっしゃいまして」
「ありがたいことですがな」
「ただし開架が限られてますから寄贈図書は地下書庫に押し込んだままでして」
「ちゃんと活用できてないのは寄贈してくれた人に申し訳のないことですがな」
「ですから寄贈されたミステリをすべて細川邸で閲覧可能にするわけです」
「そんなこと簡単にできるんですか」
「名張市立図書館は業務の民間委託を検討してる最中ですからついでに検討したら充分可能やと思います」
「けど寄贈された本だけで図書室なんかつくれるんですか」
「とりあえず現在あるだけの本でスタートしたらええんです」
「新刊も購入せなあきませんがな」
「それは当面考えておりません」
「お金がないからですか」
「それもありますけど旧町の再生を考えるわけですからすでにあるものをいかに再生するかゆうことが大切でして」
「細川邸も桝田医院第二病棟も古い施設を再利用するわけですしね」
「寄贈していただいた古い本をちゃんと再利用するゆうのは再生というテーマにいかにもふさわしいことなんです」
「新しいものだけに価値があるのではないゆうことですか」
「そのとおり。名張のまちは古いものをただ古いというだけの理由で排除することは絶対にない。それを確認することが再生の第一のポイントなんです」
「きょうは君えらい気合いですね」
「ピーッ。ピーッ。ピーッ」
「なんでここで笛を吹くねん」

「なんちゅうたかて名張は乱歩が生まれたまちなんですから」
「それは紛れもない事実ですね」
「乱歩が生涯をかけて愛した探偵小説を大事にするまちであっても少しもおかしいことはないんです」
「そんなまちは日本中探してもほかにないでしょうし」
「乱歩の生家もミステリ分室も名張だけのユニークな施設になります」
「名張という古いまちでは古いものをここまで大切にして活用してますということをわかりやすく示すと同時に名張のまちを象徴する施設にもなりますね」
「ですから分室のスタッフも男女を問わず仕事や子育ての第一線からリタイアした地域住民のみなさんに役に立っていただけるようにするべきですし」
「地域住民が施設を支えるわけですね」
「名張という古いまちでは古い人にしっかり仕事していただいておりますと」
「古い人ゆうたら怒られますがな」
「土地の古い人から小学生が話を聞くような催しをやってもええわけです」
「市民の側からミステリ分室をいろいろつかい回すゆうわけですね」
「このプランに書いてある細川邸の『市民が関われる利用方法』はそのままミステリ分室にも通用しますからね」
「市民にとっても歴史資料館は敷居が高い印象ですけどミステリ分室やったら全然親しみやすい感じになりますし」
「歴史資料館みたいな堅苦しい施設やないんですからバッタモンのからくりコンテスト展示作品でもOKです」
「けどミステリ分室を運営するのは結構難しいことと違うんですか」
「ミステリに詳しい人間がたぶん一人もいませんからね」
「それではあきませんがな」
「いやご心配なく。日本全国のミステリファンから指導協力を仰ぎながら運営をスタートさせたらええんです」
「そんなことできるんですか」
「つまり名張市立図書館はここ十年ほどのあいだに乱歩を媒介としたミステリファンのネットワークをささやかながら形成しておりますので」
「そのネットワークがミステリ分室に生かされるわけですか」
「ミステリ分室の蔵書はインターネット上ですべて公開しましてね」
「どんな本があるのかが全国のどこにいても即座にわかると」
「さてこの分室をどないして運営したらええのかゆうことで全国のミステリファンから知恵を拝借したらええんです」
「やっぱりファンならではのアイディアゆうのもあるでしょうからね」
「市民がつかい回すいっぽうでミステリファンにもつかい回してもらうことでユニークな図書室になるであろうなと」
「実現したら面白そうですけど」
「無理したり背伸びしたりする必要はないんです。名張のまちの身の丈や身の程に応じたことをしといたらええんです。あほがおのれの分際もわきまえんとええだけ恰好つけたらどないなことになるかゆうのは『生誕三六〇年芭蕉さんがゆく秘蔵のくに伊賀の蔵びらき』事業で実証されてますからね。ピーッ。ピーッ」
「もう笛はよろしがな」

「まあそんなような次第でして」
「これが君のパブリックコメントゆうわけですか」
「やっぱり江戸川乱歩という作家は名張市にとって最強のカードなんですね」
「いまだに大の人気作家ですから」
「ところが行政も住民もええだけ不勉強ですから乱歩を利用するゆうても怪人二十面相の恰好でそこらのひやわいはっしゃり回るぐらいしかようしません」
「はっしゃり回るゆう表現は久しぶりで耳にしましたけど」
「そこでそのカードをいかに利用すればいいのかを伊賀地域を代表する知性であり名張市立図書館のカリスマでもある僕が考えてみたわけなんですけど」
「結論としては本町の生誕地碑の場所に乱歩の生家を復元すると」
「生家を訪れた人は百年以上前の生活というものに思いを馳せるでしょうね」
「どんな生活でした」
「電気もガスも水道もありません。ご飯はかまどで炊いて洗濯は川でする」
「えらい不便な生活ですな」
「ただしその不便さは生活の利便性や快適性のみを追求してこんにちに至ったわれわれに反省を迫るものなんです」
「利便性や快適性のほかにも何か大事なものがあるのではないかと」
「そうゆうことを乱歩の生家あるいは名張のまちそのものが訪れた人たち一人ひとりに問いかけるわけです」
「人間の生活とは何なのかみたいなことですか」
「そのあと今度は新町の細川邸に回ってもらいますとそこでも古い町家の生活というものを実感してもらえます」
「その生活の場が名張市立図書館ミステリ分室として再生されてるわけですね」
「乱歩作品やミステリ小説に親しんだり市民がさまざまな場として利用したり」
「市民が自由につかい回してます」
「細川邸には土蔵がありますから池袋の旧乱歩邸土蔵と響き合うような利用法を考えることも必要でしょうね」
「いろいろ考えるのは楽しそうですね」
「このあとの問題はいかにスピーディに事業を具体化できるかゆうことです」
「急を要する話なんですか」
「名張旧町地区の再生ゆうのは喫緊の課題ゆうか焦眉の問題ゆうか」
「それはそうですね」
「ですから今年十一月三日の乱歩生誕地碑建立五十周年の日に乱歩生家のテープカットをやるのがベストでしょうね」
「今年は大事な節目の年ですから」
「名張市立図書館ミステリ分室のオープンは来年四月でどうでしょう」
「なかなか快調なテンポやないですか」
「ものごとには時機ゆうものがありますからこの好機を逸したらあきません」
「再生の核になる施設はできるだけ早い時期に形にする必要があるでしょうし」
「そのとおりです。ですから賢明有能なる名張市職員のみなさんにおかれましてはよろしくご検討のうえ迅速なる事業化をお願いしたいところなんですけど」
「けどなんですねん」
「なにしろやっぱり相当あれな人たちですから」
「ピーッ。ピーッ。ピーッ」

(名張市立図書館カリスマ嘱託)

掲載2005年3月16日
番犬敬白この漫才は主人が2005年3月15日、「名張地区既成市街地再生計画 名張まちなか再生プラン(案)」に対する「パブリックコメント」として名張市に提出したものでございます。提出時には「これがパブリックコメントだ」というタイトルでございましたが、名張人外境には「乱歩文献打明け話」のタイトルは十一字以内と定めた鉄の掟がございますので、掲載に際して「僕のパブリックコメント」に改めました。こちらのほうがより漫才らしいタイトルであることは申すまでもございません。