第八話
苦楽探偵叢書
江戸川乱歩執筆年譜補遺(その一)
昭和22年の「苦楽」3月号(2巻3号、3月1日発行)に、「苦楽探偵叢書」の「海外探偵小説の部予定表」と乱歩の「監輯者の言葉」が掲載されている。『江戸川乱歩執筆年譜』から洩れていたもので、東京都の岩井浅治氏からご教示をいただいた。
「苦楽」は苦楽社の発行で、岩井さんによれば「大仏次郎がパトロンであったときいていますが、三、四年でつぶれたようです」という。
「苦楽探偵叢書」は「江戸川乱歩責任監修」と銘打たれ、予定表には三十篇がリストアップされている。「監輯者の言葉」によれば、「日本及世界探偵小説の傑作集大成ともいうべき大規模な叢書」たるべく企画されたものの、陽の目を見たのはわずかに『ルルージュ事件』だけであった。
日本作品への眼配りも興味深い。乱歩の言を引いておこう。
日本の作品については目下立案中であるが、これも大正末期以後の作家に限定せず、神田孝平、成島柳北等の明治初期飜訳探偵物、「情況証拠誤判録」等の現代語版、逍遙、鴎外、敏、思軒等の飜訳物、涙香、南翠の創作探偵もの、眉山、鏡花、水蔭その他硯友社同人の探偵小説、春影、槐多の作品、また大正年代純文壇作家の探偵小説なども漏らしたくないと考えている。
「海外探偵小説の部予定表」は次のとおり。ただし、「赤毛のレドメイン」「僧正殺人事件」「トレント最後の事件」「樽」「妖女ドレッテ」は、当然表に入るべき作品だが、他社から出版の運びとなっているので省いたという。
ポー「モルグ街の殺人その他」 ガボリオ「ルルウジュ事件」
コリンズ「月長石」 グリーン「リーヴンヲース事件」
ドイル「長篇一、短篇一」 ザングウィル「ビッグバウ事件」
ルルウ「黄色の部屋」 ヘルラア「皇帝の古着」
ルブラン「813」 フリーマン「オシリスの眼」
チェスタトン「孔雀の樹その他」 フレッチア「ミドルテンプル事件」
ヅーゼ「スミルノ博士の日記」 クロフツ「マギル卿最後の旅」
フィルポッツ「闇からの声」 ミルン「赤い家の怪事件」
メイソン「矢の家」 コール「百万長者の死」
クリスティー「アクロイド殺し」 ヴァン・ダイン「グリーン家殺人事件」
クイーン「災厄の町」 ロス「Yの悲劇」
カー「帽子蒐集狂事件」 ハメット「血の取入れ」
シムノン「黄色い犬」 ブッシュ「完全犯罪」
スカーレット「エンジェル家の殺人」 ガードナア「夢遊病者の姪」
アイリッシュ「幻女」 ライス「すばらしき犯罪」
●掲載 1999年10月21日