第十二話

伊香保の町に乱歩展を見る

 『不如帰』や『自然と人生』で知られる蘆花徳冨健次郎(1868−1927)は、三十一歳で初めて群馬県の伊香保に遊んで以来、この地を「生の策源地」と定め、夫人とともにたびたび足を運んだ。晩年、病を得たのちも重態を押して伊香保に転地し、昭和2年秋、この地で臨終を迎えている。
 その伊香保の温泉街に建つ徳冨蘆花記念文学館で、10月6日、企画展「江戸川乱歩展……郷愁の迷宮」が開幕した。11月26日まで二か月近くにわたって、乱歩の著書や遺品、写真などが展示され、遠近からの乱歩ファンでにぎわっている。
 三連休の中日となった11月4日、榛名山麓の斜面に開かれた伊香保の町を訪れ、乱歩展を通覧した。会場の写真を中心に、展示内容をご紹介する。


 入場者は企画展示室入口で怪人二十面相の出迎えを受ける。出展総数は約二百。七十平方メートルと比較的小さな展示室ながら、展示内容は充実していた

 壁面には乱歩の年譜と写真、ケースには著書が並ぶ。熱心に見入るのは福島県と愛媛県から訪れた乱歩ファン。高崎で電車を乗り間違えたため、名もない小駅で途中下車してタクシーに揺られること一時間半、ようやく会場に到着したところである

ケースに展示された乱歩の著書。上段左から『緑衣の鬼』『人間豹』『孤島の鬼』『吸血鬼』『陰獣』『現代大衆文学全集第三巻』、下段左から『黒蜥蜴・妖虫』『江戸川乱歩全集』『猟奇の果』『悪人志願』『蜘蛛男』。いずれも乱歩の蔵書を借りて出展された極美本

 手前奥から、乱歩愛用の映写機、少年ものドラマの台本、日本探偵作家クラブ賞のポー像、江戸川乱歩賞のホームズ像、色紙「うつし世はゆめ よるの夢こそまこと」。壁面には乱歩晩年の写真と、ほぼ中央に棟方志功が手がけた「宝石」の表紙

 壁面奥から、掛軸「夕立はまだ降りやまず夏の月」、還暦を記念して松野一夫が描いた肖像画、扁額「琴 詩 酒」などが並ぶ。手前に見える横長の分厚い冊子は、近く東京創元社から復刻版が出版される『貼雑年譜』。その横の文机と机上の硯箱、電気スタンドなどは、名張市立図書館乱歩コーナーから出展した乱歩の遺品

 壁面に掲げられたのは竹中英太郎描く「盲獣」の挿絵原画。右は黄金仮面をデザインした平凡社版乱歩全集の店頭広告(画=岩田専太郎)。手前には左から、少年探偵団シリーズの掲載誌、挿絵、単行本、さらに少年探偵団手帳や BD バッジ、怪人二十面相かるた、少年探偵団ゲームなどが並ぶ

 「押絵と旅する男」の舞台となった凌雲閣の模型。「ちょっと高台へ登りさえすれば、東京中どこからでも、その赤いお化けが見られたものです」という十二階は、「郷愁の迷宮」というこの企画展のテーマを象徴する

 覗きからくりを模した展示品。上に掲げた羽子板で押絵の形状を説明し、下の覗き穴に眼を寄せると吉祥寺の書院らしき絵が見える仕掛け。BGM には「押絵と旅する男」そのままに、「膝でつっつらついて、眼で知らせ」という「変な節廻し」が流れていたが、これは大道芸を収録したレコードから探してきたものという


 「江戸川乱歩展……郷愁の迷宮」は11月26日まで。開館時間は午前8時30分から午後5時(入館は4時30分まで)。会期中無休。入館料は大人四百五十円、小人二百五十円。
 徳冨蘆花記念文学館は、〒377−0102、群馬県北群馬郡伊香保町大字伊香保614−8、電話0279・72・2237。上越線渋川駅から伊香保温泉行きバス終点下車徒歩七分、関越自動車道渋川伊香保 IC から車で二十分。
 館内常設展示室では徳冨蘆花に関する展示が行われているが、壁に掲げられた文学年表には、列記された文学作品とはかなり異質な感じで乱歩の「陰獣」がちょこっと記載されており、乱歩ファンなら思わず「よくできました」と快哉を叫ぶにちがいない。館内には「蘆花終焉の部屋」が再現されており、蘆花が臨終を迎えたベッドも公開されていたが、これは少々薄気味の悪さを感じさせる部屋であった。
 蘆花の命日は9月18日。毎月18日にこの文学館を訪れると、命日にちなんだ茶席が設けられているという。


掲載 2000年11月14日