第六話

乱歩その人の遺志を継ぐ
名張市立図書館(三重県)の江戸川乱歩リファレンスブック

 江戸川乱歩と名張市立図書館

 名張市立図書館は1969年の開館当初から、名張に誕生した探偵作家、江戸川乱歩の著作ならびに関連文献の収集に努めてきた。1987年の移転改築を機に乱歩コーナーを新設し、乱歩の著書や遺品を展示する体制が整ったが、収集資料を活用するための目録の刊行は長く課題となっていた。乱歩に関する目録ないしは書誌の編纂が、館内に乱歩コーナーを開設する公共図書館の責務であることはいうまでもない。
 小説家の書誌は従来、篤実な研究者やアマチュアによって作成される場合が多く、商業出版社が発行を手がけることはほとんど望めない。その意味で、書籍文化に携わる図書館が書誌を刊行することには小さからぬ意義が認められるだろう。また乱歩自身、自作や自著をはじめ内外の探偵小説などの目録を作成して書誌への情熱を示していたことを考え合わせれば、乱歩に関する書誌の編纂は乱歩その人の遺志を継ぐ作業でもあると判断される。

 『乱歩文献データブック』

 1994年の乱歩生誕100年を契機として、名張市立図書館は「江戸川乱歩リファレンスブック」の発行を企画した。1996年度事業として刊行した第1巻『乱歩文献データブック』は、乱歩がデビューした大正12年から現代に至るまで、乱歩に関して記された評論や随筆などの「乱歩文献」を体系化し、タイトル、執筆者などのデータを発表順に記した書誌である。乱歩令息の平井隆太郎氏と探偵小説評論の第一人者である中島河太郎氏に監修を依頼した。
 記載した文献には初出以降に収録された単行本や全集も明記して検索の便を図り、全ページ2色刷りとするなど、書誌としての機能性と実用性に重きを置いた。体裁はA5判、290ページ、ハードカバー、函入り。発行部数は1,000部で、監修・装幀料と印刷・製本費は300万円。本体3,000円で販売したが、刊行の広報や書店への流通に関しては克服されなければならない課題が少なからず残されている。

 『江戸川乱歩執筆年譜』

 1997年度事業として第2巻の『江戸川乱歩執筆年譜』を刊行し、43年間にわたる乱歩の文業を書誌にまとめた。2段組みの上段に小説作品、下段に評論、随筆、翻訳など非小説作品を配して、上下を月ごとに対照させながらタイトル、掲載紙誌、連載の章題などを記載した。発行部数と体裁は第巻に準じ、302ページ、本体3,000円。名張市立図書館(電話0595-63-3260)で購入申し込みを受け付けている。
 乱歩が小説発表のホームグラウンドとしていた娯楽雑誌はわが国の図書館では冷遇されてきた傾向にあるため、初出の確認は国立国会図書館など主だった図書館の蔵書だけでは果たせなかった。そこで、講談社や光文社の雑誌はそれぞれの資料室にある保存分を閲覧し、平井家の了解を得て乱歩が遺した自作目録やスクラップ類を参照したうえ、研究者やコレクター、古書業者などの協力を仰いだ。結果として乱歩作品を軸とした協力関係が生まれ、今後の図書館運営のうえでも有用なネットワークとして期待される。

 インターネットと書誌の編纂

 第3巻となる『江戸川乱歩著書目録』は、ホームページを開設してデータを公開しながら調査編集を進めることを計画している。全国の乱歩ファンやコレクター、研究者からデータに関する教示を受け、また広く乱歩に関する情報を受発信するうえでも、インターネットはきわめて有効な媒体になると思われる。第3巻刊行後もデータはそのまま公開し、将来は第1巻、2巻の内容も増補を加えながら掲載して、作品、著書、関連文献という三つの視点から乱歩という作家にアプローチできるよう、インターネットを利用したデータの閲覧システムを実現したい。

(名張市立図書館)


初出 「図書館雑誌」5月号(93巻5号)、1999年5月20日、社団法人日本図書館協会発行/連載「クローズアップ 図書館の出版物」の第5回
掲載 1999年10月21日