第十一話

不倫の芝居
江戸川乱歩執筆年譜補遺(その四)

 江戸川乱歩の作品に、乱歩名義で発表されながら実際には別の人間によって執筆された小説、いわゆる代作があることは、乱歩ファンには広く知られているだろう。発表順にタイトル、代作者、発表年月を列記すれば、こんな具合になる。

陰翳 (水谷準) 大正15年6月−8月
蜃気楼 (水谷準か) 大正15年9月
犯罪を猟る男 (横溝正史) 大正15年10月
あ・てる・てえる・ふいるむ (横溝正史) 昭和3年1月
角男 (横溝正史) 昭和3年3月
渦巻 (井上勝喜) 昭和4年8月
疑問の戦死者 (井上勝喜か) 昭和6年6月
蠢く触手 (岡戸武平) 昭和7年11月

 これ以外にもう一作、「不倫の芝居」という正体不明の作品がある。『探偵小説四十年』巻末に収録された「江戸川乱歩作品と著書年度別目録」の昭和27年の項に、

不倫の芝居(代作か? 花形倶楽部、十月)

 と記載された作品である。この目録の基になった乱歩の手書き目録には、やはり昭和27年に、

不倫の芝居    花形倶楽部  十月

 と記されており、「不倫の芝居」というタイトルの左には《(?)中島表による》との註記が見られる。「中島表」というのは中島河太郎先生が作成された目録かと判断されるのだが、中島先生に手紙でお訊きしても仔細が判明しなかったため、『江戸川乱歩執筆年譜』にはこの作品を記載せず、巻頭の解題「探偵小説四十三年」に次のような断り書きを入れた。

 もうひとつ代作について記すと、『探偵小説四十年』の巻末目録には、昭和二十七年の再録小説の項に「不倫の芝居(代作か? 花形倶楽部、十月)」という記載がある。この作品は手書き目録にも挙げられているが、添えられた書き込みから判断すると乱歩が直接この作品を眼にしたわけではなく、何かの作品目録から間接的に拾ったものであるらしい。「代作か?」という曖昧な扱いはそのせいだろう。再録かどうかも疑わしいが、当の「花形倶楽部」が確認できなかったため、本書にはこの作品を記載しなかったことをお断りしておく。

 その後、『新青年』研究会の末永昭二さんから、「花形倶楽部」昭和28年6月号(4巻6号)を発見したとのお知らせをいただいた。発行所は株式会社弘和書房(神田多町)。これで「花形倶楽部」の実在は確認できたものの、「不倫の芝居」掲載号は依然として見つからず、「不倫の芝居」はいわば幻の作品でありつづけた。
 しかし最近になって、「不倫の芝居」を掲載した「花形倶楽部」がついに発見された。発見者は、熱烈な乱歩のファンにして屈指のコレクターである藤原正明さん。「不倫の芝居」は代作ではなく、大正15年発表の「お勢登場」を再録に際して改題したものであった。
 「不倫の芝居」の正体が、ここにようやく判明したのである。

 当該号は昭和27年の「花形倶楽部」10月特大号(5巻10号、10月1日発行)。末永さんが発見された号と巻数の辻褄が合わないが、とにかくこの号に、乱歩の「不倫の芝居」はたしかに掲載されている。
 140−141ページのコピーを掲げておこう。タイトルの上には「妖奇小説」と銘打たれ、141ページ小口には《「おせい」としるされた惨たらしい良人の爪文字! 姦婦の笑いは湧きあがる》というリードめいた文章が見られる。挿絵は土井栄。

 「不倫の芝居」にまつわる三年来の胸の閊えが下りた喜びを噛みしめながら、藤原正明さんと末永昭二さんにあらためてお礼を申しあげる次第である。


掲載 2000年11月13日