第六話

濫読者の手帳(抜粋)

三上於菟吉

 探偵小説に就いて(全文)

 ──簡単に言ふ。
 いつぞや何かの会の席上で江戸川乱歩君にちよいと言つたのであるが、われわれから眺めると、日本現代の探偵小説家の多くは、心理はなかなか詳しく書くが、性格は十分に書かうとしない──換言すれば、事件を書くが人間を書かぬ。そこで、却つて、ほんの一ふで書きのやうに書いたもの、たとへば十月あたりの探偵趣味に載つた江戸川君の「木馬」──題忘すれたり、木馬館のラツパ吹きぢいさんを書いたもの──の如き、中途で筆を投げたやうな小品に、われわれはぢいさんの生活があらはれてゐるので感動する。新青年本欄の小説より、二段組雑録あつかの「テキサス無宿」のやうなものに感動する──こゝを、ひとつ、考へて見ては貰へぬか知らと、その時僕は言つたのであつた。
 西人のこの種のものには、事件ばかり主としたものが蔓つてゐると同時に、十分人間的なものも多い。類例をあぐるにいとまなし。
 惜しむべき山本君の中篇小説「生きとし生けるもの」の後をうけて、一昨日から朝日紙上に連載せられつゝある同君の「一寸法師」はどのやうに開展して行くか。僕の寸言に一顧せられんことを望む。(十二月十日)


三上於菟吉〔みかみ・おときち〕明治24年2月4日−昭和19年2月7日(1891−1944)
初出・底本 昭和2年(1927)/「新潮」新年特大号/p.29
掲載 1999年10月21日