西田政治

昭和22・1947年

二人旅四日太平楽
 積る話は尽きない。夜は海野十三氏の御世話で購入した蓄電池の電灯があるために電力難を解消して、こゝばかりは太平楽。奥さんの御心尽しの御馳走に酒をくみ交しながら、探偵小説談に花が咲く。夜中、乱歩サンと横溝君とはしきりに寝床の中で話してゐた。殆んど一晩中語りつゞけたらしい。
 十四日午后二時から倉敷の高等女学校講堂で文芸大講演会。警察の自動車に迎えられて一里以上もある倉敷へ行く。自動車に乗つてる横溝君案外平気だつたので安心した。講堂は満員の盛況。私は生れてはじめての経験で、前座を勤める。「戦後のわが探偵文壇」を三十分喋つて、あとは横溝君の「探偵小説の面白さ」と云ふ題で約一時間の講演だつたが、これが、仲々場なれがして落ちついたもの。乱歩サンは「推理小説と防犯」と云ふやうな題で、一時間半ほど、堂々たる講演で聴衆を充分満足させた。講演会の後が席を替えて、警察の人達との座談会が約一時間ほど。それから、再び席を替えて、懇親会で今日の講演会の主催者側の毎日新聞社の人やら警察の人達とで夜の更くるを知らず。自動車で横溝宅まで送つて貰つたのは十二時過ぎだつた。
 十五日は一日ゆつくりと横溝宅で落ちつくことにしたが、津山から妹尾韶夫氏、岡山近郷から阿知波五郎博士が来訪、それに鬼怒川浩君と私達三人のところへ、新聞社から一人加はつて牛肉のスキ焼を囲んで飲んだり食つたりしながらの探偵小説座談会がはじまる。思ひ々々に好きなことを言ひながらの至つて太平楽の会合だつた。
 夜は珍らしい鮓の御馳走ですつかり満腹してしまつたが、何を思ひ出したのか乱歩サンが連句をやろうぢやないかとの提言に、横溝君がまた乗り気になつたので、サツパリ連句を知らぬ私までが巻きぞえを食つて、苦吟悪吟。やつと十一時ごろまでかゝつて片づいたのでホツとした。乱歩サンこの連句に題して「桜三吟」と。桜は横溝君の居る桜村のこと。それにしても、こんなところで連句の運座が開かれやうとは夢にも思はなかつたことで、自分ながら全く不思議な巡り合せだと考へた。
初出・底本:探偵作家クラブ会報 7号(昭和22・1947年12月15日)
掲載:2008/04/15

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