春山行夫 |
昭和29・1954年 |
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本を浚われた話 | |||
それから暫くして、私は神田の巌松堂でウイリアム・アイリッシュの『幻の女』(ファントム・レディ)を見付け、帰りに寄るからしまっておいて下さいと言って、外の本屋を廻っていた。アイリッシュは本名をコーネル・ウールリッチといって新進の探偵作家だということを、私は『アンコール』誌の一九四五年の九月号をよんで知っていた。 一通り本屋を廻って巌松堂に立寄り、さっきの本を受取ろうとすると、別の人が春山さんによく話すからといって持っていかれたという話である。そんな無茶なことをしてはいけませんねと私が不満の意を述べると、持ち去った人は江戸川先生ですと売場の女の子は申訳なさそうな顔をした。あの小説は内容が江戸川氏の興味をひくような書き方なので、この場合もあっさりと私の負けであった。 |
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初出:別冊宝石42号〈江戸川乱歩還暦記念号〉 昭和29・1954年11月 底本:江戸川乱歩『江戸川乱歩 日本探偵小説事典』河出書房新社 平成8・1996年10月25日 掲載:2008/04/05 |
Rampo Fragment |