番外
僕の住民監査請求
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第一部 迷走篇

 あれほどゆうてやったというのに

「ぱんぱかぱーん。ぱぱぱ。ぱんぱかぱーん」
「なんですねんいきなり大きな声で」
「今週のハイライトぉッ」
「ほんまにやかましい男やな君は」
「さきごろ逝去なさいました横山ノック師匠を心から追悼いたしまして」
「そうゆうたら五月三日でしたか。残念なことにお亡くなりになりました」
「五月の十五日にははな寛太師匠まで」
「まだ六十一歳という若さでね」
「相方のいま寛大師匠が『ちょっと待ってね』ゆうても寛太師匠よう待たんと逝ってしまいはったわけなんです」
「いくら漫才でもそんな不謹慎なことゆうとったらあかんがな」
「それで今回はノック師匠をしのんで漫画トリオふうの漫才で行きたいなと」
「漫画トリオゆうたかて若い人はご存じないでしょうけど」
「パターンとしてはごく単純なんです」
「かなりテンポの速い漫才でしたね」
「僕が『ぱんぱかぱーん』ゆうたら君が『今週のハイライト』と受けます」
「そのあと時事的な問題をとりあげたニュース漫才になるのがパターンでした」
「しかし僕らの漫才もひさしぶりです」
「ずいぶんブランクがありました」
「二年四か月ぶりですからね」
「そないなりますか」
「最後の漫才は二〇〇五年三月でした」
「題材はどんなことでしたかいな」
「ぱんぱかぱーん。ぱぱぱ。ぱんぱかぱーん」
「今週のハイライト」
「名張まちなか再生プランの素案がまとめられました」
「いったいどんなプランですか」
「あの死に絶えたような名張旧町地区を再生させるのがプランの目的です」
「どないして再生させますねん」
「プランの目玉は新町の細川邸を改修して歴史資料館をつくることです」
「結構なことですがな」
「しかし問題がひとつありまして」
「問題といいますと」
「歴史資料館をつくっても展示する歴史資料がどこにもないんです」
「そんなあほな」
「みたいな感じで時事ネタにオチをつけていくのが漫画トリオの漫才でした」
「それで君はその素案に対して漫才形式のパブリックコメントを提出したわけですけどあれ結局どうなったんですか」
「さっぱりわやですわ」
「どうゆうことですねん」

「ぱんぱかぱーん。ぱぱぱ。ぱんぱかぱーん」
「今週のハイライト」
「名張まちなか再生プランは素案のとおり正式に決定されました」
「それやったらパブリックコメントを出した意味がありませんがな」
「僕が指摘した問題は完全に無視されてしまいましてね」
「なんでですねん」
「名張市に僕のゆうことを理解できる職員が存在してなかったからでしょうね」
「そんなことないでしょうけど」
「僕の指摘はプランの不備をついたとても重要なものやったんですけど」
「たしかにあのプランには見すごしにできない問題があるみたいでした」
「展示品もないのに細川邸をリフォームして歴史資料館つくれゆうんですから」
「話としてはかなり無理があります」
「致命的な不備ですね。当時流行していたリフォーム詐欺みたいな話でした」
「詐欺ゆうてしもたらあきませんけど」
「しかも問題はもうひとつありまして」
「なんでしたかいな」
「桝田医院第二病棟」
「そうそうそうでした。江戸川乱歩の生誕地碑が建ってるとこですね」
「名張市があそこの土地建物を所有者の方からご寄贈いただきまして」
「乱歩のことで活用してくださいと」
「ところがプランではそのことにいっさいふれられていませんでした」
「あれはけったいな話でしたね」
「寄贈があったのは二〇〇四年十一月のことやったんですけど」
「プランを策定してる最中でした」
「にもかかわらず桝田医院第二病棟のことがプランにはまったく出てこない」
「なんでそうゆうことになりますねん」
「プランを策定した連中があほばっかりやったからでしょうね」
「君すぐに人のことあほゆうけどね」
「歴史資料もないのに歴史資料館つくれゆうような人間はあほに決まってます」
「いきなり決めつけたらあかんがな」
「そのうえ桝田医院第二病棟がむこうから飛び込んできてくれたゆうのにから」
「プランの目玉になる素材でしょうね」
「それをプランに活かせへんゆうのやったらそんなもんあほに決まっとるわい」
「決まっとるかどうかは別にしてそのプランいったい誰がつくったんですか」
「名張地区既成市街地再生計画策定委員会のみなさんです」
「どんな委員会ですねん」
「そこらの関係機関団体からメンバー適当に寄せ集めてきただけの委員会です」
「関係機関団体といいますと」
「名張地区まちづくり推進協議会。名張青年会議所。名張市老人クラブ連合会。名張文化協会。川の会・名張。名張商工会議所。名張市社会福祉協議会。国土交通省近畿地方整備局木津川上流河川事務所。三重県伊賀県民局。名張市PTA連合会。名張市区長会」
「なんやもうオンパレードですな」
「三重大学の先生と名張市議会議員の先生にも加わっていただきまして」
「なんとも豪華な顔ぶれですけど」
「しかも委員会はまだ出てくるんです」
「といいますと」

「ぱんぱかぱーん。ぱぱぱ。ぱんぱかぱーん」
「今週のハイライト」
「二〇〇五年六月に名張まちなか再生委員会が発足いたしました」
「今度は何をする委員会ですねん」
「名張まちなか再生プランを具体化するための委員会です」
「プランをつくった策定委員会はどうしたんですか」
「あっさり絶滅してしまいました」
「君そんな恐竜やないんですから」
「けど絶滅と表現するしかないんです」
「どうゆうことですねん」
「ぱんぱかぱーん。ぱぱぱ。ぱんぱかぱーん」
「今週のハイライト」
「名張まちなか再生委員会が歴史資料館構想を白紙に戻してしまいました」
「いったい何をやってますねん」
「委員会の議事録によりますと二〇〇五年の七月に《細川邸は歴史資料館ではなく“(仮称)初瀬街道からくり館”を基本テーマとする》と決定されました」
「それやったら名張まちなか再生委員会の結成直後のことですがな」
「僕の指摘した致命的な不備がいきなり表面化してきたわけです」
「歴史資料館はやっぱり無理でしたか」
「しかしこれはおかしなことなんです」
「おかしなことといいますと」
「プランをええように変更する権限がまちなか再生委員会にあるのかどうか」
「なるほど」
「名張まちなか再生プランは市議会のチェックとか市民のパブリックコメントとかそうゆうハードルをひととおりクリアして決定されてるわけなんです」
「あくまでも細川邸を歴史資料館にするというプランにOKが出たわけですね」
「ところが細川邸を“初瀬街道からくり館”にいたしますという話はそうしたハードルを全然クリアしてないんです」
「ちょっとまずいかもしれません」
「ほかにもまずいことがあるんです」
「どこにありますねん」
「桝田医院第二病棟」
「あそこがなんぞしたんですか」
「あそこは何もしませんけど名張まちなか再生委員会がまた勝手な真似をね」
「何をしました」
「名張まちなか再生プランにはひとことも記されていない桝田医院第二病棟の整備について協議を始めたんです」
「いつのことですねん」
「委員会の議事録によりますと二〇〇五年の七月に《桝田医院別館第2病棟の利活用にあたっては江戸川乱歩をテーマとする必要がある》みたいなことがしゃあしゃあと検討されてましてね」
「それこそ詐欺みたいな話ですがな」
「僕がパブリックコメントで桝田医院第二病棟のことをプランに盛り込めと指摘したのを無視したあげくこのざまです」
「たしかに指摘しましたからね」
「指摘したのに無視する。無視したのに協議検討の対象にする。こんなもんインチキとしかいいようがありません」
「なんでこんなことになったんですか」
「名張市に僕のゆうことを理解できる職員が存在してなかったからでしょうね」
「いやそれはもうええねん」

「ぱんぱかぱーん。ぱぱぱ。ぱんぱかぱーん」
「今週のハイライト」
「名張まちなか再生委員会の事務局から連絡がありませんでした」
「連絡がありませんでしたてそれいったいどんなニュースですか」
「僕は委員会の事務局へ行ってこんなインチキあかんやないかと迫りました」
「君も好きですねそうゆうことが」
「好きでもないんですけどあのプランは策定委員会がみずからの主体性と責任に立脚して決定したものですから」
「内容はともかくとして形のうえではそうですね」
「ところが再生委員会はその決定に重きを置こうとしないんです」
「プランの内容を自分らだけの判断で好き勝手に変更してるわけですから」
「しかも関係者の誰ひとりとしてそのことに疑問を抱かないんです」
「なんでですねん」
「なあなあ体質といいましょうか。ずぶずぶ構造といいましょうか」
「なあなあずぶずぶで話が進むんやったら委員会つくる意味がありませんがな」
「主体性とか責任とかゆう言葉は名張市には存在してないのかもしれませんね」
「どないしたらよろしねん」
「まずは策定委員会を再招集してプランを練り直すことが必要でしょう」
「それやったらすっきりしますけど」
「そこで僕は事務局に対して策定委員会を再招集するように提案しました」
「いつごろのことですか」
「二〇〇五年の十月でした」
「どないなりました」
「ですから事務局からは連絡がありませんでしたとお伝えしております」
「それがさっきのぱんぱかぱんですか」
「いつまで待っても策定委員会を再招集する話が前に進みません」
「あきらめたらどないですか」
「そこで一計を案じまして」
「なんぞ手がありましたか」
「まちなか再生委員会の委員長さんにお会いしたいと事務局に申し出ました」
「委員長さんにお願いするわけですか」
「再生委員会の委員長さんに策定委員会の再招集のことでお会いしたいと再生委員会の事務局にお願いしたわけですね」
「またややこしい話ですな」
「委員長さんにお目にかかることができたのは二〇〇六年一月のことでした」
「委員長さんどないゆうてはりました」
「策定委員会の再招集を早急に検討するよう事務局に指示してはりました」
「一歩前進しましたがな」
「ぱんぱかぱーん。ぱぱぱ。ぱんぱかぱーん」
「今週のハイライト」
「名張地区既成市街地再生計画策定委員会は再招集されないことになりました」
「いっこも前進してませんがな」
「再招集はできませんゆう結論が二〇〇六年の五月に伝えられてきまして」
「その結論が出るまでに半年以上もかかってる計算になりますけどね」
「再招集できないゆうんですから名張地区既成市街地再生計画策定委員会は絶滅してしもたと見るしかないでしょうね」
「せやから恐竜やないゆうのに」

 さっぱりわけがわからんやないか

「とにかくもう名張まちなか再生プランゆうのはインチキずくめなわけでして」
「ずくめゆうこともないでしょうけど」
「市民の目が届かない密室のなかで細川邸と桝田医院第二病棟のことが勝手に協議検討されてたわけですから」
「たしかに市民は何も知りません」
「僕は名張まちなか再生委員会の協議内容を名張市のホームページで情報公開するように提案もしてみたんですけど」
「あきませんでしたか」
「ぱんぱかぱーん。ぱぱぱ。ぱんぱかぱーん」
「今週のハイライト」
「『検証──名張のまちなか再生は進んでいるのか?』」
「なんですねんそれ」
「『広報なばり』の二〇〇六年七月四週号にそんな記事が掲載されました」
「ようやく情報開示ですか。いったい何が書いてありました」
「《旧細川邸を改修して「(仮称)初瀬ものがたり交流館」を整備します》」
「え。細川邸は“初瀬街道からくり館”になるのとちがうんですか」
「あの委員会の場合いったん決定されたことでも平気でひっくり返りますから」
「なんでですねん」
「決定そのものが単なる思いつきの産物ですしそのうえなあなあのずぶずぶで」
「そしたら桝田医院第二病棟は」
「《江戸川乱歩生誕地碑のある桝田医院第2病棟跡と「(仮称)初瀬ものがたり交流館」とを有効活用することにより歴史文化の薫る空間づくりを行います》」
「君がいくらインチキやと指摘しても名張市の広報に載ってしまいましたがな」
「つまり名張市が名張まちなか再生委員会のインチキを追認したわけです」
「そうゆうことになりますか」
「二〇〇六年六月に開かれた名張まちなか再生委員会の総会で強引にそうゆうことにしてしもたんです」
「インチキにお墨付きを与えましたか」
「名張市もとうとう共同正犯ゆうことになってしまいました」
「いや何も犯罪者やないんですから」
「けどいくらインチキを追認してもあかんものはあかんわけです」
「何があきませんねん」
「話が前に進みません」
「どうゆうことですか」
「たとえば細川邸の実施設計ひとつとってみても先送りにつぐ先送りでした」
「いろいろ事情はあるんでしょうけど」
「ぱんぱかぱーん。ぱぱぱ。ぱんぱかぱーん」
「今週のハイライト」
「二〇〇五年十月になっても細川邸整備の実施設計は行われませんでした」
「どうして二〇〇五年十月なんですか」
「名張まちなか再生委員会の結成総会で実施設計の期限が決められてたんです」
「二〇〇五年の十月までに実施設計が行われることになってたわけですか」
「ぱんぱかぱーん。ぱぱぱ。ぱんぱかぱーん」
「今週のハイライト」
「二〇〇六年三月になっても細川邸整備の実施設計は行われませんでした」
「二〇〇五年度中には無理でしたか」

「ぱんぱかぱーん。ぱぱぱ。ぱんぱかぱーん」
「今週のハイライト」
「二〇〇六年十二月になっても細川邸整備の実施設計は行われませんでした」
「それいつまでかかりますねんな」
「ぱんぱかぱーん」
「やかましいわ。さっきから聞いとったらぱんぱかぱんぱかとあほみたいに」
「どうかお喜びください」
「なんですねん急に」
「二〇〇七年三月になってようやく細川邸の実施設計が終了いたしました」
「やっと終わりましたか」
「関係者一同大喜びしております」
「しかしこれでとうとう細川邸が“初瀬ものがたり交流館”ゆうことになってしまうわけなんですね」
「それが君じつにややこしい話でして」
「ややこしいのには慣れましたけど」
「“初瀬街道からくり館”とか“初瀬ものがたり交流館”とかしょうもない思いつきがいろいろあったんですけど」
「まだなんぞもめてるんですか」
「ぱんぱかぱーん。ぱぱぱ。ぱんぱかぱーん」
「今週のハイライト」
「整備が済んだ細川邸は“やなせ宿”という名称になることが決まりました」
「どうゆうことですねんそれ」
「僕に尋ねられても困るんですけどつい最近そんなふうに決まったみたいです。産経新聞の伊賀版に出てたんですけど」
「その“やなせ宿”ゆうのは何をする施設なんですか」
「それがまだようわからんわけでして。新聞にも載ってませんでしたし」
「“やなせ宿”ゆう名前まで決まってるのになんでわかりませんねん」
「イベントの会場に使用するとか飲食物を提供するとか聞きおよびますけど」
「せやからどうゆう施設ですねん」
「要するに細川邸をどう活用するのかがいまだに決まってないんでしょうね」
「実施設計も終わったいまごろになってそんなことゆうてたらあかんがな」
「けどあかんのは最初からなんです」
「最初からといいますと」
「ぱんぱかぱーん。ぱぱぱ。ぱんぱかぱーん」
「今週のハイライト」
「名張地区既成市街地再生計画策定委員会が発足いたしました」
「またその委員会かいな」
「発足は二〇〇四年六月のことやったんですけどそもそもこれがあかんかった」
「どこがあかんかったんですか」
「ゆうても名張まちなかの再生に挑戦する委員会なんですからねこれは」
「それがどないしました」
「名張市の中心として長く栄えた商業地域がいまやシャッターストリートになってさびれきってるわけなんです」
「名張だけやのうて全国いたるところでそうゆう事態が深刻化してますけど」
「衰退した中心市街地をふたたび活性化させる特効薬なんか何もないんです」
「そんなもんが見つかってたら誰も苦労はしませんからね」
「それを承知であえて困難な道に踏み出そうというのがこの委員会なんです」
「ある意味いばらの道でしょうね」

「その委員会を結成するにあたってそこらのまちづくり推進協議会とか青年会議所とか老人クラブとかPTAとかから適当にメンバー集めてきてどないする」
「それはまあそうですけど」
「みんなで集まってご町内親睦カラオケ大会団体の部でもやるんですか」
「けど行政が委員会つくる場合はそうゆう人選が妥当なとこなんでしょうね」
「まったく妥当ではなかったということは委員会の策定した名張まちなか再生プランが雄弁に物語ってるわけですけど」
「そらプランには問題がありますけど」
「かりに百歩譲ってああゆう人選しかできなかったとしても道はあるんです」
「道といいますと」
「ちゃんとしたプランをつくる道です」
「どないしますねん」
「歴史資料館をつくるのであればその道の専門家に助言をお願いするべきです」
「それは必要でしょうね」
「そうしたら歴史資料館なんかつくれないゆうことがすぐにわかったはずです」
「それをしてなかったんですか」
「してなかったから歴史資料館つくれとか無茶苦茶なプランになったわけです」
「けどいちおう三重大学の先生にも加わっていただいてたわけですから」
「でも工学部の先生ですから」
「そうなんですか」
「これはパブリックコメントでも指摘したことなんですけど結局この話は最初に細川邸ありきゆう筋書きなんです」
「それで町屋改修の専門知識がある工学部の先生に委員になっていただいたと」
「委員ゆうか委員長をお願いしまして」
「それやったら改修そのものにかんしては大船に乗ったようなもんですけど」
「改修よりもまず細川邸をどんな方向で活用するのか。それが重要問題です」
「それを考えることができなかったと」
「細川邸は歴史資料館にでもしときましょかみたいな月並みきわまりない思いつきだけで話が終わってしまいました」
「それもまたすぐに変更されましたし」
「しかも問題があったのは再生計画策定委員会の人選だけではないんです」
「といいますと」
「ぱんぱかぱーん。ぱぱぱ。ぱんぱかぱーん」
「今週のハイライト」
「名張まちなか再生委員会が発足いたしました」
「そっちの委員会もあきませんのか」
「名張市にある委員会と名のついた組織はおそらくみんなペケでしょうね」
「再生委員会のどこがペケですねん」
「僕まちなか再生委員会ができたとき名張市役所にある再生委員会の事務局に行って話を聞いてきたんですけど」
「なんでそんなことしますねん」
「そらやっぱり名張まちなか再生プランには細川邸を歴史資料館にして《江戸時代の名張城下絵図や江戸川乱歩など名張地区に関係の深い資料を常設展示する》とか書かれてありましたから」
「なるほど乱歩の線ですか」
「それで再生委員会のメンバー表も見せてもろたんです」
「どないでした」
「ぷっ」
「なんですねん」

「思わずぷっと吹き出してしまうほどペケなみなさんのお名前がずらずらと」
「君またそうゆう問題発言を」
「けど乱歩のこともまちなかの歴史もご存じないようなみなさんばかりでして」
「それで君どうしたんですか」
「この委員のみなさんに乱歩にかんする最低限の知識を教えてさしあげたいのでそうゆう場を設けてくれませんかと」
「またそんな偉そうなことを」
「でも乱歩についてなんにも知らんかったら協議もへったくれもないですから」
「それはそのとおりですけど」
「策定委員会にも再生委員会にも大きく欠落していたものが何かわかりますか」
「なんですねん」
「まず名張旧町地区の歴史と現状を深く理解することです」
「それが欠落してたんですか」
「そしてその理解に立脚した名張まちなかへの愛着。それが必要やったんです」
「理解も愛着もありませんでしたか」
「乱歩のこともおんなじなんです」
「理解と愛着が必要であると」
「ぱんぱかぱーん。ぱぱぱ。ぱんぱかぱーん」
「今週のハイライト」
「名張まちなか再生委員会の事務局から委員会側の意向が伝えられてきました」
「どんな意向でした」
「現段階では乱歩にかんして外部の人間の話を聞く考えはない」
「えーッ」
「あほなんですね要するに」
「けど外部の人間の話を聞く考えはないてそんなこと普通はいいませんやろ」
「せやから普通やないんです」
「普通やなかったらなんですねん」
「あほですねん」
「いやあほあほゆうたらあきませんけどさすがにこれはひどすぎますがな」
「連中は自分たちが委員として何をするべきなのかさえ理解できてないんです」
「策定委員会も再生委員会も外部の人間から教えを乞うのが嫌いなんですかね」
「自分たちはただのあほであるという事実に向き合うのが怖いんでしょうね」
「しかし困った話ですがな」
「ぱんぱかぱーん。ぱぱぱ。ぱんぱかぱーん」
「今週のハイライト」
「名張市は多くの課題を抱えています」
「重要課題が山積してます」
「たとえばこの日中国交回復問題」
「それが名張市に関係あるんですか」
「ほかにも日中国交回復問題とか」
「だいたいいつの時代の話ですねん」
「そうかと思うと日中国交回復問題」
「そればっかりですがな」
「大切なのは日中国交回復問題でして」
「君いったいなんのつもりやねん」
「寛太寛大師匠の十八番を再現して寛太師匠のご冥福をお祈りした次第です」
「それはそれで結構ですけど名張まちなか再生プランはどないなりますねん」
「それについては僕に考えが」
「その考えを聞かせてもらいましょか」
「ちょっと待ってね」
「それも寛大師匠のパクリやがな」
「ジャストモーメントプリーズ」
「ええかげんにせえ」

(住民監査請求をめざす名張市民)

第二部 惑乱篇

 またそんなことをやっておるのか

「世間には『歴史はくり返す』という言葉がありますけど」
「よく耳にしたりつかったりしますね」
「でもあれはうそですから」
「そうなんですか」
「君という人間が生まれて死んでいく」
「なんですねん縁起でもない」
「そんな君の人生はこの世界でただ一度だけ始まって終わるものなんです」
「それはそうでしょうね」
「君という人間はただひとりです」
「僕がふたりもいたら困りますから」
「他人の空似ゆうのはありますけど」
「それはたまたま似てるゆうだけでね」
「公明党の冬柴鉄三国土交通大臣が少年警察官こまわり君に生き写しやとかね」
「そんな失礼な君。こまわり君ゆうたら漫画ですがな」
「こまわり君の線でゆうたら引退した伊良部秀輝投手も負けてないんですけど」
「漫画はあかんゆうのにから」
「あそこまでそっくりやったらええんですけどなかには困った人もいてまして」
「何が困るんですか」
「最近ではコムスンですか」
「例の介護サービスの会社ですか」
「不正経営をしてたゆうので厚生労働省からきついのかまされてましたけど」
「テレビで謝罪会見もやってました」
「あれがじつに困ったもんでして」
「なんでですねん」
「あの会見で涙目になってた会長さんが絶対誰かに似てるんですけど誰に似てるのかもうひとつはっきりしないんです」
「どうでもよろしがなそんなこと」
「けど週刊誌とかインターネットでは誰に似てるかゆう話題が花盛りでした」
「君とおなじように誰かに似てると感じた人がたくさんいたわけですか」
「メタボリックシンドローム対策にビリーズブートキャンプを始めた主婦とおなじぐらいたくさんいてるでしょうね」
「たとえがややこしすぎますがな」
「それで松田優作に似てるとかスマップの中居君とか雅楽の東儀秀樹さんとか」
「それやったら二の線やないですか」
「そうかと思うと週刊文春では『キン肉マン』に出てくるウォーズマンそっくりやとか書かれてましたし」
「君なんの話をしてますねん」
「つまり君にそっくりな他人が存在していたとしてもそれは君ではないんです」
「他人はあくまでも他人ですから」
「同様に何かの歴史ゆうのもこの世で一回だけ始まって終わるものなんです」
「それがどないぞしたんですか」

「つまり歴史がくり返されることはないんですけど似たようなできごとが新しく始まって終わることはあるんですね」
「どうも理屈っぽいですな」
「要するに人間のやることは似たようなものになりがちなわけなんです」
「それはそうかもしれません」
「そうゆう意味でほんまに歴史はくり返すもんやと感心させられるんですけど」
「いったいなんの話なんですか」
「名張まちなか再生プラン」
「えらい回りくどいマクラでしたけどやっぱりその話題ですか」
「ほかに話題なんかありゃしません」
「そしたら名張まちなか再生プランはどんな歴史のくり返しなんですか」
「見事なまでに『生誕三六〇年芭蕉さんがゆく秘蔵のくに伊賀の蔵びらき』とおなじことがくり返されてるんです」
「君あの話をまだ蒸し返すんですか」
「もう三年前のことになりますね」
「二〇〇四年に伊賀の蔵びらきという三重県の官民合同事業が伊賀地域でくりひろげられたわけですけど」
「惨憺たる失敗に終わった伊賀の蔵びらきの悪夢がいまここによみがえる」
「悪夢ゆうこともないでしょうけど」
「けど君まるで悪夢のようにおなじことがくり返されてるわけですから」
「どのへんがおなじですねん」
「最初に予算のばらまきがあってそれを消化するためにつくられた官民合同組織が大騒ぎしたあげくわけのわからんままにすべてが終わってしまうんです」
「まるっきり無茶苦茶ですがな」
「ほんま無茶苦茶なんですけどまず予算のばらまきについて説明しますとね」
「伊賀の蔵びらきの場合は街道フェスタと東紀州フェスタのあとが伊賀地域にばらまかれる番やったゆうようなことで」
「北川正恭前知事が敷いたばらまきのレールをまんま踏襲した野呂昭彦知事が血税三億円をどぶに捨ててくれました」
「そしたら名張まちなか再生プランの予算もやっぱりばらまきなんですが」
「まちづくり交付金という名目で国が地方にばらまいてるんです」
「伊賀の蔵びらきより大規模ですな」
「二〇〇四年に都市再生特別措置法が改正されて自治体のいわゆるまちづくりを支援する交付金制度が創設されました」
「そしたら名張市もその交付金を活用したらええのとちがうんですか」
「けどこの制度には批判もありまして」
「どこがあきませんねん」
「支援の対象が土木建設事業のレベルですからまったく旧態依然やないかと」
「昔ながらの発想やゆうことですか」
「全国の地方がここまで衰退したのは規制緩和をはじめとした国政の重大な過誤の結果であるという指摘もありますし」
「旧態依然とした国の政策では地方を再生することができないゆうわけですか」
「ただでさえ国から分配されるお金が減ってきてますから名張市が国の交付金にすがりつくのはようわかりますけど」
「たとえばらまきであってもそれをうまく利用することはできないもんですか」
「それもまたおなじことなんです」
「何がおなじことですねん」
「あの悪夢がよみがえる」
「それはもうええから」

「伊賀の蔵びらきのときも僕は事業の準備段階で指摘してたんですけど」
「指摘といいますか悪口といいますか」
「ばらまかれる予算を有効につかえるだけの知恵のある人間がおるのかと」
「君そんなぐあいに頭から決めつけたらあきませんがな」
「お役所の人たちのレベルは重々承知してますけど地域住民かてあれやぞと」
「あれやぞだけではわかりません」
「あほやぞと」
「あほあほゆうなゆうとるやろ」
「けど伊賀の蔵びらきの旗のもとにつどったのはおのれの趣味や道楽の延長上に一円でも多く税金をかき集めようという乞食みたいな連中ばかりでしたからね」
「そんなことゆうたら叱られますがな」
「それで何をやってくれたかゆうとご町内の親睦行事を寄せ集めることでして」
「事業の趣旨は伊賀の魅力を全国発信ゆうようなことでしたけど」
「実際にはせいぜい全国紙の伊賀版のエリア内に発信できた程度でした」
「残念ながらそんな印象でしたね」
「あれとおなじことをくり返してるのが名張まちなか再生プランなんです」
「どのへんがおなじですねん」
「まず委員会組織です」
「名張まちなか再生プラン関連では名張地区既成市街地再生計画策定委員会と名張まちなか再生委員会がありますけど」
「伊賀の蔵びらき事業では二〇〇四伊賀びと委員会と『生誕三六〇年芭蕉さんがゆく秘蔵のくに伊賀の蔵びらき』事業推進委員会ゆうのが組織されました」
「なんや委員会だらけですな」
「これはもうお役所の病気なんです」
「どんな病気ですねん」
「お役所の人たちは責任回避を第一義として仕事に励んでくれておりまして」
「君がよく指摘することですけどね」
「責任回避のためやったら親でも平気で殺してしまいますから」
「殺さへん殺さへん」
「いっぺんぐらい大義親を滅すゆうような気概で仕事してみたらどやねん」
「難しい理屈はいいですから先に進んでくれませんか」
「つまり責任回避のためにやたら委員会とかつくってしまうわけなんです」
「たしかに組織が複雑になったら責任の所在があいまいになりますからね」
「誰も何も考えません。ごくオートマチックにそうなってしまうんです」
「お役所では脊髄反射みたいにして委員会がつくられてしまうゆうことですか」
「委員の人選なんかでも自動的にぱたぱた決まってしまいますからね」
「人選の基準はあるのとちがいますか」
「それはお役所にとって都合がいいとか御しやすいとかあるいはその人を選ぶことによって委員会に箔がつくとか」
「そんな人ばっかり集めた委員会で大丈夫なんですか」
「その答えは名張まちなか再生プランが如実に示しているというべきでしょう」
「いっこも大丈夫やないですがな」
「ですからわけのわからんことになって官民双方もう涙目になってる状態なんですけど涙目といえばあの涙目の会長さんはほんまに誰に似てるんでしょうね」
「知らんがなそんなこと」

「ここでふり返っておくならば要するに内発的なものがどこにもないんです」
「内発的なものといいますと」
「内側から発した動きのことです」
「それがないということはつまり外側から動かされてるゆうわけですか」
「伊賀の蔵びらきでは三億円のばらまきという外在的要因に芭蕉生誕三百六十年という中途半端な思いつきを無理やりこじつけただけでしたし」
「名張まちなか再生プランの細川邸は内発的なものやないんですか」
「素材そのものは内側にありますね」
「細川邸を素材として活用したいという声は以前からあったようですけど」
「そうした声が内発的な動きとして出てくるまでにはいたらなかった」
「なんでですねん」
「内発的なことを自分の頭で考えられる人間がおらんかったからでしょうね」
「それがまちづくり交付金という外側からの働きかけによって動きが出たと」
「その動きが一歩目でずっこけまして」
「ずっこけたといいますと」
「わけのわからん策定委員会つくって丸投げした時点ですべてが終わりました」
「丸投げはあきませんかやっぱり」
「ですから結局は名張市が悪いんです」
「どのへんが悪いんですか」
「名張市が名張まちなかの再生を主体的に考えていなかったのが明らかに悪い」
「他人まかせにしてしまっていたと」
「これは完全に行政の問題なんです」
「それはそうでしょうね」
「名張市は名張まちなかについてどう考えているのかをまず示すべきなんです」
「基本的な考え方を明らかにせよと」
「名張市全体のグランドデザインのなかに名張まちなかの再生を位置づけてそれを住民に提示することが先決です」
「それは住民にはできないことですか」
「地域住民は近視眼的になりがちですから別の視点を導入することが必要です」
「高い視点とか広い視野とか」
「よその事例も参考にせなあきませんし地域住民が気づいていないまちなかの可能性を発見する視点も要求されます」
「そうなると住民の手にあまりますね」
「そうゆうことを考え抜いて明確なビジョンを示すのが行政の務めなんです」
「それが全然できてなかったと」
「大切な務めを放棄してそこらのあほに丸投げするだけでは何もできません」
「あほ呼ばわりはやめとけゆうねん」
「ですから名張まちなかのアイデンティティの拠りどころは何かというような共通認識はなんにもないままに」
「寄せ集めの委員会に共通認識を期待するのは無理かもしれませんね」
「いきなり細川邸がどうのこうのとハコモノの話に入ってしまうわけなんです」
「土木建設事業のレベルですか」
「そんなインチキなことでええと思とるのやったら大きなまちがいじゃあッ」
「君いくら怒ったかて手遅れですがな」
「たしかに手遅れですけどこのままにしておくのもまずいかなと思いまして」
「いったいどないしますねん」
「名張市がこうゆうインチキだらけの歴史を二度とくり返さないように住民監査請求をがつーんとかましたります」
「なんやて君」

 せやからこうゆうことになるねん

「いっぺんやってみたかったんです」
「住民監査請求ですか」
「あの伊賀の蔵びらきのときにもね」
「君もたいがいしつこいですな」
「けどあんなひどい話はないですから」
「ひどかったことはたしかでしょうね」
「二〇〇四伊賀びと委員会が事業の予算を決めて『生誕三六〇年芭蕉さんがゆく秘蔵のくに伊賀の蔵びらき』事業推進委員会がそれを承認したわけですけど」
「事業開幕の半年ほど前でしたか」
「二〇〇三年十二月に事業推進委員会が開かれて総額三億三千百七十二万八千円の予算が原案どおり承認されたんです」
「それで予算書の数字がおおまかすぎるゆうので君またえらい怒ってましたな」
「事務局が総務費二千四百六十二万五千円とか広報費一億八十二万三千円とかごくアバウトな予算額を発表しただけで」
「明細は伏せられたままでしたね」
「僕ええだけ怒ったったんですけどあほのみなさんは誰も耳を貸しません」
「あほ呼ばわりされたらそうなるがな」
「ところがさすがですね。三重県知事だけはそんなことありませんでした」
「知事はあの事業では事業推進委員会の会長をお務めでしたけど」
「事業が始まったあと二〇〇四年七月に開かれた事業推進委員会で事務局から専決処分の報告を受けたときのことです」
「先決処分といいますと」
「予算の事後承認みたいなことです」
「何かまずいことでもあったんですか」
「広報費の八百万九千円が例によって詳細を明かさないまま報告されたんです」
「知事はなんとおっしゃいました」
「明細を示しなさい。こんなことでは県民に対する説明責任がはたせない」
「それはそのとおりでしょうけどはっきりゆうて出し遅れの証文ですね」
「結局なあなあのずぶずぶやったわけでね。ですから事業の決算報告がええかげんやったら速攻で住民監査請求やなと」
「決算報告はどうでした」
「結構あやしいところもあったんですけど一応のものが提出されましたので」
「その場はほこを収めたと」
「いったん収めたそのほこが名張まちなかにいまよみがえる」
「君そんなことばっかりゆうとるがな」
「けどひとつ大きな問題があるんです」
「どんなことですか」
「僕じつは住民監査請求についてほとんど知るところがありませんねん」
「そんなことではあかんやないか」
「住民が監査を請求するのやろなゆうぐらいのことはわかるんですけど」
「そんなもん誰かてわかりますがな」
「地方自治法の二百四十二条に住民監査請求のことが規定されてましてね」
「そしたらそれを読まんかいな」
「《普通地方公共団体の住民は、当該普通地方公共団体の長若しくは委員会若しくは委員又は当該普通地方公共団体の職員について、違法若しくは不当な公金の支出、財産の取得、管理若しくは処分、契約の締結若しくは履行若しくは債務その他の義務の負担がある(当該行為がなされることが相当の確実さをもつて予測される場合を含む。)と認めるとき》」
「それどうゆう意味ですねん」

「それが僕にもさっぱりでして」
「それやったら請求できませんがな」
「でも普通に考えたら違法あるいは不当に公金が支出された場合に住民が監査を請求できるゆうことでしょうからね」
「つまり税金の無駄づかいかどうか」
「住民の意を受けた監査委員がそれをチェックしてくれるわけなんです」
「ほな名張まちなか再生プランの場合は何が税金の無駄づかいになるんですか」
「一般的な市民感覚でゆうたら細川邸の整備そのものが無駄づかいでしょうね」
「まだ整備されてないのにですか」
「これまでの経過に問題があります」
「実施設計の先送りとかどんな施設にするかがいまだに決まってないこととか」
「これはもう完全に異常事態なんです」
「民間ではありえないことでしょうね」
「こんなもん民間やったら目玉とびだすほど延長料金とられてるとこですから」
「そうゆう話をしてるのやないんです」
「ここまで時間をかけてまだ結論が出ないという異常事態は何を意味するのか」
「なんですねん」
「わざわざ税金つこて細川邸を整備する必要なんかないということです」
「用途がいつまでも決まらないゆうことは裏を返せばそうなるでしょうね」
「用途もないのに施設つくって喜ぶのをハコモノ行政と呼ぶわけですけど」
「そしたら細川邸の整備事業が住民監査請求の対象になるんですか」
「ところがちょっと無理っぽい」
「なんでですねん」
「細川邸を整備することはイコール違法あるいは不当な公金の支出であると君どうやって証明できますねん」
「なるほど。税金の無駄づかいやと証拠立てるものはどこにもないですからね」
「しかしやっぱり税金の無駄づかいであることは明々白々なんです」
「普通の市民感覚とか住民感情でゆうたらまちがいなくそうなるでしょうね」
「税金の具体的なつかいみちがこんなインチキにインチキを重ねたプロセスによって決められてええわけがないんです」
「そしたらプロセスそのものを監査請求の対象にしたらどうなんですか」
「そぐわない」
「なんですねん」
「事業のプロセスを対象とすることは住民監査請求という制度にそぐわない」
「そうなんですか」
「名張市役所の三階に監査委員公平委員会事務局ゆうのがあるんですけど僕そこでいろいろと教えてもらいまして」
「専門家の教えを仰ぎましたか」
「そらもういかにも切れ者みたいな事務局の女性スタッフがきらっ」
「きらっゆうのはなんですねん」
「おしゃれな眼鏡をきらっと光らせながら教えてくれましたがな」
「眼鏡の説明はどうでもええねん」
「それでまあそれやったら中さん名張市に情報公開を請求して関連資料とかほかにも新聞記事とか集めてみてくださいと懇切なアドバイスをいただきまして」
「資料を集めてみたんですな」
「すると捜査線上に思いがけない名前が浮かびあがってきたんです」
「捜査線上て君いったいいつから刑事やってるねん」

「二〇〇六年度が終わりまして今年四月のことでした」
「新年度が始まってどないなりました」
「僕は名張市役所の一階にある市民情報センターを訪れました」
「いよいよ情報公開の請求ですか」
「そのセンターで公文書公開請求書ゆうのを書いて提出したらええんですけど」
「なんですねん」
「公開してもらおうにもどんな公文書があるのかようわかりません」
「なんや頼りない話になってますがな」
「そこで名張まちなか再生委員会の事務局に依頼して二〇〇五年度と二〇〇六年度に委員会がどんなことで予算をつかったのかリストにまとめてもらいました」
「君もほんまに世話の焼ける男で」
「僕はそのリストに鷹のように鋭く厳しいチェックの目をそそぎました」
「何か見つかりましたか」
「きらっ」
「また女性スタッフの眼鏡ですか」
「今度は僕の目が光ったんです」
「そうゆう描写は必要ないですから」
「リストにはたとえば《(測試)細川邸実施設計委託料》ゆうのがありまして」
「先送りになってたやつですな」
「契約額は四百六十九万七千円」
「それを監査してもらうんですか」
「これを監査したとしても契約額は適正でしたゆう結果しか出ませんやろ」
「プロセスが不当であっても実施設計そのものは正当なものでしょうからね」
「そうゆうことです。実施設計とか解体除却工事とかいろいろあるんですけど」
「監査上の問題はないんでしょうね」
「《(測試)名張地区既成市街地空間デザイン方針等検討業務委託》ゆうのもあって契約額が八百万千円でした」
「それ何を検討してもらいましてん」
「リストにはこうあります。《「桝田医院第2病棟」跡地整備実施計画等 「桝田医院第2病棟」解体除却設計 公共サイン実施計画等 まちなか再生事業総括執行管理支援 季節伝統行事を活かしたまちなか再生事業の企画・検討支援》」
「季節伝統行事を活かすとかゆう話になると趣旨がずれてきてる感じですけど」
「けどしょせんハコモノ崇拝主義とイベント尊重思想のあいだで深い考えもなしにふらふら揺れてるだけの話ですから」
「たしかにハコモノかイベントかの話ばっかりみたいですけどね」
「そのほかに《(測試)名張まちづくり塾》ゆうのがありましてね。契約額は百四十九万九千円」
「それはなんですねん」
「いっさい不明です。これまでに見たことも聞いたこともありません。きらっ」
「それはええねん」
「しかも驚いたことにこれは他人の空似とかそうゆうことでは全然なくてね」
「なんの話ですねん」
「この塾の契約相手がわかりますか」
「どこぞの進学塾ですか」
「国立大学法人三重大学です」
「それは奇遇ですね。名張地区既成市街地再生計画策定委員会の委員長さんも三重大学の先生でしたし」
「せやから他人の空似とかたまたまとか奇遇とかそうゆう話ではないんです」
「どうゆうことですねん」

「こうして捜査線上に三重大学の名前が浮かびあがってきたのであった」
「誰も捜査なんかしてないゆうのに」
「事務局に尋ねたところ三重大学には細川邸の実施設計のために研究をお願いして報告書も出していただいたそうで」
「報告書があったんですか」
「満を持していた僕はついに公文書二件の公開請求に踏み切りました」
「どんな公文書ですねん」
「一件は名張まちなか再生委員会歴史拠点整備プロジェクトの議事録です」
「プロジェクトゆうのはなんですねん」
「再生委員会にはプロジェクトと呼ばれる五つの組織があって細川邸を担当してるのが歴史拠点整備プロジェクトです」
「そしたらもう一件は」
「三重大学から提出された報告書をすべて公開してくださいと」
「やっぱりあの塾を攻めたんですか」
「報告書は『歴史・交流拠点としての旧細川邸改修に向けて』というタイトルでA四サイズ百三十七ページ」
「どんな研究ですねん」
「報告書によりますと《歴史的建造物改修に係る基本設計業務ならびに当該建造物を活用した管理運営モデルの開発、運営効果の測定に関する研究及び実践》という受託研究の契約が結ばれました」
「なんや難しそうですな」
「つまり細川邸を改修するための基本設計を行う。細川邸を活用するためにどう管理運営したらええのかを考える。その考えにもとづいて運営した場合の効果を予測する。そんな感じでしょうね」
「それを研究していただいたと」
「名張市の依頼を受けて三重大学の浦山研究室が研究するという契約が締結されたわけなんですけど君このね」
「なんですねん」
「浦山研究室を主宰していらっしゃる先生こそ誰あろう」
「どなたですねん」
「名張地区既成市街地再生計画策定委員会の委員長をお務めやった方なんです」
「えーッ」
「歴史はくり返していたわけなんです」
「いったいどうなってるんですか」
「つまりその先生が委員長をお務めだった策定委員会は細川邸を歴史資料館として整備するゆうて決定したんですけど」
「再生委員会がその歴史資料館構想を白紙に戻してしまったわけですね」
「再生委員会は細川邸にかんしていわば先生の決定を否定したことになります」
「その否定された三重大学の先生が」
「まさにその細川邸を改修するために乗り出してくださっていたんです」
「えーッ」
「名張まちなか再生委員会はここにようやくひとつの再生をなしとげました」
「どうゆうことですねん」
「歴史資料館構想を否定されてしまった先生に再生の道をお示しすることができたんです。じつにええ話ですね。感激のあまり僕もう人目もはばからず涙目で」
「そんな問題とちがうがな」
「あッ。涙目で思い出したんですけど君あの涙目の会長さんてちょっと藤木孝に似てると思いませんか」
「知るかそんなこと」

(住民監査請求をめざす名張市民)

第三部 猜疑篇

 そこそこあやしいかんじやさかい

「二〇〇六年七月二十六日」
「どないしました」
「名張まちなか再生委員会歴史拠点整備プロジェクト会合」
「それがどないしたんですか」
「確認決定事項」
「確認とか決定とかいったいなんの話なんですか」
「つまり《細川邸の実施設計予算を平成18年度に繰り越した旨の報告を行い、今年度は「NPOなばりマネジメント委員会」を設立し、三重大学教授浦山先生を中心に、細川邸の最終設計方針を決め、今年度内に実施設計を完了し、工事発注することを報告・確定した》みたいな」
「君いったい何を読んでるねん」
「公文書です」
「もう少し親切に説明できませんか」
「名張市に対する公文書公開請求によって入手した名張まちなか再生委員会の議事録にもとづいてお送りしております」
「その会合がどうかしたんですか」
「いま読んだとおりです。NPOなばりマネジメント委員会ゆうのをつくって三重大学の先生を中心に細川邸の最終設計方針を決めることが確定されたんです」
「それやったらそれでよろしいがな」
「二〇〇六年六月十八日」
「今度はなんですねん」
「名張まちなか再生委員会二〇〇六年度総会」
「それも公文書ですか」
「これは名張市のホームページで公開されてる総会の資料ですけど」
「総会で何があったんですか」
「新年度の事業計画がまとまりました」
「そしたら細川邸の整備については」
「《細川邸改修等工事の実施》《(仮称)初瀬ものがたり交流館の維持管理運営内容の検討》とか書いてありますね」
「ほなそれでよろしいがな」
「資料によればこの日の再生委員会の総会でNPOなばり実行委員会ゆうのが設置されたらしいんですけど」
「さっきゆうてたNPOとはちがう組織なんですか」
「さっきのはNPOなばりマネジメント委員会。総会で発足したのはNPOなばり実行委員会」
「例によってややこしい話ですな」
「NPOとか委員会とかあほほど結成されてほんまにややこしい話なんです」
「やっぱりお役所の病気ですか」
「お役所の病気が官民合同組織に感染したんでしょうね」
「はしかやないんですから」

「それでまあ二〇〇六年度総会が去年の六月十八日に開かれまして」
「せやからそれがどうしたんですか」
「そのあと七月二十六日の歴史拠点整備プロジェクトの会合でNPOなばりマネジメント委員会をつくることが報告され確定されました」
「三重大学の先生に中心になっていただいて細川邸の最終設計方針を決めることになったわけですね」
「ちょっと変やと思いませんか」
「何がですねん」
「細川邸の整備は名張まちなか再生プランの目玉なんです」
「それはまあ君によれば最初に細川邸ありきという筋書きの話ですから」
「ところが歴史資料館として整備しますというプランが二転三転」
「“初瀬街道からくり館”とか“初瀬ものがたり交流館”とか」
「つまり細川邸をどうするのかという話が全然まとまってない状態で二〇〇六年度総会を迎えたんです」
「ちょっとなさけない話ですけどね」
「その大切な目玉である細川邸のためにNPOをつくったり三重大学の先生にご出馬いただいたりするということは」
「ゆうたら最重要案件でしょうね」
「それやったらその案件は総会にはかるのが筋やと思いませんか」
「いわれてみたらそうですね」
「ところが実際には総会の議案としてあげられてないんです」
「一か月ちょっとたってから歴史拠点整備プロジェクトの会合でかなり唐突に説明があった感じですね」
「NPOなばりマネジメント委員会とか三重大学の先生のことは総会の時点ですでに決まってたと思うんですけど」
「それは単なる憶測ですがな」
「でもこの二〇〇六年度総会にはまだあやしげなことがありましてね」
「何があやしいんですか」
「再生委員会の規約が改正されました」
「そんなん普通にあることですがな」
「まず新しい条文がひとつ加えられたんですけど」
「どんなんですか」
「《第4条 委員会は、必要に応じて若干名の参与を置くことができる》」
「参与が必要になったわけですね」
「けど総会の資料を見るかぎりどうもおかしいんです」
「何がおかしいんですか」
「二〇〇六年度の総会で参与というポストが新設されたゆうのに二〇〇五年度にも参与がいたことになってるんです」
「ほんまですか」
「総会資料の名簿には両年度の参与のお名前がずらずらと並んでますから」
「どなたですねん」
「二〇〇五年度は名張まちなかにゆかりの深い市議会議員の先生が四名様」
「二〇〇六年度は」
「その四名様プラス名張まちなか再生委員会の初代委員長一名様ですね」
「委員長さん退任されたんですか」
「ちょっといじめすぎたかなと僕も反省してるんですけど」
「いじめで退任しますかいな」
「そんなことはどうでもええんです」
「ほかにも何かあるんですか」

「再生委員会の役員会にかんする規約も改正されました」
「役員会といいますと」
「第六条に《委員会の活動を円滑に運営するため、役員会を設置する》と定められてるんですけどね」
「何をするためのものなんですか」
「第六条の二に《役員会が行う活動は次のとおりとする。(1)名張まちなか再生プラン全体の執行管理に関すること。(2)再生整備プロジェクト全体の活動、事業調整及び推進に関すること。(3)再生整備プロジェクトの事業間調整に関すること》ゆうて書いてあります」
「それで何が改正されました」
「このあとに第六条の三ゆうのが新しく加えられました」
「どんなんですねん」
「《役員会は、必要に応じて専門部会等を置くことができる》」
「それに何か問題があるんですか」
「役員会だけの判断で専門部会なんかを設置できるようになったんです」
「問題ないのとちがいますか」
「だいたい規約の改正ゆうのは必要に迫られて行われるものなんです」
「たとえば退任した委員長さんのために参与というポストをつくるとか」
「ですからこの場合も専門部会をつくる必要があったから新しい規約を加えたはずなんです」
「ということは二〇〇六年度総会の規約改正の時点で専門部会をつくることが決まってたわけですか」
「当然そうなります」
「そしたら専門部会てなんですねん」
「NPOしか思い浮かびません」
「NPOなばりマネジメント委員会のことですか」
「そのNPOを役員会だけの判断で自由につくれるようにしたというのが規約改正のねらいでしょうね」
「なんでそんなことするんですか」
「それはわかりませんけどとにかく総会にはかることなくNPOを発足させることが可能になったんです」
「それで総会から一か月ほどたった歴史拠点整備プロジェクトの会合で」
「議事録に記録されてるとおり《今年度は「NPOなばりマネジメント委員会」を設立し、三重大学教授浦山先生を中心に、細川邸の最終設計方針を決め、今年度内に実施設計を完了し、工事発注することを報告・確定した》ゆうことになったんですね」
「つまりNPOなばりマネジメント委員会を発足させることは既定の事実として報告されただけやと」
「NPOのこととか三重大学のことは役員会で決定されてその結果がこの日の会合で伝えられたということです」
「役員会の構成はどうなってますねん」
「委員会の規約によりますと役員と名のつく人は委員長と副委員長と再生整備プロジェクトチーフです」
「何人いてはりますねん」
「委員長一名様に副委員長三名様にチーフ五名様ゆうようなことでして」
「その九人だけで勝手に決めることができるわけですか」
「げんに勝手に決めましたから」
「どうも釈然としませんね」

「はっきりしてるのは細川邸整備のすべてがNPOなばりマネジメント委員会に掌握されてしまったということです」
「そのNPOが好きなようにできると」
「それ以上にはっきりしてるのはこれは無茶苦茶おかしな話やゆうことでして」
「たしかにおかしい感じですけど具体的にどこがどうおかしいんですか」
「だいたいNPOなばりマネジメント委員会ゆうのがなぜ必要なのか」
「必要ないんですか」
「細川邸のことはそもそも名張まちなか再生委員会が検討していたわけです」
「歴史資料館構想を白紙に戻してまた最初から協議してきたわけですけど」
「それならば最後まで自分たちの主体性と責任において検討するべきなんです」
「けど結論が出なかったわけですから」
「それやったら自分たちの無能力を素直に認めなあきませんがな」
「認めてどないしますねん」
「まちなか再生委員会発足以来二年の歳月をかけて熟慮を重ねてまいりましたが結局あきまへんのでほなさいならと」
「そんなわけには行きませんがな」
「せやからNPOつくったゆうことなんでしょうけどそれがおかしいんです」
「どうおかしいんですか」
「かりに細川邸の実施設計に先立ってなんらかの研究が必要なのであれば」
「必要やったみたいですけど」
「まちなか再生委員会がそこらの研究機関と普通に話をつけたらええんです」
「普通に話をつけるといいますと」
「たとえば設計の場合は設計会社に話をつける。設計会社が設計して図面を提出する。どこにも問題はありません」
「三重大学の場合はちがうんですか」
「委員会がわざわざNPOをつくってそのNPOが大学と話つけてますから」
「NPOなんかつくらんでもなんぼでも話はつきそうに思いますけど」
「委員会は研究機関から研究の結果を提供してもろてその成果を自分たちの協議に活かしたらええだけの話なんです」
「せやのになぜNPOをつくったのか」
「それを知るために僕は名張市に対して公文書公開請求を行いました」
「三重大学の報告書のことですか」
「そうです。三重大学浦山研究室から提出された受託研究の報告書『歴史・交流拠点としての旧細川邸改修に向けて』」
「NPOのことが出てきますか」
「『ワークショップ編』の『はじめに』に《2003年度に策定された名張地区既成市街地再生計画「名張まちなか再生プラン」において、旧細川邸を改修し、歴史・交流拠点として整備することが提案されている。2005年6月のまちなか再生委員会総会においてNPOなばり実行委員会の設立が認められ、同役員会においてNPOなばり実行委員会に対して旧細川邸の運営および改修案を検討することが付託された。そして、NPOなばり実行委員会の世話人会において、NPOなばり実行委員会の代表者や名張市職員、市民から構成されるマネジメント委員会において具体的な改修計画案を検討することが了承された》と書いてあります。ただし引用文中に記された年度はすべて誤りですから信用しないでね」
「それにしてもややこしい話ですな」

 ちょっとつっついたらこのざまか

「ほんまにややこしい話なんです」
「話の流れをたどるのがたいへんです」
「そんな君のためにこの報告書にもとづいて経過を整理してみます」
「とにかくこれもともとは名張まちなか再生委員会の話なんですね」
「その再生委員会の二〇〇六年度総会でNPOなばり実行委員会を設立することが決まったんです」
「委員会とは別にNPOができました」
「そして細川邸にかんする検討はいっさいそのNPOなばり実行委員会に付託するということが再生委員会の内部組織である役員会で決定されました」
「要するに委員会からNPOに細川邸のことが丸投げされたわけですね」
「丸投げされたNPOなばり実行委員会は世話人会という会合を開きました」
「そんな会合ほんまにあるんですか」
「そのへんがあいまいなんですけどとにかくその席で細川邸については《マネジメント委員会において具体的な改修計画案を検討することが了承された》と」
「それでそのマネジメント委員会の構成はどんなんかといいますと」
「《NPOなばり実行委員会の代表者や名張市職員、市民から構成される》と」
「報告書にはそう書いてあるそうですけどちょっとおかしいことないですか」
「このプランにかんしておかしいことやったら死ぬほどあるわけなんですけど」
「つまり去年七月の歴史拠点整備プロジェクトの会合でNPOなばりマネジメント委員会を設立して三重大学の先生を中心に細川邸の最終設計方針を決めることが確定されたゆうわけですね」
「議事録にそう書いてあります」
「ところが報告書の説明では三重大学の先生が委員会に入ってませんがな」
「その点は報告書の別のとこにマネジメント委員会の構成が書かれてまして」
「どんな構成ですねん」
「NPOなばり実行委員会六名様と名張市都市環境部二名様ゆうことですね」
「三重大学側はどうですねん」
「三重大学大学院工学研究科建築学専攻浦山研究室五名様は事務局ゆうことで」
「その事務局の五人の人はマネジメント委員会のメンバーに含まれるんですか」
「そのへんは微妙でしょうね」
「なんで微妙なんですか」
「再生委員会側と三重大学側で筋書きにくいちがいがあるみたいなんです」
「筋書きがあるんですか」
「再生委員会の議事録によればマネジメント委員会はNPO組織なんですけど」
「三重大学の報告書ではNPOなばり実行委員会の内部組織みたいな感じでね」
「でもそんな細かいことは別にしてじつにはっきりしてることがあるんです」
「何がはっきりしてますねん」
「この報告書のために名張市民の税金をつかう必要はまったくないんです」
「なんでそうなってしまうんですか」
「名張市が百四十九万九千円の損害をこうむりしこと吟味の結果明白なり」
「なんですねんいきなりお白州のお奉行さまみたいになってからに」
「その罪科言語道断にして許しがたし。よって住民監査請求に付するものなり」
「ここで住民監査請求が出てきますか」

「君この理屈がわかりますか」
「わかるようなわからないような」
「たしかに理解しにくい話ではありますのでちょっと整理してみますと」
「きょうはなんや整理ばっかりですな」
「まず名張市には細川邸の改修活用という年来の課題があったわけです」
「それで国のまちづくり交付金をあてにしてその課題に着手したわけですね」
「細川邸をどんな施設にすればいいか。名張市はその検討を名張地区既成市街地再生計画策定委員会にゆだねました」
「それで歴史資料館にしましょうと結論が出たわけですけど」
「その結論を名張まちなか再生委員会が白紙に戻してしまいました」
「ですから今度は再生委員会が細川邸について再検討したんですけど活用策を考えることができませんでした」
「普通やったらここで終わりです」
「終わりといいますと」
「再生委員会の無能力は明らかですから委員会は細川邸から手を引くべきです」
「まあたしかに無能力ですね」
「しかも細川邸を整備してみたところで名張まちなかの再生なんか無理やでと」
「多少でも事情を知ってる市民はいまやそんなふうに感じてるみたいですね」
「せやから名張市は細川邸の整備なんかもうやめるべきなんです」
「けどあと戻りはできませんがな」
「そうなんです。まちづくり交付金がらみのタイムリミットもありますから関係者は必死で話を進めるわけなんです」
「タイムリミットていつなんですか」
「二〇〇六年度末までに細川邸の実施設計を終えないことにはアウトやと」
「それでNPOとか三重大学の先生とかを総動員したわけですか」
「今年の三月末に実施設計完了ゆうとこまでこぎつけたんですけどこんなんもうありえへんぐらいおかしな話なんです」
「どんな施設として利用するかも決まってないのに実施設計ができたゆうんですからほんまにおかしな話ですね」
「そのおかしさにはあえて目をつむったとしてもまだおかしな点があるんです」
「どんな点ですねん」
「さっきもいいましたけど細川邸整備のために三重大学なりどこなりに研究を委託する必要があるのであれば」
「普通に再生委員会が研究機関と話をつけるべきやゆうのが君の意見でした」
「ところが実際には再生委員会からNPOなばり実行委員会に細川邸のことが丸投げされてしまったんです」
「報告書にそう書いてありました」
「つまりそこから先はNPOなばり実行委員会が判断することになります」
「それでまたそのNPOが世話人会とかの判断でマネジメント委員会に細川邸のことを丸投げしたみたいでしたね」
「どこに丸投げしたとしてもそれはいうまでもなくNPOなばり実行委員会による独自の判断の結果なんです」
「NPOがみずから決めたことです」
「ですからその判断の結果なんらかの対価を支払う必要が生じたとしてもそれはあくまでもそのNPOの問題であってその支払いに市民の税金を投じなければならない理由はどこにもありません」
「そうゆう理屈になるわけですか」

「つまりNPOなばり実行委員会は三重大学であろうと皇學館大学であろうとマサチューセッツ工科大学であろうと」
「マサチューセッツは遠すぎますやろ」
「いくらでも好きなようにそこらの大学とつるんでくれたらええんです」
「ただしそれはNPOによる判断であって名張市は関係ないゆうことですか」
「NPO独自の判断で生じた支払い義務になんで税金がつかわれなあかんねん」
「でもあくまでも細川邸の整備に関連して生じた支払い義務ですから」
「それやったら再生委員会が直接三重大学と話つけたらんかゆう話ですがな」
「にもかかわらずなぜかNPOがつくられてそのNPOが話をつけたと」
「わけのわからんNPOがまったく勝手に決めてしまったゆうことなんです」
「そしたらそのNPOゆうのはいったいどんなんですねん」
「再生委員会の総会で設置が承認されたNPOなばり実行委員会の会則は名張市のホームページに掲載されてます」
「なんて書いてありますねん」
「《第2条 委員会は、継続的かつ自立可能なまちづくりの運営体制等の研究、実践を行い、まちなか再生に寄与することを目的とする》ゆうことですね」
「ほんまにわけがわかりませんな」
「つづきまして《第3条 委員会は、前条の目的を達成するため、旧細川邸を拠点に地域資源の活用および運営体制を見据え、必要な事業を行う》てなことで」
「どうゆうことですねん」
「僕にもようわかりませんけど要するに細川邸を拠点として名張まちなかの再生を進めますゆうようなことでしょうね」
「けどもう細川邸を整備してもどうにもならないということがある意味結論として出てるみたいな感じなんですから」
「せやから先走ってこんなNPOなばり実行委員会みたいなもんをつくる必要は全然なかったんです」
「そのうえマネジメント委員会とか」
「正体不明の組織がきょうびのAV女優みたいにつぎつぎ出てきましてね」
「マネジメント委員会ゆうのはやっぱり必要のない組織なんですか」
「んなもんありまっかいな。あんな委員会の必要性なんか絶対にありません」
「だいたい議事録とか報告書とか読んでみてもそんな組織をつくった理由がどこにも書かれてませんからね」
「NPOや委員会の設置にかんする報告はたしかに書かれているんですけど」
「なぜそれをつくったのかという理由はまったく明かされてないですから」
「しかし理由はどうあれ細川邸にかんする特権的な組織としてマネジメント委員会が人知れず発足していたというのはまぎれもない事実なんです」
「特権的な組織といいますと」
「誰からも邪魔されることなく細川邸を好きにしてしまえる組織のことです」
「けど君マネジメント委員会には名張市の職員の人も入ってましたがな」
「それがどうかしましたか」
「市の職員が加わっていたということは三重大学の受託研究に税金で対価を支払う根拠になるのとちがうんですか」
「そんなことになるわけないがな」
「なんでなるわけないんですか」

「いいですか君」
「なんですねん」
「いくらくどくど説明してももうひとつ理解が届きにくいみたいですから」
「ほんまに理解しにくいわけでして」
「そんな君のために説明を加えますとまちなか再生委員会からNPOなばり実行委員会へさらにはマネジメント委員会へという丸投げの構図にはかけらほどの合理性も正当性も見あたらないんです」
「たしかに意味不明の丸投げです」
「細川邸のことは当然のことながら再生委員会で協議するべきなんですけど」
「研究が必要やったら再生委員会から三重大学に依頼したらええわけですし」
「それをこそこそ規約を改正したりしてあたかも人目をはばかるかのように」
「そんな人聞きの悪いことを君」
「そしたら言葉を改めましてあたかも悪事を働くかのようにこっそりと結成されたのがマネジメント委員会なんです」
「たしかにこっそりでしたけどね」
「そのマネジメント委員会に名張市の職員が加わっていたということは」
「どうゆうことですねん」
「そんなもん職員というよりは名張市という自治体そのものが組織の自立性とか主体性とかをまったく理解できてないということの証明にほかなりません」
「やっぱりなあなあのずぶずぶですか」
「名張市としても細川邸整備という至上命令がありますから委員会側のおもわくに乗らざるをえないんでしょうけど」
「けどそれは君の見解ですがな結局」
「それがどないしました」
「この件にかんして名張市には名張市なりの主張もあることでしょうし」
「ですからそこらのNPOの勝手な判断にもとづいて委託された研究に市民の税金を投じていいものかどうか」
「どないするゆうんですか」
「名張市の監査委員の先生おふたかたにはっきり白黒つけてもらいますねん」
「そうゆう話になるわけですか」
「だいたいNPOみたいなもんは君」
「NPOがどうしたんですか」
「もちろん僕もすべてのNPOを頭から否定するわけではないんですけど」
「君はNPOが嫌いなんですか」
「やっぱりNPOやからゆうて意味もなく熱うなってる連中を見たらこいつら完全にあほやろなと思いますからね」
「そんなことありますかいな」
「でもたかがNPOのことで頭に血ィのぼってる人間がいるんですから実際」
「それだけ熱心やゆうことですがな」
「恥ずかしいことないんですかね」
「NPOのどこが恥ずかしいんですか」
「けどNPOで頭に血ィですよ」
「ええやないですか」
「ほな君いっぺんNPOという字の頭にチという文字をのせてみなさい」
「それがどないしたんですか」
「それ声に出して読めますか」
「チNPO」
「君そんなんもう完全に男性性器の俗称になってしもてますからね」
「なんでそないなるねん」
「君にはかけらほども品格というものがないのかこの恥知らず」
「品格のない恥知らずは君やがな」

(住民監査請求をめざす名張市民)

第四部 零落篇

 ええかげんにしとかなあかんぞと

「ええかげんにせえッ」
「いったい誰に怒ってますねん」
「誰に怒ってるのか自分でもわからなくなるぐらい怒ってるわけでして」
「たしかに腹の立つことは多いですね」
「僕なんかもうテレビでニュースとか見てても怒りっぱなしですから」
「それは君だけやないと思いますけど」
「そうかと思うと何が起きたのか理解できないようなニュースもありまして」
「どんなニュースですねん」
「公安調査庁の元長官が朝鮮総連と裏でつるんでたゆうニュースとかね」
「あれだけはほんまに信じられへんようなニュースでした」
「ブッシュとフセインがじつは愛人関係にありましたみたいな話ですから」
「そんなことあるわけないがな」
「こうなるともう裏で誰が何をやっていてもけっして不思議ではない感じです」
「ばれなかったら何をしてもいいという風潮が強まってるみたいですね」
「ばれへんかったら牛肉のミンチに豚肉まぜて水増ししてもええとか」
「あの北海道の会社の食肉偽装事件ね」
「ばれへんかったら賞味期限が切れたよその会社の冷凍コロッケを安う仕入れて転売してもええとか」
「あれはコロッケを横流しした業者も悪いんですけど」
「ばれへんかったら冷凍した肉を雨水で解凍してもええとか」
「あとからあとからなんぼでも不正が出てきました」
「実際あれだけ有能なアイデアマンはちょっと見あたりませんから」
「不正のアイデアマンではあかんがな」
「名張まちなか再生委員会もあの食肉偽装の社長さんに一枚かんでもろてたらよかったんでしょうね」
「なんでですねん」
「あの社長さんやったらもっとましなインチキを指南してくれましたやろ」
「そんな指南はあかんゆうのに」
「でもばれへんかったら何してもええねんゆうて官民学が陰でこっそり癒着してみてもあの程度のことなんですから」
「癒着ゆうたら語弊がありますけど」
「この手の悪事はあくまでもばれへんかったらゆうのが前提なんです」
「ばれたらえらいことになります」
「たとえば社会保険庁がそうですね」
「年金記録の問題がばれましたから」
「おかげで名張まちなか再生委員会はいまや名張の社会保険庁と呼ばれまして」
「そんなうそゆうたらあかんがな」

「ええかげんにせえッ」
「今度は誰に怒ってますねん」
「あの報告書もばれへんかったらええねんみたいな感じが濃厚なんです」
「三重大学の報告書ですか」
「『歴史・交流拠点としての旧細川邸改修に向けて』ゆうやつですね」
「どのへんがばれへんかったらええねんゆう感じなんですか」
「たとえばあの『ワークショップ編』の『はじめに』なんか見ましても」
「年度にまちがいがあったとこですか」
「あの報告書はそもそも公表を前提としてませんからそんなような不注意なミスが生じやすいわけなんですけど」
「緊張感がないんですかね」
「ケアレスミスはまだいいとしても意図的なパラフレーズがあるんです」
「パラフレーズといいますと」
「ひとつの表現を別の言葉に置き換えてしまうことです」
「どんなんですねん」
「そらもうひどいもんです」
「年度のほかにも問題があるんですか」
「あの文章には《「名張まちなか再生プラン」において、旧細川邸を改修し、歴史・交流拠点として整備することが提案されている》と書かれてるんですけど」
「それはちょっとおかしいですね」
「名張まちなか再生プランには《初瀬街道沿いの最もまとまりのある町並みの中にある細川邸を改修して歴史資料館とします》と明記されてるわけですから」
「歴史資料館が歴史交流拠点という言葉にパラフレーズされてるわけですね」
「曲学阿世という言葉がありまして」
「キョクガクアセイてなんですねん」
「学を曲げて世におもねるという意味です。阿は旧阿山町の阿と書きますけど」
「阿はおもねるゆうことですか」
「つまり学問を曲げて世間や権力に迎合してしまう態度のことです」
「あんまりええ態度やないわけですね」
「歴史資料館として整備するというプランを策定した委員会の委員長を務めた先生の研究室が知らん顔して細川邸は歴史交流拠点になることが決まってましたみたいなうそかましてどないするねん」
「それが曲学阿世ですか」
「このパラフレーズだけで報告書全体の信頼性がゼロになってしまうんです」
「けど実際はこう書くしかなかったんとちがいますか」
「まさしく必然的なものでしょうね」
「どうゆうことですねん」
「まちなか再生委員会はインチキにインチキを重ねてここまで来たんですけど」
「たしかにいろいろありました」
「そのインチキのツケが避けがたく回ってきたということでしょう」
「インチキをしたばっかりにパラフレーズをしなければならなくなったと」
「インチキの片棒かついでるようなこんな研究に税金百四十九万九千円を投じることはとうてい容認できません」
「やっぱり住民監査請求ですか」
「ばれたらえらいことになるんです」
「ニュースを教訓にせなあきませんね」
「おかげで名張まちなか再生委員会はいまや名張のミートホープゆうて呼ばれてるんですから」
「うそをゆうたらあかんゆうのに」

「ええかげんにせえッ」
「またかいな」
「けどほんまにええかげんなんですからこの三重大学の報告書」
「まだありますのか」
「細川邸はさっきのとこでは《歴史・交流拠点》ゆうことやったんですけどね」
「それがどないしました」
「報告書の六ページからは《歴史・文化拠点》ゆうことになって十二ページでまた《歴史・交流拠点》に戻りまして」
「えらい適当な報告書ですな」
「そのうえ『ワークショップ編』の次の『提案編』に入ったら突然《歴史拠点および交流拠点となる旧細川邸(仮称『初瀬ものがたり交流館』)》ゆうことになってしもてるんです」
「“初瀬ものがたり交流館”がいきなり出てくるんですか」
「なんの前ぶれもなく出てきます」
「その“初瀬ものがたり交流館”が結局は“やなせ宿”になったわけですね」
「なんぼでもころころ変わるほどええかげんで適当な提案やゆうことなんです」
「その『提案編』では細川邸についていろいろ提案されてるわけですか」
「提案というより悪だくみの結果報告ゆうたほうが正確ですけど」
「どんな感じですねん」
「たとえばまあ『イベント利用』としては《NPOなばり実行委員会が名張のまちなかを売り出すために、年に数回、まちなか全域を舞台にしたイベントを企画実施し、イベントの拠点会場として使用する。例えば、2006年11月に実施された隠街道市のように、展示や催事の会場などに利用する。駐車場および堤防道路では青空市が開催される。また、「初瀬ものがたり交流館」はイベントの事務局としても利用される》とかですね」
「要するにイベント会場ですか」
「いくら悪だくみしてもこの程度の知恵しか出てこないわけなんです」
「しかし細川邸というハコモノでイベントやりますゆうのやったらほんまに君の言葉どおりハコモノ崇拝主義とイベント尊重思想のあいだで深い考えもなしにふらふら揺れてるだけの話ですがな」
「ほかに《イベント以外の日常的な利用として、第1にNPOなばり実行委員会が運営する事業(例、腕利きおばさんが運営する総菜バイキングのレストラン、腕利きの市民が参加するコミュニティレストラン、地域の人が収集した懐かしの写真展)の会場、第2に市民活動組織やボランティア組織の活動の場(例、ボランティアサークルが行う福祉のパンつくり講座、そばうち講座)、第3に冠婚葬祭などに利用したい市民への貸館が想定される》とかゆう提案もありまして」
「腕ききおばさんのレストランとか蕎麦うち講座とかそんなんでええんですか」
「でも最終的にはこの『提案編』にもとづいて実施設計が行われたんです」
「“やなせ宿”の基本になったのがイベントとか飲食とか展示とか講座とかこんな程度の提案やったゆうことですか」
「いやそんなもん提案ゆうたかて君」
「なんですねん」
「施設が“やなせ宿”だけにこんな提案みんなヤラセですがな」
「しょうもないことゆうとる場合か」

「ええかげんにせえッ」
「まだやりますのか」
「それにしても見事なもんですね」
「なんのことですねん」
「僕はいまになって急にこんなこといいだしてるわけではないんです」
「といいますと」
「名張まちなか再生プランの素案が発表された時点でこんなインチキプランええかげんにせえゆうてパブリックコメントを提出したわけですから」
「それでいったい何が見事なんですか」
「どれだけゆうても誰ひとりとしてええかげんにしてくれた人がいませんでしたからその点じつに見事なもんでして」
「感心しとったらあかんがな」
「つくづく実感したのはここらのあほには歯止めがきかないゆうことですね」
「外部の人間の意見を聞く考えはないゆうて明言してるぐらいですから」
「あほのみなさんが人のゆうことにいっさい耳をふさいでまちがったほうへまちがったほうへ突っ走ってくれまして」
「それでこのていたらくですか」
「つまり名張市は『生誕三六〇年芭蕉さんがゆく秘蔵のくに伊賀の蔵びらき』の失敗から何ひとつ学んでないんです」
「やっぱりあの事業とおなじことをくり返してるわけですか」
「そこらのあほ何十人と寄せ集めて委員会とかつくってもろくなもんやないゆうことがまだわかってないわけですから」
「委員会制度には問題あるでしょうね」
「君だいたい名張まちなか再生委員会の某メンバーがなんと口走ったと思う」
「なんてゆうてましてん」
「おれはこのまちなか再生事業で一億円の金を自由につかえるねん」
「それほんまの話なんですか」
「そんなことをゆうて回ってるあほもいたぐらいですからもうひどいもんです」
「信じられへんような話ですけど」
「その手のあほにつけ込まれてるようではまちなか再生プランというか名張市という自治体そのものが終わりですから」
「なんでこんなことになったんですか」
「これがつまり“新しい時代の公”たらゆうものの正体なんです」
「伊賀の蔵びらきでも耳にしましたけど“新しい時代の公”てなんですねん」
「頭の腐りきったお役所の人たちが思考能力のなさを隠蔽するために『協働がどうたらこうたらぁー』と呼びかけます」
「協働ですか」
「そうすると私利私欲をむきだしにした地域住民が『協働がどうたらこうたらぁー』ゆうてむらがり寄ってくるんです」
「私利私欲ですか」
「名誉欲とか権力欲とか自己顕示欲とかもちろん金銭欲とかを全開にしたあほがなんぼでもわいてきたゆうのが伊賀の蔵びらきの実態でしたからね」
「それが“新しい時代の公”ですか」
「官民双方のあほが野合して何も考えることなく思いつきで好き勝手なことをするのが“新しい時代の公”なんです」
「そんなん無茶苦茶ですがな」
「その無茶苦茶を僕は伊賀の蔵びらきでも名張まちなか再生でもまのあたりにしてきたわけですから」
「ええかげんにせえといいたなるのも無理ないかもしれませんね」

 ほんまにええかげんにしとけよと

「難しいこと考える必要はありません」
「どないしました」
「ただの思いつきでOKです」
「なんの話ですねん」
「だいたいわれわれにもただの思いつきしかないんですから心配ご無用」
「君いったい誰やねん」
「お役所の人です」
「どうゆうことなんですか」
「お役所の人たちが“新しい時代の公”というお題目を掲げて地域住民に呼びかけるときの心の声はこんなんかなと」
「そんな心の声では困りますがな」
「けど“新しい時代の公”の実態はこんなもんですから」
「深いことは考えないんですか」
「お役所の人が公とは何かみたいなことを真剣に考えたりすると思いますか」
「考えなあきませんがな」
「そんなお役所の人たちが“新しい時代の公”とか呼びかけたおかげで公というものがすっかり変質してしまいました」
「どうしてなんですか」
「官民のみなさん双方ともに公とは何かとか公と私との関係はどうあるべきかとかまったく考えようとしませんから」
「けどいちおう公の話なんですから」
「ですからそれは表層的で個別的で恣意的で欲望の器でしかない公なんですね」
「ちょっと難しいんですけど」
「ひとことでゆうたら私にとっての公」
「私にとっての公ですか」
「個人が思いつきで公を規定する。それをそのまま一般化してあやしまない」
「そんな適当なことでええんですか」
「しかも私にとっての公は私にとって心地よいものでなければならない」
「心地よいといいますと」
「公に携わる私の名誉欲とか権力欲とか自己顕示欲とか金銭欲とかを満足させてくれるのが公でなければならない」
「えらい身勝手な話ですな」
「けど伊賀の蔵びらきにおける“新しい時代の公”はまさにそうでしたから」
「そうやったかもしれませんね」
「ですから名張市の市民公益活動実践事業なんかもね」
「市民からいろいろ事業プランを募集して毎年やってますけど」
「完全にプチ伊賀の蔵びらきですから」
「伊賀の蔵びらき事業の縮小版ですか」
「たとえば細川邸の裏にピラミッドとスフィンクスの看板を立てて喜んでる気のふれたようなあほがいましたけど」
「おととしの夏のことでしたか」
「名張市はあんなインチキ事業を税金でバックアップしてたわけですから」
「あれが公益活動実践事業やと主張されたらさすがに引いてしまいます」
「結局“新しい時代の公”の名のもとに公という概念が変質してさらにその公の断片化や私物化が進行してるわけです」
「公の私物化ですか」
「げんに細川邸はイベントとか飲食とかのための施設としてそこらのNPOに私物化されようとしてるんですから」
「かなりおかしな話になってます」
「まちの歴史になんの関係もない新しい施設をつくってそんなもんどこがまちなか再生やねんゆう話なんです」
「再生からかけ離れてしまいました」

「もう取り返しはつかないんですけど」
「なんですねん」
「僕が提出したパブリックコメントの意味をまったく理解できなかったというのが名張市にとって痛かったですね」
「細川邸は名張市立図書館ミステリ分室にするというアイデアでしたけど」
「あんなんそこらのコンサルタントに何百万という札束を積んでもけっして出てこないアイデアやったんですけどね」
「それを理解できませんでしたか」
「だいたい細川邸をまちなか再生に役立てるのであればそれはあくまでも市の施設として運営されるべきなんです」
「行政の責任ゆうやつでしょうね」
「にもかかわらず曲学阿世の名張まちなか再生プランには《歴史資料館の管理運営は民間が担う公設民営方式とします》とか虫のええことが書いてありまして」
「名張市が施設をつくってあとの管理運営は民間がやるゆうことですか」
「ゆうたら建て逃げですね。そんなことゆうてるからわけのわからんNPOに私物化されることになるんですけど」
「けど名張のまちで何をやったかて独立採算制では無理でしょうからね」
「だから公共施設なんです。図書館の分室なんです。行政としてその程度の覚悟もないのやったらまちなか再生とかいいだすんやないわいゆう話なんです」
「新町の古い民家を再生して寄贈図書でミステリ専門の図書館をつくるというのは名張のまちの地域性とかにもね」
「いや君。もう終わった話ですから」
「けどなんや惜しいような感じで」
「パブリックコメントに書かなかったアイデアもまだあるんですけど僕のいちばんのねらいはやはり乱歩のことでして」
「乱歩のことといいますと」
「名張市はなさけない自治体なんです」
「何がですねん」
「名張市立図書館の江戸川乱歩リファレンスブック三冊のデータをインターネットで公開することさえようしません」
「なんでですねん」
「財政難」
「財政難て君」
「どんだけぇーゆうような話ですけど」
「なんぼなんでも財政難は関係ないと思いますけど」
「つまり図書館として乱歩のことちゃんとやっていくのがいやなんでしょうね」
「なんでですねん」
「いったん公開したらデータの更新とかいろいろ乱歩のことをやっていかなあかんという新しい責任が生じますから」
「けどインターネットを利用して乱歩にかんするサービスを提供していくのは必要なこととちがうんですか」
「お役所の人はそうは考えません」
「どんなふうに考えますねん」
「なんの責任を負うこともなく定年退職まで波風のない公務員人生を送りたい」
「なんですねんそれ」
「とにかくミステリ分室構想には名張市立図書館がインターネットを利用して乱歩関連情報を発信したり全国の乱歩ファンやミステリファンと連携しながら名張独自の企画をくりひろげたりする可能性が秘められていたんですけどその芽がことごとく踏みにじられてしまいました」
「すべて水の泡で残念な話ですけどね」

「何が起きたのか理解できないニュースというのが名張市にもありましてね」
「どんなニュースでした」
「名張市が乱歩文学館の建設を断念」
「新聞に出てましたね。名張市長が市議会で建設断念を表明したそうですけど」
「さっぱり理解できません」
「なんでですねん」
「乱歩文学館について検討していたのは名張まちなか再生委員会なんです。むろんインチキな話ではあるんですけど」
「でも二〇〇六年度の総会で乱歩文学館を建てることになったそうですから」
「再生委員会と名張市がプランを勝手に変更できる『時点更新』とかゆうインチキ制度をでっちあげただけなんです」
「それでOKゆうことにしたんですか」
「身内で決めただけで市民のコンセンサスなんかどこにもありません」
「乱歩文学館を望む市民の声はあるのとちがいますか」
「そんな市民がどこにいるねん」
「それを聞いてどうするんですか」
「思いきり叱り飛ばしたるねん」
「叱らんでもええやないですか」
「不心得な市民は叱り飛ばしたらなあかんのですけどたしかに乱歩文学館をつくろうという声は昔からあったんです」
「それやったらよろしがな」
「けどそうゆう市民要望にはきちんとノーをつきつけとかなあきません」
「なんでですねん」
「どうして名張市に乱歩文学館を建設しなければならないのか。かんじんの理由がその要望からは欠落してるんです」
「なんでそんなことわかりますねん」
「そしたら乱歩文学館が必要やゆうてる市民つかまえてなぜそんな施設を税金で建てなあかんのか質問してみなさい」
「どないなりますねん」
「誰のために文学館を建てるのか。そんなもん建てて何をするのか。質問に答えられる市民はひとりもいないはずです」
「乱歩顕彰とかよくいわれますけど」
「それがおこがましいんです」
「なんでですねん」
「顕彰ゆうのは世に知られていないものをひろく知らせることなんです」
「それやったら乱歩は大メジャーですから顕彰なんか必要ないわけですね」
「事実はまったく逆なんです」
「何が逆なんですか」
「乱歩という有名作家の名前を利用して名張市というあまり知られていない自治体を有名にしたいだけの話なんです」
「それが市民要望の本音ですか」
「市民のみならず行政サイドの願望もそうなんです」
「そしたら乱歩文学館構想の正体はやっぱり自己顕示欲とかそんなんですか」
「そこらのお姉さんが有名ブランドに執着する以上のものではありません。要するにうわっつらだけなんです」
「それで乱歩文学館の中身のことがいつまでも決まらなかったわけですか」
「うわっつらのことしか考えられない人間にできるのはせいぜい乱歩文学館ゆうハコモノの名称を思いつくぐらいです」
「そこから先には一歩も進めないと」
「本も読まんような連中が文学館とかいいだすから話がおかしくなるんです」
「ほなどないしたらええんです」

「身のたけ身のほどをわきまえたうえで地に足をつけて考えることでしょうね」
「乱歩にかんして何をしたらいいのか」
「そこらにしょぼい乱歩文学館とかつくっても全国の乱歩ファンやミステリファンの笑いものになるだけですから」
「学芸員ひとり雇えないでしょうね」
「何かというと財政難のひとことで逃げを打つ名張市にはとても無理です」
「乱歩文学館の建設も財政難で断念したゆうことでしたから」
「ええかげんないいわけですけどね」
「けど名張市は財政難ですから」
「まちなか再生委員会が二〇〇六年度総会で乱歩文学館の建設を決めた時点で財政難はわかりきってましたがな」
「そしたらどうゆうことですねん」
「細川邸だけやのうて乱歩文学館も建て逃げする算段やったのとちがいますか」
「新聞には文学館の維持管理費がどうこうゆうて書いてありましたけど」
「建設後の丸投げ先が見つからない。市で管理するとお金がかかる。断念するしかない。まあそんな感じでしょうね」
「ほんまにええかげんな話ですな」
「けど本当にええかげんで理解できないのは名張市長の表明なんです」
「建設断念の表明ですか」
「再生委員会の結論も出てないのになんで市長が断念を表明できますねん」
「たしかに名張市から委員会に検討がゆだねられてるわけですから」
「いっぽうではNPOによる細川邸の私物化工作を放置しておきながらそのいっぽうで再生委員会の協議検討に介入して行政サイドの都合を押しつける」
「なんやようわからん話ですね」
「名張市はいろいろ委員会とかつくってますけど組織の主体性や自立性というものが全然わかってないみたいですね」
「いったいどないなってますねん」
「この名張市で何が起きているのか僕にはまったく理解できないんですけど名張まちなか再生プランにかんしていえばインチキにインチキを重ねたあげく」
「最後までインチキやったわけですか」
「ええかげんにせえインチキ自治体ッ」
「君そんな大きな声で」
「ではここで問題です」
「なんですねんいきなり」
「この大河漫才『僕の住民監査請求』には『インチキ』と『あほ』という言葉がそれぞれ何回出てきたでしょうか」
「そんなもん数えてどないするねん」
「おわかりのかたは官製はがきに正解と住所氏名年齢職業電話番号を明記してどしどしご応募ください」
「そんなことゆうて本気にする人が出てきたらどうするつもりなんですか」
「郵便番号は五一八〇四九二。三重県名張市鴻之台一番町一番地」
「それ名張市役所の住所ですがな」
「この郵便番号は『来いや丸い子宮に』とおぼえておくといいでしょう」
「そんなシモネタのおぼえかたしかないんですか」
「宛先は名張市役所まちなか再生部見事失敗室ええかげんにせえ係です」
「ええかげんにせえッ」
「ええかげんにせえッ」
「ほんまにええかげんにせえッ」

(住民監査請求をめざす名張市民)

掲載2007年9月20日
番犬敬白この漫才は主人が2007年7月30日、名張市監査委員の先生おふたかたに対して住民監査請求を行いました際、参考資料として提出したものでございます。