春日野緑

昭和2・1927年

乱歩君の印象
 私が乱歩君にあつたのは余り前の事ではない、一昨年の冬頃だつたらう『二銭銅貨』などで乱歩君の名が知られるやうになり探偵小説も飜訳から次第に創作の時代へ移らうとしつゝある時であつた。あひたいという手紙を受けとつて、一夜私の家でおめにかゝつたのである。今日大阪を始め、京都、名古屋、東京等の各地に『探偵趣味の会』が出来て同好の士の集まりを見るに至つたのも実はその時私たち二人で相談して創めた事である『何か会をこしらへて面白く遊びたい』といふ願ひがいつの間にか大きなものになつて、座談会から講演会の形式になつたのもこの会の発展を物語つてゐる事であるが、最初『大に手伝ふよ』といつた乱歩君は、会合の都度顔は出すが一向しやべつてくれないのだ。『座談なら大にやる』人なんだ、が演壇には決して立たない、恥づかしがりやなのだ。その作品を通してみると、かなり凄い、やり手にも見えるが、実際はどうしておとなしいお坊つちやんだ。で、ちつともしやべつてくれないので会の度毎に、いつも私は司会者みたいにしやべり通してきたが、これぢや始めの約束が違ふと詰問しても結局だめだつた。その癖ちつとも憎めないところに、君の温容玉の如き人格があるのだらう。
初出:大衆文芸 昭和2・1927年6月号(2巻6号) 江戸川乱歩特集(人および作品について)
底本:江戸川乱歩全集第七巻 平凡社 昭和6・1931年12月8日
掲載:2009/02/15

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